「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


勝ち組か・・・


あるいは

負け組みなのか・・・


ここ数年、

あらゆるものが

その二つに色分けされてきた。


企業も・・・


人材も・・・


そして

国家でさえも。



だが・・・


事は

そんなに単純なのだろうか???


勝ち組の

儲かっている会社と・・・


貧乏な

負け組み企業・・・


あるいは、

一千万円以上の高所得世帯と・・・


三百万円以下の低所得世帯。



そのように

二分された社会的構造が、
あたかも

事実のように

私たちは信じ始めている。


そして・・・


一度

負け組みに入ろうものなら、
もう二度と

復活は出来ないような絶望感。


お先真っ暗な世の中を、

何とか生き延びていくしかない。



そんな気持ちで・・・


日々過ごしている労働者・・・


いや、

経営者でさえも
そう考えている人が

多いのかもしれない。


確かに・・・


一昔前の日本は

「全国民皆中流層」と呼ばれていた。


年功序列と終身雇用という

制度に守られ・・・


真面目に

働いてさえいれば
皆、

ある程度の生活は

保障されていた。


その頃が

正しかったのだろうか。


実力主義などというものを

取り入れてしまったことが、
間違いだったのだろうか。



 

良かったのか。


あるいは

間違っていたのか。



そもそも・・・


そんな議論をすること自体が

ナンセンスな気がする。


アメリカを真似て

実力主義などを

持ち込んだのは

誰か。


そんな・・・


犯人探しをしてみても

何も始まらない。


なぜならば・・・


変化は

誰か一人が

起こしたものではなく・・・


集団の深層心理が

起こすものだからだ。



言い換えれば・・・


時代の流れなのだ。



誰にも

止めることなどできない。


私たちは変化した。



それは

変化を求めていたからだ。



そう自覚した上で、

今世の中に起こっていることを
もう一度

冷静に捉えてみて欲しい。


世の中は

本当に・・・


勝ち組と

負け組みとに
二分されつつ

あるのだろうか???



確かに・・・


二極化しつつあることは

事実だろう。


だが

その分け方には

違和感がある。


たとえば・・・


儲かっている企業と
儲かっていない企業を比べた場合・・・


儲かっている企業は

お金持ちで・・・


お金があるがゆえに

更に

お金持ちになっていく。


そして・・・


儲かっていない企業は

お金がないので・・・



ますます

貧乏になっていく。



そのような

連鎖が起こっていると、
私たちは

信じ込んでは

いないだろうか・・・



私は・・・


お金が

お金を生み出しているのではないと思う。



そんなシステムは

不動産時代の産物だ。


お金が

お金を生み出し続けるのであれば・・・



GMや・・・


フォードが・・・


落ちぶれていくはずがない。



お金のせいにしたい気持ちは

解らないでもないが・・・



実際には・・・


お金持ちが

永遠に

お金持ちであるわけではないし・・・


貧乏な人が

永久に

貧乏なわけでもない。


まずは

事実を正しく認識することが

大事ではないだろうか。



起こっている二極化は・・・



もっと

私たちの望んだ形で

実現している。


すなわち・・・


「やりたい事を楽しくやって高収益」な

企業や人材と・・・


「つらい仕事を嫌々やって低収益」な

企業や人材。



そんな

二極化が

事実として

起こっているのではないだろうか。



儲かっているから

楽しいのか。


あるいは・・・


楽しく働いているから

儲かるのか。


この定義を

どちらからスタートさせるのかによって、
私たちの未来は

まったく違ったものになるのだと思う。



お金が

先に決まっているという

現実家と・・・


その反対の夢想家。


未来は・・・



どちらに

微笑むのだろう。



・・・じっと手を見る。




「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


1人でやるべきか・・・


仲間に協力を仰いで

一緒にやるべきか・・・


考え方としては、

どちらも必要だと思います。



会社を経営するということは

組織を創るという事・・・


ですから・・・


最初が何人でも、

それ以上の

人数にしていくことになります。



目指すところを

共有している仲間が

いるのであれば、
一緒に起業し、

自分の苦手な部分を補ってもらうのは、
いい考えだと思います。



ですが・・・


その苦手な部分、

自分にはない部分を・・・


その人がいるから

自分は身につけなくてもいい・・・


というのは

いただけません。


創業社長は・・・


例え、

自分の苦手分野を

補う協力者がいても・・・


自分が

その人の力を越せるように努力し・・・


全部を

自分で出来るように

ならなければならない。



少なくとも・・・


そう

思っていなければ

ならないでしょう。


人の力を借りることと、
自分が

その仕事を放棄することとは、
まったくの別問題。



社長は、

何でも自分で

やらなくてはいけない。


しかし・・・


社長は、

何でも自分だけで

できるわけではない。



これは

どちらも真理だと思うのです。



ああ・・・


悩ましい。




「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」



もうかれこれ

二年くらい前から、

私は

日経新聞を

まともに読んでいない。


ビジネスマン失格・・・


あるいは

経営者失格と・・・


一昔前なら

言われたことだろう。


管理職になった当初・・・


先輩から

最初に教えられたのが

日経新聞を読むことだった。


オフィスの隅に山積みされた日経や

業界紙を読んではみるものの

まったく理解できず・・・


読んでいるフリだけをしていた当時が

懐かしい。


私が真剣に

日経新聞を読むようになったのは・・・


四十歳を過ぎてからである。


新米社長として

経営に行き詰まり・・・


藁にもすがる気持ちで

読み始めたのだが・・・


一年後には

すっかりのめり込んでしまった。


そもそも・・・


経済新聞などというものは、
たまに読んでも

面白くもなんともない代物である。


連続小説の

途中の一ページだけを

読むようなものだからだ。


小説が

ストーリーで成り立っているように、
新聞も情報の連鎖で

成り立っている。


同じニュースを読むにしても・・・


それまでの

情報の流れを

知っていて読むのと、
知らずに読むのとでは

面白さが全然違うのだ。


その事に気がついた私は

日経新聞にはまり込んだ。


 

当時の私は

日経オタクの領域に達していたと思う。


ただ読むだけではなく、

前後左右の記事と融合させ、
更には

記事そのものを

疑ってみたりもする。


毎朝、ノートを片手に

日経新聞を読むだけで

一時間はかけていた。


アポイントの都合で
日経新聞が読めない日など

あったりすると、
なんともいえない不安に

襲われたものだ。


その私が・・・


まったくと言っていいほど
新聞を読まなくなったのである。


何故か。


それは

情報の位置づけが

根底から変わってしまったからだ。


そもそも・・・


人は

何のために

経済新聞を読むのか。


情報を得るため。


では・・・


何のために

情報を得る必要があるのだろう。


仕事先での会話が

スムーズに進むように。


あるいは・・・


最低限の

経済知識を

身につけておきたいから。


確かに・・・


そのような

目的もあるだろう。


だが・・・


私が

日経新聞を読んでいた理由・・・


そして

多くの経営者が

経済新聞を読む理由は

他にある。


それは、

ビジネスのヒントを

掴むためだ!



ビジネスに直結する情報には、

大きく分けて2つの種類がある。


知っていると得をする情報と、

知らないと損をする情報だ。


前者のような情報は、

自分だけが・・・


あるいは

限られた人だけしか

知らない場合にのみ

効果を発揮する。


つまり・・・


情報の鮮度と閉鎖性が

その価値を左右するのだ。


それゆえに・・・


経済新聞から

そのような情報を

得ることは難しい。


そう考えると・・・


私達が

経済新聞を読む意味は、
知らないと損をする情報を

手に入れるためという事になる。


だが・・・


実際のところ

どうなのだろう。


インターネットが普及した

現代社会における

一日の情報量は・・・


江戸時代の

一生分だと読んだ事がある。


そんな・・・


情報過多の時代において、

経済新聞に取り上げられるのは・・・


ほんの一部の

限られた

大きなニュースということになる。


それを・・・


知っているか

知らないかで・・・


果たして

ビジネスに差が出るのだろうか?


私には

そうは思えない。


ビジネス社会における

情報の位置づけは、
今・・・

大きく変わろうとしている。


情報をベースにした経営。


それは・・・


最早、

過去の常識であって、

これからの正解ではないのだろう・・・





「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


人間の理性という奴は・・・


やっぱり

凄いよな~


と・・・日々、実感しております。


マズローが提唱する

五段階欲求の中でも、
最も根源的な

第一の欲求。


これが

満たされないことには・・・


次の欲求すら

生まれないという

基本中の基本。


それが・・・


食欲、

睡眠欲、

性欲などの
生理的欲求という

奴です。



大きな家に

住みたいとか・・・


海外旅行に

行きたいとか・・・


成功して

有名人になりたいとか・・・


そんなもの

などなどは・・・


生理的欲求の前では
おもちゃの紙幣みたいなもんです。


水が無くて

死にそうだという時に・・・


海外旅行の事を

考える人間が

いるでしょうか?



もう、それは

理性ではどうしようもない、
生きる為の本能とでも

言いましょうか・・・


とにかく、

抗う事の出来ない

神の采配なのです。


にも

関わらず・・・


人間という生き物は

本当に凄い。



例えば・・・

睡眠欲について。


日々の仕事で疲れ果て、
泥のように眠り続けたい体。


それでも

仕事は終わらない。


睡眠不足に

次ぐ睡眠不足。


立ち上がる気力すら

湧いてこない。


そんな時でも、

我々は
目覚ましを

セットするのです。


疲れていれば

疲れているほど・・・


大きな音の鳴る

目覚まし時計を手に入れ・・・


本能を

叩きのめしながら・・・


立ち上がるのです!!



朝一番なのに・・・


疲れ果てて

電車で

立ちながら寝ている人々。



これが、

万物の霊長たる

人間の姿なのでしょうか。



「いいな、いいな、にんげんっていいな~」


なんて・・・


歌がありますが・・・


動物のほうが

ずっと

いいんじゃないのかと、
思っちゃいます。


睡眠欲だけじゃありません。


食欲にしたって・・・


ダイエットという名のもとに、
理性で

コントロールしているのです。


でも・・・


何といっても凄いのは・・・



性欲に対する理性ですよね。


人間という生き物には、
どういうわけか

発情期がありません。


いや、

一年中が

発情期なのです。


何故に・・・


人間とネズミにだけ

発情期が無いのか。


そんなことは

知りません。


知ったことでは

ありません。


とにかく、

ずっと発情期なんです。


で・・・考えてみて欲しいんですけど、
発情期のオスとメスを

同じ入れ物に入れておいたら・・・


どのようなことが

起こるでしょうか。


間違いなく、

交配いたします。


考えるまでも

無いのです。


抗うことのできない

神の意思なのです。


しかし・・・


人間ってヤツは

どこまでも凄いのです。


この、

社会という入れものに・・・


発情期のオスとメスが

ごちゃ混ぜに入れられている
にもかかわらず・・・


我々は

理性でそれを

コントロールしているのです。


眠くても、寝ない。


お腹が空いても、食べない。


異性がいても、抱きつかない。


私達が

当たり前のようにこなしている日常は・・・


実は

恐るべき強靭な理性と・・・


本能への抵抗によって、
支えられているのです。


俺って

意思が弱いんだ・・・


なんて・・・


ちょっと

本能に負けただけで
落ち込んでしまうのですから・・・


人間というのは

本当に凄い!!!


というか大変・・・


というか・・・


つくづく
変わった生き物です。


「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


首都高の事故を減らすプロジェクト

http://www.smartdriver.jp/

……………………………………………………………

空気の乾燥が気になる,

今日このごろ。


なんとか防ぎたいのが、
車のドアに手をかけると

“バチッ”とくる
ドライバーの大敵(?)ともいえる静電気。

原因は、

運転中のシートと

体の摩擦なのだそう・・・


そこで・・・


湿気を含みやすい天然素材の服を着たり、
シートに

静電気防止スプレーをしておくだけでも
効果があるらしいですよ。

今年の冬のドライブは
静電気とも

スマートに

お付き合いしていきたいですね。

それでは、今週号スタートです!


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 ♪♪ 愛知スマドラ イベントレポート ♪♪       
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11月27日に行われた

「愛知スマートドライバーズ・デイ」に
東京スマートドライバーも

応援に行ってきました!

会場となった名古屋テレビ塔下は
スマドラのシンボル

「ピンクチェック」一色でした。

シートベルトの大切さを体験できるコーナー
(なんと、乗ったまま車が逆さまに!)や
交通標識を使ったビンゴ大会など・・・

楽しみながらスマートドライブを学べる

盛りだくさんの内容でした。

嬉しかったのは、
パネルに貼られた、

たくさんの“スマートドライバー宣言”!
大人の方はもちろん、

小さいお子様まで
皆さん

思い思いのフレーズで

宣言していました。


▼▼▼愛知スマドラブログはこちらの「スマートドライバー部」から


2011年で初となる
スマドライベント開催が決定しました!

「東京スマートドライバー パートナーズミーティング2011」

 日時:2011年の1月14日(金) 19:00~21:00(受付は18:30~)
 場所:秋葉原UDX 4F マルチスペース(千代田区外神田4-14-1)
 会費:おひとり様 2,000円

2007年8月に生まれた
東京スマートドライバープロジェクト。

「やさしい運転をする人が増えると

 交通事故は減らせるかもしれない」


そんなメッセージに、

たくさんの人が協力してくれました。

そこで、

これまでスマートドライバープロジェクトを
応援してくださった皆さまに感謝をこめて、
これからの

スマドラの目標を語っていきます。

東京スマートドライバーの
発起人である小山薫堂さんも参加予定です!

“スマドラの次のステージ”
一体どうなるのか気になりますね。

あなたの参加、お待ちしています。


▼▼▼くわしいイベント内容と参加方法はこちら


スマドラTwitter公式アカウントで、
日々

たくさんのメッセージが

つぶやかれていること、
ご存じでしたか?

「路面や壁に赤のシマシマがみえてきたら、
 カーブに入る前にスピードダウンです。」

「エコな車の前に、エコなドライブをしよう。」

「レインボーブリッジには、テーマソングがある。」

などなど・・・


のぞいてみると、

ドライブに役立つポイントや
ちょっと楽しい

ドライブ雑学が見つかるハズです。

もちろん、見るだけではなく、
みなさん自身がつぶやくこともできます!


あなたのつぶやきが、

誰かのドライブを変える
なんてことがあるかもしれませんね。


▼▼▼つぶやきはこちらから見られます


毎月、

「前月よりも事故件数を減らす!」に挑戦する
 題して「スマートチャレンジ」。

今月のチャレンジを成功させるために、
昨年の12月のレポートから、
この時期に

どんな事故が多かったのか

探ってみました。

12月に起こった事故の

原因の多くが、
交通量が増えた時の

車同士の接触事故でした。

クリスマスや年末年始は
道路がいつもより混みあって危険です。

そんな時、

特に気をつけたいのが
用賀や大井など、

本線料金所近くに入口や

パーキングエリア、

ジャンクション分岐があるところです。

短い区間で

車が入り交じる、

このような場所では
車同士の接触事故の

危険が増します。

運転のポイントは
やっぱり

「慌てない」ということ。

パーキングエリアや、
ジャンクション分岐が

どちら側にあるのか
手前で知らせてくれている

看板をチェックして、
「早め」に

車線変更しておくと安心です。

忙しい年末にも、

心に余裕を持つことで
スマートに乗り切りたいですね。


▼▼▼2009年12月のくわしい分析レポート



■新しい標語はつぶやきから?スマドラTwitterをフォローしよう!
→ 


□スマドラ公式パンフレット4部作完結編 絶賛配布中。
→ステッカーついてきます! 


■PR スマドラ・ムック本 絶賛発売中!
首都高を“遊ぶ”ための大人の地図帳
「地上30mの東京散歩 ~SHUTOKO NAVI MAP~」 価格:¥980(税込)
→ 
http://www.smartdriver.jp/topics/479  


http://www.smartdriver.jp/topics/482
http://twitter.com/_smartdriver
http://www.smartdriver.jp/maintenance/challenge/report/#/december_2009


▼▼▼前月よりも事故削減を達成できたらプレゼントも!
   今月のチャレンジにエントリー
https://www.smartdriver.jp/form/challengeentry.html

▼▼▼お出かけ中でも、「首都高mobile」で交通状況をチェック!
http://www.shutoko.jp/m/


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    ♪♪ スマドラ トピックス ♪♪         
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   ♪♪ 今月の事故削減にチャレンジ ♪♪         
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   ♪♪ スマドラツイッターに注目 ♪♪         
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http://ikyubiz.blogspot.com/


果たしてこの日、
交通事故を減らすことはできたのでしょうか。
その結果は、1月7日(金)午後7時30分~午後8時45分
NHK「欽ちゃんのワースト脱出大作戦」で放送予定です。


▼▼▼当日の様子はこちらから
http://www.smartdriver.jp/topics/507


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  ♪♪ スマドライベント開催情報 ♪♪         
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「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


不景気でも

クリスマスは来ます。


街角のクリスマスツリーを眺めながら・・・


不思議な

感慨にふけってしまいました。


きっと、

どんなに先行きが暗くても・・・


人々は

クリスマスを祝い続けるのだろう。



収入が減っても・・・


国の借金が増えても・・・


正月は

必ずやってくる。



過去何百年・・・


いや、

何千年も

そうであったように・・・



ところで・・・


今私達は、

どんな時代を生きているのだろう。


その

真っ只中にいる

私達には・・・


この時代を

客観的に捉えることが

とても難しい・・・



何十年・・・


何百年・・・経った時に・・・


あの時代は

○○な時代だったと・・・


未来の誰かが

定義づけする事になるのだろう。



もしかすると・・・


今、という時代は、
とても

ハッピーな時代だったと

言われるのかもしれない。



ちょうど・・・


現在の私達が

昭和の貧乏時代を

古き良き時代と懐かしむように・・・


バブル期よりも幸せな

古きよき時代だと

認識するのかもしれない。



さて、世の中は

いったい何処に向かっているのだろう。


資本主義が

万能でない事に

人々が気づき・・・


工業化の先に

地球環境の危機が

見え始めた今・・・


人類は

新しい社会構造の構築に

取り掛からざるを得ない。


だが現在・・・


人類のリーダーとなっているのは、
既存の仕組みの中で

大きな富と権力を蓄えてきた・・・


国や企業の

代表者である。



彼らが

その既得権益を

放棄するような仕組みを、
積極的に

創っていけるのだろうか?



いや・・・


残念ながら人間は、
まだ・・・


そこまで・・・


人格的進化を

遂げていないだろう。



人類の富の

大半を手にしていると言われる1%の人々が・・・


その権利を

放棄する事など

あり得ないだろうし・・・


誰も

それを責めることは

できない。


日本の借金を無くす為に、

今ある財産を

進んで差し出す日本人が

果たして

何人いるというのか。



私達、人間は、

そんなに

強い存在ではない。



自分を守ろうとするのは

当たり前の判断だ。


だが・・・守ろうとすればするほど

社会は崩壊に近づいていく。


自分達を守るためには、

結局・・・


何かを捨てる覚悟を

するしかないのだろう。


 

私達は、

何を・・・

捨てればいいのだろうか。


地球環境を

破壊するような

工業化は

止めなくてはならない。


だが・・・


工業化そのものは

善であったのだと思う。


そのおかげで

人類は

豊富な物資を

手に入れる事が

出来たのだから。



競争社会も

必要だったと思うし・・・


絵に描いたような成功者の存在も・・・


人類の発展には

必要だったと思う。



それらを

否定してみても始まらない。



否応無く

時代は

変わろうとしている。


私達は

きっと・・・


何かを

捨てる事になるのだろう。


人類が

存続するためには・・・


二つのバランスを

見直すしかないと思う。


一つ目は

工業化と地球環境との

バランス。


そして

もうひとつは

富の配分のバランスだ。



資本家や経営者、先進国だけが

総取りするのではなく・・・


働く人々が

その富を分け合う時代が

必要だろう。


飛びぬけた金持ちや、

バブリーな贅沢は

身を潜める。


貧富の差が縮まり、

刺激の少ない人生になるのだろう。



共産主義のように

誰かが

配分を決めるのではなく・・・


一人ひとりが

バランスを意識する時代。


変化の少ない、

小さな幸せを受け入れる時代。


そうなると・・・


豪邸に暮らす人は

いなくなるのかもしれない。


ピラミッドや

ベルサイユ宮殿を建てた人たちが・・・


存在しなくなったように。


「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


不景気だとか・・・


デフレだとか・・・


国債の発行が増えたとか・・・



そんなことを

真面目に語っているテレビの中の人や・・・


居酒屋で飲んでいる人達や・・・


タクシーの運転手さんやら。



みんな・・・


この日常を楽しんでいるなあ・・・


なんて

思っちゃいました。



不謹慎・・・というか、

不真面目というか、
ホントは、

イケナイ事なんでしょうけど・・・



でも・・・


思うんですよ。



この、

社会というか・・・


日常は・・・



人類が

ハラハラ・ドキドキする為に

考え出した、、
大いなる余興なのかも知れない。



だって・・・


動物には、

生きる事に直結する事しか

ありませんもんね。



不景気だとか・・・


円高だとか・・・


老後の不安・・・


なんていう・・・


ちっとも

楽しくもないイベントなんて。



人間だって・・・


原始の時代には

なかったと思うんですよね。


地震とか・・・


山火事とか・・・で

パニックになることは、

あったでしょう。



でもね~


不景気とか・・・


デフレのことなんか・・・



きっと

考えもしなかったでしょう。



だから・・・


それはそれで・・・


平和だったんでしょうけど・・・


でもまあ・・・


つまらない・・・


刺激がない・・・


エキサイティングでない・・・


そんな

人生だったのでしょう。



まあ、

ドラマには

なりにくいですよね。


そこで・・・


昔々の偉い人たちが

考えついたわけですよ。


そうだ!


人生を

映画にしちまおう。


なんてね。



そうすると・・・



いろんな事が

起こるわけです。



不景気だとか・・・


宝くじに当たったとか・・・


失業したとか・・・


出世したとか・・・


まあ、

山あり谷ありの、
エキサイティングな

人生になるのです。



そりゃ~


楽しい事ばかりじゃありませんね。


だって・・・


楽しい事ばかりだと、
すぐに

飽きちゃいますからね。



だから・・・


ハプニングも起こるし・・・


苦労や苦悩もあるわけです。



そして、

そんなたくさんの波を

乗り越えながら・・・


最後に

たどり着くんです。



目の前にある小さな日常に。



それが、

本当の幸せなんだって。



ああ・・・


なんて素敵なドラマ。



人間が

創り出した「日常」って奴は・・・


これは

最高のアトラクションですな。



ディズニーランドなんて・・・


煩雑な

日常に比べれば・・・


所詮は

子供の遊び場です。



先人よ!


日常社会を

創り出してくれて、

ありがとう!!


否応無く
刺激的な人生をありがとう!!



みんな真面目に

楽しんでおりますよ~



不景気や・・・


デフレや・・・


円高などという・・・


マジックマウンテンばりのイベントも、
しっかりと

みんなで共有して味わっております。


忙しかったり・・・


煩雑な12月の日常を・・・


ちょっと

客観的に観てしまいました。



ああ、腰が痛い。



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


ある一人の友人が、

昨年のクリスマスパーティーの場で
私に

こんなことを言っていたのを思い出す。


「すべての悪の根源は金利にある」と。


金融ビジネスが

やりすぎたとか・・・


儲けに

走りすぎたとか・・・


色々言われているが、
結局のところ

金利が諸悪の根源なのだと

主張するのである。


私自身、

金が金を

生み出し続ける仕組みには
納得のいかない部分も多い。


お金に働かせることが
重要かつ

最も頭のいいやり方だと

言われても・・・


そのイメージが

うまく想像できないのだ。


仮に・・・


世の中の人が

みんな投資上手になって・・・


お金に働かせることが

可能になったとする。


その場合・・・


誰が

食料を生産するのだろう。


誰が

道路を整備するのだろう。


誰が

家を建ててくれるのだろう。


そんな・・・


素朴な疑問が

湧いてしまうのである。


経済の専門家から見れば・・・


馬鹿馬鹿しい

悩みなのかもしれないが、
どんな

馬鹿馬鹿しいことも
世界規模で認められてしまえば・・・


それは
正論として

まかり通ってしまうのだ。


何が

真実なのかは

自分自身の

頭と心で考えたい。



ということで・・・


私は

彼の言うところの
「金利諸悪の根源説」について・・・


読書の秋の間に

考えてみることにした。

そのために・・・


まずは

専門家である

竹中平蔵さんの著書を
何冊か

読むことにしたのである。



竹中先生いわく・・・


お金には

三つの役割があるらしい。


ひとつ目は、

価値を測る役割。


二つ目が

交換の道具。


そして・・・


三つ目が、

価値を貯蔵する手段。


なるほど・・・


お金には

確かに

その三つの役割がある。


たとえば・・・


ようやく

涼しくなってきて食べた

松茸の土瓶蒸し。


松茸の土瓶蒸しに

値段がついていることにより・・・


どのくらい

価値があるものなのか

知ることが出来る。


もちろん・・・


それが

高いと思うか

安いと思うかは

人それぞれだ。


そして・・・


まあ

妥当だろうと

感じた人が

買う・・・



つまり・・・


お金と

交換するのである。


そのお金は

元々自分の労働などと

交換したものであるから・・・


労働と松茸を

交換するために
お金は

機能したということになる。


そして・・・


おせち料理を売った人は
その価値を

お金という形にして

保存しておくのである。


次に使う

その時まで。



ここまで考えて、

ある矛盾に行き着く。


お金は

保存しておいても減らない。


いや、

金利で増える場合もある。


だが・・・


松茸は

減って行くばかりではないか。


よ~く考えてみると・・・


人々が

生産をやめた瞬間から・・・


世界の価値の総計は

目減りしていくのである。


貯蔵したお金の

価値を保つためには、
生産を続けるしかない。


そのためには・・・


お金を貯蔵せずに
新しい価値を生み出すために

使い続けなくてはならない。


貯蔵したお金の価値を保つために
そのお金を

使わなくてはならないとは・・・


なんともややこしい。


頭が痛くなるので、

ここでひとつ結論を出したい。


貯蔵し続けるということが
世の中の

価値を下げるというのであれば・・・


金利を

マイナスにしたら

どうだろうか???


貯めておいても

かまいません。


ただし・・・


時間と共に

少しづつ目減りしていきますよ、と。


そうすれば・・・


みんな価値が下がる前に
使おうとするのではないだろうか。


働かざるもの

食うべからずというが・・・


お金も

同じかもしれない。



「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


お金で買えないものはない・・・


というホリエモンの発言が
物議を醸してから、

もう、どのくらい経つのだろうか。


今でこそ・・・


お金の権化のような批判を浴びているが、
逮捕される前・・・


時代の寵児ともてはやされた頃には、
彼を支持する人のほうが

圧倒的に多かったような気がする。


今も

ツイッターでは

物凄い数のフォロワーがいる。


私が知っている限りでも、

ホリエモンに憧れて
経営者を目指していた若者は

決して少なくなかった。


たった

数年前の出来事だ。


だが、

時代は変わり・・・


成功者のイメージも

すっかり

変わってしまった。


今は昔の感が強い。


まあ、彼の発言が

上等なものだったかどうかは

ともかくとして・・・


その内容については

資本主義の本質を突いていたと

私は思う。


マスターカードのCMの通り、

お金で買えないものもある。


それは

当たり前の話だが・・・


あえて・・・


そんな反論を

しなくてはならない理由は・・・


ほとんどのものが

お金で買えてしまうからだ。


一部の例外を除く、

全てが

お金で買える。


それが

正しい表現なのだろう。


そうでなければ・・・


通貨として

お金の意味がない。


 

お金には

いくつかの役割があるが・・・


その第一は

何といっても

交換の手段としての

役割だろう。


お金がなかった時代、

物と物、

あるいは事と事は
直接交換されていた。


いわゆる

物々交換の時代である。


魚が欲しい人と、

米が欲しい人が出会った場合・・・


お互いに

相手が欲しい物を持っていれば、

交換は成立する。


だが・・・


そんなに

上手い具合に

ニーズが

一致するとは限らない。


相手が欲しいものを

提供できない場合は
直接の交換が成り立たないので・・・


お目当てのものを

手に入れるためには
何人もの人と

交換を繰り返さなくてはならない。


物々交換は、

想像する以上に

とても効率の悪い方法だ。


そこで

発明されたのが

お金である。


お金は人類史上、

最高で最悪の発明だと言われているが・・・


その

最高たる所以は

交換の便利さである。


米でも・・・


魚でも・・・


肉でも・・・


野菜でも・・・


全てが

お金と交換できるのならば・・・


その便利さは

計り知れない。


そう・・・


どんなものでも

お金で買える。


それが
貨幣経済を成り立たせている、

根本的な考え方なのだ。


もしも・・・


お金で買えるものが

半分しかなければ・・・



貨幣は

流通しなくなるだろう。



そういう

意味において・・・


お金は

万能でなくてはならない。


 

だが・・・しかし。


お金は

ある意味・・・


万能になりすぎたのかも

しれないとも感じる。

例えば・・・


吉野家の牛丼は、

誰が食べても

同じ値段だ。


それは

それでもいい。


だが・・・


肩揉みが

同じ料金なのは

如何なものだろう。


私が

揉むほうの立場なら、

中年のオヤジの肩と
若くて綺麗な女性の肩とでは

値段を変えてほしい。


吉野家の店員だって・・・


本当は

美女とオヤジを

区別したいはずなのだ。


相手によって

値段を変えてはならない。


気分によって

変えてはならない。


物の相場というものを

安定させなくてはならない。


それが

今までの常識だったのだろう。



だが、これからは・・・



相手によって

値段が

変わることもあるかもしれない。


いや、

あってしかるべきだと思う。



買わない自由があるのなら、

売らない自由があってもいい。


「金はいくらかかってもいい。

 でかい家を建ててくれたまえ」


「お断りします」


なんて・・・事が起こってしまうのだ。



性格が悪いと

牛丼も食べられない・・・という時代が

来るかもしれない。


来るわけないか・・・




「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


高校生の頃の

偏差値50以上・・・というのが、

元々持っている脳みその

パフォーマンスを見る基準であると・・・


先輩経営者に教えてもらった。


60以上の偏差値を取るには

それなりの努力が必要だが・・・


もともとの能力が高ければ
努力なしでも

50以上は取れるというのだ。


確かに・・・


東大や京大に行くような

天才ならば、
何もしなくても

50くらいの偏差値は

取ってしまいそうな気がする。


勉強と仕事とでは

頭の使い方が全然違うわけだが・・・


彼曰く、

50以下の偏差値の人は
脳みそのパフォーマンスに限界があり・・・


仕事においても

頭の良さを発揮することは

できないという。


私も・・・


どちらかというと

素材を重視するタイプで、
元々、

持って生まれた才能や

適正というものが
仕事においても

大きく影響すると考えている。


そして・・・


本当に頭が良い人というのは

中学生くらいのときから、
キラリと光るものがあることも

また事実なのだろうと思う。


だが・・・


ここで

ひとつの問題に

ぶち当たってしまうのだ。


それは・・・


私自身の高校時代の偏差値が
35やら72やらという

乱高下状態であったという事実である。


高校時代の

私の成績は

目を覆いたくなるものだった。


確かに・・・


勤勉ではなかったが、
試験前の勉強くらいは

それなりにやっていた。


にもかかわらず・・・


乱高下の平均50以下である。


科目によっては

70を越えるものもあったが・・・


平均で50以下ということは・・・


それ以下の科目が

沢山あったということで・・・


実際に

私の数学の偏差値は

40を越えたことがなかった。


前述の

先輩経営者の説が

正しければ・・・


私の脳みそは

頭脳労働には向いていない

ということになる。



「きっと、何かに夢中になっていて、
 その分野では一番だったのでしょう」と慰められたが・・・



そんなものは・・・


何ひとつ・・・


思い浮かばない。



やはり

私の脳ミソは、

あまり上等ではないらしい。


だが・・・


私自身は

小学生の頃から

現在に至るまで・・・


頭が悪いと感じたことは

ただの一度もない。


このギャップは

どう埋めればいいのだろう。


もしかすると、

自覚のない馬鹿なのだろうか。



そうかもしれない・・・!?!



実を言うと・・・


自分の中では

もう結論が出ている。



私の結論は、こうだ。



どんなに

頭が良かろうとも・・・


いきなり

高校の問題を見せられて

解ける人間はいない。


たとえ

アインシュタインであろうとも・・・


それまでの予備知識がないと

解きようがない。


なぜならば・・・


質問の意味が

理解できないからだ。


私は中学1年生のとき、

全ての授業に出席しながら・・・


まったく

その内容を聞いていなかった。


モチロン、

ノートもとっていない。


隠れて

サッカーの守備戦術を

纏めていたのである。


高校生のときは

バンドの曲を書いたりしていた。


その結果・・・


数学や英語のような
積み上げ式の教科が

まったく出来なくなったのである。


高校の授業を

いくら真剣に聞いたところで

情報がつながらない。


何せ・・・


三単元のSの意味が

解らないのだ。


だが・・・


その経験のおかげで

私は

人に教えるのが

上手になったとも思う。



やる気もあり、

頭も悪くないのに

結果が出せない人。



そんな人を見ると・・・


ああ、

つながってないのだなと

感じる。



いい商品があり、

いいお客さんもいる。


だが・・・売れない。



それは

つながっていないから。



商品の特徴と

お客さんのメリットが

つながらない。


それは、

お客さんと

商品についての情報が・・・


どこかで

途切れているから。


ただ、それだけ。


そう思うのは、

私だけだろうか・・・