富岡鉄斎
皆さまのところの雪はいかがでしょうか。
京都はみるみる白くなってきました。
この寒さですから、雪は融けず、かなりの積雪になるかと思われます。
昨日のこの晴明神社の字ですが
正七位富岡百連(鉄斎1837-1924年)書とありました。
富岡鉄斎はこの近くの一条室町に住んでいました。
2008年の上京区のサイトでは「上京区の誇る近代の史跡」と書かれているのに、
昨年前を通ると、更地になっていました~
元は煎茶小川流の家元宅だったそうです。
へえ~と思いながら
晴明神社から新堀川文化ビルジングに入り、
ギャラリーに行くと、本が三種類おいてあり、
その一冊が鉄斎さんの特集本でした。
思わず手にしてしまいました。
京都。。。だけでなく、いろんなところで鉄斎さんの足跡に出会います。
若いころは神光院で隠棲していた大田垣連月に仕えていたそうです。
連月は亡くなるときに
「富岡だけに伝えてほしい」と遺言しました。
彩雲堂の看板も鉄斎さん。
鶴屋吉信の柚餅の看板や
ホームページから
圓光寺の襖絵とか。
鉄斎さんは最後の文人画家として知られますが、
明治の混乱で衰退した車折神社を復興したり、
堺の和泉国一之宮 大鳥神社の宮司や
石上神宮の宮司もされていたそうです。
宝塚の清荒神に行くと、鉄斎美術館もあります。
ということで、昨日の答えは富岡鉄斎でした。
この字は誰の字
妙顕寺から晴明神社に参りました。
この横を見たら、揮毫した人の名前があり、
へえーと思いました。
さて誰でしょう?
ヒントはこの近くに住んでいました。
前に気になったクスノキは相変わらず元気がなかったです。
ちょっとチリチリした感じです。
お立ち台があるので、そこで抱きついている人がいました。
足のケガと腰痛に苦しめられましたので、
このあと護王神社に参拝するのですが、そこのクスノキです。
葉っぱの違いがわかるでしょうか。
貴船神社
昨日のお庭の写真は
貴船神社の重森三玲「天津磐境」の庭でした。
まわりに生えているのは双葉葵です。
とくに重森三玲のおっかけをしているわけでなく
京都の庭をめぐっていると、
「重森三玲」か「植治」か「伝小堀遠州」で
8割くらい占めているんじゃないでしょうか。
貴船神社も
「あらこんなところに。。。」って感じでした。
重森三玲は岡山県出身で、もともとお茶とかお花をされていたそうですが、
全国の庭園を実測したことから、庭園研究家になり、
作庭を依頼されるようになりました。
故郷の景勝地「豪渓」や大仙院石庭の影響を大きく
うけていられるそうです。
貴船神社から絵馬は始まったそうです。

雨乞いの際は白い馬を
雨がやんでほしいときは黒い馬を奉納したそうです。
それが画に描いた馬を奉納するようになり、
今の絵馬となりました。
貴船神社に行くからには、奥宮もお参りしてほしいです。
ここは鴨川の源流で、天武天皇の母玉依姫命が淀川、鴨川を上り
たどり着いた場所とされています。
夏に訪れたときの画像ですが、
ヒグラシが鳴いて、街中に比べると少し涼しいです。
御舟形石
この中には玉依姫が乗ってこられた舟があるそうです。
奥宮にこそルーツがあります。





























