「秋葉原ベンチャー社長とその仲間たち」


ある一人の友人が、

昨年のクリスマスパーティーの場で
私に

こんなことを言っていたのを思い出す。


「すべての悪の根源は金利にある」と。


金融ビジネスが

やりすぎたとか・・・


儲けに

走りすぎたとか・・・


色々言われているが、
結局のところ

金利が諸悪の根源なのだと

主張するのである。


私自身、

金が金を

生み出し続ける仕組みには
納得のいかない部分も多い。


お金に働かせることが
重要かつ

最も頭のいいやり方だと

言われても・・・


そのイメージが

うまく想像できないのだ。


仮に・・・


世の中の人が

みんな投資上手になって・・・


お金に働かせることが

可能になったとする。


その場合・・・


誰が

食料を生産するのだろう。


誰が

道路を整備するのだろう。


誰が

家を建ててくれるのだろう。


そんな・・・


素朴な疑問が

湧いてしまうのである。


経済の専門家から見れば・・・


馬鹿馬鹿しい

悩みなのかもしれないが、
どんな

馬鹿馬鹿しいことも
世界規模で認められてしまえば・・・


それは
正論として

まかり通ってしまうのだ。


何が

真実なのかは

自分自身の

頭と心で考えたい。



ということで・・・


私は

彼の言うところの
「金利諸悪の根源説」について・・・


読書の秋の間に

考えてみることにした。

そのために・・・


まずは

専門家である

竹中平蔵さんの著書を
何冊か

読むことにしたのである。



竹中先生いわく・・・


お金には

三つの役割があるらしい。


ひとつ目は、

価値を測る役割。


二つ目が

交換の道具。


そして・・・


三つ目が、

価値を貯蔵する手段。


なるほど・・・


お金には

確かに

その三つの役割がある。


たとえば・・・


ようやく

涼しくなってきて食べた

松茸の土瓶蒸し。


松茸の土瓶蒸しに

値段がついていることにより・・・


どのくらい

価値があるものなのか

知ることが出来る。


もちろん・・・


それが

高いと思うか

安いと思うかは

人それぞれだ。


そして・・・


まあ

妥当だろうと

感じた人が

買う・・・



つまり・・・


お金と

交換するのである。


そのお金は

元々自分の労働などと

交換したものであるから・・・


労働と松茸を

交換するために
お金は

機能したということになる。


そして・・・


おせち料理を売った人は
その価値を

お金という形にして

保存しておくのである。


次に使う

その時まで。



ここまで考えて、

ある矛盾に行き着く。


お金は

保存しておいても減らない。


いや、

金利で増える場合もある。


だが・・・


松茸は

減って行くばかりではないか。


よ~く考えてみると・・・


人々が

生産をやめた瞬間から・・・


世界の価値の総計は

目減りしていくのである。


貯蔵したお金の

価値を保つためには、
生産を続けるしかない。


そのためには・・・


お金を貯蔵せずに
新しい価値を生み出すために

使い続けなくてはならない。


貯蔵したお金の価値を保つために
そのお金を

使わなくてはならないとは・・・


なんともややこしい。


頭が痛くなるので、

ここでひとつ結論を出したい。


貯蔵し続けるということが
世の中の

価値を下げるというのであれば・・・


金利を

マイナスにしたら

どうだろうか???


貯めておいても

かまいません。


ただし・・・


時間と共に

少しづつ目減りしていきますよ、と。


そうすれば・・・


みんな価値が下がる前に
使おうとするのではないだろうか。


働かざるもの

食うべからずというが・・・


お金も

同じかもしれない。