烏丸ママのブログ -268ページ目

藩主の菩提寺 万松院

対馬というと訪問地の1番目にあがるので、

対馬藩歴代藩主の眠る万松院はお参りしたいと思っていました。

国の史跡に指定されています。

午後3時20分のフェリーに乗りますが、

すでに時間は2時。

急いで烏帽子岳から戻り、

なんとか間に合いました。

対馬藩は宗氏が鎌倉時代から明治初期まで対馬を治めました。

こちらのお寺は江戸時代初期、20代当主の宗義成が

父の菩提のために建立されました。

当時の伽藍は焼失していますが、

山門だけは創建時のものです。

 

この橋を渡ると墓地につながる階段ですが、

拝観料を払うために反対側から入ります。

 

庫裏は明治12年(1879年)の再建。

本堂右手には徳川家歴代のご位牌が祀られています。

朝鮮国王から賜った三具足は日本遺産に指定されています。

三具足というのは、香炉、燭台、花立のことです。

 

墓地に通じる百雁木と呼ばれる132段の階段

 

上から見たところ

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こちら万松院の宗家墓所は

萩藩毛利家墓所、加賀藩前田家墓所と並んで

三大墓所と呼ばれています。

え~

紀伊徳川家菩提寺 長保寺もかなりのものでしたが、

三大墓地に含まれていないの!?

 

 

長崎県天然記念物 大杉は樹齢1200年!

駆け足でしたが、なんとか万松院を拝観できました。

これから急いで港に戻ります。
 

この日はスマホの歩数計みたら10キロ以上歩いていました~

標高差もかなりあると思います。

 

烏帽子岳展望台

今日は日が暮れて雨が降ってきました。

日が短くなってきましたね。

皆さまのところでは中秋の名月は見えますか。

追記)

見えました!

スマホですが…

カメラの関係で青い光が入ります。

 

 

対馬の記事も終盤です。

金田城の眺めが素晴らしかったので

烏帽子岳展望所まで行きました。

和多都美神社の前を通り

(晴れた日の写真を撮るべきでした。)

烏帽子岳は和多都美神社のすぐそばですが、

前日は眺望が期待できずパスしました。

急増する観光客に対応するため、三千万円かけたというトイレを

神話の里でお借りして、烏帽子岳展望台に行きました。

車を止めて、最後に急な階段を上がります。

ちょうど上対馬と下対馬の真ん中にあたります。

 

 

360°のパノラマで

条件が揃うと韓国まで見えます。(見えてません。)

 

リアス式の美しい海岸と、たくさんの島々。

漁業の町です。

今も港町と港町をつなぐ市営の渡し舟があります。

 

こうして見ると対馬の9割以上が

山で耕地が少ないことが分かります。

たまにある田畑もフェンスがしてあり、

鹿やイノシシの害があるそうです。

 

パノラマ

対馬ってこんなとこよ。。。って感じ。

 

山を下りたら見えた宗教施設?

と思いきや、豊玉町文化会館だそうです。

渡辺豊和という有名な建築家の作品です。

山頂でお弁当を食べて、

15時30のフェリーに乗るために

厳原に戻ります。

もう一つの目的地に間に合うのだろうか。。。

金田城 山頂のすばらしい眺め

金田城はかねだじょう、かねたのきと呼ばれるようです。

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倭軍が白村江の戦いで大敗を喫した後、国防のため築かれた城のひとつで朝鮮式山城です。

朝鮮半島から済州島に行くより対馬に行く方が近いという。。。

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亡命してきた百済人の指導の下で作られ、

稜線に沿って石塁が築かれています。

こんな木々の中にも石塁が見えています。

海岸線から続く石塁を、軍道を通すために壊した跡かもしれませんが

明治時代に日本軍が築いた石垣かもしれません。

ここは金田城と、日本軍砲台の二重遺跡になっています。

頂上に近づいてくると、日本軍の遺構が見えてきます。

井戸

 

弾薬庫

 

半地下になってます。

こういう砲台跡が壱岐対馬のあちこちで見られます。

対馬には今も山猫部隊と呼ばれる陸上自衛隊の警備隊がありますが

昔々も昔も今も対馬が国境の島だと感じます。

城山砲台跡

日本軍の遺跡をぐるっと回ると素晴らしい景色

でもここは山頂ではなく、山頂は細い道を少し上がります。

あんまり景色は変わりませんね。。。

 

向こうにみえているのがマグロの養殖場らしいです。

 

城山頂上 276m

 

浅茅湾シーカヤックのツアーもあります。

 

私たちの前を歩いていた30代カップルが途中から視界から消えましたが、

山頂で会いました。

遠回りをしてしまったとおっしゃっていました。

その他すれちがったのは、

石垣の下から上がってきた私くらいの年齢の女性と

男性1人だけでした。

ぐるっと回るともっと石塁や神社もあるようですが、

道が悪いようです。

私たちはこの山頂往復コース2キロ2時間です。

赤い線


登山口までアクセスが悪いので、レンタカーか

タクシーになります。

今後観光客が増えると、

離合できないし、駐車スペースもないし、

結構大変なことになるのではないかと思います。

こんな道です。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本最古級の城 金田城への道

一ノ宮巡りが目的の対馬行ですが、

実は一番の目的はここかもしれません。

国の特別史跡 金田城

金田城は飛鳥時代 白村江の戦いで敗れた日本軍が

国防のために九州各地に築いたお城の一つです。

日本書紀には、667年11月に高安城、屋嶋城(高松)金田城を

築いたと記されます。

対馬はその最前線といえます。

続日本の百名城に選ばれ、

NHK「日本最強の城スペシャル」で見てから行きたいと思っていました。

国道から離れて、離合できない山の道に入ります。

舗装もされていません。

2キロくらい行くと

 

登山口です。

ここに車数台が止められるスペースがあります。

少し離れたところにトイレカーが置いてあります。

意外ときれいです。

トイレはそこだけ。

電気をつけるところがわからなくて、ドア閉めたら真っ暗だった。

国指定特別史跡 金田城

 

 

前日の雨で滝ができています。

ここから1時間ほど山を登ります。

明治時代に日本軍が砲台を築くために、

軍道をつけたので、意外と歩きやすいんです。

荷馬車が通れるくらいの幅があります。

対馬全体は主に石英斑岩でできていて、

木々も深い根が張れず、根っこごと倒れていたりします。

その岩場を発破して道が作られました。

ところどころ、爆薬を仕掛けたらしい小さい穴が開いています。

 

ちょっと開けた!

浅茅あそう湾です。

 

飛鳥時代の石垣が水際まで続いています。

ただ日本軍が軍道を造るのに一部破壊されています。

 

この左手には掘っ建て小屋の跡があります。
そこに防人がいたのでしょう。
今でも博多からフェリーで4時間の対馬。
みなさんの中で対馬まで行かれた方が何人いらっしゃるでしょうか?
(って私も初めてだけど。。。)
飛鳥時代の対馬に東国から防人が派遣されていたのです。

ここに来て初めて、万葉集の防人の歌のせつなさが理解できます。

からころも すそにとりつき泣く子らを おきてそ来ぬや 母なしにして

着物のすそに取りすがって泣く子供たちを置いてきてしまったことだ。

母親もいないのに。。。

 

今もこんなに1400年前の石垣が残っているって

すごいことです!

南門跡

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南門は平成15年度の調査により、金田城の南を画する石塁上の

標高90m前後の位置に発見された。西側壁は大きく崩落していたが、

城門の平面機構は良好に残っており、東側壁の上部は元々露出していた。

城門の規模は間口3.2m、奥行き平均1.84mで、東側壁は外側に

開いていた。床面には階段状に平石が敷かれ、

4対の礎石が原位置を保って現存している。

このうち扉の軸を受ける軸穴を持つ

1対の礎石には水抜きの溝が彫り込まれており、

階段式床面構造とともに古代山城では

初めての発見である。南門は保存状態もよく、

未発見の登城道につながっていた可能性があり、

将来に調査研究が望まれる。

 

image.

 

山頂につづく。

常林寺の萩が咲き始めました

対馬の途中ですが、ちょっと箸休め的に地元の記事です。

出町柳駅前の常林寺の萩が咲き始めています。

 

勝海舟が宿泊所としていたお寺です。

子育て地蔵

 

すすきと萩

秋らしい光景ですが、相変わらずの夏日で

来週は34℃まで上がるそうです。

 

萩の季節が終わると、まったく趣を異にします。

 

 

 

この前の鴨川デルタ。

ロケバスが停まっているなと思ったら、

ジャニーズらしき人たちがロケしていました。

小さいドローンも飛んでいました。

ロケしているな。。。って思っても

だいたいが誰が何のロケしているのわかりません。


追記

よゐこと、ジャニーズのAえ!groupだそうです。

よゐこは知ってるけど、そのグループは知りません😅