平安後期、自然災害や疫病が蔓延し、藤原頼長が若宮様へ強い御加護を願われ、
御殿を造し、春日野に御神霊をお迎えして祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まりです。
田楽の次は馬長児
行列の来る方ばかり見ていたら、
南大門跡に向かって、拝礼されていました。
友人が南大門前に行けといったのは、交名の儀のためでした。
興福寺に敬意を表するためと、
お渡りに漏れがないかを確認するためでそうです。
猿楽
細男せいのお
田楽

流鏑馬
笹?
行列の横に付いている人は奈良航空自衛隊の幹部候補生。
将馬いさめうま
大和士やまとさむらい
名前を列記した交名を読み上げます。
読み上げているのは御師。
大名行列が来るまで、時間がかかるとかで、
一ノ鳥居まで移動しました。
すでに松の下式が始まってました。
能舞台に松が描かれるのは、
ここの松が由来と言われています。