今週は概ね、暑い日が続くようですね。ここ数年、異常気象が増えたというか、

異常気象が当たり前になったというか・・・天災・厄彩・人災と色々ありますが、

すべからく、大事なものは日常。「今」という感じがします。「今」の継続が「力」。

そんな事を考えてみました。

 

さて・・・

 

運動をし過ぎて、

身体を壊してしまうとか。


仕事をし過ぎて、

心を壊してしまうとか。


過ぎたるは、

及ばざるが如し。


やり過ぎは、

良くないのです。

そもそも、なぜ?

人は、

やり過ぎてしまうのか。


それは

結果を急ぐからです。


早く筋肉をつけたい、

早く稼げるようになりたい。

でも

それは不可能なのです。


どんなに急いでも

すぐに果実は実らない。


やりすぎると

逆に

果実が実らなくなる。

何もせず

ただじっとしている時間。


待つことが

成長には
欠かせないプロセスなのです。




さてさて・・・・

まさか

最終的に
ここに

たどり着くとは。


想像だに、

しなかった答え。


それが

継続力だったのです。

とにかく

私は継続が苦手でした。


飽きっぽいし、

根性がないし、
自律心もまるでない。


でも

そんなことは

関係なかったのです。

考えてみれば

私には元々、
継続力があったのです。


たとえば

ゲームをやり続ける継続力。


たとえば

セミをとり続ける継続力。

 

たとえば、

1万ピースのパズルを続ける継続力。

そんなものは

継続力ではないよ・・・と、

ずっと言われて来ました。


だから

自分でも

継続力がないと
思い込んでいたのです。

ゲームやセミとりなど、
やり続けても、

何にもならないこと。


テストの点は

上がらないし。


先生にも

褒められないし。

でも

間違っていました。


これこそが

継続力だったのです。


自分の意思で、

やっていたこと。


苦もなく

続けられたこと。


そこには

珠玉の価値があるのです。

やりたくないことでも、
やり続けられる精神力や自律心。


それこそが

継続力であるという洗脳。


これって

本当に恐ろしいです。

文句も言わず、

宿題をやり続けるとか。


水も飲まずに、

走り続けるとか。


信じてやって来た人は、
たまったものではありません。

宿題をやり続けると

頭が悪くなる。


水分を補給しないと

身体に悪影響がある。


それが

現代の常識。
でも

今更

そんなこと言われたって。


一体

誰が責任を取ってくれるのでしょう。

誰がなんと言おうと、
自分の感覚を信じること。


これが

いちばん大事。


自分が

納得できて・・・


自分が

苦にならないやり方。


それを

見つけ出すこと。

ほんの少し

やっただけで、
嫌になってしまうこと。


苦もなく、

いくらでも、
やり続けられること。

なぜ?

こんなにも明確に
分かれているのでしょうか。


それは

やるべきことを

感じ取ることが大事だから。


心を殺して、

我慢した先に、
人生の成功などないのです。

 

それを

誰かに強要するなんて、

ありえないことだと思うのです。