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PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

ほぼ必ず追い越しのある駅で特急との2ショットを狙うが、失敗。せっかくのカルピスりょうもうだったのに。しかし先端まで写っていたら青色部はスカートだけになっていたかもしれない。

 

 

品川駅常盤軒横須賀線上りホーム店。山手線ホームにある店舗は夏季以外の冷やし蕎麦の販売がない(が名物の品川丼がある)。


 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

冷やしかき揚げ蕎麦大盛。天ぷらいわたの特徴的なかき揚げと丸山製麺の生麺の組み合わせ。二玉なので流石に多いが、食っても食ってもなくならないのは至福。麺はコンコースにある吉利庵と同じだと思ったら、吉利庵は常盤軒の経営だった。揚げの違いという事になる。

 

 

よく使用していた懐かしの飯田橋駅。急カーブ故に下ではカエルの鳴き声のしたホームが廃墟のようになっていた。右を向くと飯田町駅へ向かう引き上げ線の残骸が残っている。

 

 

まもなく解体されるみちくさ横丁の「表側」にあったジャンボ餃子/炒飯/ラーメンで有名だった神楽坂飯店が閉店していた。以前何度かとりあげた(ココとかココとか)ものの、入店した日の事は記事をあげていなかった。

 

 

本当はココで昼食(といっても普通の炒飯餃子だが)を食おうと思っていただけに残念。

 

 

2024年9月17日

唯一となってしまった神楽坂飯店を訪れた時の思い出。まだ華やかだったショーウィンドウ。

 

 

最下段には非現実的なサイズのジャンボ餃子。20人前というが、サイズはかなり誇張されており、実際にはこの2/3程度。長さでなので、体積では3割程度。それなら食えるヒトは食えるかもしれないが、普通の餃子を20人前食った方がよくないか?

 

 

一方ジャンボチャーハンの方はまあまあ正しいサイズであるという結論を得た。ジャンボラーメンは未検証(興味がないので)。

 

 

普通の炒飯と餃子。「餃子は香草系、炒飯は塩辛系、史上最高額の1403円」と当時の記録に記されていた。以上、神楽坂飯店の思い出。

 

 

神楽坂をブラブラ。集合時間まではまだまだ余裕だと思っていたのに時間を間違えたようで、以後はスマホの地図を見ながら競歩に?!

 

 

という訳で、毎月恒例のPRFC(PENTAX RICOH FAMILY CLUB)のオフミーティングへとやって来た。昨年7月の鉄道博物館からはじまり、いつの間にかこれで7回目だ。

 

 

天気もよく。心配していた開花状況も8割といった所でまあまあ。

 

 

K-1と組み合わせたのはFA43mm。意外と寄れないという事に気づいた。

 

 

ケバケバしい提灯や人の多さも含めての花見風景なので、これらが邪魔とは思わない。

 

 

絞りはF5.6固定。ボクにしては随分絞ったが、それでも被写界深度はこの程度。

 

 

一休橋の上。橋の名称、及び川沿いの公園とそれに沿う高速道路の出入口に既視感を感じた。

 

 

ココで靴が脱がれているという事は、裸足になってこの中に入ったという事。確かにそのような子供達がいた。その時は何も感じなかったが、今この写真を見ると絶対に入りたくない。

 

 

楽しそうな宴会があちこちで開催されている。うらやましい限り。

 

 

43mmF5.6、距離1m時の被写界深度は前8cm後ろ10cmといった所。もう少し絞った方がイイのだろうか。それとももっと開いて、これだけ花が写っていながらピントが合っているのが一輪だけというような方が良いのだろうか。

 

 

対岸の桜と通行人。

 

 

肥後細川庭園。集団で入るとマズいという事で庭園内はルートに含まれていなかったのだが、皆吸い込まれるように入っていく。以上ココまでFA43mm。

 

 

ココからはFA77mm、及び広角はGR3。この2台の組み合わせが案外撮りやすい。

 

 

中間集合地点だった庭園入口の広場で先に記念撮影。赤のJリミ01が4台も集結している!

 

 

桜を背景にフィギュアを撮るヒト。紫の髪が美しい。

 

 

77mmもやはりF5.6で使用。1m先での被写界深度は前後3cm程しかない。

 

 

大きな橋がかかっているが閉鎖されており、ヒトも車も通れない不思議な空間。

 

 

反対側を向くと広い道路がすぐそこまで来ている。どちらも環状4号線の一部であり、当写真の道路は2005年頃開通したもの(←詳細な日付を探したが判らなかった)。そういう目で見ると、橋側にも道路用地が着々と準備されているのが判る。航空写真でみるとより顕著。

 

 

新目白通りの歩道に展開されていた飲食店?!。とても営業しているようには見えなかった。

 

 

面影橋電停。昔はもっと奥の、建物のすぐ脇にあった。そして現在の線路付近には木造民家が並び、そして手前の道路は対面通行だった。なお早稲田電停の場所は現在とほぼ同じ位置だが、角度が異なっている事を古い航空写真を分析して結論付けた。

 

 

高戸橋の90度コーナー。もう少し左に寄り、早稲田行きの車両(これじゃない側)の側面を入れたい所だが、いいポジションには既にヒトがおり、動く気配がまったくなかった。

 

 

この位置では画角も合わない。仕方がないのでクロップでそれらしく。箱が邪魔だ。

 

 

場所をかなり西側に移動し、やはりクロップ。この場所では「白十字」の看板を入れるのが正しい…とボクは思っている。

 

 

29年前、1996年4月6日の高戸橋。タイトルは「都電と桜の撮影になぜ白黒フイルムを?」。近年のPENTAX界隈ではこれと似たような状況を度々目にする。TMXを自家現像。K-1で複写。

 

 

高戸橋から先は特に見るべきものもない。川幅が広げられ、護岸がコンクリートでガチガチに固められているが、川岸に建つ古い集合住宅は昔の川の姿も知っている事だろう。

 

 

アジアンテイストな飲食店の前で佇む白衣装のヒト。いつまでたっても動く気配がないのでそのまま撮影。

 

 

なかよく記念撮影をし、写りを確認する男女。やはり動く気配がなかったのでそのまま撮影してしまったが、どうせなら撮影中の姿の方がおもしろかった。

 

 

集合場所の高塚橋からの鉄道情景。JRと西武の両方が写る瞬間を狙いたかった。

 

 

解散後、有志が飲みに行くというので「ボクも参加してもよろしいでしょうか!」と手を挙げた。確か以前にもこんな風に知らない方々の中に飛び込んでいった事があった事を思い出した。P社好きなコアなファンの方々の楽しいお話を色々聴く事ができた。

 

 

20:47、予備校生時代に1年だけ使用した思い出の東西線に乗って帰路へ。

 

 58.40 15.6

 

これまで3台のMESuperを用いて分解及び組み立ての練習をして来た。それらはどれもジャンクとして購入したものだったので失敗しても痛くなかった。だがこの黒ボディーは17000円という、当時としては高くはないが安くもない価格で購入したものなので、壊すどころか傷をつける事も出来ない。12:29、作業開始。

 

 

12:36、まずは巻き上げ軸と巻き戻し軸のリングナットを外す。2号機では安易に緩めてひっかかり部を舐めてしまい、貫通ドライバーのお世話になってしまったので、今回は三脚に固定し、左右の手を使って慎重に緩める。

 

 

12:38、うまく分解する事が出来た。

 

 

12:41、セルフタイマーレバーも傷がつきやすい箇所だ。専用工具などないのでやはり細心の注意を払う。中身の分解の方がはるかに気が楽だ。

 

 

12:45、上下カバーを外し、皮を剥がす。

 

 

ボディーダイキャスト下部には55年7月23日の印がある。

 

 

12:57、厄介なシャッターダイヤル関連の基板は、やはり3号機やME-Fと同じタイプ。

 

 

13:07、14本の電線のはんだ付けをはずす。作業時間は10分程だが、こて台のスポンジを濡らしたりこてが温まるまでの時間もこれに含まれている。

 

 

13:12、ミラーボックスを外すのに5分程要した。ここまで来るのに40分程。

 

 

13:18、問題の溶けてベトベト粉々になるダンパーの除去を完了。

 

 

13:34、マウント部を外すにあたり、まずはセルフタイマー部を外す。ワッシャーの入り方が2号機と異なる。2号機はセルフタイマー軸にもワッシャーが入っていた。調整用のものだろうか。サービスマニュアルには記載がなかった。

 

 

13:42、マウント部が外れ、ミラー上昇下降機構の全貌が露わになる。ココの日付は昭和56年12月1日と、ボディー下よりも1年4か月程新しい。まさかニコイチという事ではないとは思う。白3号機も1年もずれており、ボディー側の方が新しかった。

 

 

13:50、残り2か所のダンパーを交換。ミラーを上げたり下げたりチャージしたりすると作業のしやすい状態になる。但し右側はそれでもやりにくい。

 

 

13:56、底部にあるエアダンパーの取り出しに着手。まずはこのアームを外す。

 

 

14:06、ミラーをチャージすると見えるEリングを外す。前回思い切りすっ飛ばして青ざめたので今回はドライバーを突っ込んだ後タオルをかけて行った。だがやはり行方不明になり焦った。マウントの中から発見。

 

 

14:13、ピストン側に付着していたゴムダンパーをふき取り、シリンダー側はふったりつついたりして大半を除去した後、ティッシュを突っ込んで清掃。

 

 

14:22、正規のダンパー長は不明だが、ミラーダウンした状態でツライチだった為、遠慮がちに少しだけテンションをかけてみた。だがもっとかけるべきではないかと後で思った。

 

 

14:26、Eリングは外す時も厄介だが、取り付けは更に難しい。が、今回もうまく入った。

 

 

14:57、フイルムカウンターの取り外し前によく観察。バネのかかり方が異なり、ひっかける用のネジが使用されていない。これもまた仕様変更なのだろうか。

 

 

15:04、カウンターユニットを外してみた所、見覚えのあるバネ達。まさかこの個体も社外分解品なのだろうか?

 

 

15:09、ネジ3本を外し、僅か5分程でシャッターユニットを摘出。やはり電池ケースは取り外す必要がない。シャッターボタン(が押すであろう部品)を押しながら行うとシャッターユニットとの干渉を回避しやすい。力は不要で、ガチャガチャやる必要もない。

 

 

これまでに外した部品は分解順にケースに;入れて丁寧に保管する。また面倒だが毎回必ずカチッと蓋をする。それでも逆さにすると各仕切り内のものが混ざってしまうので、蹴飛ばしたりひっくり返したりしないよう細心の注意を払う。

 

 

シャッタユニットのダンパーは見事に緑色の粉末と化していた。

 

 

余談だがシャッター寞上部の蓋はこの後期型と思われる個体にも存在。という事は白色3号機も社外分解品という事か。

 

 

15:17、天板を外すと、ダンパーの残骸がよりよく見える。

 

 

15:27、分解完了。矢印の順にバラす。セパレーター(左下の窓状の部品)の前後のスペーサーの入り方に注意。今までは素手でベタベタ触って指紋だらけにしていたが、本日はピンセット等で慎重に作業。なのでかなり時間を要した。

 

 

 

15:54、組み立て完了。シャッターユニットの清掃は40分位。左側にこのようなものを置いて水平をとると作業がしやすい。

 

 

16:04、10分程でシャッターユニット取り付け完了。やはりシャッターボタンを押し込むことでスコンと簡単に入る(場所がある)。

 

 

16:33、カウンターユニットとりつけ。ココもやはりシャッターを押しながら行うとスコンと入る所がある。しかしこのバネをひっかけるのに非常に難儀。大部分の時間を費やした。

 

 

16:48、5分程でミラーボックス組付け完了。ワインダー用の底部3本の線を通すのが大変。

 

 

17:08、20分程ではんだ付け完了。気分としては5分位なのだが、やはり意外と時間がかかっている。

 

 

17:27、上下カバーをとりつけ、一通り試験を行う。MESuperに一通りやるべきと言われた作業を全てやり、作業時間は5時間程。順調に各作業を行ったつもりだったが、それでも5時間かかった。

 

LEDの一部が点灯しないのは以前から解っていたのだが、下4コ(UNDER、4S、2S、1)だった。実害はないとはいえ気分は悪い。その他にはフイルムカウンターが動作しないのと、露出補正を行った際のファインダー内表示が不安定だったが、流石に疲れたので別の日に行おう。

 

 

本日の作業をグラフにしてみた。こうしてみるとミラーボックスの修理に随分と時間がかかっている事が判る。例のダンパー1カ所の交換ならば10分程だろうが、それ以上に事を行うにはマウントも外さなければならず、また作業時間が長いという事は間に小休止が含まれる事にもなるので、作業時間は加速度的に増加していゆくという事なのだろう。

 

 

 

後日談

下LED表示以外のどちらの作業もトップカバーを開けるだけで出来た。カウンター不良は例のバネが外れており、ピンセット1本で直った。露出補正表示用のスイッチは感度設定ボリュームの下にあり、とてもスイッチとは言えないような部材が使用されていたが、接点復活材で直った。下LEDは、フレキ基板の再はんだで直りそうなのだが、それはまた次のステージだ。

 

 

 59.40 16.1

 

クレヨンしんちゃんの町の駅の大改造が続いている。かつて8000回程は使用したと思われる旧1番線は解体され、伊勢崎線下り線用の新たなホームが地上に建設中。跨線橋からの階段だけが残存し再利用される。こんなにしっかり造っていても仮設ホームで、数年後には解体される。
 

 

新電波塔の町で下車し、やって来たのはこんな所。

 

 

たばこと塩の博物館で開催されていた「日常をつくる!企業博物館からみた昭和30年代」展を見に来た。墨田区には花王、セイコー、東武、郵政、そして当館の5社の企業博物館がある。これら各館合同で、昭和30年代の暮らしを顧みるというもの。流石に昭和30年代の記憶はないが、強い憧れがある。

 

 

この塩の箱には見覚えがある(かろうじてだが)。それまでは量り売りされていたようだ。

 

 

食器用洗剤やシャンプーといったものが大衆化したのが昭和30年代だったようだ。

 

 

昭和39年頃のSEIKOの社内報に掲載された製品に目が釘付け。特に右下の壁掛け時計。1カ月巻きの盤面には4時と8時の位置にゼンマイを刺す穴がある為、写真と文字の組み合わせに誤りがある。1か月巻きのものは4PC、トランジスター式のソノーラはSTCという名称で、ハイフン以降はデザインの違いのようだ。

 

 

 

我が家の1か月巻き「4PC-459」と、トランジスター式「STC-544」。どちらも現役。1か月巻きの方は毎月1日にゼンマイも巻くだけで時刻合わせは不要…といっても正確という訳ではなく巻き量により±2分の間を行ったり来たりするのだが。トランジスター式の方も1年間調整不要となるようなセッティング(振り子の長さ)を模索中。電池は2年近く持つが、1年を超えると精度が変わって来るという事を前回のターンで知った。

 

 

トランジスター式振り子時計の動作原理図。2つあるコイルの片側で発生した電気を増幅してもう一方のコイルで駆動する事に気付けば仕組みは極めて単純。

 

 

このゼンマイ式目覚まし時計もとても見覚えがある。

 

 

いつ何処で購入したのか不明だが同型機。精度が非常に悪かったので修理を試みたのだが、その際にひげぜんまいをまげてしまい、精度どころか動くのすらあやふやになってしまい断念。

 

 

母が所有していた腕時計。洗濯して不動品になったが、すぐに裏蓋を開けてドライヤーで乾かしてから修理に出せば治ったのに…。今も我が家のどこかにあるはず。
 

 

博物館の所蔵品(?)でありながら近所を普通に走っている8111F。鬼怒川を走っているSLや客車も同様で、運行と整備を東武鉄道が行うという形のようだ。
 

 

東武8000系の初号編成8101Fから外した部品群。同車に乗って普通に通勤していた者には感無量だが、一般人には果たして⁈

 


DRC車の先頭についていた角。これはアルミ製だが、当初は砲金製だったらしい。

 

 


6000系の番号は切り貼り文字だった事がうかがい知れる資料。そういえば8000系も当初は切り貼り式で、似たような形状の野田線の3000系よりも高級感を感じたのを思い出した。

 

 

パンタグラフは普通走行中には上がっているのではなないか?

 

 

 

地下鉄直通運転が始まった際のパンフレット。2000系といい昔の駅構造といい懐かしい。

 

 

かつて都心と猿ヶ京を結んでいた東武鉄道の急行バス(東武バスの…ではない)。ロケ地探索マニアの技術の粋を結集して撮影場所を推定した所、現在のルヴァンベール湖郷、学校下バス停付近と思われた。ストリートビューだけではよくわからなかったので今度現地で確認してみよう。

 

 

鉄道関連の展示は東武博物館が大部分だが、切手やタバコの包装に「青大将」が登場したものがあった。蒸気機関車の煤煙が目立たないよう当時茶色ばかりだった鉄道車両にこの明るい緑色が登場した時の驚きはいかばかりか。

 


昔、電車に住んでいるヒトの物語(?)を読んだ事があったが、実存していた事を知った。

 

 

何故かゼンザブロニカ製のライター。元々はライターをはじめとした喫煙具メーカーで、この事業を元手に資金を貯め、夢だったカメラ製造を始めたという熱い会社だったようだ。

 

 

常設展示の方もなかなか面白かった。塩の作り方は朝ドラ「まんぷく」でも詳細に紹介されていたので興味深かった。イオン膜を使用して海水を濃縮する仕組みが紹介されていたが、その膜の原理や製造方法といった肝心の部分が触れられていなかった。

 

家内制手工業でたばこの製造を行っている様子。こういう人形が登場すると写欲があがる。

 

 

歴代のたばこの包装や店の看板類。

 

 

街のタバコ店が再現されていた。自販機は通電されており、投入金額を示す7SEGLEDが光っていたが、現金を投入してみる勇気がなかった。

 

 

店内には昭和のテレビが動態展示…と思ったが違った。ハメコミ合成だが、この距離ならば違和感は感じない。

 

 

企画展の見どころ案内という講演があるというので朝申し込んだ所、定員に対して最後の1人だった。内容は鉄ヲタ的でマニアック過ぎ。一般人には難しい箇所もあったのでは⁈

 

 

企画展以外のものも含めて非常に興味深かった。入館料は僅か100円だが、JAFを使えばタダ。しかし来月から値上げとなる。企画展は3/23迄。

 

 

あとは写真を撮りながら街をブラブラ。…飲みながら!(笑)

 

 

いかにも廃店舗のようだが、少なくともコロナの頃までは営業していた模様→1カ月前に口コミ投稿があった。夜間営業のお店のようだ。

 

 

生駒軒業平橋店。営業している気配がまるでない。ココもいよいよ廃業か…?!

 

 

これは…やっていなそうではあるが、建物自体はしっかりしている。

 

 

古いのか新しいのかよくわからない店舗。背後の架線柱のビームがすごい事になっている。

 

 

ボクの好きそうな街角の風景。

 

 

古い街並みと、仮囲いで囲われた区画。元々は何があり、今後何が出来るのかとても興味をそそられる。しかし我ながらココが何処なのかを探すのに難儀中。

 

 

以前訪れた蕎麦店の裏手の路地にふと立入り見つけた区画。

 

 

こちらの医院は少なくとも2020年頃までは営業していた模様。先の薬局と同一家屋。

 

 

東武鉄道の高架下に展示された5500型。引退時の姿なので自動連結器や空気ブレーキといった近代的な装備で固められている。後付けの為、まるで違法建築のように部品が所狭しと並べられている所に機能美を感じる。館内に展示されている方の5500型はデビュー時の姿に戻されているが、その姿はのっぺりとしていて何だかとても物足りない。

 

 

同じく東武博物館の屋外に展示されている1720系。縦に並んだ特徴的な灯火群を保護するアクリル板が曇ってしまっているのが残念。

 

 

以前訪れた事のある中華店。チャーハンと餃子が記されていたので躊躇なく入れた。

 

 

片方の店は閉業している。しかしGoogleマップへの登録を行っていいないだけかもしれない。

 

 

道路の中央に何故か植木鉢の並んだ棚が設置されている。

 

 

ハンドバッグの安い店はココにある訳ではなく、2km以上も離れた川向うだ。

 

 

 

 

列車沿線に建つカラフルな集合住宅。

 

 

80000系に初乗車。だが車内が微妙に混んでいたので、写真も撮れず、運転席も覗けず、「たのしーと」も見る事が出来なかった。

 

 59.20 16.8

 

3月も中旬というか下旬に近いというのにまさかの降雪。

 

 

なので今日も近所のいつもの鉄道沿線へとやって来た。ココへくるまでの道はみぞれが雨に溶けたような状態で、3cm程のシャーベット状になっており、通気性に優れた運動靴では一瞬にずぶ濡れになる。泣きそうになりながらまずは60000系。着雪感は3月中旬としてはまあまあだ。

 

 

続いては行先表示器が3色LED化され、極めて爽やかな印象になった60000系。前面の着雪具合はまるでピンボケしたかと見紛う程。

 

 

8000系前面未更新車であり、東武博物館の動態保存機である8111Fを惜しげもなく雪運用。

 

 

後ろ姿。単線なのと、テールライトが雪でよく見えなくなっている(→良いのか?)ので、往年の姿のように見える。行先表示が白地に黒なら完璧だ。

 

 

定期運用に入った80000系が通常速度で通り過ぎてゆく。

 

 

満足したので帰宅。P様への積雪はこのような感じ。やや溶けかけ、ボンネット部のものがずり落ちかけている。

 

 

スーパーで購入した水沢風そば。2人前なのだが、1人前は微々たるものだったので、今回は2人前にしてみた所、まあまあのボリュームだ。

 

 

4倍に希釈したつゆをそばにぶっかける。揚げ玉があれば良かったのだが以前大量に摂取してひどいできものが出来きて懲りたので今回はナシ。

 

 

夕刻恒例の散歩に出かけたものの、先程の雪は何処という状態だった。

 

 

先程撮影した80000系が何往復して戻って来た。

 


何処かの家にあった美しい植物群。以上全てPENTAX K-3MarkIII &  DA*16-50PLM。

 

 58.95 17.3

 

1日目

先日購入した2台のPENTAX MESuperジャンクの1台。白色通算2号機の整備を突如始める。症状はミラーダウンが極めて遅い(数秒~∞)。分解作業は先日行ったばかりなので(ただ動くようにするだけなら)余裕だろう。

 

 

巻上げレバーは簡単に外れたが、感度設定ダイヤルを止めているナット(?)がびくともしない。なので貫通ドライバーで叩き外すという暴挙。1台250円だから成せる荒業の末、外れた。ここまで何と30分もかかってしまった。

 

 

軍幹部のカバーを外した所。赤色水色灰色の線が何処を通っているのかを確認記録。1号機は以前自分で分解していたので正しい通し方が不明だった。

 

 

14カ所の配線を外し、本体とミラーボックスを分離。しかしこの作業に1時間もかかった。振っても振っても出て来る黒い粉の清掃に手間がかかったのも要因の一つだ。

 

 

定番のダンパー部はあれこれ触っていた所簡単に砕け、分解することなく除去出来た。しかしミラーの動きが芳しくない。更に40分程経過した所で本日の作業は終了とする事にした。


 

が、やはり突如作業再開。前回行わなかった更なるダンパー部の整備に進む。まずはセルフタイマーユニットを外す。ワッシャーの場所とサイズに注意。

 

 

マウント部を外し、今までチラ見しか出来なかったミラー制御部の下半分が露わになる。いつもの定番交換部である左上に加えて下の左右も交換…というかとりつけた。

 

 

ダンパー部についているアーム部を抜く。

 

 

そして外す。ワッシャーは大小2つが使用されているので、順番を忘れないよう記録。

 

 

Eリングを外す時、ピーンとどこかにすっ飛ばしてしまい青ざめたが、奇跡的に回収出来た。エアダンパー内にはゴムダンパーの残骸が溶け崩れていたので綺麗にし、適度な厚さのものを仕込んだ。だがちょっと薄すぎて何の役にもたっていないかもしれない。

 

 

ミラーボックス部を組み立てたものの、まだミラーの動きが渋い。しばらく動かし続けてみたものの原因は不明。今日はココまで。

 

 

2日目

ミラーの動きが渋く、特に上昇時に顕著。どこかに抵抗があるのか、それとも上昇用のバネがヘタってしまっているのかだが、あれこれいぢくっているうちにどうもこの軸についたパーツの動きが渋い事が判った。

 

 

この部分の分解を試みる。未知の部品を外しにかかるが、小さなバネがついているのを発見し、慌てて記録撮影する。

 

 

ミラーアップが完了した際にシャッターを切るこの小さな部品にもノウハウが詰まっていそうだ。バネの向きはこう向き。だがその後、固着した軸のネジをゆるめるも、どうも組み立てられなくなりそうな気配を感じた為、分解作業を中止。注油するだけにとどめた。

 

 

3日目

シャッター幕は見た事もないような汚れだった。

 

 

全部バラしてアルコールで清掃し、元通り組み立てた。前回苦労した事もあり、目をつぶっていても組み立てられるかと思ったが全然駄目で、要所で撮っておいた写真を見ながら組み立てた。

 

 

4日目

シャッター、カウンター、ミラーボックスを組み付ける。この辺は何度も練習を繰り返したので比較的上手になって来た。しかしミラーボックスを組み付ける際に間違ってシャッターを切りミラーボックスをチャージした状態で行ってしまい、何度もやり直すという愚行に走る。その際にシャッターの電極から伸びる細い真鍮板が折れてしまい、万事休す!しかし神業のようなはんだ付け技術でどうにか乗り切った(←次は出来ないと思う)。

 

 

シャッターダイヤル(?)部の動きがシブかったので分解、注油。しかしあまり改善せず。

 

 

今度はシャッターダイヤルとをつなぐ電極の1つが折れてしまった。こちらもはんだでの修復を試みたものの断念。マニュアル露出時のUPボタン用なので頑張れば使用する事が出来る為、我慢する事にした。いざとなれば電線で接続すればよい。

 

 

完成。露出関連は(UPキーが効かない以外は)良好。とにかくこの個体は外も中も汚れがひどく、水没品ではないがその一歩手前のような印象だった。

 

 

5日目

先日購入したもう1台のジャンク。白色通算3号機の分解を開始。症状はミラーアップ、シャッター切れず、巻き上げ動かず。2号機のミラー戻り時間が∞になった時と同様。まずはこのフタが取れずに苦労。ウォータープライヤーで強引に外す。何度か滑った為、早速傷だらけに。

 

 

いつもの電極部。だが茶色と桃色の線を外した所でふと「いつもと違う」と感じた。今までは左から白茶金桃だったのだが、これは白金茶桃になっていた。ミラーボックス側の基板が改版されたのだろう。外す前に一応メモっておいて良かった。ME-Fが同様の並びのようだ。

 

 

いつものミラーリターン用のレバーを操作した所、少し硬かったが、強く押したらミラーが下がった。そしてダンパーが砕け散った。状態が良さそうだったので1カ所のダンパーのみ交換(取り付け?)して終了。

 

 

何とシャッターが開きっぱなしになるという新しい症状に遭遇。シャッターユニットを外す。

 

 

 

どうもこの部品が固着していたようで、下方向に押した所、シャッタが降りた。その後しばらく触っていたらスムーズに動くようになった。本当は分解清掃してグリスアップするべきなのだろうが、そういった高等修理を行うのはまだまだ先だ。

 

 

約1時間半。本日の作業はココまで。だいぶ早くなったか?

 

 

6日目

シャッターのダンパーカスの除去とシャッター幕の清掃を行い(いつもと同じなので割愛)、シャッターユニットを組み付けた所で、ふと、接眼部との間に挟む部品がない事に気づいた。そういえば外した覚えもない。失くしたのではなく省略された模様。

 

 

いつもは外していた電池ケースも外さなくても作業出来た。やっかいなカウンターのバネもさほど苦労せず取り付けられた。改善されたからなのかは不明。

 

 

感度ダイヤルに接触不良があったので接点復活材で清掃。あれよあれよとココ迄組み立て。シャッター速度も露出制御も普通に動いていそうだ。当機種の分解組み立ても板について来なと実感すると同時に「ちょっと飽きて来たな」と思った矢先、セルフタイマーを動作させた所まさかのミラーアップ。まるで振り出しに戻されたような感じだった。

 

 

再びミラーボックスを外す。組み付けるときに少し違和感があったので組み損じたのか、それとも後期バージョン故のものなのかとつけたり外したりを繰り返す。ミラーを上げ下げしているうちにダンパー修理の要となるこの軸のネジが緩んでおり、ミラー下降用のレバーがグラグラしているのを発見。緩んだのか仮締めのままだったのかは不明だが、やや強めに締め直した。

 

 

 

完成。白い三連星を並べてみる。左より1号機2号機3号機(見分けがつかないが)。1号機はシャッター速度不調、2号機はUPボタン効かず、そして3号機はプリズムの山が欠けているのか、ファインダー中央に縦線が見える。もう1台ある本命の黒いMESuperもUNDERのLEDが点灯しなく、まともなものが1台もない状態だ。この中からどうにかまともに使用出来る2台を作成したい所だが、それは次のステップとなる。

 

 XX.X XX.X

 

1日目

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

妻沼にある業務スーパー。値引きされそうな時刻に訪れると大抵モノ自体がない。元々安価なので、ある時に買うのが良さそうだった。

 

 

楽しい車中泊宴会をiPhone14の広角カメラにて。こういう時には役立つ。今日は移動のみ。

 

 

2日目

雪壁のR353をゆく。流石に路面に雪はなかった。ココを初めて通った時はハイシーズンで、とりあえず開通しているというだけで道幅も狭く、対向車が来たら終わりという状況だった。柏崎側から来た際の最後の急坂など2速でも失速しそうな程で、よくぞ降雪中に登れたものである。

 

 

09:06、吹貨東発東青森行きの4091列車。信号ケーブルのようなものが下がり、列車にかかるようになってしまったが、それをかろうじて回避出来る場所をみつけた。しかしどうもシャープさに欠ける(元写真では)。K-3MarkIIIと16-50PLMという最新(?)機材なのでもうカメラのせいにする訳にはいかない。そのカギとなる場所を写真中に発見した。

 

 

歩道橋に取り付けられた船の総舵輪が欠けたような形状の飾りが何と2重になっている。シャッター速度1/500で手振れ補正が入っていても、雑に構えるとブレてしまうようだ。5トドット程ずれているので、画面サイズを1240×727ドット以下にすれば目立たない。つまりSNSや当ブログ程度なら影響がない。とはいえせっかくの2500万画素が台無しになってしまうので、以降心して構える事にした。

 

 

三脚を立ててみた所、当たり前だがブレはなくなった。これは列車の前面付近にライブビューとルーペを使用して精密ピントを合わせたもの。

 

 

こちらは操舵輪そのものにピントを合わせたが、解像感は変わらない。50mmF5.6(これら写真で使用した値)で、許容錯乱円をセンサーピッチの2倍である0.00775mmに設定しても、60m付近にピントを合わせれば30m以上先はピントが合うようなので、理屈通り。

 

 

次の列車までは時間があるので青海川駅に寄ってみた。

 

 

ホテルシーポートの下に残る旧線のトンネル。この季節だと藪が少ないので歩いて行けそうな感じもしたが、サンダルのような靴だった為断念。

 

 

途中にある旧線の橋台は複線分あり、トンネルの手前で合流していた。

 

 

駅前に放置されていたぬいぐるみ?どうせなら待合室内に避難させてあげれば良かった。

 

 

柿崎駅、潟町駅にもちょろっと立ち寄った後、黒井駅へ。貨物列車用の長い側線が多数残る。このホームには一体何があるというのだろう。大喜利が出来そうだ。

 

 

まだ少し時間があったので、昨日業務スーパで購入した鉄板炒飯を食って待つ。弁当にしては爆盛りで食うのに時間がかかる(箸で食ったからというのもある)。実は昨日の昼食も同じもの。

 

 

11:47、青森信発吹貨東行き上り4060列車。駅撮りだが順光で撮影出来た。「がんばれ能登」のヘッドマークが掲げられているのは、かつての北斗星牽引機故にヘッドマーク受けがついていた為に実現したものなのか。

 

 

11:56、吹貨東発東青森行きの下り4091列車が同じ側線に反対側から入って来た。超ド逆光なので見にくいが、貨物用として製造された0番台にはヘッドマーク受けはついていない。

 

 

直江津からかつての北陸本線旧線のトンネルを使用した国道8号線を更に先へ進む。

 

 

次にやってくる下り3097列車まではかなり時間があったと思っていたのだが意外となかった。能生駅で待ち伏せしようとしたのだが、ギリギリの所で行ってしまったようだった。やはり名立駅にちょっと立ち寄ったのが敗因か。いや、大人しく名立駅で待っていればよかったか。

 

 

そうこうしているうちに次の下り列車の時間も迫って来た為、大慌てで浦本駅の上りホームへ。ココは40年位前、オートバイツーリング中に睡魔に襲われた際に立ち寄った駅で、下り線ホーム上にある待合室で夜を明かした事がある思い出の駅だ。

 

 

しかし目的の観光急行「急行2号」の前には非情にも普通列車が被ってしまった。

 

 

越中宮崎駅近くのYショップ境店で、名物の手造りカレーとコロッケを本日の肴用に購入。

 

 

イメージ 1

2015年3月14日  ↓2025年3月14日

10年前の北陸新幹線開業の日の朝、早朝ココを通過するトワイライトエクスプレスと森君(この車)の2ショットを撮ろうと構えていたのだがなかなかやって来ず。そしてやっと来たのはステンレス製の変な電車で驚愕すると共に、時代が変わったのだと悟った事があった。あれから10年。色々な事があった。トワイライトエクスプレスはその日の夜遅く、機関車ごとJR貨物のEF81に牽引されて戻って来た。その様子を鯨波で目撃し、夜景撮影中だった事もあり苦しいながらも写真に収められた事が嬉しかった。

 

 

親不知駅横で、下り観光急行「急行3号」(の普通列車区間)を迎え撃つ。あまりドアップではなく、ココが何処だかが判る位が良い。

 

 

ついでに大逆光覚悟で森君との2ショット。

 

 

上り急行4号(の普通列車区間)は苦肉の逆光対策。森君を真横から見るとボンネット部が小さく結構ずんぐりしていて恰好悪い(?)事を今更ながら知った。BGレガシィの低くて長い美しいフォルムを想像しているとこうなる。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

本日の夕食のようなおつまみのようなものを食いながら今日も車中宴会。安くて美味い…が、流石に電子レンジが欲しかった。

 

 

3日目

昨日ちょろりと訪れた潟町駅。各所に人魚のイラストが描かれている。上下浜や土底浜にはよく訪れるのだが、当駅を訪れたのは今回が初めてだった(…かもしれない)。

 

 

駅の東側にあるこれが「潟」なのかと思ったのだが違った。御手洗池という。

 

 

昨日Yショップ境店で買ったコロッケと今朝セブンイレブンで買ったおにぎりを潟町駅で列車を待つ間に食う。おにぎりは随分高くなった。

 

 

07:15、米原操発新潟タ行きの下り4095列車。中線は1985年に撤去されて棒線化されている為、ホームのヘリまで出る事が出来てその分撮りやすい。

 

 

8:09、柿崎〜米山間の線路と国道が接近する区間で80列車を待つがやって来ず。

 

 

8:22、上輪地区。東青森発富山貨物行きの4076列車。以前この場所から狙った時には普通列車しかやって来ず、貨物撮影は初。あともう少し上向きが良かったか。

 

 

昨日も訪れた鯨波の大カーブ。今日はちゃんと三脚も立て、70-200mmレンズを据え付ける。

 

 

8:58、上沼垂色に塗られたひたちが通り過ぎてゆく。通信ケーブルのようなものがしっかりと邪魔をする。

 

 

9:05、吹貨東発東青森行きの下り4091列車。通信ケーブルのようなものの高さが下がってしまい、下り線にも車体に被るようになってしまったが、機関車だけだがそれをギリギリ避けられる場所をピンポイントで発見した(デジャブ?)。「鯨波撮影地完全消滅」等と言われているようだが、下り貨物ならばギリギリセーフではないか。

 

 

鯨波駅の跨線橋に使われている「明四十年」と記された鋳鉄柱。右側は読めない。既におなかいっぱいになってしまったので、さてそろそろ帰ろうかとした所…

 

 

11:21、青森信発吹貨東行き上り4060列車が、かつてカシオペアを牽引していた銀釜だというので写真整理をしながら2時間程待ち、いつもの薬師堂パーキング(鯨波大カーブに写っている歩道橋付近)横のS字で狙う。直前にカメラを下向きにした為パンタグラフが切れてしまったが、迫力は上がったような気がする。この場所も本来はもう1スパン手前が良いのだろうが、通信ケーブルが低い位置に貼られた為撮れなくなってしまった模様。

 

 

同じ位置から近くのキロポストと日本海を同焦点同露出で撮ってみた所、何やらすごい迫力。

 

 

これで本当におなかいっぱいになったので4091列車を待たずに帰路へ。本当はR253から帰りたかったのだが流石に無駄な遠回りとなってしまう。しかしR353は往路も通ったし最後の勾配が急なので、無難なR252へ。この場合、十日町から先は上越国際経由が効率が良いのだが、やはり往路で通ってしまった為、R353で石内へ。白亜の雪壁は姿を消し、茶色い雪ばかりだった。

 

 

湯沢駅前のホテル街。多少の雪があるものの、前回のような絶望的な量の雪は姿を消していた。

 

 

15:27、日中に上越国境を抜ける唯一の下り貨物列車でなる2071列車を「農協踏切」付近で待ち伏せる…つもりだったのだが、到着時には既に列警が鳴っており細かい構図調整の時間がまったくなく、またもやパンタが切れてしまった。これはもう少しカメラを上に構えていれば回避出来たものなので、「迫力が出た」とは言えない。

 

 

本日の昼食は道の駅こもちの半額セール品。餃子は巨大で具沢山のもっちもち。翌朝朝食にも食った。おにぎりは両方とも梅だった。いつもならもう1泊して車中宴会をしてから翌日早朝に帰宅するのだが、今日は20時頃に帰宅。変な時間の昼食だった為夕食はナシ。車内に残っていたビールを飲み、写真を整理選定しながら楽しかった思い出に浸り、就寝は26時頃になった。

 

 XX.X XX.X / XX.X XX.X / 59.80 16.5

 

明らかに「オオカミ少年」となりそうな極めて大袈裟な首都圏の大雪報道。さあこれからどうなるかと若干の期待。

 

 

結構なぼた雪となったものの、それを写真に納めるのには難儀。

 

 

シャッター速度を遅くしたら雪が舞い落ちる光跡が写るかと思ったが、雪がまったく写らなくなってしまった。まあこれは都心の交差点でスローシャッターを切ってヒトや車をなくすのと同じ事なのでごもっともな話だった。

 

 

玄関前。どうもこれはもう積もる気配はまったくなさそうな予感。

 

 

最強防水カメラ(←本当は防塵防滴)であるK-3MARKIIIと16-50mmPLMを持っていつもの線路沿いの散歩コースを訪問。車両にはほんの少しだけ着雪があった。

 

 

車番が判らない程の着雪…車番だけが判らない程の着雪?!

 

 

10000系は車番部のみに着雪する構造なのだろうか?!

 

 

似たような形状の8000系には着雪がない。材質の違いなのだろうか?!

 

 

やはり着雪がほとんどない。既に降雪がやんだ故の事なのだろうか!?

 

 

しかしやはり10000系には多少の着雪。普通鋼とステンレスとの熱伝導率の違いなのだろうか!?

 

 

アルミ車である60000系にはまったく着雪がない。但し前面表面がアルミかどうかは疑問。

 

 

着雪の多かった10000系もこの時間になると全くなかった。

 

 

試運転たけなわの80000系にも着雪はナシ。背景のわずかな雪景色が初陣を飾る。

 

 

雪化粧の8111F(←これで?!)。

 

 

暗所撮影の目安となり、またGR3購入のきっかけとなった廃軽トラ。露出補正次第では昼間のような明るさになる。但しこれでは見た目とは程遠く、暗視スコープ的な使い方となってしまう。

 

 

昨年や2018年と比べると、まったくもって大した事のない降雪量だった。

 

 59.30 18.3

 

10:15、回送筋に予想通り新型80000系がやって来た。逆光なのが残念。

 

 

背後は順光。しかしこの形状は果たして恰好イイのか…?まあ東急8000系のように、初めから魔改造車のような形状をしたものに比べたらイイか?!

 

 

10:47、予想通り岩槻駅の側線に停車していた。

 

 

11:04、大宮の2駅手前で下車し、西へと進路をとる。東北本線の3線区間にジャカルタ風カラー(赤色部は)の列車がやって来た。残念ながらケツ打ち。

 

 

やって来たのはココだ。別段何か見たいものがあった訳ではないのだが、年パス所有者なので大宮に行く際には立ち要るようにしている。

 

 

台湾鉄路の食文化展が面白かった。特に食品サンプルが秀逸。撮禁なのが残念。後半の台湾鉄博も魅惑だった。日本の鉄道博物館も見習ってほしい。
 

 

東武DRC車が、先頭車両のみならず4両も展示されていた。残り2両は?

 

 

コレクションギャラリーにDC-8の計器パネルの一部が展示(というか放置)されていた。これらの複雑な景気を監視操作するのは大変だが、パネルの裏側の配線も大変な事になっているであろう。今回は北側の壁面の大幅な入れ替えがあった。

 

 

土合駅では現役で活躍している改札口の「フネ」。活躍というと中にヒトが入る状態を指しそうなので、活躍ではないかもしれない。

 

 

EF58の台車間にある長い棒状のものを収納するケースの中には何が入っているのだろう。

 

 

パックだけでなく教祖様にも存在する。兄弟であるEF15にもあるのか今度見てみよう。

 

 

てっぱく帰り恒例の大宮駅近くのひまつぶしへ。
 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

パンチョとどちらにしようか迷ったか、600gを食う自信が最近なく、600g未満ならばこちらの方がお得な為再び選択。本当に丁度イイ量。でも次回はパンチョ600gに挑戦してみようかな…
 

 

大宮駅から30分弱かけてやって来たのはさいたまスーパーアリーナけやき広場。

 

 

ココで全国の有名ラーメン店が一堂に会したラーメンフェアが行われている。

 

 

計8店舗が軒をそろえる。しかしボクはつい先程ナポリタンを食べたばかり。要するにラーメンには興味がないのである。ではそんな所に何故来たかというと…

 

 

ラジオの公開放送目当て。丁度ゲストコーナーで「ストレッチーズ」が出演の最中だった。とはいえココまでもラジオを聴いて来たので内容は把握している。しばらく端の方で見ていたが、ほどなくして運良く座る事が出来た。
 

 

15:20からの「日常野郎鬼ガイバー」の時にはさわちゃんは引っ込んでしまう。お食事の場にふさわしいネタを吟味した所、今日のネタはわずか3人のみ。しかしそれでもすれすれの内容。更にはラストにはまさかのあのビリービンビン氏が登場するというのだから一同驚き。危険なネタは自ら規制していた(というのもネタにしていた)ものの、ナマコにかこつけて尻は登場した。

 

 

名物「あまがみ神社」。原稿をこのように見せていた。素顔のさわちゃんを見るのはコロナ以来なので少なくとも5年振り(さわモニターや、マスクをした状態の公開放送はある)。ちょっと痩せすぎてのげっそり感は否めないが、美魔女感は健在。笑顔は最高。あまがみ後の小話(?)コーナーなネタなしとの事で残念。テンパっていたのかタイムテーブルの都合上か?

 

 

甘噛み神社後は席を譲り、飲料調達した後しばらくラーメン店以外のブースを見ていた所、ビールサーバー屋とソフトバンクにつかまってしまい、二組目のゲストである「亜咲花」さんのライブを見損じてしまった。

 

 

結局最後まで観覧。レポーターの緑静嬢(は3週間振り)も生で見る事が出来た。

 

 

NACK5の「らじっと」とアルネットホームの「アルネットラ」が二匹で振動している。

 

 

連日NACK5のイベントが行われている。ファンとしては他のものも見たいような気がする。

 

 

18:06、会場を後にする。

 

 

ストリートピアノを演奏する青年。ボクもいつか一曲弾いてみたいような気がするのだが、まずは家のピアノを直して弾けるようにし、それからさび付いた指の整備を行わなければならないが、たとえ家で弾けるようになった所でこれだけのヒトの前で弾くのは勇気と度胸がいる。

 

 

駅まではすぐだが、たった一駅だけの乗車がもったいない。なので大宮駅まで歩く。

 

 

飲みながら、そして写真を撮りながらだと全く苦にならない。

 

 

8000系更新車の運転席背面。子供の頃から見慣れてきたこの光景もあと僅かか?

 

 59.80 16.3

 

すっかり春の陽気となった為、春の息吹を体感すべく、渡良瀬遊水地へとやって来た。

 

 

ポンプ施設の上の展望台からヨシを撮影。拡大してみると(元写真では)ヨシの1本1本までが鮮明に写っている。

 

 

テレ端(50mm)、F2.8開放。

 

 

それを等倍で拡大してみる。あまり意味のある数字ではないが770mm相当。当ブログで使用する程度なら充分…かどうかは不明だが、200mm位のトリミングなら全く問題なさそうだ。

 

 

こちらは近くに寄ってみた。まあ単焦点でもマクロレンズでもない割にはまあまあ良いか。

 

 

全景。こんな状況でも車のドアに記された文字が…流石に読めなかった。

 

 

所変わって野木神社。先日「こころ旅」の再放送で訪れていたばかりなのでタイムリーだ。

 

 

カメラ任せだとやや(かなり)露出オーバーになった為、カメラ内で-0.7EV補正した。

 

 

名所となっている大いちょう。同じく-0.7EV補正。ギリギリセーフだったとはいえやはり完全機械任せにはしにくい。

 

 

この写真は無修正だった。上2枚との違いが不明。

 

 

何やらの絵が掲示されちた。

 

 

そのしたにいたネコにモデルになってもらった。やはりピントが合いにくいのに加え、F4では被写界深度が極めて浅く、被写体距離50cm、焦点距離43mm(実焦点)、許容錯乱円を0.02mmとすると、前後1cm程しかピントが合わない。これは何枚か撮ったうちのどうにか(偶然?)ピントが合ったものを採用。

 

 

よせばいいのに絞りをF2.8にし、テレ端50mm(実焦点)にし、少し離れたので距離80cmとすると、ピントが合うのは前後15mm程。ピントが合ったのは喉から胸の付近だった為、顔はボケてしまっている。F5.6で前後3cm程、F8で4cm、F11で6cm程になる。この構図ならF11にして全身にピントが合うのが適当だったか。

 

 

テレ端、距離60cm位、絞りF4だと前後15mm程度だが、まあまあ顔全体にピントが合った。

 

 

テレ端、距離1m位、絞りF4だと前後2cm程度。耳の先から胸当たりまでピントが合っており、まあまあか。歩留まりは4/26と低く、被写界深度の重要性をこのネコから存分に教わった。

 

 

 

 

 

 

39mm、50cm、F5.6なので、前後2cm。よく見ると口の部分にしかピントが合っていないが、それほど気にならないのは像自体があまり明瞭でないからか?

 

 

昼食は、いつも車で駐車場が埋まっていてなかなか訪れる事の出来なかった長命庵へ。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

せいろそはと、かつ丼セットに付属していた蕎麦。ほぼ同量。一人前はやや少な目だが、それを2つ食うとかなりの量。同店には2.5人前の「板そば」というものもある。食えなくはないだろうが、やめておいた方が良さそうだ。コシがあるのがお気に入り。

 

 

いつもの散歩にて、8000系更新車。

 

 

8000系原型顔、初期塗装色。ちょっと引き寄せ過ぎた。

 

 

60000系。

 

試運転中の80000系。

 

 

10000系。当路線に走る形式をコンプリート。

 

 

ついでに戻って来た8111Fを一応撮影。

 

 

◎おまけ

本日の夕食。土手で採ってきた菜の花?からしな?のお浸しと、蕎麦屋でもらった揚げ玉。揚げ玉は大量で、数日に分けて毎日食った所、数日後こめかみに巨大な出来物が出来、即刻摂取を中止し、残りは破棄した。油分の撮り過ぎに注意しよう。

 

 59.70 17.3

 

2016年末、それまでのiPhone5sから機種編したiPhone7。丁度5年間使用してiPhone14SIM FREE品を買い増した為、人生初の下取りに出さなかったiPhoneとなった。古い機種とはいえ何かに使えるだろうと思いつつ早や2年。電池がすっかり駄目になっておりコードレスでは使用不可。交換電池が各種専用工具がてんこ盛りで2000円弱という安価に市販されていたので、交換に挑戦してみる事にした。

 

 

0:00、まずは保護ガラスを剥がす。度重なる落下試験により数カ所に割れがある。吸盤が写真に写っているが、これで剥がした訳ではなく、反射を防ぐ為の単なる台だ。吸盤のリングの形状に注目。

 

 

0:01、充電口の左右にある星形ネジ2本を外す。ドライバーはあまりに細く、先端の形状を見るには老眼鏡どころではなくルーペを要した。

 

 

0:02、ドライヤーで接合部を温めた後、吸盤で引っ張ってフロントパネルを外すのだが、これが大いに難航。本体を持つ場所がないのと、あまりに固い為に吸盤についているリングが変形してしまう程。液晶パネルをあまり炙るのもイヤだが、結局は素手で持てない…の一歩手前位まで加熱する事になった。

 

 

0:48、約45分かけ、やっとギターピック状の工具を本体とフロントパネルとの間に差し込む事に成功した。吸盤のリングは(あまり写っていないが)倍ぐらいの長さに伸びてしまっている。そんな力が指にかかるのだから痛いに決まっている。軍手が欲しかった。

 

 

0:58、ピック突入からは10分程でほぼ大半が開いた。上辺には爪があるのでこじらず、この状態からフロントパネルを下方向に引き抜くような方向に力をいれ、必要に応じて再加熱しながらぐりぐりする。

 

 

1:00、数分程ぐぐりぐりしてめでたく御開帳。90度以上に開くべきではないとの事なので、老眼鏡で支えている(90度以上だが…w)。作業には頭にかぶるタイプの拡大鏡を使用しているので老眼鏡は使用していない。

 

 

1:06、+ネジ2本で固定されている上部のコネクターと、三ツ矢ネジ4本で止められている金属板を外し、2つのコネクターを外し、これで本体とフロントパネルが完全に分離する。

 

 

1:26、本体とフロントパネルの間のシーリング材兼接着剤のカスを丁寧に除去。難しい作業ではないが、丁寧にやった所20分位かかった。精魂尽きたので本日の作業はココまで。

 

 

翌日。作業開始前に内部の様子を記念に撮っておく。

 

 

フロントパネル部。この薄い中にタッチパネル内蔵の(?)大型液晶が収まっているのだから、取り扱いには細心の注意が必要だ。

 

 

1:38、バッテリーに貼られている、縦方向には強靭な接着力だが横方向には弱いような両面面テープを引き抜く。のだがそのまま引き抜こうとした所、あっけなく切れてしまった。なので取説には記されていないがビデオでは外すよう指示されているバイブレーターを外すが時遅し。2列ある左側のテープは僅かに見える残骸をピンセットでつまみ出す事に成功した。

 

 

1:44、しかし右側(この写真では下側)のテープは勢いよくひっぱった為に途中で切れてしまった。なのでバッテリーの(この写真で)右下部に残っており、そして強力な接着力を発揮しつづけている。ドライバーを突っ込んでいるが、ここでえいやっとグリグリと引き剥がしてしまうと、電池に過大な力が加わる為、極めて危険だ。曲げるような力も駄目だというのは知らなかったのだが、作業中にこれが原因だなと悟った。

 

 

1:55、ドライヤーで軽く暖めつつ少~しづつ力を加える事20分、やっと外れた。まるで不発弾の信管を抜くような緊張感で、生きた心地がしなかった。今回はどうにかうまくいったが、もう2度とやりたくない。

 

 

1:56、新旧電池比較。当然の事ながら新しい電池にりんご印はない。

 

 

2:05、フロントパネルを仮り組み。3コのコネクターを接続し、電池も接続して火入れ。

 

 

2:06、(よく見えないが)無事起動した。

 

 

2:08、表示のみならずタッチパネル、指紋認証、そして充電が正しく出来る事を確認。

 

 

2:19、分解の逆順に組み立てて作業完了。外すのに非常に苦労したバッテリー裏の両面テープと、シーリングを兼ねた接着剤は使用しない事にした。幸いにもバッテリーがガタガタするような事はなかった。防水性は失われるが、普段使い用ではないので問題ない。むしろ何かあった時の再分解の容易さの方がメリットとして高い。

 

 

大変な重労働と恐怖との格闘の末、どうにか動くようになったiPhone7。iPhone5sに比べるとみっともない位のバカデカさだなと思ったものだが、いまや薄くて持ちにくい。また画面は老眼鏡ナシではまったく見る事が出来ない。ベット脇に置いて寝る前にさわろうと思ったのだが、操作性が微妙に異なる事から併用するとどちらの操作もやりにくくなりそうな所はGR2とGR3との関係に似ている。という訳でせっかく苦労したものの、結局はあまり使用しないのではないか。

 

…と思いつつ、インスタをしばらく閲覧した後、iPhone14を手に持った所「でかっ!重っ!」という感想だった。目さえ良ければiPhone7位が丁度良い大きさなのかもしれない。

 

 

まさかのケース及び保護ガラスを100均で購入。いざとなればSIMを差し替えるだけで現役復帰も出来るようになった。…が、PASMOとSUICAの移動は如何やるのだろう?

 

 

セルフ電池交換の可否について

今回のような電池交換についてはネット上で色々出ている。「絶対に駄目!」と言っている多くは修理業者で、しかも修理業者が遭遇したトラブルの多くは「組み立てられなくなった」「組み立てたが動かなくなった」といったものばかり。発火炎上品は流石に修理業者に持ち込まれないと言われればそれまでだが、社外(中華)バッテリーが危険だとは誰も記していなかった。そういった非正規業者とて使用するのは社外品であるので、下手に言及すると自身の首を絞める事になりかねない。発火事故に関しては「リチウムイオン電池は使い方を誤ると危険」というだけで、そこには純正/社外品の区別はない。

 

またメーカー(スマホに限らず)が社外バッテリーを使用するなというのも、社外品が火を噴いた際の筋違いの文句を避ける為である。自社ブランドバッテリーがトラブルを起こした場合は当然対処する。純正品が高価なのはその費用が含まれている為と思えば良い。

 

以上の「リチウムイオン電池は取り扱いを誤ると危険」「バッテリー交換時にバッテリーに強い力を加える工程があり、個人がそれを知らずに行う事がある」「個人が入手できるのは社外品のみである」という事実がごちゃ混ぜになり、いつしか「社外バッテリーは危険」という誤った結論になっているものと推察する。

 

 59.80 18.1