烏丸ママのブログ -109ページ目

奈良の庭園 依水園①

若草山が見えています。

奈良にも名園があります。

右手が吉城園。

左が名勝 依水園です。

 

12月16日の紅葉

依水園は2つの池を持つ池泉回遊式庭園です。

江戸時代に作庭された前園と、明治時代に作庭された後園です。

見えているのが前園と三秀亭。


順路通りに進むと茶室があります。

茶庭には敷松葉。

格子状に置いてあるのは初めて見ました。

苔寺も冬場は苔を保護するために敷き松葉だそうです。

草庵風の茶室 清秀庵です。

 

 

下地窓からのぞいてみました。

下地窓は一二三で組んでありますね。

 

二つのお茶室を結ぶ渡廊下もすてき。

ここは敷石が面白くてですね。

切り石と自然石を混ぜた行の敷石↑

こちらの飛び石は石臼風の石が使われています。

 

切り石の真の敷石

 

ぱっと視界が開けて、後園が見えました。

池に映る青空がきれい~

 

以前隣り合う入場無料の吉城園からのぞいて、

なんや依水園見えるやん!?

と思っていましたが、やっぱり入ってみないとわからない。

 

つづく

春日大社おん祭り⑤松の下式

12月17日春日大社おん祭りの記事

最終回です。

行列は一の鳥居の中に入り

影向松(ようごうまつ)の下で芸能が披露されます。

埒の中に入れるのは保存会の人で、その隙間からのぞきました。

猿楽が奉納されていました。

これが能楽のルーツと言われています。

 

田楽座も入ってきました。

御幣がとても重そうです。

御幣だけに下に置くこともいけないんでしょうね。

 

頭の上のもの重そうだし、高下駄も歩きにくそう。

 

巫女は担がれてやってきました。

祇園祭で稚児が地面につかないよう強力に担がれるのと

同じことではないでしょうか。

江戸時代に始まった大名行列

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宝蔵院流槍の奉納

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稚児流鏑馬

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子どもなので、止まったままですが、見事でした。

 

的がバシって音を立てるのが聞こえます。

 

大名行列

 

これから御旅所祭に移ります。

夜まで続くのでこちらで退散しました。

御旅所祭は神楽の後、

東遊、田楽、細男、猿楽、舞楽、和舞と夜10時半まで続きます。

舞楽はなんと11曲。

ここに日本の芸能のルーツがあります。

人々が芝に座って、見たため芝居と言われるようになったそうです。

(駒札にその説明書)

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その後、深夜若宮様が還幸されます。

 

今度来るときは御旅所祭を見て帰ろうと思います。

上の画像、だいたい動画から画像をとってます。

動画でどうぞ。

 

 

いまさら紅葉@京都仙洞御所

おん祭り記事の途中ですが、

18日の仙洞御所の紅葉です。

この時期になって、

上洛する人も少ないかと思います。

しかし今日は東寺の終い弘法市

明日は上賀茂手作り市

もしかして上洛しているブロ友さんがいるかも。。。

ということで、京都仙洞御所の紅葉を紹介します。

この時期になっても紅葉がきれいな京都御苑。

仙洞御所、3時で終わりかと思っていたら、

3時半で終わりなので、まだ入れるって!?

ということで、仙洞御所を見学させていたきました。

(東京に仙洞御所ができたので、正しくは京都仙洞御所です。)

紅葉はほぼ終わっています。

小堀遠州が造営した時はこれほど池は大きくなかったそうで、

後水尾天皇が自分の好みに変え、

それを歴代天皇のお好みに変えたため、

原型は一部しか残っていません。

北池です。

以前ピークのときにお邪魔しましたが

こんな感じでした。

大宮御所についてのご案内です。

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英照皇太后(孝明天皇女御)が東京に御移りになるまでお住まいでしたが、

英国のエドワード王子が宿泊するにあたり、

洋風につくりかえられました。

土足で上がるスタイルになり、

障子がカーテンに、建具もガラス戸に。。。

ベッドと浴室も洋風になったそうです。

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その前の松竹梅が植えられる松竹梅の庭。

左赤松、右黒松と配置されています。

参観者は7割方外国人でした。

 

階段が見えていますが、かつては渡り廊下で

大宮御所から仙洞御所までつながっていたそうです。

仙洞御所は光格天皇がお住まいの後、

焼失し、再建されていません。

 

阿古瀬淵の紅葉と

 

カモ達。

四ツ橋


敷紅葉がきれいでした。

 

南池と八ッ橋

今回のガイドさんはとても丁寧で

八ッ橋と呼ばれる理由について詳しく説明してくれました。

 

雄滝

高さ180cm

 

 

 

北池と南池をつなぐ紅葉橋

職員さんによると

桂離宮、修学院離宮、仙洞御所とありますが、

仙洞御所が1番紅葉がきれいだそうです。


州浜はいろんなところで見ますが、

ここの州浜が一番きれいだと思います。

石一個と米一升を交換して運ばせたという石

 

織部灯篭

台座がなくて、据えるのが簡単なので、人気があるそうです。

だいたいは織部風だけど、さすがにこちらは織部の寄進。

 この近くに柿本人麻呂を祀った社があります。

学問の神とともに、火除けにご利益があるそうです。

ひとまろ→ひとまる(火止まる)

らしいです😆


去年同じように、

まだ行けるやん!?

って、仙洞御所に行っていたみたいです。

すっかり忘れています。

12月8日です。10日ほど例年より今年は遅いってことですね。

 

春日大社おん祭り④お渡りパートⅡ

平安後期、自然災害や疫病が蔓延し、藤原頼長が若宮様へ強い御加護を願われ、

御殿を造し、春日野に御神霊をお迎えして祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まりです。

田楽の次は馬長児

行列の来る方ばかり見ていたら、

南大門跡に向かって、拝礼されていました。


友人が南大門前に行けといったのは、交名の儀のためでした。

興福寺に敬意を表するためと、

お渡りに漏れがないかを確認するためでそうです。

猿楽


細男せいのお


田楽


 

流鏑馬

 

笹?

 

行列の横に付いている人は奈良航空自衛隊の幹部候補生。

 

将馬いさめうま

 

 大和士やまとさむらい

名前を列記した交名を読み上げます。

読み上げているのは御師。

大名行列が来るまで、時間がかかるとかで、

一ノ鳥居まで移動しました。


すでに松の下式が始まってました。

能舞台に松が描かれるのは、

ここの松が由来と言われています。

春日大社おん祭り③お渡り パート1

奈良の友人はみんな都合が悪くて、

この日もおひとり様でおん祭りを見学です。

2人とも真夜中の神事を知らないようでした。

夜が明けて、モーニングをいただこうと、餅飯殿センター街に来ました。

たくさんの人が集まっています。

駒札が真黒で読めませんが、「大宿所」とあります。

15日の神事はこちらで行われていました。

御湯立みゆたてで、参列する人がお祓いを受けるほか

安産に霊験あらたかと言われ、妊婦が多く参拝するそうです。

装束や神具が置かれていることから、

こちらで準備されていたのでしょう。

 

こちらでも人が集まっていました。

大名行列の子供たち。

このあたりの小学校は休みになるみたい。

 

興福寺の東側の道。

県庁前から行列は出発するので、それを待つ参加者たち。

 

三々五々集まってきました。

 

馬に紛れて場違いな鹿。

流鏑馬の稚児たち

 

馬長の稚児は

背中にはボタンの花、

頭には山鳥の羽。

まほろばソムリエ(奈良検定1級)の友人に

「南大門前で見て、影向松に行くといいよ」

アドバイスを受けました。

県庁前から奈良駅を経由して1時間近くあるので、

奈良国立博物館の「おん祭り」の展示を見に行きました。

上の装束の展示がちょうどありました。

なんとこの日無料開放でした!

その博物館でバッタリ知り合いに会いました。

 

急いで南大門前に行くと、行列がやってきました。

 

紅白の旗

平安時代に始まったので、平安装束です。

大河ドラマでのまひろの旅姿と同じですね。

 

稚児行列

 

京都のお祭りと違うのは、

若宮様がお若いということで、

稚児が多いということです。

輿には神子が乗っていたのかな。

 

日使ひのつかい

おん祭りを始めた藤原忠通が病になり、

お供の楽人に使いをさせたことから、そう呼ばれるそうです。

頭にフジの花をつけています。
葵祭の近衛使みたいなものですね⁈

 

県庁前で馬に乗るところを捉えてました。

 

御幣の種類がそれぞれ違います。

大和士やまとざむらいの御幣

 

田楽の御幣

 

千人くらいの行列で、長いので続きます。

これでも少なくなったそうです。