秋ですかねえ・・・ですね(^^)ww

まだ少し残暑は残るんでしょうが、秋の気配がそこかしこに・・・

肴が旨い(^^)ww  もちろん・・・日本酒も(^^)Good!

さて・・・

今から2400年も前に・・・

アリストテレスは・・・

「人間は社会的動物である」と看破しました。

例えば・・・

物心つく前から、
無人島に放り出されて一人で育った人間は、
人間と言えるのだろうか・・・

我々と同じ種類の
生き物であるという意味では、
間違いなく人間でしょう。

ですが・・・

明らかに
我々とは違う存在、
違う生き物になっているだろうと思われます。

人間というのは、
人間社会の中で育ち、
その中で役割を与えられ、
社会と関わりつづけることによって、
存在しているのだから・・・


社会とは・・・


家庭であり、
学校であり、
友人であり、
会社であり、
国家であり、
関わる人間すべてである。

よって・・・

人間は、
人間と関わることによって「人間」になる。

一人では
「人間」には、成れない。

したがって・・・

人間は、社会的動物なのだ。


社会という組織を作り上げることによって・・・

人間は
地球上の生物の頂点に立つことができた。


どんなに力が強くても、
一人では野生の動物には勝てない。

どんなに頭が良くても、
一人でロケットは飛ばせない。

どんなに手先が起用でも、
一人で車を組み立てることはできない。

人間は・・・

社会を創り・・・

役割を分担し・・・

得意な能力を
最大限発揮し合うことによって・・・

恐るべき力を手に入れたのだ。


社会から孤立してしまった人間など・・・

ただの弱っちい、
ひねくれた生き物に過ぎない(^_^;)


迷子の人間は、あっという間に・・・

他の生き物の餌食になってしまうことだろう。


それゆえに・・・

人間は
社会から孤立することを恐れる。
社会で認められることを求める。


アルプスの少女ハイジに出てくるおじいさん「オンジ」は・・・

山でずっと一人暮らしをする変わり者だ。

だが・・・そのオンジでさえも、
ペーターや村人がいなければ、
生きていくことが出来ない。

それが
人間という生き物なのだ。

だから・・・

我々は・・・

物心ついたときから・・・

人の評価を気にして生きている。

親の評価・・・

友達の評価・・・

先生の評価・・・

同僚の評価・・・

上司の評価・・・

近所の人たちの評価・・・


そういうものを意識せずには、
いられない。

それは・・・

我々人間が、
力と引き換えに背負わされた宿命なのだ。

John Lennonが一人称の歌に託したように・・・

私自身、この宿命が
鬱陶しくて仕方がないと感じることがある。

いや・・・物心ついた頃から、
ずっと、そう思って生きてきたんだと思う。

学校など、行かなくてもいい。

友達も、1人いればいい。

仕事では、誰にも面倒なことを言われず、嫌いなことは一切しない。

知らない人には挨拶せず、愛想笑いもしない。

好きなときに寝て、
好きなときに起きて、
読みたいだけマンガを読み、
見たいだけテレビを見る。

食べたいものを、
食べたいときに、
食べたいだけ食べ・・・

寂しいときには・・・

彼女と会い、
寂しくないときには一人でいたい。

だが・・・そんなことは、もちろん許されない。

我々は、社会的動物なのだ。


学校には
行かなくてはならないし・・・

友達には
さらなる友達がいる。


知らない人には挨拶し・・・

楽しくもないのに笑い・・・

気に入らないことも我慢し・・・

嫌いな食べ物でも、
もったいないから残さずに食べ・・・

会いたいときでも、
相手が急がしければ我慢し・・・

一人でいたくても、
相手が望めば会って楽しく話をする。

それが・・・

人と関わって生きていくということなのだ。


社会は、
その効率を最大化するために、
ルールによって動かされている。

それは・・・

法律であったり・・・

校則や社則であったり・・・

友達同士や夫婦間の決めごとだったりもする。

そのルールを無視すると・・・

その社会から、
はじき出されてしまう決まりなのだ。


友達とのルールを破ったら、友達の輪から追放される。

夫婦の約束を破ったら、家庭から追い出される。

社則を破ったらクビになり・・・

法律を破ったら牢屋に放り込まれる。


それが社会のルール。


社会を
成り立たせるためのルールなのだ。

では・・・そのルールとは、
どこにあるのか?

六法全書の中か。

あるいは・・・

生徒手帳や社則が書かれた冊子の中か。

いや、違う。

ルールは
人間の頭の中にあるのだ。

人間の脳みそ。

その中の記憶。

それこそがルールなのだ。


もしも・・・あるとき・・・


人間の記憶が
ひとつ残らず消去されたら、
どうなるだろう。


能力は、そのままだが、
記憶だけが一切ない状態。

そうなったら、
昨日までのしがらみはゼロになる。

恨みも・・・

愛情も・・・

友情も・・・

貯金も、借金も、犯罪も・・・

すべては・・・無くなってしまう。


六法全書に書かれていることは、
古い予言書の意味しか持たず・・・

誰が、
どの家に住んでいて・・・

どの人と、
どういう関わりを持っているかも解らない。

つまり・・・社会とは、人間の記憶なのだ。


人間は、記憶的動物である。

記憶によって成り立ち・・・

記憶によって役割を与えられ・・・

記憶によって喜び、苦しめられる。

そのすべては・・・

現在生きている人間の
脳みその中にだけ、存在している。


すべての人間が記憶をなくすとき・・・

人間社会は消滅するのである。