7/11まん防解除が・・・8/22までの緊急事態宣言って(;^ω^)

死亡者/重傷者が激減しているのに・・・お酒の提供も×って(;^ω^)

もういい加減にして欲しいよね。ちゃんと構えて、ちゃんと営業している事業者さんからクラスター出ていないでしょ。

ユーロの熱狂観て、辻褄の合わなさに憤りを感じてしまいます。

さて・・・

 

街ゆく人に

いきなり何かを宣伝しても
誰も聞いてくれません。


立ち止まってすら

くれないでしょう。
だから

ティッシュを配るのです。

ほんのちょっとでも

役に立つものを配る。


その代わりに

広告を受け取ってもらう。


でも

それを読むかどうかは

受け取った人次第。


今では

ティッシュを受け取ってもらうことすら

難しい。

それが

現在の需給バランスです。


これは

ネットに移行しても

まったく同じ。


ネットでは

ティッシュで立ち止まってくれる人は

いません。


かと言って

1億円のお年玉を

プレゼントすることもできない。

だから

考えるのです。


わたしは

何を与えることが出来るのか。


どうやったら

人の役に立てるのかと。

 

さてさて・・・・



もう

かれこれ10年ぐらい経つでしょうか。


私のTwitter歴。

 

真剣にやり始めたのは、
プラウドが

ファンドから離れてからです。

当時のフォロワー数は
1000人ちょっとでした。

 

趣味の一端という感じでしょうか・・・

 

それが、独立したぜ、って呟いたら・・・


グンって増えました。


世の中へのけじめというか、
「報告しておかなくちゃ」という
義務感みたいなものだったのです。

Twitterを

小まめにやり出したのは、
それから約1年後のことです。


長い間放置していたので、
フォロワー数は500人弱になっていました。

困った研究家としてのデビュー。


あれ以来、

コツコツと、
困ったや、妄想を

きまぐれに呟いてます。

フォロワーが

1万人を超えるのに、
何年かかるでしょう?


さらに何年かかって、
2万人になるでしょう。

今では

いろんな告知を、
そこで

させてもらっています。


でも

告知は

あくまでもCMです。


CMなんて

誰も見たくはない。

大事なのは

コツコツと、
お役に立つ情報を配信すること。


それが

信用となり、
ちょっとだけ

CMを見てもらえる。

発信する情報が

つまらなかったり、
自慢話だったり、

告知が多過ぎたりすると、
フォロワー数は

目に見えて減っていきます。


その関係は

とても

シビアなのです。

コツコツと

信用を積み重ね、
ほんのちょっとだけ

宣伝させてもらう。


ここに

フォロワーさんとの、
暗黙の了解が

あるわけです。

信用という貯金を

取り崩してする宣伝。


だから

フォロワーの多い人たちに、
「ちょっと宣伝しといてよ」などと
気軽に頼んではいけないのです。

 


 

よく降りますね・・・梅雨明けまで、もう一息というところでしょうか・・・

第一四半期が終わりました。業績回復の兆しは、見えてきたような気がしますが・・・

社員みんなの情熱が足りないような気がしています。「今」は「永遠」じゃないんだよ!

自身の生活を守るために、スピード感をもって、頑張りましょ(^^)/


さて・・・

 


小さな商いは

やがて

大きなビジネスに変わっていきます。


大きくなれば

なるほど

効率が良くなって儲かるからです。


儲かるから

どんどん会社が集まってきます。

すると

競争が始まって

だんだん儲からなくなっていきます。


最後に残るのは

生き残った会社だけ。


その中でも

稼げるのは

トップにいる人たちだけ。


じゃあ

残りの人たちは

どうすればいいのでしょう。

大丈夫。


赤く染まった大きな海を

よく眺めてみてください。


そこには

無数の小さな点が見えるはずです。

それは

小さな青い海。


人間の数だけ

現れてくる

無限の小さなブルーオーシャン。


さてさて・・・・


儲かる仕事は

儲からない。


儲からない仕事は

儲かる。


嘘みたいな

バカバカしい話ですが、
これは

本当の話なんです。


多くの人は

気がついているようで、
じつは

気がついていません。


ブルーオーシャンが

赤く染まることを。


レッドオーシャンが

再び青くなることを。

たとえば

会社の時代から

個人の時代へ。


変化しつつあることは

みんな知っています。


知ってはいるけど

分かっていない。


私には

そう見えるのです。

そもそも

なぜ会社の時代だったのか。


それは

大きいことが

正しかったからです。


たくさん作れば

安くなる。


みんなで分担すれば

早くなる。


大きければ大きいほど

儲かった時代。

でも

その時代は終わりました。


大きければ大きいほど

儲かる。


これは事実です。

 

事実だからこそ、
世界中のすごい会社が

そこに集まった。


そして

儲からなくなった。

もちろん

競争に勝った会社は

儲かります。


でも

競争で勝ち残ることは

簡単ではありません。


さらに

そこには

大きな問題があります。


それは

私のコストという問題です。

競争に勝つためには、

私のコストを
最小化し続けなくては

ならないのです。


つまり

組織が儲かったとしても、
私の儲けには

ならないということ。

組織の利益を

最大化することが、
個人の利益ではなくなった。


これが

変化の本質です。


では

個人の利益を最大化するには、
どうしたらいいのでしょうか。

小さな仕事。

 

効率の悪い仕事。


だから

儲からない仕事。


ここには

大きな会社が

入って来ません。


大きな会社にとっての

儲からない仕事。


それが

個人にとっての

儲かる仕事となるのです。

儲かる仕事は

どんどん参入が増えて、
儲からない仕事に

変わっていきます。


儲からない仕事は

どんどん人が去って、
儲かる仕事に変わっていきます。

頭がいい人たちが

こぞって参加したがる
ブルーオーシャンは・・・


時間と共に

赤く染まっていきます。


要領の悪い人たちが

取り残されていた
レッドオーシャンは、
時間と共に

青く美しい海に変わっていきます。



要領、効率、スケール。


同じ言葉の意味が

180度変わる。


時代が

移るとはそういうこと。

 

そんな風に感じる、今日この頃・・・

 



 

降りそうで、降りませんね。ここ数日、やっと梅雨入りしたというのに・・・

昨日は、教えている少年団の「親子サッカー」でしたが、想定外の天気。

夕方まで、予定のプログラムを無事に完遂出来ました。良かった良かった。

さて・・・


ひらがなで書くと、

いかん、わからん、にチョット似てる。


意味も

チョット似てる。


何かが

いかん気がする。


何かが

わからんと感じる。

それが

いわかん。

 

漢字で書くと

違和感。


和を

乱す感覚だけれども、
乱すというほど強烈ではない。


和が

ちょっとだけ違う感じ。

99%の和の中の1%の違い。


ほんのちょっとの

音程のズレとか・・・


ほんのちょっとの

色の違いとか。


だから

普通の人は

気がつかない。

素通りしてしまう。


でも

素通りできない人もいる。


どうしても

気になってしまう人がいる。


その人は

きっとその分野の天才。


いわかんは

才能を掘り起こす本能。



さてさて・・・・

違和感。


何かが

おかしいという感覚。


それは

人が生まれ持った、
センサーみたいなものです。

変なことをやって

注目を集める人。


たとえば

会社にBARをつくるとか・・・


ニート君だけの

会社をつくるとか。


そんな話を

耳にしたことが、
結構多いのではないでしょうか。

でも

ちょっと違います。


確かに

注目を集めることは、
意識しているでしょう。


変なことをやってるヤツだと、
思われている

自覚もあるでしょう。

だけど、

きっと変じゃない。


いや、

それどころか、
すごく真っ当なのかもしれない。


おかしいのは

「その人」ではなく、

「その人」以外の人間だ。

「その人」はきっと、

自分ほど

まともなヤツはいない。


きっと本気で、

そう思っているのです。

だって

そうじゃないですか。


なぜ

会社で酒を飲んじゃいけないんですか。


なぜ

ニート君は仕事ができないと、
みんな決めつけるんですか。

人間社会は

おかしなことばかりです。


特に

大人は、おかしいし・・・


特に

会社は、おかしいし・・・


真面目な人は

なお、おかしい。


皆さんは

そう思いませんか。

これって

おかしくないですか?


・・・ということを

私は放置できません。


悪くないのに

顧客に謝るとか。


間違っていても

上司の指示に従うとか。


楽をするのは

良くないことだとか。

おかしいものは、

おかしい。


少なくとも

私には、

おかしく見える。


だから

分かりやすく、
これって

おかしくないですか?と・・・


皆さんに

投げかけているのです。

社員を

雇い続けることとか。


給料を

払いながら育てることとか。


社会保険の

半分を払わなきゃいけないこととか。


65歳まで

解雇できないこととか。


でも

辞めるのは

自由であることとか。

たぶん

私だけでは

ないはずです。


本当は

どこかで

おかしいと思っている。


だから

賛同してくれる人がいるのです。


やっぱ、そうだよね。

 

そこは

おかしいよね・・・と。

センスのいい

違和感とは・・・


みんなの

心の中に眠る違和感です。


私は

それを呼び覚ましたいのです。


だって

おかしいのは

いつも大勢の方だから・・・

 

 

嫌な空気感。世間も、空も、重苦しい雰囲気が満ち満ちています。

ワクチン接種が進むにつれ、劇的に世間は変わっていくのでしょう・・・

オリ・パラが終わるころ、本当のアフターコロナが始まります。

はてさて、どうなる事やら( ^ω^)・・・

 


さて・・・

自分のことは、

自分で何とかするしかありません。


でも

出来ないこともあります。


不得意なこともあるし、
怪我や病気で

動けなくなることもある。


だから支え合うのです。

 

シェアし合うのです。

ひとりじゃできないことを

やるための組織。


それが

会社です。


怪我や病気で

困ったときに助け合う組織。


それが

国家です。

支え、助けるから、

支えられ、助けられる。


自分のことだけでも

精一杯だけど、
もう一踏ん張りして

人を助ける。


だから

自分も助けてもらえるのです。

相手にやってもらうことばかり考えたら、
そりゃあ

組織は崩壊しますよ。


さてさて・・・・

この国は

どうなっているんだ!


・・・と、

嘆いてみても、
老後が

豊かになるわけではありません。

会社は

もっと給料を払え!


・・・と、叫んでみても、
収入が

増えるわけではありません。

自分の人生を

豊かにできるのは、
自分だけなのです。


まあ

当たり前の話なんですけど。


でも

その当たり前を

分かっていない。

受験に出る科目を

一生懸命勉強し、
いい高校に入り、

いい大学を出て、
いい会社に就職する。


そしたら

人生は、もう安泰。

これって

もう、
終わったシナリオです。


それなのに

なぜ皆さん、
何も変えようとしないのでしょうか。


怖くないんでしょうか。

社会で稼げるスキル。


それは

いい会社に入るスキルではない。


では

どんなスキルがあれば、
稼げるようになるのでしょう。

人の役に立つスキル。


人に欲しがられるスキル。


人に求められるスキル。


それさえあれば、
食うには困らないのです。

じゃあ

それって、
どんなスキルなの?


もし

自分の子供に聞かれたら、
あなたは

何と答えますか。

私だったら

こう答えます。


それは

ひとつじゃないんだよと。


だって

人間はたくさんいるから。


そして

ひとりひとり違うから。

誰でもいい。


どんなことでもいい。


喜んでもらえれば。


役立ててもらえれば。

だから

まず

好きなことをやりなさい。


そして

好きなことが、
どうやったら人の役に立つか

考えなさい。


そしたら・・・

 

それが

あなたの仕事になるよ。

恐竜の名前は

試験には出ないけど、
好きなら

どんどん学べばいい。


お手玉に

プロはないけれど、
得意なら

それを

極めればいい。

それが

いつか

生きる糧となる。


何をやったら

食えるかではなく・・・


どうやったら

誰かの役に立つか。


その

視点さえあれば

人は生きていける。

 

息子たちよ・・・頑張れ!!



 

この週末は雨でサッカーの練習が休みになり、るろうに剣心 最終章 The Beginningを観ました。
全作観ていますが、あの殺陣は凄いですね・・・昔の殺陣とは大分趣が違っています。

スピード感、迫力、脱帽です。世の中、変わりました。私たちの事業も変わらなければ・・・


さて・・・

経済的に

自立していること。


しっかりと

税金を納めること。


ルールやマナーを

守ること。

立派な社会人の境界線は

この辺りにありそうです。


でも

何か違和感があります。


それは

どうしてなのでしょう。


たぶん

その違和感は
根っこからきているのだと

思います。

「立派な社会人って、

 そもそも立派なのだろうか」・・・という、根っこ。


本来ならば

立派な社会人は
立派な人間の一部であるはず。


でも

それが繋がっていない。

お金があって、

税金も払ってて、
ルールやマナーも守ってるけど・・・


人として

まったく尊敬できない。


立派のかけらもない。


そんな人が

立派な社会人なんて

やっぱり

おかしいですよね。

さてさて・・

プロなのか。


素人なのか。


その差は

どこにあるのでしょう。


誰が

それを決めるのでしょう。

プロのドライバーより

運転がうまい人。


プロの店員より

接客が丁寧な人。


プロのコンサルタントより

稼いでいる人。


そんな人は

いくらでもいます。

素人よりスキルが下なのに

プロなのか。


素人より稼ぎも少ないのに

プロなのか。


やる気も素人以下なのに

プロなのか。


だったら

プロって何なのでしょう。

もちろん、

その境界線が
はっきりしている職業もあります。


たとえば

プロボクサー。


ライセンスを持っていれば、

プロ。

お医者さんや

税理士さんも

そうです。


国家資格をとれば

プロ。


政治家だったら

選挙でしょう。


立候補して

当選すればプロ。

でも

残念ながら、
世の中の多くの職業は

分かりにくい。


この人は

プロなのか。


それとも

素人なのか。


その

境界線が分からない。

たとえば

銀行の名刺を持っていれば、
プロの銀行マンとして見られます。


証券会社の名刺を持っていれば、
プロの証券マンとして見られます。


でも

それって正しいのでしょうか。

採用をサポートする会社の社員なのに、
採用プランが作れない。


営業という

肩書きをつけているのに、
売上目標を達成できない。


そんな人は

いくらでもいます。

それは

プロと言えるのか。


いや本来なら

プロとは言えないでしょう。


ただ

雇われているだけ。


ただ

指示されたことを

やっているだけ。


それは

到底プロと言えるレベルではありません。

安定とか、稼ぎとか。


それは

結果であって、

指標ではないのです。


安定していても、

報酬を受け取っていても、
プロと言えるレベルの仕事ができなければ、
それは

プロとは言えない。

では

どんなレベルで仕事ができれば、
胸を張ってプロと言えるのでしょうか。


その答えは

自分の中にあります。


いや

自分の中にしか

ないのです。

プロと名乗るからには、
絶対に

ここは譲れない。


その境界線が

自分の中に

あるのかどうか。


それが

プロと素人の差なんだと思っています。

 

 

今日は暑いですね・・・梅雨の中休みですかね・・・来週は梅雨らしい日々みたいですが。

そもそも、季節は2週間ごとに色合いを変えていきます。二十四節気は太陽の動きをもとにしています。

太陽が移動する天球上の道を黄道といい、黄道を24等分したものが二十四節気です。

天候や生き物の様子を表す名前がつけられ、今でも年中行事や時候の挨拶など色々なシーンで使われています。

日本の四季が、あやふやになってきましたが、二十四節気は体感として、実感できると思います。

 

さて・・・


商品のない会社なんてない。


商売をしているからには

商品があるはずだ。


確かに

その通りなんですけど。


でも

それは会社側から見た話です。

お客さんから見たときに

商品があるのかどうか。


つまり

欲しいものが、あるのかどうか。


いちばん大事なのは

そこなのです。

たとえば

商品のない喫茶店と商品がある喫茶店。


コーヒーが

メニューに載っているかどうかが
問題ではないのです。


そのお店で

コーヒーを注文したいと思う人が

いるかどうか。


そこが「その商品」の

成立するか、否かの境目なのです。

 


さてさて・・・・

新たな仕事の定義を

見つけ出すこと。


何屋さんと名乗るのかを

考えること。


それが

私の仕事です。


言うなれば、
何屋さんか見つける屋さん。

ではどうやって、
新しい仕事を見つけていくのか。


最初のステップは、
頭の中を空っぽにすること。

前情報も・・・

 

先入観も・・・

 

常識も・・・


一旦、

全部リセットします。


無知な子供に

なったつもりで、
インタビューをスタートします。

お仕事は

何ですか?


不動産の

賃貸業です。


不動産って

何ですか?


賃貸業って

何ですか?

バカにしてんのか!って、
怒られてしまいそうですけど。


でも

とても大事な作業なんです。


「そもそも」を

考えること。


常識の壁を

超えていくこと。

人の知識は

時間とともに増えていきます。


生きている限り

この流れには逆らえません。


業界の知識も、

経営の知識も、同じ。


増えていく一方なのです。

問題なのは

「知ってしまったことを、
 なかったことにはできない」こと。


これが

学習のジレンマです。

小さな子供は

何も知りません。


だから

炎を触ろうとするし・・・


いきなり道路にも

飛び出してしまいます。

でも

大人は、

そんなことをしない。


熱くて火傷することや、

車にぶつかって
大怪我することを、知っているから。

この業界で

それは不可能だ。


この地域で

それは無理がある。


それは

知識が導き出した答え。


そこに

思考の壁が

立ちはだかるのです。

常識を超えられるのは

無知だけです。


だから

無知な子供になって

職業の枠を壊すのです。


ただし

壊すだけでは

意味がありません。


それは

単に

何屋さんでもない状態だから。


もう一度

そこに

枠をはめる必要があるのです。

非常識の領域に膨らんだアイデアを、
新たな常識によって

もう一度引き戻す。


すると

そこに新たな職業が生まれます。


では、

どんな常識によって

引き戻すのか。


ここが

最大の見せ場となるわけです。

私は

非常識な人間では

ありません。

 

多分(笑)


単に

さまざまな常識を

取り揃えているだけ。


それが

私の商品だから。

 

株式会社プラウドのB・P・R(business process reengineering

待ったなしの正念場です(^^)/

 

 

 

先週末は暑かったですね・・・すっかり日焼けで、真っ赤になりました。

土曜は少年団の練習、日曜日は社会人リーグとサッカー三昧。

早風呂、昼ビールでお昼寝・・・映画を2本観て・・・余は満足じゃ(*^^*)

さて・・・

 

日本酒に

興味がなかった人を


日本酒が

大好きな人に変える。


すると・・・

 

日本酒が

売れていきます。

徳利や

ぐい飲みや

グラスも売れるし

日本酒のおつまみも売れる。


売れたのは

日本酒と

呑む物と

日本酒のおつまみ。

では

売ろうとしたものは

何でしょうか。


それは

変化です。


日本酒に

興味がない人生から


日本酒が

大好きな人生への変化。

すると

そこに、これまでなかった
新たなマーケットが生まれます。


新たに

何かを売りたいのなら

こう考えましょう。


それは

誰に

どのような変化を

もたらすのかと。


さてさて・・・・



マーケットは

自分自身。


「何が欲しいのか」を

自分に問う。


自分が欲しいと

思うものを売る。


言うのは

簡単ですが、
これ

結構難しいんですよね。

どうしても

他人を意識してしまう。


でも

この感覚を磨くことは、
経営者には

必須だと思います。


マーケットを見て

商品を作っても、
ありふれた商品にしかならないから。

本当の意味での

自分発の商品。


それは

オリジナリティー溢れる、
個性的な商品。


売り方だって、

見せ方だって、
自分なりに考えればいい。

理屈は

みんな分かってるんです。


でも

なかなか出来ない。


それは

ある意味仕方のないことなのです。


なぜなら

私たちは、

他人に合わせて
はみ出さないように

教育されてきたから。

でも

今の時代には、
それが

決してプラスには働かない。


むしろ

マイナスになってしまう。


では

見失った個性を、
どう取り戻せばいいのでしょうか。

ポイントは

イレギュラーな自分。


ここに

大きなヒントが隠されています。


普段なら

見向きもしないもの。


素通りしてしまうもの。


でも

なぜか気になるもの。

普段の私たちは、
個性を閉じて生活しています。


いちいち自分で考えていたら、
疲れて仕方ないからです。


調和だって

乱してしまいます。

知らず知らず個性を殺し、
知らず知らず周りに合わせてしまう。


でも時々、

本来の自分が出てくるのです。


なぜか

気になる。


なぜか

立ち止まってしまう。

そんな時、

自分に問いかけるのです。


何が

気になっているのか。


なぜ

立ち止まりたくなったのか。


私は

何を求めているのか。


どんな変化を

期待しているのか。

その体験や

商品を手に入れた後、
一体

何が変わるのだろうか。


私には

どのような変化が

起こるのだろうか。


それを

自分の心に問いかけるのです。

頭ではなく

心に問いかける。


すると

自分の深層心理が見えてきます。


そうか

自分は

これを求めていたのか。


こういう自分に

なりたかったのか。


それが

自分マーケティング。

 

それが

「スーパーカスタマー」への第一歩(^^)/

 

 

暑いですね・・・梅雨は、いつから?マスクがつらい毎日。如何お過ごしでしょうかww

会社の横にある神田川の欄干の上で靴を脱ぎ、大声を出す30代男性・・・

そこから飛び込んでも、何も解決しませんよ。

面白くない事、理不尽な事、不条理な事、全部飲み込んで・・・

もうひと踏ん張りしてみませんか?

 

さて・・・

嘘をつかないことは

良いことでしょうか。


手を抜かないことは

良いことでしょうか。


人に親切にするのは

良いことでしょうか。

私には、

よく分かりません。


もちろん

自分の子供には

言うと思います。


嘘をついちゃいけないよ・・・とか。


手を抜いちゃいけないよ・・・とか。


人には、親切にしなくちゃいけないよ・・・とか。

でも人生は、

そんなに単純ではありません。


だから

大人になった子供には
反対のことを言うかもしれません。


嘘をついたっていいんだよとか。


手を抜いたっていいんだよとか。


親切がいいことだとは限らないんだよとか。

どっちなんだよ・・・って言われそうですけど。


でも

どっちもなんですよね。


人生って

そういうものじゃないですか。



さてさて・・・・

いい商品とは、何か。


いいサービスとは、何か。


ここに

大きな落とし穴が、
潜んでいるわけです。

最先端の技術を詰め込み・・・


スピードを追求せよ。


安さは不可欠である。


お客様の意見に

耳を傾けろ。


接客には

笑顔が欠かせない。


とにかく

お声がけしろ。


顧客のところへ

足を運べ。


メールではなく

電話だ。

訪問だ。

もちろん

これらが
悪いわけではありません。


でも

良いことだとも限らない。


人によるし、

商品によるし、
シチュエーションによっても違う。

つまり

ケースバイケースだよね。


はい、その通り。


みんな

分かってるんですよ。


分かってるけどやらない。


だから

売れないし、

儲からない。

ファストフード店で、

30分待たせたら、
そりゃあ

怒られますよ。


でも

高級フランス料理店では、
5分で料理を全部出したら怒られます。

ムードが売りのBARでは、
うるさい客を放置してはいけない。


でも

新橋の居酒屋では、
静かにしろと言ったら客は来ない。

良い商品も、

良いサービスも、
相手によって変わります。


場所によっても、

時代によっても、
状況によっても変わります。

より多くの人が、
より快適だと思うサービス。


よりお買い得だと思う商品。


それが

いちばん無難そうです。

だから

みんなそういう商売をする。


だから

競争が激しくなる。


だから

レッドオーシャンになる。


だから

儲からない。


当然の帰結なのです。

安いものを

たくさん売るか。


高いものを

少量売るか。


中間価格を

そこそこ売るか。


価格だけでも

いろんな選択肢があります。

私たちの商品。


私たちのサービス。


私たちの顧客。


それを

自分で

決めてますか。


売れそうな商品を

ただ並べてませんか。


それって、

落とし穴にハマってますよ。

 

そんな風に想っています。


 

今週は概ね、暑い日が続くようですね。ここ数年、異常気象が増えたというか、

異常気象が当たり前になったというか・・・天災・厄彩・人災と色々ありますが、

すべからく、大事なものは日常。「今」という感じがします。「今」の継続が「力」。

そんな事を考えてみました。

 

さて・・・

 

運動をし過ぎて、

身体を壊してしまうとか。


仕事をし過ぎて、

心を壊してしまうとか。


過ぎたるは、

及ばざるが如し。


やり過ぎは、

良くないのです。

そもそも、なぜ?

人は、

やり過ぎてしまうのか。


それは

結果を急ぐからです。


早く筋肉をつけたい、

早く稼げるようになりたい。

でも

それは不可能なのです。


どんなに急いでも

すぐに果実は実らない。


やりすぎると

逆に

果実が実らなくなる。

何もせず

ただじっとしている時間。


待つことが

成長には
欠かせないプロセスなのです。




さてさて・・・・

まさか

最終的に
ここに

たどり着くとは。


想像だに、

しなかった答え。


それが

継続力だったのです。

とにかく

私は継続が苦手でした。


飽きっぽいし、

根性がないし、
自律心もまるでない。


でも

そんなことは

関係なかったのです。

考えてみれば

私には元々、
継続力があったのです。


たとえば

ゲームをやり続ける継続力。


たとえば

セミをとり続ける継続力。

 

たとえば、

1万ピースのパズルを続ける継続力。

そんなものは

継続力ではないよ・・・と、

ずっと言われて来ました。


だから

自分でも

継続力がないと
思い込んでいたのです。

ゲームやセミとりなど、
やり続けても、

何にもならないこと。


テストの点は

上がらないし。


先生にも

褒められないし。

でも

間違っていました。


これこそが

継続力だったのです。


自分の意思で、

やっていたこと。


苦もなく

続けられたこと。


そこには

珠玉の価値があるのです。

やりたくないことでも、
やり続けられる精神力や自律心。


それこそが

継続力であるという洗脳。


これって

本当に恐ろしいです。

文句も言わず、

宿題をやり続けるとか。


水も飲まずに、

走り続けるとか。


信じてやって来た人は、
たまったものではありません。

宿題をやり続けると

頭が悪くなる。


水分を補給しないと

身体に悪影響がある。


それが

現代の常識。
でも

今更

そんなこと言われたって。


一体

誰が責任を取ってくれるのでしょう。

誰がなんと言おうと、
自分の感覚を信じること。


これが

いちばん大事。


自分が

納得できて・・・


自分が

苦にならないやり方。


それを

見つけ出すこと。

ほんの少し

やっただけで、
嫌になってしまうこと。


苦もなく、

いくらでも、
やり続けられること。

なぜ?

こんなにも明確に
分かれているのでしょうか。


それは

やるべきことを

感じ取ることが大事だから。


心を殺して、

我慢した先に、
人生の成功などないのです。

 

それを

誰かに強要するなんて、

ありえないことだと思うのです。

 

 

 

 

 

今日は、よく降りますね・・・細かい雨粒ですが、降雨量が多い感じです。

・青葉雨、翠雨(すいう)、緑雨
 初夏に降る雨。青葉をつややかに見せることが由来。
・瑞雨(ずいう)、穀雨(こくう)、甘雨(かんう)
 夏に穀物や草木を潤す恵みの雨。日本語ってイイですね~!(^^)!


さて・・・


お医者さんとか、

弁護士さんとか、

学校の教師とか。


先生と

呼ばれる職業は

たくさんあります。


そういえば

政治家も「センセイ」って言いますよね。

「先生」という呼び方には

尊敬の念が含まれています。


「せんせい」だと親近感。


「センセイ」は、

ちょっと小馬鹿にした言い方。


「何が先生だよ」という本心が

そこに含まれています。

どこまでが

本当の先生で、
どこからが

ニセモノのセンセイなのか。


たぶん

その境目は、

職種ではなく人格、
あるいは

生き方にあるのでしょう。

だって・・・

 

金勘定ばかりしている医者は
センセイって、感じですもんね。

 

立派な先生、御免なさい(>_<)


さてさて・・・・

私は

コンサルタントではありません。


自分で

名乗ったことはないし、
名刺やHPなどにも

書いたことはありません。


プロフィールでも使いません。

・・・にもかかわらず、

なぜか
コンサルタントと呼ばれるのです。


正直、すごく嫌です。


だから

全力で否定します。


私は

コンサルタントではありませんと。

一応、

私なりの定義はあります。


コンサルタントという、仕事の定義。


そして

私が

コンサルタントではない理由。


それは

答えを教えるか、どうか。

どうやったら

上手くいくのか。


一番上手くいくやり方は

何なのか。


商品づくりや

営業の手法など、
答えを教える仕事。


それが

経営コンサルタント。

でも

私は

答えを教えません。


なぜなら

答えなど、

ないと思っているから。


そのとき、

その会社、

その人ごとに、
目指すものも、

やるべきことも、違うから。

私の仕事は

一緒に答えを探すこと。


その時、

その人と、

「その会社にとっての答え」を見つけ出すこと。


私は

答えなど持っていないし、
それを

教えることを生業にはしていません。

だから

私はコンサルタントではない。


そう強く主張しています。


でも

本当の理由は別にあります。


コンサルタントと

呼ばれたくない理由。


それは

カッコ悪いから。

コンサルタントの石山です。


こんな

恥ずかしいことを

真顔で言えるほど、
私は

鈍感ではありません。


コンサルタントと名刺に書くほど、
私は

センスが悪くありません。

お願いだから、勘弁してください。


私を

コンサルと呼ばないでほしい。


「コンサルの石山さんです」などと、
人に紹介しないでほしい。


勝手に

肩書に加えないでほしい。

飲み屋で

「社長さん」と呼ばれて喜ぶ。


今どき

そんな人いないでしょう。


居たら

ちょっと恥ずかしいでしょう。


それと

同じなんですよ。


「先生」と

呼ばれて喜ぶ人は。

何が

先生ですか。


会社を

伸ばせなかったんですよ、

私は。

 

それどころか・・・

 

このコロナ禍で、

四苦八苦しているんですよ。


「先生は、やめてください」と・・・頼んでも、
「いえいえ滅相もございません、先生」ですって。

先生と呼んどけば、

喜ぶだろうって。


それ・・・人を馬鹿にしすぎですよ。