私は過去、創業期の独立時に
次のような経験をしたことがあります。
9年前、会社が倒産の危機に陥り、
会社を存続させるためには、
8人のうちの何人かの社員を解雇しなければならない、
という状況になりました。
私は、誰一人として解雇したくなかったので、
「乗務稼動して欲しい」と営業職3人に頼みました。
3人は
「私は営業なので乗りません」と言いました。
3ヶ月営業実績ゼロの営業マンに
35万円の給料は払えないので、
会社の存続の為に、
また、
ギリギリまで引っ張って、
本人に働いた分も払えなくなってしまうのは不憫なので
その場限りで辞めて貰いました。
残ったのは、
私。
経理・総務1名。
面接・指導員1名。
先行稼動員1名。
客先専従稼動員1名。
以上、5名でした。
心中穏やかではありませんでしたが、
世の中、
悪い事ばかりではありません。
収支均衡が実現し、
意思統一が出来、
プラウドの先行稼動という
スタイルが確立しました。
当時の社員の平均給与は、
早朝から深夜まで、目一杯働いて、
30万円そこそこだったと思います。
今では考えられない状況でした。
今、かなりシンドイ状況になっていますが、
雇用をしっかりと守りたいと想っています。
社員に申し訳ないからではありません。
リストラを言い出せない訳でもありません。
前述の状況では、個人の成長や雇用より、
会社を存続させることを優先しましたが、
今は、会社を存続させることはもとより、
社員を解雇しないことを優先し、
折角育ってきた貴重な人財を活かして、
V字復活を目指したいのです。
間違わないで頂きたいのは、
私の出した答えが、
必ずしも正解ではないということです。
上記のように、何を優先させるかは、
状況によって変わります。
また、経営者には、
(人生と置き換えてもいいかもしれません。)
このように答えがない(どちらも正しい)ことを
決断しなければならない状況が多くあります。
最終的に、
どちらを選ぶのかを決定付けるのは、
その人、その時の、人生哲学だと思うのです。
会社の存続を優先しつつ、
社員をリストラするくらいなら・・・
社員のロイヤリティに期待し、
精一杯頑張って貰い、
会社や社員の5年後・10年後の人生を見据えて、
新たな展開を目指すことを選ぶ。
これが、今の私の人生哲学です。
よく交流会などで趣味は何ですか?と
聞かれることがある。
正直、サッカー馬鹿な私は、
そのたびに相手の気配に合わせて、
適当な趣味をでっち上げる。
読書、ゴルフ、ギターなど、
実に適当なことを言ってきた。
読書はするが、
半分以上娯楽モノである。
ゴルフは、
練習などしないので上手にならない。
ギターは、
ホコリを被ってままの有様だ。
要するに私は、飽きっぽいうえに、
極度の面倒くさがりなのである。
そもそも、
趣味と呼ばれるものは、
面倒なものが多い。
ゴルフは、
朝が早いうえに遠くまで行かなくてはならない。
プレーが終わったら風呂にも入らないといけないし、
打ちっぱなしなどの練習も欠かせない。
まあ、
風呂はとても気持ち良いのだけれど・・・
その他のスポーツも
面倒なものばかりだ。
いや、
スポーツだけではない。
大体において、
趣味というものは面倒くさいものなんだろう。
子供の頃やっていた切手集めなど、
今なら、
考えただけで気が遠くなりそうだ。
なぜ?人は面倒なことを
わざわざ趣味にするのか・・・
その理由は簡単である。
面倒でない趣味が、存在しないからだ!
たぶん・・・
なぜ存在しないのかというと、
面倒でなければ、
趣味とは言えないからである。
たぶん・・・ そうだ。
例えば、切手集め。
切手を剥がし、
きれいに乾かして、
アルバムに整理する。
手に入らない切手を捜し求め、
何年もかけて
コレクションを完成させる。
この面倒なプロセスを
面倒でなくすると、どのようになるのか?
例えば、
どこかの親切な人が完成されたコレクションを
「はい、どうぞ」と渡してくれたらどうだろう。
一瞬にして趣味が完成、
いや、
完了してしまう。
要するに趣味とは、
プロセスを楽しむことなのである。
たぶん・・・
コレクションを手に入れることではなく、
手に入れるために苦労して、
探し回ることが趣味なのだ。
たぶん・・・間違いない。
そういう視点で考えてみると、
「趣味」と「愛」とは、
非常によく似ていることが解る。
面倒でない趣味が存在しないように、
面倒でない愛も存在しない。
一緒にご飯を食べたり、映画を見たり、
買い物に付き合ったり、
時には喧嘩をしたり、悩んだり、心配をしたり。
このような手間を掛けたプロセスを経るからこそ、
愛情は芽生えるのだ。
たぶん・・・
私は企業の社長だけれども、
社員であるというだけで、
人を愛することなど出来ない。
今日から社員になりました。
はい、愛しています。
などというような、
カップ麺みたいな愛など存在しないと思うのだ。
これは間違いない。
一緒に働き、苦労し、
喜びを味わうことによって
愛情は、
芽生えてくるものなのだ。
たぶん・・・
息子が開成に入学するのは嬉しいが、
開成に入学した人が息子になってくれても、
嬉しくもなんともない。
当たり前だ!
当たり前だが、
大事なのは、山あり谷ありの、
人生というプロセスを共有することだと思うのだ。
他人から見れば面倒なプロセスも、
本人が楽しいと思えば趣味である。
同様に、
他人から見れば、
どうでもいいような時間の共有が、
愛という感情を生み出すのだと思う。
趣味が、
プロセスを楽しむことだとすれば、
愛は、
プロセスが生み出すものだと言えるだろう。
考えてみれば、
人生とはプロセスの組合せであり、
プロセスの組合せでしかない。
効率のよい趣味がないように、
効率のよい愛が成立しないように、
効率のよい人生も・・・
また、存在しないのだろう・・・
もっとも無駄のない効率のよい人生。
それは、
もっとも、つまらない人生のような気がするのは、
私だけだろうか・・・
昨年中は、派遣切りの影響など
ほとんど見受けられませんでした。
例年であれば、
「年末で終了~成人式あたりの暇な時期」を過ぎると
年度末に向けての「引き合い・問い合わせ」が増えてくるのですが・・・
パッタリです。
世の中総てが「買い控え」のような感じです。
創業期以来の試練ですね。
先ずは、
身の丈にあったサイズに縮小して雇用を守る。
その中で、
新たな展開に向けて、
全速力でシフトしていかなければなりません。
良くも悪くも、
「あの頃」よりも沢山の仲間がいます。
実稼動により、
現場営業や販管費の圧縮で頑張ってくれています。
「新たな売上」の確保が、
V字回復への唯一の道です。
猛禽類が獲物を狙う時は、「向かい風」だそうです。
向かい風を利用して、風下から高く舞い上がり、
一気に急降下して仕留めるというのです。
向かい風の中、
創業時から想っていた「物流業」を実現します。
ピンチはチャンス!!
頑張るぞ!
普段はワイドショー他、
日本のマスコミの騒ぎ方に腹が立つ事が多いのですが・・・
今回のG7の件については、
如何ともしがたいところです。
諸外国で、どのように伝えられているのか?
恐ろしい事です。
また、外国に駐在されている方々にとっては
我慢ならない状況だろうと思われます。
経営者として、
お酒が入った状態で話をする機会が多いのですが
酩酊状態といってもいいような「あんな姿」は、
ありえないでしょう。
聞けば、あの方は酒豪として有名だそうで
少々の量ではないと推察されます。
此処のところ
様々な問題が雨後の筍のように現出しています。
そろそろ政治がしっかりしないと
人心が荒んでしまい、
良くない事が起きてしまうのではないでしょうか・・・
車で通勤した際、
秋葉原UDXビルからプラウド本社まで
10分弱ほど歩く。
ちょうど、電気街口の横から、
線路をくぐり、
新しく出来た中央口に向かう。
人の流れに対して、
沿ったり、
逆らったり、
横切ったり・・・
昭和通り口に着く頃には、
ちょっと、
「イラッ」と、していたりもする。
最近チョット気になる事がある。
下を向いて歩いている人が多いのだ。
前々から
ipodなどを聞きながらデレデレ歩いている奴など
蹴り倒してやりたくなる時があったが・・・
景気のせいか・・・
寒さのせいか・・・
下を向いて、
背中を丸めて、
勢い無くトボトボと歩いている人が多いのだ。
朝一番!元気出していこう!!
思わず背中を叩きたくなる。
前を向いて歩こう!
元気出していこう!
誰もあんたを殺しゃしないから。
あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
よく「新年あけましておめでとうございます。」という
言い回しがありますが、誤りだそうです。
「新年」と「あけまして」は意味が被るので正しくないそうです。
2008年は急転直下の終盤でしたね。
知り合いの経営者も
行方知れずや、規模の縮小・・・
愛知を始めとする地方各地については
何をか況や・・・
東京には、まだまだチャンスがあります。
此処最近の状況は
起業した2000~2001を想起させます。
もうすぐ10年です。
あの、
毎日280円牛丼を食べていた日々を思い出し、
アグレッシブに毎日を貪欲に過ごしていきます。
潰れそうになりながらも
なんとか持ちこたえ、
結果的に業績は伸びてきた。
様々なアクションの結果、
知名度が上がった。
ともすれば、
出来る経営者像が一人歩きしてしまう。
恐ろしいものである。
もはや、どのように否定しても
自分自身のイメージを変えることができない。
偶然とたまたまの積み重ねだと
言っているのに誰も信用してくれない。
社員が勝手に働いているのだと
言えば言うほど謙虚な人だと思われてしまう。
実像とイメージが
私ほどかけ離れている人間も、
そうはいないだろう。
最近では
どちらが本当の自分なのか、
自分でも解らなくなってきた。
いずれにしても
人生はあとづけだと強く感じる。
結果さえ良ければ、
すべてのプロセスが肯定されてしまう。
高校卒業後、バンドマン~大手運送会社、
退職後に物流企業を経て、子会社を設立。
傾き始めた親会社からMBOにて独立。
37歳のときである。
これが私のプロフィールのすべて。
紹介されると、凄いですねとまで言われるから
人生は不思議である。
私が大学に行かなかったのは勉強より、
音楽が好きだったからである。
当時、私には免許しか売り物が無かった。
退職後に焼肉屋でもやろうと思っていたら、
入社してくれと言われたのも運である。
新規事業の準備をしていたら、
他に代わる人がいなかったために、
私を社長にしてしまったのだ。
当然ながら売上げは上がらなかった。
3ヶ月間も赤字を垂れ流し、
危うくクビになる寸前だったのである。
そんな私が独立した最大の理由。
それは、生活するためだったのだ。
笑ってしまう。
社長になるには試験もない。
もし、
社長になるのに試験があったとしたら、
私は社長にはなっていなかったと思う。
試験は昔から大嫌いなのだ。
その場合は、
焼肉屋でもやっていたのではなかろうか。
今頃はその日ぐらしをしているかもしれない。
焼肉屋がブレイクして
今よりもっと大成功しているかもしれない。
人生の結果など誰にもわからないのだ。
今となってしまえば、
私は自分の送ってきた人生の
すべてのシーンに意味づけをすることができる。
サッカー馬鹿だったことも、
勉強ができなかったことも、
バンドマンだったことも、
37歳で会社を作ったことも、
すべては必然だったのだ、と。
それだけで
本が一冊書けそうだ。
だが、
本当のことを言うと
すべてはあとづけなのだ。
私だけではない。
偉そうに語っている人の
99%はあとづけであると断言してもいい。
そんなにすごい人など
世の中にはいないのだ。
さあ、根気よく来年も頑張ろう!
我々は日ごろ、
物流子会社のメンバーと接する機会が多い。
彼らは親会社から転籍したり
プロパーで入社したりと、
その経歴と入社背景は様々である。
物流子会社の管理職クラスは
基本的に教育を受けた、
または受けている人材が大半で、
業界の動向や知識、
仕組みや最新情報なども多く吸収している。
彼らは
優秀な人材であることが多い。
半面、現場運営となると、
まるで蚊帳の外のようになり、
専門外の領域となることが多い。
特に自社で車両を持っているか否か、
センター運営を行っているか否かで
その、
それぞれの現場のノウハウの有無がはっきりする。
車両の原価計算を行ったことがない、
物流子会社の営業担当者が、
3PLの営業を積極的に展開し、
結果、
傭車先は赤字の運営を行っているといったことは
残念ながらよくあることである。
業務丸投げ型の物流子会社は
必然的に現場ノウハウは蓄積されない。
このような業務の対応度や
物流資産の所有度と
現場ノウハウの有無は、
比例すると同時に、
荷主構成比とも連動してくる。
いわゆる
親会社売上が物流子会社売上の50%を
超えるか否かでも大きく変わってくる。
この外販比率が50%を越える物流子会社は、
親会社以外の物流を理解することになるため、
現場ノウハウは蓄積される。
特に
現場のノウハウの有無がはっきりする業務は
「配車、車輌管理」と
「人のオペレーション」である。
この二つのテーマは
重要業務でありながら、
いや
重要業務であるがゆえに
傭車化、
外注化される場合が多い。
現場ノウハウが足りないことを
課題とされている物流子会社は
業務に深く関与されることを、
また
物流子会社の業務を受けておられる物流会社は、
その子会社の現場ノウハウの有無を
見極めてお付き合いされることをお勧めしたい。
原油高は一服したように見えるが、
ガソリンと軽油が10円ぐらいしか違わない事を
よく考えなければ・・・
人間には
どれほどの潜在能力が秘められているのだろう。
科学的に見てみると、
人間は死ぬまでに自身の脳細胞の10%も使っていないらしい。
ということは、
どんな人でも今の十倍くらいは
能力を発揮できる可能性があるということだ。
とは言うものの、
いったいどうやったら
その残りの90%が活用できるのか。
そして、
その潜在能力を引き出した暁には
どのようなことが起こるのだろうか。
たとえば、今の10倍、
記憶力が良くなるとしたらどうだろう。
人の名前や住所、電話番号などが
5000件くらい正確に記憶できる。
漢字や英単語なども
1万語くらい記憶できる。
そうなれば、
携帯電話のメモリー機能がいらなくなる。
辞書も不要になるかもしれない。
もしくは、
計算が10倍速くなるとしたらどうだろう。
どんなに大量の買い物でも、
おつりの計算が瞬時にできる。
レジが要らなくなるし、
電卓も不要になる。
まあ、
どちらも凄いといえば、凄いことだが、
特別に魅力を感じる能力でもない。
機械にできることは
機械にさせておけばいいし、
人間の潜在能力が
この程度のものだとは思いたくない。
人は
まだまだ大きな能力を秘めている。
一人一人が
その能力を十分に引き出せないまま生きている。
ビジネスの世界を見ていると、
特にそれを強く感じる。
毎日、朝から晩まで懸命に働いていながら
大きな成果を挙げられない。
5年、10年とまじめに働いているのに
劇的な能力の向上が訪れない。
それらはすべて、
自分の能力を
十分に発揮できていないことが原因である。
そして、
能力が発揮されないまま長い年月が過ぎていくと、
人は、それが自分の能力の限界なのだと
錯覚してしまう。
そして、
本当の能力を発揮することなく
ビジネスライフを終えてしまうのだ。
では、
秘められた力は、どこに隠されているのか。
言うまでもなく、
それは一人一人の頭の中にある。
このように言うと、
結局は頭のいいやつが勝つのかと思われてしまいそうだが
それは違う。
記憶力がいい、
計算が速い、
何でもよく知っている、
勉強ができる。
そのような
頭の良さは、
すでに使われている10%の部分でしかない。
私が言いたいのは
潜在的な90%の能力であり、
その使い方なのだ。
人間はどんなに頑張っても
24時間以上は働けない。
肉体的な能力にも限界はある。
だからこそ、
秘めたる力を引き出す必要があるのだ。
そのためには
頭を使わなくてはならない。
今までとは違う方法で
頭を使うのだ。
常識にとらわれず、
周りに流されず、
自分の頭で考え、
知恵とアイデアを生み出す。
どうやれば、
もっと楽になるのか。
どうやれば、
もっと大きな仕事ができるのか。
どうやれば、もっと楽しくなるのか。
それを
毎日真剣に考えるのだ。
来る日も来る日も、
何も思いつかなくても、
その作業に頭を使い続けるのだ。
頭を使うというのは
なにも難しいことではない。
今まで使ってなかった人のほうが
むしろ先入観がなくて
いい知恵を出したりもできる。
知恵は、
すべての人間の頭の中に隠されているのだ。
大事なのは、
自分の可能性を信じること、
そして、
周りの意見に流されないことである。
今日もまた、
こうして、自分に言い聞かせるのです。









