
毛利家庭園
あちこちで地震があり、気持ち悪いですね。
みなさまのところは大丈夫でしょうか。
今日もいいお天気だったので、
園遊会が雨、
電車が雷でとまったと聞いて、驚きました。
少しの差でお天気が全然変わるんですね。
防府散策は半日でしたので、もう最終回です。
国指定名勝 毛利家庭園です。
さきほどまでいた本宅が見えています。
家も大名の御殿風なら庭もそんな感じです。
京都で見るのはお寺の庭が多く、
権力者の庭というと二条城でしょうか。
二条城は権力の象徴として大きな石組みが使われ、
宗教的な庭ではありません。
池があるというのも大名庭園の特徴です。
部屋から見えていた庭
大きな石も権力の象徴
これは御殿2階から見た眺め。
海側を眺めています。
ここからの眺めが一番いいそうです。
雪見灯篭の笠が四角い版?
瓢箪池だそうです。あまり見えないけど。。。
サツキやツツジが多いのと、紅葉も多いので、
GWや11月に行かれるのがいいかもしれません。
一番よかったのがこの橋でした。
手すりが危なくて、将来的には渡れなくなるかも。。。
大名庭園を思わせるスケールの大きい庭園でした。
毛利家本邸
防府には毛利家の本宅があります。
「鎌倉殿」真剣に見てませんでしたが、もともと相模国毛利荘の出身で、御家人だったのですね。
安芸毛利氏は、毛利元就を中心に中国地方を領し、江戸時代は長州藩主となりました。
関ヶ原の戦い、西軍総大将は石田三成かと思っていたら、毛利輝元だったのも、へえーでした。
門を潜ってから、お屋敷までの道
毛利家博物館と書いてありますが、
展示部分はそれほど大きくなくて
建物が大部分です。
玄関にやっと到着。
大正5年(1916年)の建築で、重要文化財に指定されています。
1200坪あるそうです。
りっぱな欄間彫刻の応接室
とにかく部屋が大きい。
台湾産のケヤキや、屋久杉の一枚板が使われているそうです。
畳廊下
一番大きな部屋で客間。
折上げ格天井です。
一の間、二の間、三の間とあります。
公居の間
このお部屋には大正天皇ご夫妻
昭和天皇ご夫妻がお泊りになりました。
トイレは現役
中庭とは思えない、どでかい石とソテツ
周防国分寺
防府の記事に戻ります。
周防(山口県)の国府ということで、防府です。
天平時代 聖武天皇は全国に国分寺を建立させました。
その頂点が東大寺です。
正式には金光明四天王護国之寺といいます。
防府にある周防国分寺は現在も縮小されながらも
当時の寺域に遺構と仏像を残しています。
防府市のサイトでは、「全国で唯一」とあります。
山陽道に面した仁王門。
手前が広いのは、または南大門があったからです。
楼上に十六羅漢像が安置されています。
金堂(仏殿)
1779年毛利重就が建立したもの
全国の国分寺の本尊は釈迦如来でしたが、
奈良時代の終わりから薬師如来に変わっているそうです。
写真が撮れませんが、薬師如来(重文)脇侍の日光月光も重文。
四天王、阿弥陀如来も重文。
大宰府でも思いましたが、
地方でこれだけの文化財を維持していくのは大変なことでしょう。
私だけのために開けていただくのは申し訳なかったですが、
参拝することができて、よかったです。
仏像に興味のある方はこちらをごらんください。
仏像はお釈迦様が亡くなられた500年後くらいから
造られ始めました。
それまではあまりにも恐れ多くて
仏足石などを拝んでいました。
防府はあと一か所だけ参りました。
大変な様子が伝わってきます
能登の地震では学校が再開されたニュースもありましたが、
断水したり、まだまだ大変な様子です。
日常を取り戻すまで時間がかかりそうです。
私は輪島までは何十年前に行ったことがりますが、キリコ(巨大な灯籠)の展示を見たはずなのに、おぼえていなくて、祭の記事を拝見するたび
行かなくちゃと思いつつ行けてない。
珠洲市は金沢から2時間かかるそうです。
最近ではNHKの朝ドラ「まれ」が能登が舞台だったり
奥能登芸術祭が開催されています。
個人的には能登金剛や環状遺跡もあるようで
そのあたりも興味津々です。
今検索すると、今年は3年に1度の奥能登芸術祭の年にあたっているようです。
私が見たニュースでは、去年の地震で倒壊した春日神社の鳥居が
クラウドファンディングにより再建されたのに、
また倒壊してしまったというものでしたが
羽黒宮司さんのところにも
取材申し込みがひっきりなしにあるようです。
早く落ち着いて、芸術祭が行われることを願っています。

























