随分とサボってしまいました(^_^;)

泣いても、笑っても、ボケっとしていても・・・

15期は終わり、16期がやって来ました。

さて・・・

「やりたいか・・・やりたくないか・・・

ということをベースにして、事業をを考えるならば・・・

そこには、いくつかの選択肢がある。


まず、ひとつ目は・・・

自分が、やりたい事業かどうかということ。

この時点で、
やりたくないビジネスモデルを選択する人がいるものだろうか?

それが、実は結構たくさんいるのである。


その理由は・・・

「やりたいかどうか」よりも「儲かるかどうか」

あるいは・・・

「やったことがあるかどうか」に重点を置いているからだ。


もちろん・・・

そういう人たちにとっては、
儲かるビジネスこそが
「やりたいビジネス」ということになるのだろうが・・・

私が言いたいのは、そういうことではない。

儲かるかどうかに関係なく、
その事業が好きかどうかということだ。

好きだからやる。

好きでなくとも、儲かるのならやる。

両方でないとやらない。

色々と選択肢はある。


そして、もうひとつ・・・

別な視点から見た選択肢がある。


それは・・・

自分以外の人(従業員)が、やりたいと思うビジネスかどうかだ。

たとえ、
やりたくない事業であったとしても、儲かるのならやる。

それは経営者の発想だ。

どんなに会社が儲かったとしても、
面白くもない仕事をやりたいという従業員などいない。

それでもやるとしたら・・・

給料が高いか、他に仕事がないかの、どちらかである。

給料が高いのならば、嫌なことでも我慢してやる。

それは、
儲かるかどうかで事業を考える社長と・・・

基本的には同じ発想である。

だが、この場合、ひとつ重要な問題がある。


それは・・・

嫌な仕事に相当する十分な給料を支払ったとして・・・

それでも、儲かるのかどうかである。


会社の利益というものは、
社員の給料と総じて相反する関係にある。

出来るだけ人件費を安く抑えれば、
会社としての利益は増えるし・・・

反対に人件費を払えば払うほど、
会社の利益は減っていく。

だからこそ、
不人気な事業で利益を上げようとする経営者は、
みんな考えるのだ。


そこそこの人材さえいれば、
運営していけるビジネスモデルというものを。


給料も決して高くはないが
他に仕事がないから仕方なくこの仕事をやっている。

そういう人たちで成り立つビジネスモデル。

それでいて高収益。

それこそが、
最強のビジネスモデルだと考えている経営者は多い。



結局のところ・・・

「やりたいか・やりたくないか」をベースにしたビジネスモデルは、
3パターンしかない。


1.人がやりたいと思うビジネスモデルで、優秀な人材を集める。

2.人がやりたがらない仕事で、高給を支払って人を集める。

3.人がやりたがらないけれども、
 誰がやっても成果が出るビジネスモデルを考える。

この中から、
どれを選ぶのかは経営者の考え方次第だろうが・・・

一番多いのは3を選ぶ経営者だと思う。

人材のレベルに左右されないビジネスモデル。

その上で、
面白い仕事、高い給料を与えることが出来たら最高ではないかと。

たしかに最高かもしれない。


だが・・・

そのようなビジネスモデルは、出来ないと思った方がいい。


我々は、
選択しなくてはならないのだ。


「やりたいこと」で勝負するのか・・・

「やりたくないこと」で勝負するのかを。


この選択に、答えはあるのだろうか。


やりたいことだから、頑張れるという人もいれば・・・

やりたがらないことだから、儲かるのだという人もいる。

どちらにも一理ある。


一人ひとりが、
やりたい仕事を追求していけば・・・

素晴らしい世の中になる。


そんな気もするし・・・

誰かが、
やりたくない仕事をやってくれているから・・・

世の中が、
成り立っているのだという気もする。


私にも、未だ答えは解らない。


寒いですねえ・・・予報通りで雪から雨に変わって、
ホッとしている今日この頃です(^_^;)

さて・・・

過去を変えることは出来ない。

変えられるのは未来だけだ。

啓蒙セミナーでは、
よくそんなことが言われる。


待ち合わせの時間が迫っている時の渋滞や・・・

電車の遅れにイライラしたり・・・

もう終わってしまったことを悔やんだり・・・


考えても仕方の無いことに
時間やエネルギーを使うのはやめて、
もっと前向きなことに気持ちを切り替えるべきだ。

そういうアドバイスなのだと思う。

私も同感だ。

人間だから・・・

くよくよしたり、
イライラしたりはするのだが・・・

出来るだけ早く、
気持ちを切り替えるようにしている。

それが、
人生をより有意義なものにするコツだと
知っているからだ。

ところで・・・

ビジネスの世界には
過去以外にも変えられないものがある。

それは現在だ。

今の行動を変えることは、
もちろん可能なのだが・・・

それによって、
今の結果を変えることは出来ない。

ビジネスには、
タイムラグがあるのだ。

戦略的に売上をつくる優秀なビジネスマンは、
決して今月の数字を追いかけたりはしない。

それは・・・

最早、ほとんど変えることの出来ない「結果」だからだ。

今月の数字をコントロールすることは・・・

誰にもできない。

コントロールできるのは・・・

未来の数字だけだ。

だから・・・

できるビジネスマンは
常に3ヶ月から、
半年先の売上のことを考えている。

今月の数字のために
活動できる時間は30日しかない。

しかし・・・

半年先の数字ならば、
180日かけて活動することが出来る。

これは、
単に日数が多いというだけの違いではない。

例えば・・・

今月の30日を今月のために使うのと、
半年先のために使うのとでは、
結果がぜんぜん違う。

今月のために打てる手だてには
限界があるからだ。

短期で結果が得られるもの。

今月の数字だけを考えるならば、
そこに時間を集中させるしか無い。

だが、
往々にして短期の戦略というのは
運に左右される。

運が悪ければ、
いくら頑張っても結果が出ないし、
仮に・・・ 運良く結果が出たとしても、
その成功を繰り返すことはできない。

ビジネスは、
1試合の勝敗だけで決まるのではない。

長期間のアベレージが大事なのだ。

だから・・・

再現できない成功には意味が無い。

それは・・・限りなく失敗に近い成功だ。


未来の結果は、現在によって決まる。


そのことに、
異議を唱える人はいないだろう。

問題なのは・・・

未来のために何をやっているか・・・

そして、
どのくらいの時間を割いているかということだ。

今日一日に、
120%の力を出し切る。

その連続が、
未来を明るくするのだと信じている人は多い。

だが、それは間違っている。

今日一日で、
どれほどの力を出し尽くしたとしても・・・

それを、
毎日積み重ねていったとしても・・・

未来は明るくはならない。

大事なのは・・・


全力で頑張ったかどうかではなく、
未来のために手を打ったのかどうかだ。


全力を出し切るという習慣で、
毎日を過ごしてはならない。

全力を出している時に、
人間は頭を使えないからだ。


立ち止まって考える。


過去を整理し・・・

未来のために打てる手だてを工夫する。

それは、
全力とはほど遠い姿だ。

周りから見ると、
サボっているのと大差ないだろう。

それは・・・

「何もしない時間」を作るということだからだ。


先ず、何かをやめる。


次に・・・未来の戦略を練る。

これ以外に順番はない。


最低でも20%は、
何もしない時間を作るべきだ・・・出来れば30%


人は、走りながら考えることは出来ない。

何もしない時間こそが、
未来を作るための第一歩なのである。





私は人を育てる事が、
あまり好きではない。

面倒くさいからである。

だが・・・立場上、
人を育てないわけにはいかなかった。

だから、仕方なく考えたのだと思う。

どうやったら、
人が育つのかということを・・・



何が面倒くさいといって、
育成にはとてつもない手間と時間がかかる。

さらに・・・

人は一人一人違うので、
その人に合わせた育成方法を考えなくてはならない。

そこまでしても、
育たない人は育たないし・・・

育つ人は放っておいても育つ・・・のだが、
そんなことを言ってしまったら身もふたもない。

育成には、
見返りを求めない忍耐が必要なのである。


「よし!俺は必ずこの部下を育てるぞ」

・・・と腹を括ったなら・・・

まず、
最初にやらなくてはならないのは調査だ。

育てる対象を徹底的に知り、理解すること。

これなくして育成は出来ない。

どういう性格で、
どのような短所と長所があって・・・

これまでに
どういう経験をしてきたのか。

自信を持っていることは何か。

自信をもっていないことは何か。


どういうことが好きで、
どういうことが嫌いか。

要するに・・・

その人物の
「現在の座標」を知ることが大事なのだ。

それが、解らないことには、
どんなに素晴らしい地図があっても・・・

目的地に到達することは出来ないからだ。


育てることの最初の面倒くささ。

それは
相手との壁を取り払うことである。

熱心に話を聞いてあげたり、
面白いことを言って笑わせたり、
時には酒を飲んで愚痴をこぼしてあげたり・・・と、

相手の壁を取り払うには、
相当な手間と時間がかかる。

だが・・・

この作業をやらないことには、
相手のことが解らない。

解らない人間を
育てることは出来ないのだ。

そして・・・

ある程度相手を理解できたならば、
今度は目標を定めなくてはならない。

どういうビジネスマン、
どういう社会人、
どういう人生を目標にするか。

これは、
もちろん本人の適正及び希望に基づいていなくてはならない。

適正は・・・

本人には解らないので
上司が見抜いてやる必要がある。

そして・・・

目指す目標についても、
一緒に考えてやらなくてはならない。

どうなりたいのか、
どうありたいのかを決めるためには・・・

情報とアドバイスが欠かせないからだ。

自分の時間を使って相手を知り、相手の目標を一緒に考える。

これが
育成の第一歩であるのだから
本当に面倒くさいことこの上ない。

ここまでやって初めて
育成プログラムの作成に着手できるのである。


今現在の状態。

向かうべき姿。

この二つが明確になったならば・・・

今度は、
それをつなげなくてはならない。

何をどうやったら、
今の状態が向かうべき姿に結びつくのか。

そのステップこそが、育成プログラムである。

何をやらせるか。

何をやらせないか。

どういう失敗はさせてもいいか。

どういう失敗はさせてはならないか。

経験と仮説に基づいて、
育成プログラムは作られる。

だが・・・

もちろん、
そのプログラム通りに人は育たない。

なぜ、うまくいかなかったのか。

その原因を考え、
プログラムを書き換えるのも上司の仕事だ。

育成の過程においては、
精神的なサポートもしなくてはならない。

彼らは
自分のやっていることが、
本当に成長に繋がるのか・・・

常に不安があるし、
もっと早く、
目に見える成長がしたいと望んでいる。

でも、一歩一歩前進するしかない。

君は順調に来ているのだと、
常に言い続けてあげなくてはならない。

その作業を4、5年続けてやっと人は育ち始める。

もちろん・・・

そこまでやっても育たない人もいる。

ひとりの上司が育てられるのは、
せいぜい2、3人というところか。

だが・・・

この2、3人が大事なのだ。

自分が心血を注いで育てたと言える部下がいるかどうか。

これは40、50代になった時に
ビジネスマンとしての決定的な差になる。

育成を怠った上司は
絶対に組織の長にはなれないのである。


・・・子供の育成とも一緒だね(^_^;)


七草ですねえ・・・

「せり」「なずな」「ごぎょう」「はこべら」

「ほとけのざ」「すずな」「すずしろ」でしたよねえ・・・(^_^;)

さて、新年早々2回めの更新です(^^♪



あるインターン希望者から

「なんで働かないといけないんですか?」

という質問を貰って、私はとても驚きました。

私は「働くのが当たり前だ」と思っていたからです。

でも、「当たり前」と思っていることを疑うことは
とても大切なことだと思いましたので、まじめに考えて、回答しました。

以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私も、あなたと同じように
「働くのはとてもつらく、苦しいことだ」と思っていました。

今はどうか、と言えば、
あまり変わっていないようにも感じます。

相変わらず仕事は苦しいですし、
楽であることは一つもありません。

でも、「働く」ことは
あなたに多くの物をもたらすでしょう。

それをお知らせします。

1.働くことは、お金をもたらす。

「お金などいらない」という人も世の中にはいます。
でも、あって困るものでもありませんし、
多くの人はお金がなければ生活できません。
むしろ、「お金のために働く」という人もたくさんいます。

ただ、「お金のためだけに働く」のであれば、
あなたの言うとおり、仕事はつらく、苦しい物になってしまうかもしれません。
多くの人は、人生の大半を「働いて」過ごしますが、
それがつらく、苦しい物であることはできれば避けたいでしょう。

ですから、「仕事がどうしたら楽しくなるか」ということについて、
知っておくことは大切だと思います。


2.働くことは、明確な目標をもたらす。

「なんのために生きるのか?」

という問いに対しては、私は答えることが出来ません。

でも、会社に入ってもらえれば、
「この1年、何に取り組んでもらうか」ということについては
明確なものを与えることが出来ます。

毎日を無為に過ごすよりも、明確な目標を持ち、
それを達成するために努力することは価値があります。


3.働くことは、出会いをもたらす

単に「消費」するだけなら、誰とも会わずに済みます。
そういった孤独が好きな方もいらっしゃるでしょう。
でも、ほとんどの方にとって「孤独」はつらいものだと思います。

働くことは、社会に参加することです。
働くことで、様々な出会いが発生します。
職場の人のみならず、お客様、協力会社、関連する取引先には様々な方々がいます。

もちろん、それらが全て、
あなたにとって意義ある出会いかどうかはわかりません。
ですが、「一期一会」という言葉もあるように
、一回の出会いが人生を変えることもあります。


4.働くことは、学びをもたらす。

働くことは、「学び」をもたらします。
会社に入れば知らないことだらけ、毎日学ばなければならないでしょう。
また、自分の知識が陳腐化しないよう、学びはずっと続ける必要があります。

ただ、会社をやっていると、
「学校の勉強が苦手だった」という人とよく出会います。
でも、安心してください。
学校の「勉強」と、会社における「学び」は、異なります。
学校の勉強は特定の問題をを短時間で「処理」することが目的でした。
会社における「学び」は、問題づくりから始まり、
答えを探して、現実にそれらを実行するまで全てに関わるプロセスです。
それはとても創造的な活動です。

ですから、人は「学ぶ」ことで人生を豊かに過ごすことが出来ます。


5.働くことは、信用をもたらす。

働くことは、責任を引き受けることです。
責任のない仕事はありません。
ですから、「きちんと働く人」というのは、
「きちんと責任を果たしている人」とされ、社会的に信用されます。

また、「信用」はお金で買うことが出来ません。
例を挙げましょう。
あなたは、目の前の人が
「単にお金を持っている」というだけで信用できますか?
おそらく出来ないと思います。
信用は積み上げた行動でのみ、測られるからです。
きちんと働くことは、信用を積み上げる第一歩です。


6.働くことは、自信をもたらす。

あなたには「自信」はありますか?自信は大切です。

こう言うと、いや、「自信過剰」や「妙なプライド」は持つべきでない、
というご指摘をもらうこともあり、
ネガティブな側面を思い浮かべる人も多いかもしれません。

でも、誰にとっても「真の自信を持つこと」は大事だと思います。
真の自信は、それまでにその人が積み上げた実績によってのみ得られるもので、
虚勢や高慢とは無縁です。
虚勢や高慢は、「自信」を持っている人の行動ではなく、
「自信がないから、他者に認めてもらいたい」というだけのものだからです。

本当の「自信」は他者を必要とせず、
「自分の力を発揮して、何かを成し遂げた」人だけにもたらされるものです。
働くことは、なにか成し遂げることです。
「自信」は、一生懸命働くことから生まれます。
以上です。

これは私の個人的な考え方なので、学生のあなたがどう思うかはわかりません。

でも、あなたの疑問への一つの答えとなることを祈ります。




新年あけましておめでとうございます。

株式会社プラウドは
今年も「安全」「安心」「情熱」を大切にして、
世の中に求められる企業を目指します。

本年も引き続き、宜しくお願いします。

さて・・・

新年最初のつぶやきは・・・
失敗した人をどう評価するのかということについてだ。

日本は、
失敗した人に冷たい社会だと言われている。

しかし、私自身は冷たいとは感じていない。

だが、一般的には失敗していない人の方が
失敗した人よりも信頼感があるのは確かである。

しかし、
それはその人が「成功者」と「失敗者」という
二分割で世の中を見ているからだ。

世の中には・・・

「成功者」と「失敗者」と「どちらでもない人」がいる。

この中で参考になるのは・・・

成功者の成功に至るプロセス話と
失敗者の失敗に至るプロセス話だ。

どうやったら成功するか。
どうやったら失敗するか。

みんな、それが聞きたいのである。

誤解しないでほしいのだが・・・

私は、
失敗からも学ぶことがあると言いたいわけではない。

(もちろん失敗から学ぶことはたくさんあるが・・・)

私が言いたいのは、
成功も失敗もどちらでもない状態も、
すべては、
プロセスの一部に過ぎないということだ。

失敗談は、失敗談で役に立つとは思う。

だが、重要なのは、そこではない。

その失敗者が、
成功経験を持っているかどうかだ。

「失敗した人=すべてが間違っていた」

・・・という図式で見てしまう人は多い。

だが、実際には・・・

失敗者の中には・・・

成功経験のある失敗者と
成功経験のない失敗者がいる。

もしも・・・

私が、
失敗者と組んでビジネスをやるとしたら・・・

重視するのは
「その人が失敗から何を学んだか」ではなく・・・

「どのような成功経験があるか」だ。

さらに言えば・・・

その成功体験を
繰り返すことが出来るかどうか。

つまりは・・・

成功のプロセスを理解しているかどうかである。

もちろん、
同じ失敗をしないこと重要である。

だが、最重要ではない。

なぜならば、
失敗しないというだけでは・・・

ビジネスにとってのプラスは、
何もないからである。

成功のプロセスを理解している人は、
何回やっても成功する。

それは、
成功を再現する方法を知っているからだ。

成功を再現し、
なおかつ同じ失敗を回避する方法を考えている人。

これは、
ビジネスパートナーとしては買いだと思う。

成功とは・・・プロセスの途中である。

私は、そう思う。

産業革命も・・・

資本主義も・・・

すべては、プロセスの途中にある。

すべての物事は、
あるきっかけによって・・・

成功への道を歩みだし発展する。

そして・・・

また、
あるきっかけ(原因)によって、
失敗(終息)へと向かうのである。

発展し続ける産業がないように・・・

拡大し続ける国家がないように・・・

すべては、
発展→成熟→終息というプロセスを秘めている。

だから・・・

今現在成功している人というのは、発展途上なのだと思う。

もしも・・・

ソニーの盛田さんや
松下幸之助さんが生きていたら・・・

最今の家電業界の危機は、防ぐことが出来たのだろうか!?!

私は、そうは思わない。

きっと同じように、衰退の道を辿っていたと思う。

だが、重要なのは、その衰退の先だ。

何が原因で衰退したのか。

何を変えなければならないのか。

偉人は、
ただ成功を繰り返すだけではなく・・・

失敗を繰り返さない方法を模索するだろう。

だが、それでも失敗を回避することは出来ない。

すべてはプロセスの一環なのだ。


成功とは・・・失敗しないことではない。

幾つものミスや過ちを乗り越え、
日々悪戦苦闘する事、
そして・・・失敗すること・・・

失敗までのプロセスを含めた物語が、成功なのだ。

だが、この理屈を受け入れてもらうことは難しい。

それは・・・今現在私が、未だ何も為し得ていないからだ。

失敗もプロセスの一部であること。

それを証明するためには・・・

私自身が、
成功を実現してみせる必要があるだろう。



MaryXmas (^^♪ 穏やかなクリスマスイブですねえ・・・
2014年も残り1週間・・・良い事も、よくない事も・・・整理整頓して
2015年が素敵な一年になりますように・・・(^^)ww

さて・・・


「出世のために働いている人間」と聞いて
 あなたならどんな人間を思い浮かべるだろう。

自己中心で・・・脇目も振らず、猛然と働く人間・・・

上司におべんちゃらばかり言っている人間・・・

同僚を蹴落とすために、いやらしい罠を仕掛ける人間・・・

そういう、
ネガティブなイメージが思い浮かばないだろうか・・・

だが・・・

それは・・・

きっと・・・(^_^;)

テレビドラマの影響だと思う。

なぜならば・・・

そのような、
人間は現実社会では出世しないからである。


私は普通の会社員経験がないので
出世とは、無関係に見えるかもしれない。

だが、こう見えても・・・(^_^;)

自身の出世には頓着ないが・・・

出世に関しては、ずいぶんと考えてきた。

ひとつには、
いろんな人に「どうすれば出世できるか?」と聞かれてきたから。

そして、もうひとつは
私自身が出世のメカニズムに興味があるからである。

いったい、
どういう人が・・・どういう仕組みで・・・出世していくのか?

もしも・・・

自分ならば、
どうやって出世の戦略を立てるのか。

そういうことをずっと考えてきた。

その結果・・・気がついたことがある。

それは・・・

出世する人は・・・

出世するべくして・・・出世しているということだ。


彼らは、
ただ猛然と働いてきた結果、出世したわけではない。

もちろん・・・

上司におべんちゃらを使って、出世したのでもない。

彼らに共通しているのは・・・明確な出世ビジョンだ。

それなくして、
組織の長に上り詰めることは出来ない。


私が言っている出世とは・・・

係長や課長になることではない。

もっと上。

取締役や、社長になることである。

いったい、どうすれば・・・

組織のトップにまで、上り詰めることが出来るのか。


まず言えることは・・・

トップになるような人は、
トップになると、自分で決めているということである。

プロ野球選手を目指していない人が、
気がついたら、
プロ野球選手になっていたということがないように・・・

トップを目指していない人が
トップになることは絶対にあり得ない。

そして・・・

本気でトップを目指すならば、
考えなくてはならないことがある。

それは・・・

どうやったらトップになれるのかという戦略と・・・

自分がトップに立ったら、
何をするのかというビジョンである。

もちろん・・・

今現在、任されている仕事において、
成果を出すことは当然である。

だが・・・

それだけを積み重ねていっても、
トップになることは出来ない。

1 仕事で実績をあげる。

2 トップになった時のビジョンを考える。

3 トップになるための戦略を練る。

本気でトップを目指すのなら、
この順番しかないと思う。


仕事で実績をあげるのは当然として、
なぜ2番目にビジョンが必要なのか。

それは・・・

ビジョンもなくトップをめざす人間には
誰もついてこないからである。

当たり前の話だが・・・

「私はトップになりたい」というだけの人は、
 絶対にトップにはなれない。

「私はこの会社をこのようにしたい」

その、
ビジョンが魅力的だから、トップとして選ばれるのである。

では・・・

ビジョンが魅力的であれば、
それだけで、
トップにまで上り詰めることが出来るだろうか。

おそらく無理だろう。

なぜならば、
会社は組織で動いているからだ。

いくら魅力的なビジョンであっても・・・

上司をすっ飛ばして、
トップになることはできない。

だから・・・

トップになるためには、
ビジョンを語ると同時に・・・

自分がトップになるための、
仕組みを作らなくてはならない。

その仕組みとは・・・

自分のビジョンに共感してくれる上司と部下を
出世させることである。

自分ではなく、
自分の上司と自分の部下を出世させる。

なぜならば・・・

それが、
自分自身の出世にとって、
一番の近道だからである。

どうやったら、この上司が出世するのか。

それを徹底的に考えて実行する。

そんな部下を、
出世した上司は放っておかない。

必ず、
自分の近くにおいておくために出世させる。

部下の出世も同じである。

たくさんの部下を出世させる上司は、必ず出世する。

それが、
会社が求めている理想の上司だからである。

出世の極意とは、
自分以外の人間を出世させること。

一見矛盾するようだが、
これこそが真理なのだと私は思うのだ。


寒いですねえ・・・(^_^;)

5人家族で、とりあえず正常なのは私だけ・・・

腸炎&インフルエンザ&風邪&腸炎病み上がりで食欲なし男君

まだまだ、この冬どうなることやら・・・

さて・・・

昔、先輩経営者に教えてもらったことで
今でもよく憶えていることがある。

それは・・・

作業に失敗したお客さんから、
もう一度チャンスを貰う方法。

上司は、私にこう言った。

方法は、たったひとつしかない。

それは・・・

失敗した原因を明確にして、対策を提案することだと。


当たり前の話なのだが、
当時の私はすっかり感心してしまった。

何故ならば・・・

それが
とても論理的な話だったからである。

失礼な話だが、
私は当時の上司を
気合いと根性だけの人だと思っていた。

だから・・・

失敗したお客さんから仕事を貰うためには

「一目散に駆けつけて謝る。」

・・・くらいのことを言うのかと思っていたのだ。

本当に失礼な話である。

だがそのおかげで・・・

私は、この助言をずっと大切にすることが出来た。

根性上司が教えてくれた
たったひとつの論理的な方法だったからである。


・・・以来、私はどんな時にも
失敗の原因を分析するようになった。

そして、
そのほとんどたったひとつの努力によって
ずいぶん仕事ができるようになったと思う。


仕事ができる人と
仕事ができない人の違いは・・・

つまるところ・・・一つしかない。

それは・・・

同じ失敗を繰り返すかどうかだ。

結果が出ない時には、
必ずプロセスに問題がある。

だから・・・

そのプロセスを組み直さない限り、
失敗は永遠に続くことになる。

反対に・・・

プロセスさえ組み替えれば結果はついてくる。

だが、実際にそれをやる人は
ものすごく少ない。

いったい何故だろう???


人は、なぜ同じ失敗を繰り返すのか。

私は、その理由は3つある思う。


まず一つ目の理由は・・・

本人が失敗していると思っていないこと。
自分は一生懸命やったけれども
結果が出なかった。

それは運に恵まれなかったから。

商品に力がなかったから。

会社の知名度が低かったから。

そんな風に考えてしまう人は
プロセスを振り返らない。

一生懸命に働く人ほど、
こういう傾向に陥りやすい。

これ以上、
どうやって頑張れというのか。

そう考えてしまうのだろう。

もちろん、
頑張っていないわけではない。

ただ・・・頑張り方を間違えているだけだ。


二つ目の理由は・・・

プロセスを振り返るスキルがないこと。

自分は何をやってきて、
何をやってこなかったのか。

振り返りとは、
スケジュールを振り返ることではない。

スケジュールに秘められた意味を読み解くことだ。

なぜ?自分はこのスケジュールで行動したのか。

その意味が分からないと
プロセスを組み替えることが出来ない。


そして、三つ目の理由。

それは、
実際に失敗していないからである。


失敗していないのなら
変える必要がないではないか。

そう思われるかもしれない。

だが、残念ながら
社会はそんなに単純には出来ていない。

現実の社会は・・・

仕事が出来る人と出来ない人に
二極化されてるわけではないのだ。

現実の社会には・・・

まったく仕事ができない人などいない。

同様に・・・

完璧に仕事ができる人もいない。

そこにあるのは・・・

出来るレベルの違いだけだ。

だから、仕事ができる人の上には
もっと仕事ができる人がいる。

もっと仕事ができる人の上には
もっともっと仕事ができる人がいる。

仕事ができることに上限はないのだ。

つまり・・・

私がいうところの
失敗していない人というのは・・・

そこそこ仕事ができる人ということ。

そこそこ出来るので、プロセスを変える必要がない。

そう考えているから
それ以上仕事が出来るようにはならないのだ。

失敗を認めることは難しい。

だが・・・成功を捨てることは、もっと難しい。


人は、失敗ではなく・・・

成功の体験によって、
未来を束縛されているのである。


立冬・・・チョット肌寒くてイイですねえ(^^)ww

暑すぎるのも・・・

寒すぎるのも・・・嫌いなので(^_^;)

快晴FINE(^^)wwの今日は・・・

面倒くさいについて。


面倒くさいというのは・・・

一般的には・・・褒め言葉ではない。

その意味するところは・・・

「余計な手間」ではないだろうか。

前フリがやたらと長いとか・・・

決まったことを
いちいち蒸し返すとか・・・

あるいは、
デートの度に愚痴を聞かなくてはならないとか・・・(^_^;)

基本的には・・・

面倒な人間よりは
面倒でない人間のほうが好かれるのだと思う。

「面倒くさい奴」という言い方は・・・

「あまり関わりたくないやつ」と同義である事が多い。

では、
人間みな面倒くさくない方がいいのかというと、
ことはそんなに単純ではない。

なぜならば・・・

「余計な手間」が、
もたらす効用は結構大きいからである。

例えば・・・

料理も飾り包丁という「ひと手間」によって
各段に味や見た目が良くなるしわけだし・・・

彼女へのプレゼントにしても、
手書きのメモを付けるという・・・

「ちょっとしたひと手間」で、
格段に輝いた物になったりもする。

もちろん・・・

これらは料理をする側、
プレゼントをする側が、
感じる面倒くささなので・・・

受け取る方は、一向に面倒ではない。

だが・・・

提供する側が請け負う、
その面倒くささが
相手の満足度アップに貢献していることは確かである。

面倒くさい人間・・・

面倒くさい手順・・・

面倒くさい出来事・・・

そういうものが、
実はいい仕事や
まともな人間関係には
不可欠だったりするのだ。


採用の世界では、よくこんな事が言われる。

それは・・・

「仕事ができる人間は、総じて面倒くさい人間だ」

・・・ということ。

手間がかからない人間の方が、
ずっと仕事ができて、
重宝されそうなイメージではあるが・・・

実際には、
そうでもないところが
現実社会の面白いところである。

仕事の場面で面倒くさい人間には、
ひとつの共通項がある。

それは・・・

納得しなければ、動かないということである。


何か指示を出すたびに・・・

「納得できません」と言ってくる人間。

これは上司にとっては、面倒くさい事この上ない。

「またか。いいから黙って言われた通りにやれ」

・・・とついつい言いたくなる。

だが・・・ここで腹を立ててはならない。

「あなたの指示は納得がいきません」

・・・と言われた場合。

上司は、まず本当に自分の指示が間違っている
という可能性を考えなくてはならない。

「効果を考えたら、こういう方法の方がいいのではないですか?」

そんな指摘をしてくれる部下は、貴重な人材だ。

では・・・部下の論理が間違っている場合はどうか。

これもまたチャンスである。

「君の論理はここが間違っているよ。
 これこれこういう理由だから僕はこのような指示を出したんだ」

・・・と教えてあげれば、相手はそのロジックを学習する。

何の疑問も抱かずに、
ただ言われた通りの作業をする人間よりは
ずっと見込みがあるというものだ。

もちろん、中には・・・
ただただ面倒くさいだけの人間もいる。

その見極めこそが上司の力量というものだ。


必要な面倒くささと、必要のない面倒くささ。

その境い目は、いったいどこにあるのだろう?

会うたびに「私のこと好き?」
・・・と聞いてくる彼女は面倒くさい。(^_^;)

だが、その反面・・・可愛くもある。

可愛く感じるか・・・
それとも、面倒に感じるか・・・

そこが運命の分かれ道なのだ。

仕事の上でも同じ。

面倒な部下が、
可能性を秘めた部下であることは確かだが、
だからといって、
毎回「納得できません」と言ってくる部下は
まず出世できないだろう。

それは・・・上司の器の問題ではなく、
匙加減の問題なのだ。

ものすごく仕事でイライラしている時に・・・

「ねえねえ私のこと好きなの?」

・・・としつこく聞かれたら、さすがに腹が立つ。

男の面倒くささも・・・
女の子の面倒くささも・・・

部下の面倒くささも・・・
上司の面倒くささも・・・

それがプラスに働くかどうかは・・・さじ加減次第なのである。


どこまでが可愛くて・・・

どこからが面倒くさいのか・・・

モテる女の子は、
きっとそれを熟知しているのだと思う。

それは、恐るべきコミュニケーション能力だ。


ここのところ、チョット腰が痛い。

運動不足!?! 

はたまた、Footballのやり過ぎか・・・

さて・・・

ビートたけしは才人だ!

そして・・・

ビートたけしは、
芸人であると同時に経営者なのだな、
と感心してしまった。

それは・・・

あるテレビ番組で、
こんなことを言っていたからだ。

「人は縛りがあるから頑張れる」

私もその通りだと思う。

ただ頑張れ!と言われても・・・

人はどう頑張っていいのかが解らない。

ルールを決める事によって、
ルールに従って頑張る人が現れ・・・

そして、
同時にルールを破るために頑張る人が誕生するのだ。

私が感心したのは、
その後にビートたけしが言ったことばだ。

「芸術家も、企業家も、
 ルールに立ち向かってルールを破るのが仕事。
 でも・・・違うところがある。
 企業家は自分はルールを破っても、
 社員にはルールを守らせないといけないということ。」

なるほど・・・と唸ってしまった。

正直・・・ビートたけしの言葉に、
これほど感心したのは初めてである。

それは、たぶん・・・

彼が、
普段は経営者としての顔を
見せないようにしているからだと思う。

でも・・・ついつい出てしまったのだろう。

彼の本音とも言える苦悩が。

あれほど
自由奔放にしている人でも、
周りの人間には、
きちんとルールを守らせている。

いや、守らせなくてはならないのだ。

そうでないと、組織運営は成り立たない。

そのことを、
きっとどこかで痛感したのだろうと思う。


私は、
昔から何かに縛られる事が大嫌いだ。

決められたルールに従って、
決められたやり方で努力をする。

それが、
嫌で、嫌で、しょうがないから
務める先々で裁量権を欲し・・・

そして、
自ら会社を立ち上げたのである。

もちろん・・・

社長になったからといって、
自由になれるわけではない。

社長である事による自由と、
社長であるが故の不自由とを比べると・・・

圧倒的に、不自由の方が多いと思う。

だが・・・その不自由は、
自分で選択した不自由だ。

誰かに、
決められた不自由ではない。

自ら選んだ自由と、
自ら選んだ不自由。

それを、
何よりも大切にしているという点において・・・

創業社長と芸術家は、
かなり近い精神構造なのだと思う。

ルールは自分で決め、
自分の意志において守る。

そして・・・

時には、
自分で決めたルールを
自分自身で破ってしまう。

それが、
どんなに不便で、不自由だったとしても・・・

それこそが、
自分の存在価値なのだと信じているからだ。

私もそうだった。

ただひとつ・・・

私自身、経営者には向かないと、
今でも痛切に感じていること・・・

それは・・・

自分以外の人間をも、
枠にはめるのが嫌いな事である。

私は、
自分がやりたくないと思うことを
他人にやらせる事ができない。

「自分はルールを破るけれども、社員はルールを守れ。
 私は社長であるけれども、諸君は社長ではなく社員なのだ」

その一言が言えなかった。

そして・・・今も・・・

きっと、言えないだろう。


自分が守る必要のないルールでも、
社員には、守らせなくてはならない。

それは・・・

人として、
どうなのかという問題ではなく・・・

社長として、
果たさなくてはならない責務なのだと思う。

そもそも・・・

経営者と社員とは、
最初から異なるルールで動いている。

そんなことは・・・解っていた。

解っていたのだけれども、できなかった。

「なぜ社長だけが特別なのですか?」

・・・と社員から聞かれた事は一度もない。

ただ・・・自分自身が、
その問いに対する答えを持っていなかっただけだ。

経営者と、
社員とに分かれるのではなく、
みんなで経営する会社。

ルールは、
自分たちで決めて、自分たちで守る。

それで成り立つ会社が、
理想なのだと確信していた。

だがそれは・・・

社会にとっての理想でも、
社員にとっての理想でもなく・・・

ただ、私にとっての理想でしかなかった。

企業家は、
理想と現実の、
両方を持ち合わせていなくてはならない。

私の経営者人生は、
それを確信するに十分な長さだろう。

自分は・・・

やはり社長には向いていないのだと思う。

誰にも縛られたくないし、
誰も縛りたくない。

それは・・・

芸術家には許されても、
社長には許されない・・・わがままなのである。

さて・・・

理想と現実と・・・

そして、残り15年ほどを
新たな継続性を・・・

見出そうとしている、今日此頃なのである。



BIGな台風が二連発・・・(・_・;)

皆さん、おかわりありませんか・・・

被害に遭われた方・・・謹んでお見舞い申し上げます。

さて・・・

人は経験することによって、
出来ることが増えていく。

一人で買い物に行けるようになったり・・・

電車に乗れるようになったり。

あるいは・・・

料理や後片付け、
洗濯物なんかも出来るようになる。

経験することによって、
出来なかったことが出来ることへと変わり・・・

その・・・積み重ねによって、
一人前の人間に育っていくのだ。

だが、その反面・・・

人は経験することによって・・・

出来ないことも増えていく。

例えば・・・

恥ずかしい経験をすることによって、
人前で大きな声が出せなくなったり・・・

木から落ちて怖い思いをすることによって・・・

高いところに登れなくなったりもする。

そう考えると・・・

経験というのは、
出来ないものが出来るようになるために
必要なプロセスであると同時に・・・

出来たことが、
出来なくなるきっかけを作り出している要因だとも言える。

・・・(・_・;)

人は経験することによって出来るようになり・・・

経験することによって出来なくなるのだ。

考えてみれば・・・当たり前のことなのだが・・・

この当たり前のことを理解していないがために、人間は・・・

本来持っている能力の
何十分の一しか発揮できずに終わってしまうのだ。


痛い思いをすることによって・・・

次から危険なことをしなくなる。

これは、
一般的に学習と呼ばれている。

脳が学習することによって、
似たような危険を回避するようになるのだ。

熱い鍋に触らなくなったり、
蜂を素手で捕まえなくなったりするのである。

もちろん・・・

この脳みそによる学習は
生きていく上で必要不可欠なものである。

何回も、何回も、同じ過ちを繰り返していたら・・・

命がいくつあっても足りないし・・・

成人する頃には、
全身傷だらけになってしまうだろう。

だから・・・

この仕組みは、
生きていくために必要なものなのだ。

必要ではある。

だが、それに盲目的に従ってはならない。

人は、知らず知らずのうちに・・・

自らの脳みそによって、
間違ったジャッジを下されているのだ・・・
ということを知るべきだ。

脳学者によると、
脳みそは楽をするように出来ているという。

同じことを何回も考えなくてもいいように・・・

「これは前に考えたことだから答えは同じ」

・・・というジャッジを下してしまうのだ。

だから・・・

怖そうな顔の人を見ると危険を感じるのである。

(^^)ww

もちろん・・・

顔が恐いからといって、
いきなり人を殴ってくるわけではない。

だが・・・

過去に経験した怖い出来事によって、
その善良かもしれない怖い顔のおじさんは
危険人物の烙印を押されてしまうのである。

(^_^;)


私は潜在的な脳みそのジャッジを
すべてにおいて否定しているわけではない。

怖い顔のオヤジには、
近づかないほうが無難だとも思う。

だが・・・

私たちは、
その脳みそのジャッジによって、
かなりの束縛を受けているのだ・・・
ということを自覚しなくてはならない。

それは・・・

自分自身の限りない可能性を・・・

狭めている最大の敵でもあるのだ。

似たような経験に関して、
脳みそはいちいち考えなくなる。

ということは・・・

私たちは、
生きていろんな経験をしていく中で・・・

知らず知らずのうちに、
本当は正しくないかもしれない判断基準を
脳みその中に作り上げているのだ。

本当のことを言うと・・・

過去の経験と、
これから未来に起こることには・・・

関連性など、ほとんどない。

過去に失敗したから・・・

また失敗するとは限らない。

過去に上手くいったから・・・

今度も上手くいくとは限らない。

だが・・・

私たちは、
その当たり前の事実を
脳みそによってかき消されている。

やっても意味がない・・・

やるだけ無駄・・・

どうせ上手くいかない。

・・・そういうジャッッジを
自分の意志で下していると勘違いしている。

本当は・・・

経験という自らの記憶に
束縛されてしまっているだけなのだ。

まだ、何も経験していなかった頃の自分。

その時に持っていた可能性。

本当は・・・

今でも、
同じだけの可能性をみんな持っているのだ。

ただ・・・

「そんなところに可能性はない」

・・・という脳からのメッセージに・・・

私たちは、
すぐに従ってしまうのである。