PRYCE16写真日記 -33ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

3年振りにやって来た東京ビッグサイト。ココで今日は何が開催されているかというと…

 

 

コレだ!近年の鉄道模型の精巧さには目を見張るばかりで、時としてNゲージと実物の違いがつかない事もある位だ。そこら辺をじっくり見るのが楽しみなのではあるが、今や肉眼での詳細確認は不可能。虫眼鏡どころか、ルーペが必要となる。という訳でココには立ち寄らず…(笑)

 

 

何故か毎年同時開催されるコチラの方が目的のイベントだ。

 

 

コロナにより2度も中止となり、今回もおそるおそるの開催となった。こちらのブースではオンラインによる説明や質疑応答が行われていた。

 

 

こちらは何と、展示会にありがちな壁を全廃して風通しを向上。まるでキャンプ場か移動運用でもしているような楽しさ満開だ。

 

 

こちらはバーチャルアイドル(バーチャル社員?)による展示概要の解説。アニメ系の声は大好きなので、ずっと聞いていても飽きない。

 

 

トランスバーターの併用で10GHz帯まで対応する製品が参考出品されていた。桁数のあまりの多さに何が何だか判らない状態になっている。10GHz帯の市販品がまさか出て来るとは思いもしなかったが、流石に買ってきてポンと使えるものでもなく、おそらく失敗と苦労の連続となる事だろうが、そんな事こそアマチュア無線の醍醐味である。

 

 

会場内は適度な混み具合。ジャンク類の販売コーナーでは、かつてはベーターのデッキや航空時計、鉄道時計などを(まあまあの価格で)買って喜んでいたが、ここ10数年は大したものは並んでいない。

 

 

会場は出入り自由なので、適度に外に出る。近年出来た南展示場は何処を見まわしても綺麗。

 

 

日本丸が停泊していた。だが窓ガラスが汚く、外に出る事も出来ず、これが精いっぱい。

 

 

屋上のアンテナ群。会場へは太いが長い同軸ケーブルで引き込まれる。50MHz以上ではロスが無視出来なくなってくるだろう。

 

 

一日目終了。ゆりかもめで帰る。かつて2度訪れ、2度とも号泣した事のあるZEPP東京が解体されていた。思い出の地がまた1つなくなってゆく。

 

 

 

 

◎2日目(8月21日(日))

 

 

2日目。かつて何十回か訪れた事のある劇団四季の海劇場の横を通り…

 

 

かつて会社帰りの散歩コースとして訪れていた芝浦付近を通り…

 

 

閉館して随分時の経った船の科学館の横を通り…

 

 

羊蹄丸の姿はなくなり、跡地に宗谷が移動し、謎の海上道路が洋上に伸びた場所を通り…

 

 

昨日衝撃を受けた解体中のZEPP TOKYOの横を通り…

 

 

近年ココを訪れる時には必ず使用していた水上バスの桟橋。ココと竹芝桟橋を結ぶ航路も数年前から欠航が続いている。

 

 

12:58、早くも1本目。今日はもう惰性のようなもので、早目の水分補給。

 

 

14:46、2本目。この後、隣で移動運用していた方とお話。飲料の調達方法を御指導?!(笑)。

 

 

16:30、会場を後にする。

 

 

豊洲経由の有楽町線新富町乗り換え。銀座までの散歩コースで見つけたこの古風なマンションの横を経由して日比谷線築地駅まで向かう。

 

 

築地川沿いにある読んだ通りのホテル。しかし何が変なのかは外観からはうかがい知る事が出来ない。もどかしい。

 

 

築地駅前の古い店舗。リノベーションしてほしい所だ。

 

 

帰宅すると、通販で購入したTシャツが届いていた。Tシャツとしては驚く程の高額で、しかもサイズがSとLしかなかったが、自称トム・プライスファンを名乗る身としては購入しない訳にはいかないだろう。

 

 

靴下もあった。こちらはかなり見えないお洒落。おそらくどちらも着用する事はないだろう。

 

 56.45 13.3 / 56.00 13.1

 

 

13:02、姪っ子一家が(遅い時間に)やって来た。いつもの通りいつもの回転寿司で注文した品をiPhone7で撮影。こうして記録しておかないと、何を食ったかがまったく判らなくなってしまうお年頃なのだ。

 

 

13;02、

 

13:03、

 

13:12、

 

13:12、

 

13:12、ちょっと近づき過ぎたせいか、皿にピントが合っている。万能と思われるiPhoneといえども注意が必要だ。

 

 

13:12、これも近過ぎたのか、何処にもピントがあっていない。

 


13:25、これは近いのに大丈夫だ。面倒くさいカメラだ。

 

 

13:26、この状況で皿にピントが合うアルゴリズムを逆に知りたい。

 

13:35、やはり皿。

 

13:35、やはり皿。結局、大きく写そうとして近づくとピントが合わず、その警告も出さずにシャッターを切ってしまう所に問題があるようだ。カメラ付きの電話としては極めて優秀だが、カメラとして見るとまだまだ…というか、決して追いつけない、追いつきようがないだろう。以上、iPhone7。

 

 

それから例によって帰路の車内で次の行先を決め、寿司屋とはまったく反対方向のアウトレットへとやって来た。

 

 

綺麗なおねぇさんの綺麗な足を見つめるピンちゃん。

 

 

暑さには強いボクが、ちょっと危機感を感じる程の猛暑、空の色は(GRのビビットモードでは)何処までも青い。こんな何気ない写真が妙に絵になる(センサーゴミが気になる?!(笑))。

 

 

いつも通り、地獄の門番のような様相のカフェ。流石に暑いらしく、だらしなく舌を出している。あまりにもしんどい→面倒なのか、その後度々歩行を拒否。

 

 

 

 

トミーマキネン?

 

伊達政宗?

 

仁担塔上部?

 

開拓時代の西武劇によく登場する風車風のオブジェ。立派な鉄塔の上に建っているので、100W位の発電機ならば回せそうなものだが。風車の向きを決める「尾翼」が何故か90度近く横を向いている。

 

 

サンリオショップで、何やらなくじ引き商品の残り全てを「大人買い」し、希望の商品を入手出来て大喜びで店から出て来る姪っ子を待ち伏せ撮り。背後のお兄さんがちょっと邪魔だったが仕方がない。

 

 

嬉し恥ずかしの姪っ子(とその父親)との乾杯。バドワイザーに手が伸びたので、次回は銀河高原ビールに加えてバドも大量に用意する事になるだろう。

 

 

本日は満月だった為、我が家の廃望遠鏡による鑑賞会を行った。これは姪っ子がiPhoe12PROでコリメート撮影したもの。最初はどのレンズが使われているかもわからず、またうかうかしている間に月が視野からどんどん離れてしまう為、かなり難儀の末に撮ったベストな一枚。まあ当たり前ではあるのだが、普通の望遠レンズよりは綺麗に写る。とはいえ手持ちコリメートでは所詮この程度だ。

 

 

…と思ったのだが、コントラストを適度に上げてみると、俄然写りが良く見えて来た。

 

 

なので、ボクの月写真の合格基準である「グーテンベルク」という一部が欠けたクレーターの中に丸い模様が見えるかどうかを確認してみた。この部分の…

 

 

中央の、南西方向の欠けたクレーターの中に、まるでお団子のように2つの小さな円形状のもの(クレーターだと思ったのだがそうではない模様)がかなりバッチリ見えていた!流石はiPhone12PRO…というか、流石は我が家の廃望遠鏡!腐っても口径150mmである。

 

 

コレがグーテンベルク内の2連団子。これを初めてみつけた時にはなんて面白いと思い!と思い、以降、自分で写真を撮る時でも、これが写るまで繰り返し撮影するようにしている。

 

 XX.X XX.X

 

13:04、いつもの帰宅時の散歩コースの近くから歩行を開始。

 

 

13:11、切り取り方次第ではそれらしい写真が撮れる。

 

 

13:16、古い店舗や家屋が少しだがまだ残る。

 

 

やって来たのは、この界隈ではよく見るとあちこちで見る事が出来るこんな店。

 

 

13:24、いつもの炒飯餃子。炒飯は比較的高額だが、取り分け用サイズ。なので普通の大盛りより多目。食っても食ってもなくならない至福のひと時。

 

 

13;46、店舗全貌。日頃街歩き写真を色々撮っている割にはヘタな写真だ。以上,GR3。

 

 

13:53、「三筋」といったら、以前GRのミーティングで参加者の方が撮影し話題になったたこの場所に立ち寄らない訳には行かない。本当はハイキー縛りで撮らなくてはならない。そして何故か今日もまたGRではない撮影。

 

 

13:55、以降、何処が何処だか判らない為、撮影時刻のみ記載。時間が隣接していれば、前の場所からそれ程離れていないと推察する事が出来る。

 

 

13:57、民家?のシャッターに綺麗な絵が描かれている。着物姿に結い髪だが手には消火器。他にも多数のシャッター絵画を付近で見つけた。

 


14:02、蒸気機関のフライホイールのような輪が特徴的なオブジェだが、詳細意図は不明。

 

 

14:03、リリアン編みのような手法で作成された店の看板。モールス符号とは関係がない模様。

 

 

14:05、まだ時々残るこのような光景を見るとホッとする。

 

 

14:06、何故か自転車好き。

 

 

14:07、こちらもアートといえばアートだが…何だか色々と残念。

 

 

14:09、都電通りに佇む昔ながらの喫茶店(上の寿司店もだが)。諸君らは都電を見ていたか?

 

 

14:14、都電通りからは離れたと思われるが、この場所にGoogleマップもGPSも前後の写真も使わずに行ってみろと言われたらかなり困難。だが「ロケ地探索」ではそのような事をしなければならない。

 

 

14:20、今まで2~3分毎にセレクトしていたものが、少々間隔が開いてくる。この頃から、墨田川のすぐ西側の細い路地へ。

 

 

14:20、といった途端、18秒間隔に?!隣の隣位でないと間に合わない。

 


14:26、以前墨田川花火の前日に、墨田川沿いが歩けなかった時に偶然見つけた古い家屋。網に覆われているがまだ一応は健在。

 

 

14:27、何となく面白い看板。こういうものが写っていると、場所の特定が比較的容易になる。悪い事に使用しないように。

 

 

14:28、ココは犬屋なのか飲食店なのか→両方らしい。

 

 

14:39、炎天下の歩行で、思った以上に水分が抜け、身の危険を感じた為、撮影後だったか撮影前だったか、ココで水分を補給した。

 

 

14:41、小一時間歩いて吾妻橋に到着。1.5km程しかないので全然たいした距離ではないのだが、随分と時間がかかった。それだけ魅惑な被写体が多かったという事だ。

 

 

14:53、電波塔を見ながら補水中。この後すぐに2回目の水分調達を行う。

 

 

15:06、業平橋駅でわざわざ一旦下車。電波塔直下の新ホームがかなり出来上がって来ている。大手私鉄の本線にも関わらず、次の電車までの間隔は概ね10分を要する。支線であり単線区間を残すアーバンパークラインと変わらない。

 

 

15:08、電波塔を直下より見上げる。下の変な箱は邪魔だったか。以上、PENTAX K-1及び、ジャンクで購入し、前玉後部の曇りを自分で分解除去したTokina35-70 1:3.5-4.5。やはり普通に写るし、色やコントラストもまずまず。何を食ってもおいしいと思うようなボクなので、レンズの感想もあまり参考にはならないだろう。これは禁句なのかもしれないが、料理もレンズも、よっ~~~~~~ぽど酷いもの以外は、普通に良いのではないのか、そして凄く高級なものを与えられても、あまり判らないような気がする。高級な方はともかく、酷いレンズや食事というものを一度体験してみたいなと思う。

 

 

 

 

17:00からこのようなイベントが開催される為、早目に帰宅。PENTAXの先週オープンしたクラブハウス(=部室)という名のショールーム兼サービス拠点からのオンライン配信だ。Liteなというのは、オンライン配信のテスト的な意味合いもありそうだ。案の定冒頭では回線の状態が悪く、せっかくのクラブハウス内の紹介がかなり乱れ、既に訪れた事のあるヒト(ボク)でない場合は、内容が半分も伝わらなかっただろう。しかしそれ以降は安定し、新100mmマクロの開発発表(かなり良いらしい)や夏天作例バトル、秋の新カスタムイメージのチラ見せ等の魅惑な内容が、多くの社員さん出演によるほのぼのとした状況の中で進行していった。オンライン配信にもかかわらず1000人の定員が設けられ、あっという間に埋まってしまったというのを如何解釈したものか迷う所だが、今後もこのような楽しい時間を提供してもらえるものと思っている。ただ以前のようなリアルなイベントや講座の開催は出来なさそうなのが残念な所だ。

 

 

 57.30 13.1

 

 

 

 

毎日通っている日比谷線南千住駅のホームから外を見ると、アレは既にスタンバイ状態だった。「アレ」とは、国鉄の貨物用の強力にしてかつ高速な電気機関車EF66の0番台の、しかも製造当初から(あまり)姿の変わっていない貴重な原型を保っている唯一の車両だ。同様の車両は既に東西の博物館入りし、そうでないものは「生首」として各所に点在している。

 

 

しかし駅到着から僅か4分後、本日の主役は無情にも動きだした。あまりセッティングも決まらないままどうにか撮る。慌てている為、金網の処理がうまく出来ていない。

 

 

あいにく天気はものすごく良い為、こちら側は大逆光となり、真っ黒な顔になってしまう。

 

 

そして「こちら側」も、EF66があまりに堀が深い為、顔が影だらけとなってしまう事が判った。この後、同業者の方々は一瞬でいなくなる。既に次の撮影地点へと移動した模様。ボクも遅ればせながら次の目的地を目指そうとするものの、果たして何処へ向かえば良いのやら…

 

12:54、北千住駅構内。列車通過の報を受けカメラを構えていた所、DE10が単機で通過していった。小型機ではあるが61リッターV12、中間冷却器付き過給機に強化ピストンの採用により、同型エンジンを搭載するDD51の一基1100馬力よりも高い1350馬力を誇る。大型トラクター(トレーラーを引っ張る奴)2台分程の高出力を誇るので迫力満点。

 


13:07、色々悩んだが、ココで撮影する事にした。一応編成が全部入るのと、太陽の直射から逃れられる為だ。駅ビル直下で高感度撮影する事も考えたが、まあ機関車さえ写ればイイかというのも頭を過った。

 

 

13:13、かつては毎日乗っていた通勤電車で練習。ギリギリ構図となった。

 

 

13:25、やはりかつては毎日乗っていた近郊型。ちょっと攻めすぎて、欠けてはいないが超ギリギリだ。

 

 

13:29、直前のヨ531系で失敗した為、すっかり弱気なシャッタータイミングになってしまった…訳ではなく、あまり引き付けると近すぎてデフォルメが大きくなり、不細工になってしまう為だ(ポートレートでも気を付けよう!)。使用レンズは77mmだったが、本当は100mm位が良さそうだ。直前に上り列車が2番線に入った為、被るかとも心配したが何とか。顔には影ひとつなく、百戦錬磨ではないボクにしてはまあまあ良かったのではないかと思う。

 

本当は夕方のシャトル便に入る筈だったのだが、大井への到着が遅れたのか何なのか、明日走る筈だった昼のシャトル便に急遽充当されて、大いに焦った。今日は練習のつもりだったのだが、ぶっつけ本番になってしまった。そして明日は関西に帰ってしまいそうな雰囲気。東海道線沿線が大いに賑わう事だろう。

 

 

14:34、明日も含めた全ての全てのミッションが終了した為、わざわざ南千住に戻って遅い昼食。冷房が故障していたものの、店内の風通しもよく、炎天下に比べたら大した事はなかった。本当ならビールでも頼みたい所だったが、そこはぐっと我慢。

 

 

15:42、別のシャトル便に入ったEF65をホームの端から超望遠で。

 

 

 

 

 

 

◎ニーナ(EF66 27)の思い出

 

 

2021年2月27日。大カーブをゆく姿を線路のすぐ横から狙える場所。定員1名なので3時間前に訪れ、サンニッパ開放で撮影。真正面から撮るとのっぺりしていてあんまり格好よくないな~と感じた。

 

 

 

2020年11月11日。ニーナが走るというので有休を取って…ではなく、有休を取ったらニーナが走るというので…(時効)。なので遠くからコンデジでまったりと。

 

 

2018年10月13日。高崎ふれあいデー。流石にこの並びはブルトレ世代には夢か幻か感。構内にはD51498が有火でいたのだが、閑古鳥が鳴いていた。入場料3000円程(往復運賃)払っても十分に満足行くものだった。

 

 

2018年6月2日。シャトル便に入ったニーナを西国分寺駅で待ち伏せ。それにしても酷い写真だ。

 

 

…と、実はたったこれだけだ。意外と少ない。しかも2017年3月に百済に止まっているのを見たのが初見だ。その頃ロクゼロはまだ数両が稼働していたが、なぜ一同がニーナに大騒ぎするのかまだよく判っていなかった。

 

 

 

 

◎ロクゼロの思い出

 

 

2017年6月11日、PVのロケ地探索で袋井を訪れた時。ロクゼロが来るというのを現地で知り、昨日目を付けていた場所へ。直前の列車でまあまあな構図を決めたものの、編成が思ったよりも短かかった為、こんな中途半端なものに。33号機。

 

その後静岡付近で追い抜き、由比で待ち伏せ。ただ撮っただけになってしまった。

 

 

2015年5月17日。まだ地上切り替え式だった黒磯駅の南端。36号機。

 

 

2013年11月22日。草津。大慌てで撮ったので酷い写真。しかも何故か元写真が見つからず。52号機である事をネットで突き止める。「貨物チャンネル」とはこの時からの付き合いだが、多様するようになるのはもう少し後。

 

 

2011年8月6日。さった峠。本当なら背後に富士山がそびえる、江戸時代からの有名地。

 

 

同じような写真が続く。これらの一体何が良いのかというと…

 

 

ロクゼロの姿が米粒のように小さくだが写っている所にある。機番は流石に読めない。

 

 

2008年3月12日、熱海駅。49号機。劇団四季を観に名古屋まで鈍行で行った時のもの。急行銀河とは田町付近ですれ違った。

 

 

同日11:10、岩田駅。掛川~浜松の何処で乗り換えてもよかったのだが、何故かココで。

 

 

同日12:15頃。愛知御津付近か?

 

 

同日12:34、安城駅付近?大量のワム8及びDE10を牽引している。機番は読めそうで読めず。

 

 

1997年頃、東京駅にて。いやしっかし酷い写真だ。

 

同日。いやしかし返す返すもひどい写真だ。こんなものに1枚50円も消費していたとは、何ともリッチな日々だ。

 

 

1981年、新幹線の車内から100mmレンズで撮ったもの。生まれて初めてEF66に遭遇し、反射的にシャッターを押した。素晴らしい反射神経ではあるが、当然こんな事になるのは致し方ない。3号機。

 

 56.10 12.9

 

 

新宿にあったリコーイメージング東京が3/28に閉店してから4か月。待ちに待ったP社の新たなショールームが四谷の地にオープンした。平日ではあったが、会社を一目散に去り、半蔵門線ではなく都営新宿線に乗り、市ヶ谷から歩くという裏技を使う事により、17:36に何とか到着。

 

 

まず目に飛び込んできたのがこの「クラブハウスセット」。AOCOマークに歴代ロゴ入りマウント、そして隣にはアニキさんがいる事から、ついJリミ製品かと錯覚してしまう。背面液晶裏のクラブハウスロゴは、そのままでは見えないので部品だけ別展示しているのかと思った。バリアングル液晶機を所有した事がないのだ。

 

 

毎度お馴染み…な筈はないのだが、何故か時折見かけるLXゴールド。キャプションにはワニ皮とうたわれているが、これはアメリカ仕様で、輸入規制の関係で牛革が使用されており、更に希少なモデルとなっている。

 

 

カメラ漫画で取り上げられ、一般民にもすっかりお馴染みとなった、御存知メタリカとメモリカの姉妹。先日のJリミイベントでは、メタリカは大阪、メモリカは東京と別行動をしていたが、その時語られた「一緒に展示したい」という言葉が実現化された。なおカメラ本体にピントが合っていないのは、背後の説明文に注目した為だ。よく見ると他の多くの展示品に添えられており、どれも素敵な言葉が綴られていた為、後からもう一度取り直したものだ。F8(GR3)なのでうまくやれば両方にピントが合いそうなものだが…

 

 

小ギャラリーや小講演場的な空間の片隅に置かれた大型ロゴは、かつての板橋本社のビルに掲げられていたものを解体前に取り外したもの。かねてより小出しにされてきたものが一同に会した。

 

 

こちらもJリミのイベントで度々登場した敷石とガラスブロックとゲストルームの鍵。ボクはこれらが登場するコーナーが大好きなのだが、中にはそれ程でもないヒトもいるだろう。

 

 

2018年5月6日。ペンタキシアンになりたての頃に、聖地巡礼として前野町を訪れた時のもの。流石にゲストルームが何処にあるかは知る由もないが、ガラスブロックも、敷石も、そして何よりも看板が写っている。Jリミイベントで更地になったと訊いた次の日にも早速訪れ、別に社員だった訳でもないのに嘆いたものだ。だが再びこれらがが1カ所に集結し、ペンタキシアンもいるこの場所がペンタックスなので、悲しむ必要はない。

 

 

クラブハウス正面の展示スペース。展示内容はjリミチームが担当したという事で、2019年CP+のJリミコーナーの雰囲気そのものとなっている。

 

 

歴代の製品が並べられているが、よく見るとなかなかマニアックな顔ぶれとなっている。

 

 

カメラとは関係のなさそうなお洒落雑貨の中に、すごいものがされいげなく混じってる。

 

 

社員さんの私物車両も立派な展示品に?!

 

 

18:01、退散。滞在時間25分。展示物をただ見るだけならばこの位の時間があれば十分だが、話し込んだり書籍を読みふけったりするといくら時間があっても足りない事だろう。

 

 

本日のおみやげと、クラブハウスの入るパーシモンビル。

 

 

近くにはこんな魅惑の施設もあるらしい…と思ったら何故か神田駅前だった。お茶の水で乗り換え仕損じ神田で下車した模様。やはりココも18:00迄。

 

 

本日のおみやげその1、クラブハウス印の団扇。謎の番号入り。

 

 

裏面は無印。コスト削減かと思ったら、簡易レフ板として使用出来るらしい。というか元々が簡易レフ版で、熱い時には団扇としても使用出来るという便利グッズ(?)だった。

 

 

おみやげその2。通常「ビスコ」と書かれる所に「ペンタ」と記されている。他に「アオコ」版もあるらしい。

 

 55.70 12.0

 

区営の遊園地の入口へとやって来た。絶叫マシンがある訳でもなく家庭がある訳でもない中何故やって来たかというと…

 

 

東京都電の終焉時に僅かに残っていた6000形がつい最近まで動態保存車として稼働していたものの、諸事情により哀れな姿となってしまったのを見に来た。屋根の下で綺麗に整備されているとはいえ、動体時代と比べたら屍同然である。再動態化は容易かも知れないが、現段階では繰り返すが屍である。

 

 

当時ものらしい行路看板。三ノ輪橋から早稲田までを走る系統は当時はないが雰囲気は当時モノそのもの。当時モノの素材と製法ならば10k、プラスチックなら2kl位で販売してもらいたい。

 

 

もはやどちら側がどちらエンドなのは知る術もないが、先程とは違う側。27系統は三ノ輪橋へと向かう側、32系統は早稲田へと向かう側である。

 

 

このデコレーションが何だか残念。

 

 

所変わって、荒川車庫内の「都電おもいで広場」。荒川線がワンマン化した際に少更新された7500形が、その後の車体新製更新を受けずに残るというある意味貴重な動態保存車が静態化(その様子は車内に記載があり、涙ナシでは読めない)され、広場に展示されている。青帯の現役時代は7000形共々知らない。

 

 

こちらはPCCカー。新性能電車の先駆けであるのだが、あまりにもその経緯が複雑な為、詳細はWikipediaを!という感じなのだが、まあ簡単に言うと、生粋のPCCカーはこの5501号のみで、同系列とされている5502~5507はかなり仕様が異なっている。

 

 

昭和57年の不忍池で撮ったカワウの酷い写真。その背後に偶然PCCカーが写っていた。

 

 

現在の荒川車庫の様子。都電全廃直後に残っていた建物はなくなってしまったが、車庫への入出線は当時とさほど変わっていないのではないか?!

 

 

都電が「荒川線化」した後にも残っていた6000形が個人に引き取られ、その後(維持困難により?!)里帰りしたもの。動態機6152号を放出してこの6086号を保存するその意図は判るような気がする。動態機とはまた別格なオリジナリティーさがある。

 

 

隣の梶原電停の程近くにある生駒軒梶原店。そういう名称な訳ではないようなのだが、首都圏に未だ点在する各生駒軒を識別する為に、あえてそう呼称する。

 

 

いつもの炒飯餃子。当店は現存する生駒軒の中でも最古参の一店。水天宮店や浜町店と同期なのだが、その2軒は既に存在しない。

 

 

飛鳥山公園で途中下車。6086号同様、荒川線時代を経験した13両の6000形のうちの1両。朝夕の増発用に使用されていたが、7000形のワンマン化改造の時期には終始稼働していたらしい。

 

 

同公園内に展示されているD51。6086号同様に、一時期は酷い状態だったが、その後修復され、屋根が取り付けられた。腐食防止には良いのだろうが、写真を撮るには辛い。せめて片支持の屋根にしてもらいたい所だ。

 

 

レトロ風の新型車両が併用軌道部から曲がって来た。

 

 

終点の早稲田電停。ココも思い出深い。昭和51年度に訪れた時には、新目白通りがココでスパッと終わっていて不思議な光景だった。

 

 

昭和52年の正月の早稲田電停。我が家に残る数少ない都電の写真。いやそれにしても酷い写真だが、これは鉄道車両の形式写真でもなく、都市の変わり様を記録したものではなく、単なる子供の記録なのだから仕方がない。SuperTakumar 55mm(アトム)レンズは街並みを撮るには狭すぎる。道路の拡幅により、現在の駅位置とは異なるようなのだが、右背後の建物が手がかりとなりそうだ。

 

 

この柱は現役時代から変わっていないのだろうか。となるとこれも場所の特定に使えそうだ。

 

 

同じく昭和52年正月の写真。先程よりは周囲が写っているものの、人物をもっと右に寄せれば、無意味に広い空間を埋められるし車両も全て写るのに…。それはともかく、画面の右端に同じ架線柱が写っている。背後のビル(マンション)は現存している。いずれこの立ち位置を正確に割り出してみよう。

 

 

高戸橋付近の謎の遊歩道。ココが元、都電の軌道だったようなのだが…

 

 

しかしこの位置にかかる橋へはうまくつながらない(橋の途中へ合流)。7000系の車体更新車の、今度は足回りを更新した7700型がやって来た。いずれは7000形時代のリバイバルカラーにしてもらいたい。

 

 

その昔はこの付近から早稲田まで、民家の間を縫うような専用軌道上を走っていたのだが、専用軌道とその北側の道路との間の民家を立ち退かせてこの大通りとしたらしい。その様子を国土地理院の航空写真から辿る事が出来る。

 

 

同じく7700形を、先日ジャンクで入手したFA80-320mmで狙う。開放だとやや甘いものの1段絞れば解像する。絞り過ぎても駄目なので、スイートスポットはF8~F16までと意外と狭い。

 

 

コチラは遠景。腐っても(?)超望遠レンズなので、ピント合わせはシビア。いやそれにしても僅か1000円でこれだけ写れば文句ナシ。虎の子の150-450の出番がますます減る。

 

 

学習院下から乗車。軌道の緑化が進んでいる。

 

 

雑司ヶ谷で途中下車。この辺もかつては込み入った住宅街だったが、今は大きな道路の整備中。

 

 

何だかんだ言っても、まだまだ空が広い。GR3(この前後写真共)。

 

 

画面左のパーマ屋のみが往時を知る。

 

 

王子駅前。いつだったかこの場所で都電を見かけ、「乗りたい!」とダダをこねた(?)ものの、また今度なという事になった。それが昭和52年1月2日の乗車へとつながる。その時、ココから左へと曲がる線路が途中で切れていたのを見て、幼いながらに路線廃止という言葉が頭を過ったという、ボクの都電探索の原点のような場所なのだが、しかし何故この場所に立っていたのかは不明。

 

 

三ノ輪橋着。結局乗ったのは1往復だけだが、荒川遊園、飛鳥山、大塚、鬼子母神下、雑司ヶ谷、王子と、随分と途中下車を繰り返した。一日乗車券の元は十分取ったのみならず、一日乗車券でなければ回れない工程だ。

 

 

「王電ビル」とも呼ばれた往年のビルが健在。この写真の背後にある日光街道には別の都電が走っていたのだが、王電の三ノ輪橋とはつながっていなかった。

 

 

本日の使用機材その1、A35-105mmF3.5(写真は5/15のもの)。樽型歪みが激しいのが泣き所だが、F値が変わらず、F4でも開放ではなく、何よりAレンズなので自動露出が使えるのがありがたい。大きく重く、いかにもレンズが沢山詰まっているようだが、それにもかかわらず色乗りも良い。いつものジャンク店で元箱付きで4000円也。ちょっと高かったが、何の手入れもなく使用出来た。

 

 

本日の使用機材その2、FA80-320mm(写真は4/2のもの)。開放ではやや甘いが、1段絞れば良い写りとなる。やはりいつものジャンク店で1000円で売られていたのだが、前玉の汚れを拭いただけ。これより明らかに汚いものがその後2000円で売られていたので、かなりお得な買い物だった。しかし以前同様のお手軽超望遠としてF100-300mmを銀座の中古店でかなりの高額(3500円)を出して購入したものの修理不能でゴミとなってしまった事があったので、実質4500円とも言えるが、これで4500円ならば大満足である。

 

 56.35 12.6

 


 

●上野駅から、不忍池へとやって来た。辯天堂内では何やらお祭りが開催されている。

 

 

●だが歩き出したのは動物園通りと呼ばれる道路へ。ココにはかつて都電が走っていたというので、その痕跡を求めてやって来た。

 

 

●上野動物園の東園と西園を結ぶモノレール。公道を超えるという事で園内の遊具扱いには出来ず、正規の鉄道となっている。その為都営地下鉄を運転するのと同じ資格が必要となる。

 

 

●動物園通りにあった歴史のありそうな建物。都電時代を知っている事だろう。

 

 

●やはり歴史のありそうな旅館前。専用軌道だったと訊くが、この道は如何見ても専用軌道を道路化したとは思えない。池之端七軒町の電停前には「東京盆栽クラブ」があり、それが今(といっても30年位前だが)はグリーンクラブという名前になっている事を手掛かりにGoogleマップで検索をかけ、進路修正を行う。随分とミスコースしていたようだ。

 

 

■せっかくなので来た道ではなく、狭い路地裏を無駄にぐねぐねと歩く。古き良き時代が残っている。

 

 

■朱塗りの家屋も、それが残っているのも珍しい。

 

 

■旧東京盆栽倶楽部、現上野グリーンクラブに到着。この特徴ある菱形の看板は何となく見覚えがある。しかし数多く所有している「都電が走った街 今昔」的な書籍でこの角度からの写真はない筈。という事はかつてココを訪れた事があったのだろうか。

 

 

■だがそれは四半世紀も前の事。当時はまだこの7500形(更新車)の展示はなかった。何故ならその頃7500形はまだバリバリの現役だったからだ。2008年1月に廃車され、その後当地に設置された模様。

 

 

■公園内に掲示されていた説明版。懐かしい旧景が写っている。

 

 

 

 

■上の写真とほぼ同じ位置から。かつての専用軌道が道路になったと思っていたので、左側の道路まで写し込んでいるが、実際には専用軌道の跡の一部は東京盆栽倶楽部に引き取られた模様。なので目の前をいきなり塞がれたような形となっている。ココから先の様子を偲ぶ事は不可能に。

 

 

■車両を囲う柵は写真を撮るのに非常に残念なのだが、それはまあ仕方がない。それよりもイヤだったのが、この照明用の柱だ。ベスポジでカメラを構えると柱がど真ん中に来てしまい、完全に画面を中央で二分してしまう。

 

 

●側面の様子を60mm程で。

 

 

●不忍通りとの合流点に今も残る当時を知るであろう家屋。20年位前にはまだ近くに当時モノの家屋が数軒残っていたという記事を(後で)見たが、この1件以外にはもう残っていないと(後で、Googleストリートビューで)確認した。

 

 

●あまり地理を把握せずにいたもので、この先あまり進んでしまっても得るものはないと思い、元の通りに戻って来た。

 

 

●こんな写真も撮ってみる。F6.3。何だか訊いた事もない絞り値がExifに記されていた。

 

 

●先程のお祭り界隈にもう1歩踏み進めてみた。

 

 

●蓮で埋め尽くされた不忍池。こんな池だったっけ?3分割されているので、この南区画はこんなものなのだろうか?

 

 

■最南部から、レンズを変えて1枚。例によって炎天下中の歩行で、目の前に星がチラつき始めて来たので、帰路に就く。

 

 

■しかしあまりにも早いので、最寄り駅近くの鉄橋へと出向く。ケツ打ちだが電車ならばあまり気にならない。とはいえ「イイのかこれで?!」という気分にもなる。

 

 

本日の使用機材。smc PENTAX-FA43mmF1.9 Limited。近年smc→HD化された為、旧製品となり販売終了品となってしまったが、ボク程度が使用する分には違いが判らない。

 

 

●コロナ過の影響でかどうだか不明だが、当路線を走る車両の一部が5両編成になるという。まさかまさかの新製配備の60000系の「サハ」を抜いて廃車にするという事も、現代の複雑な車両構造からは容易ではない(し、そんな事をしても節約にはならない)だろうから、となると50年選手となるこの8000系が置き換えの対象となる事はシロウトでも容易に察しがつく。

 

 

上の8000系を撮ったのはこのレンズ。FA35-80mmだとずっと思っていたのだが、F35-80mmだった。FA28-80mmに比べるとチープ感が半端なかった(持ってないが)のだが、小さい事の一体何が悪かろう。本日撮り比べたFA43mmと比較しても(少なくとも当ブログ程度のサイズに於いては)違いが判らない。それでいて近年のテストで玉砕しているAシリーズのズームに比べたら、極めて(良いとは言わないが)普通にイイ感じだ。こうなるとFA28-80mmが試したくなってしまうが、わざわざ調達しなくても、我が家にはそれよりも高級なFA28-105mmが(ご丁寧に2本も)ある。次回の街歩きレンズテストはこれで行こう。

 

 

変な色に塗られた10000系。変な小豆色の帯よりは爽やかか。側面上部には黄緑色の帯も設けられ、巷では「ファミマ電車」等と呼ばれていた所、本当にファミマの広告が外部に掲載された事もあった。8000系同様、数少なくなった「幕車」に注目が集まる。

 

 

上の写真を撮ったのはこのFA70-200mm。こちらは逆に(何故か)てっきり「F」だと思っていた。単焦点の場合は、SFX時代のデザインのものがFでZシリーズのデザインのものがFAなようなのだが、ズームレンズの場合はパワーズームがあるのがFAで、ないのがFであるようだ。Z-1pを購入した96年頃には、古のMFレンズはまだ多数存在していたが、SFXデザインのFレンズ群は既になかった。あまりの恰好悪さに売り上げが落ち、大慌てで改修したのではないかと予想されるが、このZシリーズ用レンズも、かつてのAやMレンズの恰好良さに比べたらなんとも残念なものであるが、こうしてみるとギリギリセーフか?!。デザインのイマイチさはデジカメAPS-C時代になってもまだまだ続くが、現行デザインになってやっとイイ感じになって来た。

 

 

野田線初の新造車60000系。流石にこれは8000系のように50年も使用出来ないだろうが、それでもボクよりは長生きしそうだ。GR3で撮影。

 

 

帰宅後に調べた池之端専用軌道の経路。当時から動物園敷地のど真ん中を横断していた。廃止後、一部の敷地は東京盆栽倶楽部に売却されたようだが、多くは動物園の敷地として活用されている模様。

 

 

 55.75 12.2

 

通勤帰路の散歩でも数カ所で見かける生駒軒。都内の各地に点在しているようなので、巡ってみる事にした。先日の浅草店に続いて今回は2軒目となる南千住店へ(←本当にそういう名称な訳ではない)。

 

 

いつもの炒飯餃子。餃子にニンニクがかなり効いていておいしい。ヒトと会う時には要注意だ。

 

 

こんな所に「世界三大ヒデキ」に名を連ねるお方のコンサートポスターが貼られていた。

 

 

場所を移して四ツ谷駅前。この謎の三角形の空き地の謎を解くべく、過去の航空写真を閲覧してみると、営団丸の内線が建設されるまでは四谷見附橋、外堀通り及び中央線で囲まれた1つの区画だったようだ。四谷駅を含むこの区間の着工は昭和31年、開業は昭和34年。その後もしばらくはこの三角地に建物が存在し、昭和50年頃の写真にもまだ一棟だけ残っている事が確認出来る。とはいえその後50年近く無駄な空き地のままとなっている。

 

 

クラブハウスの様子。正面窓左側にPENTAXの文字が掲示され、内部をこっそり覗くと、公開されている図とほぼ同じような内装が出来上がっていた。思ったより狭い。

 

 

それから以前も散々歩き回った事のある坂町付近を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

以前クラブハウスを探した時も、このあたりまではやって来た。だが今日はココから更に先へ進む。

 

 

 

 

なんだか丸い筒が面白かった。これのみテレ端の70mmだが、他の大部分はワイト端の35mm。

 

 

黒が多い難しい写真。結果論だがギリギリ可な露光。

 

 

これは何故か駄目だったので、-1EV補正。

 

 

自動露出では絶対にうまく撮れない写真。マニュアルモード使用。

 

 

 

 

都営新宿線曙橋駅の入口から吹きすさぶ冷風で涼んだ後、かつてのフジテレビ通りへ。

 

 

ココがかつてのフジテレビ局舎が存在した場所。

 

 

その傍りあった公園。

 

 

そこから突然道を一本折れ、密集した住宅街へと入ってゆく。

 

 

四半世紀前の同一地点。右手前の2件の家屋は残っている。この場所が何かというと…

 

 

ドラマ「Ghost Soup」でロケに使用された場所だ。主人公鈴木一郎が「邪魔」という理由で拉致投棄され、街を迷走するシーン。自宅は自由が丘だが、歩き回った場所は港区仙台坂付近と、そしてこの付近だった。

 

 

道路の一部が階段状になっており、車が入れない場所、つまりGoogleカーも入れない場所なので、ストリートビュでも見る事が出来ない場所。

 

 

↑1996年頃 ↓1992年頃撮影のドラマ映像

 

 

 

1つ前の写真の階段を下りた所。

 

↑1996年4月13日(と写真に書いてある) ↓1992年頃撮影のドラマ映像

これが噂の「鈴木一郎祖父宅」。我ながらよくこんな家を見つけられたものだと感心する。これに比べたらPENTAXクラブハウスを見つけるなど造作もない事だ(その割にはかなり苦労したが…笑)。

 

 

 

↑2022年7月17日 ↓1996年頃。フジテレビ旧局舎が誇らしげに建つ。

 

 

ドラマで使用された画像。残念ながら大昔にブラウン管画像をフィルムカメラで撮ったものをフィルムスキャナーで読み込んだ画像しかない。どうやらこのシーンは「ディレクターズカット版」にしか存在しないもののよう。坂の全貌が写ったこのカットはTV版にはなかった。以上、これらの懐かしのロケ地巡りの写真は、2019年4月20日にPENTAXファン感謝デーを訪れた時に、新宿駅からテクテク歩いてやって来た時のものをパクッ…いや再利用している。このファン感謝デーには、かなりマニアックなP社製品が数多く並べられていた。なのでもし今後クラブハウス内の展示品がどのように変化するのかを楽しみにしているヒトはその時の記事を決して見てはいけない。決して…

 

 

 

 

 

猛暑の中歩き回り、流石に目の前に星がチラツキ初めて来たので、スーパーに入って少し(かなり)涼み、それから水分補給を行う。

 


 

 

 

 

 

これ以上の歩行は困難と思い、リニアモーターカーで帰路へ。

 

 

この写真は何処で撮ったものなのか覚えがない。が、左下に店名らしきものがかろうじて写っていたので所在が判明すると共に、リニアモーターカーを下りた後の行動も判明した。

 

 

本日の使用機材。SMCA35-80mmF4。F値固定(ズーム操作によって絞り羽根が僅かに動く)でAモードもあるので使い易いのだが、画質は並み。別段悪くはないが感動もない。似たような雰囲気のM40-80mmが意外と(かなり)良かったのに比べると対称的だ。後玉を自分で外して清掃し、その時からだか以前からだか不明だがマウント部に妙にガタつきがある。残念ながらジャンク品扱いとして余生を送ってもらう事にした。高かったのに…(500円w)

 

 XX.X XX.X

 

 

リコーイメージング銀座、新宿改め東京及び大阪の相次ぐ閉鎖により、PENTAXユーザーはメーカーとの接点を絶たれてしまったともいえる状況となった。中には「転ぶ」人も少なくとも数人はSNS上で確認されるような状況の中で、新たな拠点の発表が5/30に行われた。「四谷」という事なのだが、それだけではかなり広範囲である。だがかつて「柏木家」「鈴木一郎祖父宅」といったTVドラマに登場した普通の一軒家を探し当てるという輝かしい経歴を誇るロケ地探索マニアとしては、是非とも情報開示前に訪れてみたいというものである。

 

 

事前に得られた情報は「四谷」という事のみ。しかし記事をよく見ると、「新宿区四谷」と書かれている。まずはこれだけでも四ツ谷駅の東側に広がる「番町皿屋敷」でお馴染みの区画は除外出来る(あちら側は千代田区)。そして最寄り駅が東京メトロの四谷駅という所も極めて重大な手がかりだ。これで四谷三丁目、曙橋、市ヶ谷といった隣接駅との中間点より内側である事が限定される。信濃町がやや遠いが、それでもおおよそ半径400~500mの半円内である。ざっくりと20万平米、東京ドーム3個半程の中にクラブハウスは存在する。またこれらの完成予想図を見ると、入口は階段3段程のやや半地下状態な場所に設置されているが、この手の構造は傾斜地にありがちである。更に天高が別段高くなく普通の民家並みである事から、大規模商業ビル的なものではなく、数階建マンション規模の1階である事もうかがえる。更には窓の外にはかなりの緑が見える。四谷周辺を航空写真で見てみると、公園のような緑地スペースはかなり少ない。このようなヒントを手掛かりに、クラブハウスの所在を探索してみる事にした。

 

 

13:09、まずは駅前の飲み屋街に降り立つ。 すぐ近所に友人が住んでいる関係で、この界隈の飲み屋には度々訪れている。

 

 

13:34、既に最初の候補地を訪れた(やはり違っていた)後は、「坂」を手掛かりに小さな路地裏に突入。

 

 

13:39、既にこの状況で「ショールーム」があるとは思えないような区画へ迷い込んでいる。

 

 

13:43、こんな住宅街にカメラメーカーのショールームがある訳がないのだが、坂道と、「好きな奴が来れば良い」的はスタンスと、それと賃貸料といった余計なお世話な考慮が頭を過り、以降もこのような雰囲気の区画を迷走する。

 

 

13:50、昔はよくあった、近所の町医者。耳鼻咽喉科という、緊急性とは無縁の分野故の現存か?!

 


14:25、普通のチェーン店の蕎麦屋で昼食を採った後、新宿通りの南側なのではと思い始めた頃。

 

 

14:32、車どころか原チャリすら通行出来なそうな路地を抜けた付近。裏道ではあるが駅からは近い為、ここら辺にあってもおかしくない雰囲気。

 

 

14:58、再び市ヶ谷方面を目指し、津の守坂を下る。高級衣料品の店舗があったりするので、この付近にあってもおかしくはない。但しココまで来てしまうと曙橋の方が近くなってしまう。

 

 

15:41、だが得られるものはなく、再び新宿通りへ戻る。途中2度程水分補給(笑)。

 

 

15:58、そこからまさかの円通寺坂へ。新宿通りの南側もまた高低差は大きい。

 

 

15:58、良い雰囲気は続くが、メーカーのショールームの雰囲気からは益々遠ざかってゆく。このような所に突如存在してもおかしくはなくなくない感じだ。

 

 

16:13、高層ビル(といってもマンション程度?)の為の小型タワークレーンと、解体予告が掲示された鉄砲坂下付近の光景。光線の関係で多くの写真をボツにせざるを得なかったが、まもなく根こそぎ消失してしまうこの山手の下町のような区画の寂しい姿に胸が痛んだ。

 

 

16:13、このようなイカす雰囲気の写真を撮るべくカメラを構えていた所、「部屋探してるの?シェアハウスあるよ!」と異国の方(?)に声をかけられた。以前蔵前のシェアハウスの価格を見た時には、まったく安くないと思ってしまったが(←自分比)、この界隈はいったいどの位の価格だったのだろう。

 

 

16:25、JR中央線/総武線のガード下。戦後間もない頃の面影が残っていた。

 

 

16:25、ガードを超えた付近に、ぴんくのスーパーカブがたたずんでいた。質実剛健なものをかわいらしい色に塗るというのは男女問わずも魅惑さを感じるものである。近年ではトヨタクラウンにも同様な事例があった。という事はK-1にも…等とつい思ってしまう。しかしP社のカラーバリエーションは別段珍しくもない。もし実現するとしたら、高島屋モデルのような「数台のみ」というような告知をした上で、希望者分は全数製造納品する、但し1回限りというような販売形態が現実的なのではないかと思う。

 

 

16:34、中央線と首都高4号線を望む陸橋の上。一応車も通れるが一通ではない為、鉢合わせした際にはどちらかが長い距離をバックする必要がある。

 


16:39、1線だけやや離れた中央緩行線のトンネルを飛び出してくるヨ231系を待ち伏せする。コンデジではタイミングがとりにくい。さりとてGR3で連写により対応するというのは愚の骨頂のようにも感じ、結果こんな写真となった。

 

 

16:57、本日2度目の通行となる店舗の前。依然として光線状態は良くならない。

 

 

17:02、新宿通りにある(何と読むのか判らない)寿司店。

 

 

17:11、約4時間歩いたが結局「部室」は見つからなかった。しかしまあこんな事はロケ地探索ではよくある事だ。今回のルートの問題点と、次回探索経路を思案していた所、何だか見た事のある光景が目の前に突如現れた。この「あっ!」という感覚は、いつも本当に心躍るものだ。

 

 

このガラスに映った緑の多さ、ピカピカした入口、数段の半地下へ降りる丸い階段…

 

 

公表されていたのは室内からの光景だったが、この丸い半地下階段、褐色の柱、その先の何処へ向かうのか判らない普通の階段。まずココで間違いないだろう。

 

 

極めつけはこのメールボックスに記されたテナント名。動かぬ証拠である。

 


入口の全貌はこんな感じ。ショールームにしてはかなり目立たない。元々は普通の企業の普通のオフィス的な用途だったのだろう。駅近くの一等地でありながら、まるで隠れ家とか秘密基地といった魅惑の雰囲気となりそうだ。

 


ビル全貌。やはりマンションクラスのこじんまりとしたビルだった。2階の他、地下にもテナントがあるらしい。

 

 

 

本日の歩行軌跡。想定した通りの区域をほぼまんべんなく回った。記録はK-1のGPS機能を使用(本日K-1はロガーとしてのみしか使用しなかった)。吐き出されるKMLファイルを一旦独自フォーマットに変換した後、不要部や、あまりにも軌跡が暴れた箇所を削除した上で、再びKML化した。いきなりKMLが出てくるのは一見便利だが、前述のような編集は困難。普通にNMEAで出してくれれば良かったとも思う反面、このK-1の吐き出したKMLを解析する事によって、Googleマップへの軌跡の載せ方が判ったのだから、結果的にはありがたかった。

 

 

GPS軌跡から計算した歩行距離は10km程。それを元に別途歩行距離を計測してみた所、9.6km。多少暴れた部分を削除したとはいえ、かなりの精度だった。

 


4時間かけて10km歩いた果てにみつけたクラブハウス。よく軌跡を見返してみると、なんと歩行開始数分後に目の前を通過していたのだった。何たる遠回り。元々このビルはGoogleの衛星写真でみつけて怪しいなとは思っていたものの、最初にこの場所を通った時には当初の候補地であるコモレ四谷の方ばかりを注視していた。緑の広がり具合からして、ココが最も怪しいと睨んでいたのだが、やはり天井があまりにも高すぎるな~と思いながら、細い路地を市ヶ谷方面へと下ったのだった。だがおかげでこの猛烈な炎天下の中の街歩きを存分に堪能出来た。

 

 55.75 12.3

 

 

超久々に車に乗ってやって来た住宅街にあるとある店舗。

 

 

やきそば店らしい事だけは判る。

 

 

旧街道沿いにあった看板でいつも気になっていたのだが、いざ訪れようとすると、コロナだなんだでなかなかやっておらず、今回やっと訪れる事が出来た。

 


うまいやきそばポテト入り、550円。屋台のやきそばに比べると2~3倍あるので、一人前でも十分(というか少し多い)。

 

 

見た目は普通の焼きそばだが、味付けはスパイス系(何かは不明)とにんにくによるもので、かなり独特。うまいのだが、血圧高目なヒト(ボクの事だ)には少々厳しいい。

 

 

暑い日だったが、エアコンの効かない車をいつもの木陰に停めて。森林効果の為か、不思議と暑くない。

 

 

ジロベエ:千葉県柏市花野井232-3

(野田じゃないじゃん!という突っ込みはナシで!(笑))

 


それから方向がまったく逆のワシクリへと車を走らせる。16:31、突如下り石油列車がやって来た。本来なら15時頃通過する4091列車か?一応、機関車には架線柱類がかからず、編成全体が入ってはいるが、あと50cm引きつけたかった。FA77mmLimited、1/1000secF2.8、ISO200。

 

 

16:55、いつもより少し遅れているか。一応機関車は本当にギリギリの所で架線柱を避けてはいるが、やはりもうひと声だ。それとカメラを構える位置をあと10cm左にしたかった(カメラ位置の微妙な違いであんな効果やこんなリスクが変化する)。直前にやや曇ったおかげで、顔面真っ黒にはならなくて済んだ。露出は同じ。

 

 

上の写真をパソコンで補正。「覆い焼き」を最大にし、カスタムイメージを「リバーサル」にした所、田んぼの緑が眩しくなりすぎてしまった。レインボー牽引機をココで撮影するのは初めて。何故か絶大な人気を誇る当機関車の良さがまるで判らない。EF81には色あせたローズピンクがやはり似合う。

 

 

18:40、一応満足しての帰宅後、例によって近所を散歩する。

 

 

すぐ近くにそれらしい森の残る区画を見つけた。

 


18:53、しかし森の部分はかなり局所的なので、構図や画角をかなり工夫しなくてはならない。

 

 

18:56.、構図や画角(クロップにて)を変えて思考錯誤していると、GR3がみるみる熱くなってくる。そして電池残量のバーもみるみる減っていく。ミラーレスの人々もいつもこのような苦労と不安を抱えているのだろうか。

 


19:03、コチラ向きの方が色々と難しい。

 

 

19:06、だんだん暗くなって来た。1/500sec、F2.8、ISO6400。

 


19:14、せっかくの夕暮れ時の怪しげな空になったのだから、もう少し(というかもっと)空を入れれば良かった。

 

 

19:23、時既に遅しか?!

 

 

19::27、1/500sec、F2.8、iISO65535以上。確かに酷い画質だが、写らないよりははるかにマシだ。

 

 55.70 12.6