たましいの響き

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一、霊魂の法則


人はみな霊的な存在である。

これが「霊魂の法則」です。八つの法則の大前提となるため、ぜひ最初に理解していただきたい法則です。


私たち人間は、単なる肉体だけの存在ではありません。死んでしまえばすべておしまいという空しい存在では決してないのです。


私たちは肉体と霊魂が折り重なった状態でこの物質界を生きています。霊魂こそが私たちの本質であり、肉体は、この世を生きている間だけ借りている乗り物のようなものにすぎません。


誕生とともに肉体に宿った私たちの霊魂は、死と同時にまた肉体を離れ、霊的存在として永遠に生き続けるのです。


この真実を知り、理解することは、人生を真に輝かせるために欠かせないことです。


逆にこの真実を知らなかったり否定したりしていると、生きる意味さえあやふやなまま刹那的な人生を送ってしまうことになるでしょう。人生の中で誰もが体験することになる三つの大きな苦しみから逃れることも困難になります。その三つとは、死に対する恐怖心、死別の苦しみ、そして人生を不幸と思うことです。


二、階層の法則


霊的世界は無数の階層に分かれていて、あなたは死後、あなたのたましいの成長のレベルに応じた境地に行くことになります。これが「階層の法則」です。


すべての人間は、霊的存在として、たましいの浄化作用もしくは霊的成長を志しています。その進み具合を「心境」と言ったり、「霊格」と言ったりしますが、これは人によりさまざまです。


私はいつも「霊格」のことを、わかりやすく「たましいの年齢」と表現しています。


「たましいの年齢」とは、すべての前世をも含めて、そのたましいがこれまでにどれほど多くの経験と、深い感動を積み上げてきたのかの度合いです。


死後の世界は無数の階層からなる、厳然とした「差別界」です。


誰もが例外なく、死んだ時点での自分の心境に合った階層に、平行移動していきます。生前の地位も名要も貧富もまったく関係ありません。死後はたましいがどれだけ純粋で、どれだけ輝いているかということだけが問われるのです。


失敗を恐れずにたくさんの経験と感動を積み重ね、より透明なたましいとなってあの世へ帰ることこそが、私たちがこの世に生まれてきた意味なのです。


三、波長の法則


自分の心のあり方が出会う人や出来事を決めている。これが、「波長の法則」です。


人間が心に持つすべての思いは、想念という霊的なエネルギーを生み出します。そして、「類は友を呼ぶ」という言葉が昔からあるように、同じレベルの想念の波長を持ったもの同士がお互いに引き寄せ合うのです。


今のあなたを取り巻いている人たちを思い浮かべてください。どんな人たちが日常生活の中にいるでしょうか。


愛情と優しさに満ち、前向きで素直な心を持った人たちなら、あなたも前向きな、高いエネルギーを持っていると言えます。


反対に憎しみや妬み、蔑みの心を持つ人たちに囲まれていれば、あなた自身も否定的なエネルギーを持っていることになります。


すべては自分自身の波長しだいです。自分が波長という大事なエネルギーを放っていることを自覚し、つねに自分の波長を高く保つように努めてください。


日々出会う人や出来事を自分の鏡として常に意識し、そこから学び取っていくことが、「波長の法則」をフルに活用した生き方なのです。


四、守護の法則


「人間は生まれるときも死ぬときも一人」と言われます。けれども霊的視点で見れば、ひとりぼっちで生まれてくる人は誰もいません。


私たち一人ひとりに、いつも寄り添って見守っている霊的存在があります。これが「守護の法則」です。


その存在とは「守護霊」や「背後霊」と呼ばれている霊です。英語で言うと、ガーディアン・スピリット、またはガーディアン・エンジェルです。


この現世を生きているすべての人にそれらの霊はついていて、私たちが困難な人生に絶望しているときも、深い孤独や悩みに陥っているときも、片時も離れず、大きな愛で見守ってくれています。


守護霊の願いは、私たちのたましいを大きく成長させ、より輝かせることに尽きるのです。


そのために私たちの人生が学び多きものになるよう、ただそれだけの目的に沿って私たちを導いているのです。


五、類魂の法則


霊的世界には、私たちの一人ひとりに「たましいの家族」なる存在があります。それが類魂(グループ・ソウル)です。


誰もが必ず霊界に、現世の家族以上に深い絆で結ばれた「たましいの家族」を持っているのです。これが「類魂の法則」です。


あなたのたましいは、あなたの類魂の中の「一部分」です。類魂の中の「一人」ではなく「一部分」と表現しているのは、霊魂は物質ではないため、一人、二人とは数えられないからです。


類魂を構成するたましいは、霊界においてはみなつながっています。類魂はその中でもごく近い同士、と言うよりほとんど均質な霊魂のひとまとまりなのです。ですからあなたの類魂そのものを、「あなた自身」ととらえてもいいでしょう。


広い意味で言えば、すべてのたましいが類魂です。あなたの類魂は、さらに大きな類魂の一部です。その大きな類魂もまた、もっと大きな類魂の一部です。そうして遡っていくと、すべてのたましいは広義の類魂なのです。みな同じ大霊の子、神の子どもなのです。


六、因果の法則


「自分がしたことは、いつか自分に返ってくる」とよく言われます。「みずから蒔いた種子は、必ずみずからが刈り取らねばならない」という言葉もあります。「因果の法則」は、まさにこのことを指しています。


因果とは文字どおり、原因と結果のことで、カルマとも言います。


今ある状況はすべて、これまでの自分のあり方(原因)の結果だというのが「因果の法則」です。


この世には奇跡も偶然もありません。すべては「因果の法則」という自然の摂理にもとづいた、いわば必然なのです。


原因となるのは「行い」だけではありません。あなたが話す「言葉」、心に抱いた「思い」さえ、すべて目には視えない霊的なエネルギーを放ち、いつかあなたのもとに何らかの結果となって返ってきます。


この法則が働く正確さはスーパーコンピュータをはるかに凌ぐものです。


七、運命の法則


「運命」という言葉があります。


世の中には、自分の人生を既に決められたものとし、何事も運命のせいにする「運命論者」がいます。テレビや雑誌でも、占い師などが「あなたの運命は決まっている!」などと語っています。


しかし、あなたの運命は決して一つに定められているものではありません。


「波長の法則」、「因果の法則」からわかるように、あなたの人生の流れはあなた自身が作り出すものなのです。これが「運命の法則」です。


もしあなたの運命が既に決められているものなら、この現世に生まれてくる理由など何もないことになります。


あなたは決められた通りの人生をだらだらとただ生きていけば良いのですから、努力をする必要も悩む必要もありません。


しかし、人生はそのようなものではないのです。あなた自身が自由意志で決めていくのが人生であり、生きることの喜びです。


八、幸福の法則


ここまでの七つの法則をふり返ってみましょう。


あなたは永遠に生き続ける霊的存在であり(霊魂の法則)、たましいを磨いて大霊に少しでも近づけるよう、ひたすら浄化向上を目指しています(階層の法則)、


そのためにあなたはこの世に生まれ、自分の波長やカルマが引き寄せたものを通じて、多くを学んでいます(波長の法則、因果の法則)。


より多くを学ぶためには、まずあなた自身の宿命を受け入れ、運命の仕組みを知ることが大切です(運命の法則)。


人生の旅には苦難がつきものですが、どんなときもあなたは守護霊や類魂の愛に包まれています(守護の法則、類魂の法則)。


これらの法則は個々に独立してではなく、渾然(こんぜん)としてからみ合い、相互に作用し合いながら働いています。


どれ一つ欠けても霊的真理を語ることはできません。そして霊的法則は、時間的にも空間的にも、私たちの想像が及ばないほどの大きな規模で、しかも一つの見落としもなく正確に働いています。


いったい、このような大がかりな法則が働いているのは何のためなのでしょう。


もうここまで読んでおわかりの通り、すべてのたましいが、やがていつか大霊、つまり神と一つになるためです。これを個人レベルでひらたく言えば、霊的法則は私たちが真の幸福を得るために働いているのです。これが、「幸福の法則」です。


一般に考える「幸せ」は、この世の視点で考える「幸せ」であり、物質的価値観に基づいていることがほとんどです。


しかし、霊的視点で見た幸せは違います。ときには苦難に遭い、試練を克服しながら、愛を学び、みずからのたましいの濁りをきれいにしていくこと。それこそがたましいの真の幸せであり、神に近づいていく唯一の道なのです。


以上、江原スピリチュアリズム「八つの法則」です。


江原さんからのお話。


この世を生きる上で、スピリチュアルな世界、つまり霊的世界について知ることは大変重要です。


この世が存在する意味、私たちが生きる意味は、霊的世界の存在が前提になければ、とうてい説き明かせないからです。


霊的世界の存在を知ると、この世の人生が旅のようなものであることも理解できます。私たちのたましいは霊的世界というふるさとから来て、やがてまた霊的世界へと戻っていくのです。


この世がどのようなところか。そこへ人は何のために生まれて来るのか。そしていかにして生きていくべきなのかを、「人生の地図」は示すものなのです。


「人生の地図」の八つの法則は、シンプルだけども奥深い、厳しいようでいて限りない愛に満ちたものです。


折りにふれて、繰り返し読んでください。


日々遭遇する具体的な出来事と照らし合わせながら読むことで、初めて身になっていくものだからです。


江原啓之さん 「人生の地図」を持つための八つの法則」より。

今日は東京MXTV 5時に夢中に江原啓之さん出演します。

11月は今日11日と25日の予定です


11月10日発売の婦人公論。今発売中です。

江原啓之さんとNOKKOさんの対談です。

それから前にご紹介したお祓い箱ですが、

予約完売したようです。


今日11日発売のananにも江原先生のセルフお祓いで明るい一年を迎えましょうって

公式サイトに書いてあるけれど、

アマゾンで表紙を見ても何も書いてないので、

とりあえずお伝えしておきます。


これこれ。11日水曜日発売です。違ってたらごめんなさい。


それからこちらのサブにはめったにログインしないので、

メッセやコメントが遅れます。

よろしくお願いします。


それでは今日も楽しい1日を!

ドクターリセラから出している小冊子2015年3月号より

江原さんのコラムをご紹介いたします。

リセラさんの化粧品を購入すると送られてきますよ。


「祈りとスキンケアは似ています」


前回、お肌のケアは心のケアにも通じるという話をしました。あなたは心身ともにケアを続けられているでしょうか?どんなこともそうですが、一番大事なのは、いっときのブームで終わらせないこと。地道に努力を続けていくからこそ、美しくなれるものなのです。


私はよく「江原さんは、忙しくても元気ですね」などと言われることがあります。確かに、講演会や書籍の執筆、コンサートへの出演など、多方面にわたって活動していますし、あちこちに飛び回っていますから、疲れないといえば嘘になります。けれども、どれも自分自身の信念を持って続けていることですから、できるのだと思います。


思えば、まるで「全自動洗濯機」に入ってグルグルと回っているかのように、今よりももっとものすごく忙しい時期というのも過去にはありました。けれど、そのときでもやはり元気でいられたのは、自分自身で腹を括ってやってきたからでしょう。


私も先頃50歳を迎えましたが、昔は「人生50年」とよくいったもの。そう考えれば、今もこうして、走り続けていられるのは、ありがたいことだと思います。


城嶋さんもいつもお忙しく、あちこちを飛び回っておられますが、お会いするたびにお元気。とびきりの笑顔で明るいオーラを放っておられます。おこがましい言い方になりますが、きっと私と同じように、城嶋さんもまた「信念の人」なのだと思うのです。忙しいということを理由に、怠けたり、さぼったりしない。これは、簡単なようでいて、実は信念なしにはできないことです。


もっとも、正直に申せば、私自身は、深夜まで続く仕事を終えたときなどは「今日くらい、お祈りをせずにそのまま横になってしまいたい」と思う瞬間はあります。けれども、一日たりとも、祈りの時間をもたなかったことはありません。たとえ、体調が優れずベッドの中にいたとしても、そのなかででも祈ります。自分自身と向き合うひとときであり、対話する時間としてひとつの習慣になっているものなのです。


これは、実は「スキンケア」ととてもよく似ているのではないでしょうか。スキンケアも毎日のこと。OLさんのなかには「ヘトヘトに疲れて帰ってきて、メイクを落とすのを忘れてそのまま寝てしまった」という経験があるかもしれませんが、リセラさんのメソッドを日々実践されている皆さんは毎日のケアが習慣となっていることでしょう。


そうすると、きっと、ケアしないで寝てしまうほうが落ち着かない気分になるのではないでしょうか?要するに、続けること自体が自然体になっている。それを継続していくと、自ずと美しさも身についていくものだと思います。


どんなことでもそうですが、「楽してよくなりたい」と思うのは、物質的価値観で、怠慢な物の考え方なのです。何事でも、努力するのは大変なことですし、それが「習慣」となるまでには時間を要します。けれども、続けていって、「それをしないと落ち着かない」というくらいにまでなったときには、あなたが欲していたものも自然と自分で引き寄せられていることでしょう。


美しさを得ることも、祈りも、とてもよく似ています。


今日のエクササイズ

ケアを「習慣」として日々継続して、美しさを手に入れること


以上、リセラボーテ 2015年3月号より


>日々継続して、美しさを手に入れること。

40代から肌のお手入れをしっかりしていると、

10~20年後、必ず成果が上がってくるそうです。



ドクターリセラ株式会社公式ホームページはこちらです

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スピリチュアル・パーゲイション(浄化) 出会いの奇跡・別れの軌跡
2015年11月27日発売予定 1296円 徳間書店

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なぜこの人と出会ったのか? あの人とどうして別れたのか?
結婚生活を続けたほうがいいのか、離婚したほうがいいのか。
「出会い」と「別れ」は私たちの人生に大きな影響を及ぼすと同時に、さまざまな疑問を投げかけてきます。
ただ、過去を後悔して未来を恐れるなど、余計な感情にがんじがらめになってしまうと、自らの人生を「主人公」として生きられなくなります。

本書はそうならないために、「出会い」と「別れ」について、スピリチュアルな実相を明らかにしました。誰もが直面する可能性のあるシチュエーションを例に挙げ、スピリチュアルな視点での解釈とともに、現世での現実的な対応のしかたも手ほどきしています。
「パーゲイション」とは、たましいレベルでの浄化。「パーゲイション」することで、何もかも洗い流し、過去・現在・未来の出会いと別れに感謝し、美しい人生の「主人公」になることができるのです。

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一つ一つに魂をこめた特製のお祓いグッズ7品(御幣・竹幣・錦守・鈴・清祓の塩・人形&車型)を詰め込んだ『お祓い箱』。
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目に見えないものに敬意を払って生活することは、古来、日本人が当たり前のように行ってきたこと。
どの家庭にもある救急箱のようにご用意いただき、新しい一年を明るい未来にするための必需品として有効活用してください
なお、本商品は特製BOXのため限定品です。

テレビテレビ番組 ゲスト出演のお知らせ(2015年10月22日現在)

『誰だって波瀾爆笑』
10月25日(日)9:55~10:55
日本テレビ

『火曜サプライズ』
10月27日(火)19:00~19:56
日本テレビ

東京MXテレビ『5時に夢中!』(月~金17:00~18:00)
水曜日コメンテーター(隔週)
10月の出演日 10月7日、14日、28日

2013年に富士山がユネスコの世界文化遺産に登録されて注目を集めていることも、日本の今後のあり方を示唆するメッセージだと私は読み取っています。


今回の登録は、自然遺産ではなく文化遺産として登録されたところに意義があります。


では評価の対象となった文化とは何か?

これは富士山信仰にほかなりません。


富士山は尊ぶべきご神体であって、登ることを許されるのは、本来ならば白装束をまとった行者のみ。

四方八方から見える富士山は、いわば見えざるものへの畏敬の念の象徴です。


「お山が見てござる」という言葉は 「お天道さまが見てる」という言葉と同じ意味をもっています。

その思いを大切にしなさいという天啓なのではないでしょうか。


先だって河口湖から富士山を仰ぎ見た時、あらためて感じました。

日本人の文化と精神が宿っていると。


しかし、その大切なものが失われようとしています。ツイッターの炎上騒動に見られる一方的で感情的な発言、近隣諸国へのヘイトスピーチに見られる好戦的な態度・・・。


かつて日本では、はしたない恥じるべきとされた行為が当たり前のように繰り返されています。


古来、日本人には神の座に立つ精神性がありました。


個人的な感情から離れた一段高いところで物事をとらえ、挑発に乗らず、闘わず、常に理性的で人前で感情をあらわにせず・・・・。それを思い出して日本人としての原点に立ち戻りなさい。

私には、そう言われている気がしてなりません。




そして富士山本宮浅間大社におわすのはコノハナサクヤヒメ。女性の美徳を象徴する神さまです。


古来、日本女性にとっては憧れの存在でありました。今こそ彼女のしなやかさ、たおやかさを見習わなくてはとも思うのです。


「お試しの年」「まやかしの年」に必要とされるのは、先見の明と、物事の意味を知る深い叡智、日本人の本質にある高い精神性。


それを肝に銘じて日々を生きれば、2014年はきっと有意義なものになるはずです。


Hanako2014年1月9日号 「聖地への旅」より

昨日は江原さんの講演会が静岡県三島市で開催されました


会場は三島市民文化会館大ホール。チケットは完売です。

タイトルは、~幸せな未来のために~


内容はこれからの日本、地球の未来について、とても前向きなお話でした。

講演会の内容は、今までの復習です。

自律と自立。 孤高に生きることの大切さ。 


七曜のメッセージ

自然界は私たちの思い、言葉に感応する。

 

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。


今こそ、教育が問われる時代。

家庭は大切です。 

子どもとのコミュニケーションが不足したり、親がなんでもやってあげたりすると、

子どもは大人になっても自立できず、感情の発達も乏しくすぐキレる人格になりやすい。

子供にあたるのは「感情」、叱るのは「理性」。


叱ることは必要です。

どんどん転ばせてください。そこから子どもは他者への思いやりの心を理解していくのです。



本当の幸せとは何か?

<それはなにも恐れることのない人生>


「どんなことが起きても私は大丈夫」という自律した自分になること。


出会いは宿命、別れは運命。 人生の主人公は自分です。


この世でもっとも愚かなことは、人と比べること。

1人1人素材が違うから、人生が違うのは当たり前。

 

大事なのは、自分の素材をしっかりとよく見て、現実を受け入れることです。


そして、笑うことが一番のお祓いです。


今回の講演会については、公式サイトより報告があると思います。


ありがとうございました。

いのちの詩より  著者 江原啓之

(本の中の一部なので詳しくは「いのちの詩」をお読みください)

「受け入れることからすべてが始まる」

幸せになれる人と、なれない人の大きな違い。

それは、何だと思いますか?

15年間にわたり、カウンセリングを行ってきた経験からひとつ言えることは、

「受け入れることができる人は幸せになれる」ということでした。


世の中の人は、自分の身に起きた不幸なことを受け入れたくないと思っています。たとえば病気になったら、「どうして病気になったのか・・・」と悶々としてしまうのです。しかし、まず、「病気である自分」を受け入れないことには、治療を選択することもできませんし、たましいの視点から見て、「この病気によってもたらされる福音は何か」を探さないと何の意味もないのです。


「どうして?」と思っているだけでは前へ進むことができません。「できることはできる」 「できないことはできない」のです。寿命といわれるものもそうですが、その人の宿命的な病であれば、治すというのが難しい場合があります。


ときには、奇跡といわれるような平癒がもたらされることがあったとしても、実は、生きながらえるということ自体が、その方の宿命であるから延命できたという場合がほとんどなのです。


愛する人を失うことは、大きな不安や恐れをともなうかもしれません。しかし、たとえそのような場合でも、受け入れるしかないということはあるのです。


また、それがもし慢性的な病なら、その病にかかるまでの生活習慣など、見直さなくてはならない問題があるでしょう。長い時間をかけて得た病であるならば、治すにも同じかそれ以上の時間がかかることを覚悟しないとなりません。


どんなに医療技術が進歩していても、不老不死の人はこの世にはひとりもいないのです。現実を受け止めて はじめて、改善する方法を見いだしていくことができるのではないでしょうか。


受け入れ下手な人は、結局は自分で自分を苦しめているように私には思えます。


あるときには、こんな悩み相談をされたことがありました。

「夫がほかの女性と浮気をしたようで、許せない」と。

私は、「そこまで嫌なら、別れるという選択もあると思いますよ」と伝えても、「そうかなあ?でも、彼にはいいところもあるんですよ」と不満顔。


結局のところ、 「別れたくはない」という気持ちが勝っているのでしょうが、だとしたら「許す」という選択しかないでしょう。それもなんとなく釈然としない。だからどうしたらいいか?と悩みが堂々巡りしてしまっていたのですが、どのみち「受け入れる」しかないのなら、自分の心に正直であることがいちばん必要なことだと思うのです。


そこでは、自分のプライドを優先しても始まりません。「どうしたらいいのか?」を内観し、「本当はやりなおしたい」と思うなら、夫の過ちに目をつぶるしかないのです。人生には、苦しいことをのみ込まざるを得ないこともある。そのことを理解できただけでも、実は「幸い」なのです。


こうした場合に、現実を受け入れるのが難しいと感じてしまうのは、この例でいえば、「別れること=挫折」ととらえてしまう心が裏にあるからではないでしょうか。


しかし、別れることを選んでも、その決断が「卒業」を意味するものであれば、決して「失敗」ではありません。


離婚という問題に限ったことではないのですが、何か問題にぶつかったときには、あなたの目の前には道がふたつあるのです。それは・・・


続きは著書をお読みください。


「いのちの詩」 著者 江原啓之 2009/03/04 株式会社小学館

それにしても、不思議です。先日職場で話していたけど、詐欺電話の話題から、

どうも全国の認知症高齢者のリストが外に流出しているのではないか?という疑問が、

医療関係者から出ています。 

とくに最近は、ここぞとばかりに年金に関連にした詐欺電話が増えていると聞きました。

あなたのご両親は大丈夫ですか?


婦人公論からです


江原啓之が解き明かす 家族の正しい関係

「オレオレ詐欺がなくならない理由」


<詐欺師は心の隙を巧妙についてくる>


今回は、横行する詐欺事件を題材にお話しましょう。

これは私の知人の話ですが、久しぶりに実家を訪ねたところ、

一人暮らしをしているお母さんが

「この家も古くなってシロアリにやられてしまったね」と話し始めたとのこと。


最初は黙って耳を傾けていた知人ですが、

「でも大丈夫。シロアリ駆除の人に頼んだから。とっても親切な人なのよ」

とお母さんが言うのを聞いて、おかしいと感じたのだとか。


すぐさま「まさか、お金を振り込んでないよね?」と尋ねたところ、

「まだだけど、30万円払うという契約を交わした」と言うので、

知人は「それは詐欺よ。どうして気づかなかったの?」と、

思わずお母さんを責めてしまったというのです。


結局、弁護士に入ってもらい、詐欺の件はことなきをえました。

けれど問題は、これから先も同じことが起きかねないという点でした。

実はこのとき、お母さんが初期の認知症であることも判明。

知人は80代になる母親を一人にしておいた自分が悪かったと猛省し、

現在は一緒に暮らしています。


超高齢社会に突入した日本では、

認知症の高齢者を狙った詐欺犯罪がますます増えていくでしょう。

まったくもって許しがたい犯罪ですが、ここで私が伝えたいのは、

詐欺被害から家族を守ることができるのは、家族の絆だということ。


認知症であること以前に、

悪徳商売は人の寂しさや不安につけこむケースが少なくありません。


高齢者の中には、詐欺行為に遭ったのだとわかっても、

叱られるからと子どもに打ち明けることさえできずにいる人もいると聞きます。

詐欺師はそうした心の隙を巧妙についてくるのでしょう。


一緒に暮らすことはできなくても、頻繁に連絡を取る、顔を出すなど、

話す機会を増やすことで、事前に異変をキャッチできるのではないでしょうか。


スピリチュアリズムの視点で見ても、家族の愛はバリアとなり、

悪い念を撥ね除けることに繋がります。

親とのコミュニケーションも自分たちの生活の一部だということを忘れないでください。


<被害を拡大させる親子関係の歪み>


その一方で、親は子どもに対して突き放す勇気が必要なのではないかと私は思うのです。


頻発する「振り込め詐欺」「オレオレ詐欺」、

昨今では「母さん助けて詐欺」と呼ぶようですが、

いずれにしても親が子どもを思う気持ちを利用した詐欺事件が後を絶ちません。


警察庁のまとめによれば、

2013年の被害額は、12年の被害額を34.3%上回る約489億円だとのこと。

これほどまでに警告を促す情報が流布しているにもかかわらず、

被害者が増加し続けるのはなぜしょう?


「自分に限ってはだまされない」と、他人事のように考えているからかもしれません。


たとえば「お金を貸して」と息子から連絡があったら、

あなたは「息子の一大事だ!」と気が動転しますか?

本当に息子であるかどうか確認することも忘れて、

言われたままにお金を振り込んでしまいますか?


もしそうなら、問題の根底には親子関係に歪みがあると私は思うのです。


かつでの相談者の中にも、息子と名乗る男から

「会社のお金を使い込んでしまった。補填しなければクビになるので、

すぐに300万円振り込んでほしい」と懇願され、振り込んでしまったという人がいました。


相談者はしきりに「犯人が憎い」と訴えていましたが、

私は、「犯人のせいにしていても問題は解決しませんよ」とお伝えしました。

というのも、相談者の本当の悩みはだまし取られたお金のことではなく、

「なぜ俺に相談しなかったんだ」と夫になじられ、

「なぜ自分を信じてくれなかったのか」と息子に愛想を尽かされてつらいというものだったからなのです。


もちろん悪いのは詐欺師です。

けれど私なら、

「お金を借りることは、電話やメールで伝えるべきことではないだろう。会いに来なさい」と言います。

その時点で詐欺師を一蹴することになるはずです。


また、本当に使い込みをしていたなら、「自分で責任を取りなさい」と論します。

横領は犯罪です。

それを庇ったところで子どものためになるでしょうか?


甘やかしは歪んだ愛の表れ。

私の見立てによれば、件の相談者の中にうず巻いていたのは、

「子育てに失敗したと思われたくない」という自分の見栄やプライドでした。


このように「振り込め詐欺」は、コミュニケーションの欠落、

大我の愛の欠落を逆手に取って成立してしまうことが多いと言えるのです。


詐欺といえば、最近も「10万円出せば『徹子の部屋』に出演させてあげます」

というLINE詐欺が問題になりました。

マンガみたいな話ですが、呆れてばかりもいられません。


詐欺師は人の欲望や心の闇を巧みに利用してお金を巻き上げる天才なのですから。

逆にいえば、常に自分を律していれば犯罪に巻き込まれることはないのです。


クマ格言

[家族のコミュニケーションがあれば、詐欺は撥ね除けられる]


以上、婦人公論から、江原啓之さんのお話でした。 

その6 前回のつづきです


子供がクリック一つで海外のポルノを見られて、いいんでしょうか

江原
「うちは男の子2人ですが、私は普段から頑固おやじとして小言を言っているんです。ネットについてもよく言いますよ。 「軽い気持ちで書き込みしたのが、何倍にもなって自分に返ってくることもあるんだから気をつけるんだぞ」とか、 「部屋の中で撮った写真をネットにアップするなよ。そこからどんな情報が出ていくかもしれないからね」とかね。」


「ネットは見ず知らずのいろんな人とつきあえて、世界が広がって楽しいというのが売りでしょうけど、私たちって、実際に会って言葉を交わして、相手の感触や雰囲気を知り、友達になれるかどうかわかるものじゃないですか。嘘ばかり書き連ねるネットを信用してしまう怖さってすごくあると思うんです。身元がわかっている人としかつきあっちゃいけないと、子供には徹底的に教えないといけないですね。」

江原
「私は、ずうっと昔からコンピューターは家庭内に入れるべきではないって言ってます。あれはビジネスの上ではとても有効だし、素晴らしいけれども、家庭内に入れる必要はないと思う。ダイナマイトに匹敵するような、世の中を変えたものだったと思っているんです。」


「クリック一つで子供だって海外ポルノを見られるんですよ。いくら規制をかけたって、抜け道はいくらでもあるし、人の憎悪も戦争も人を殺す画像も、ありとあらゆるものを存分に浴びちゃう。これがいいことだと思いますか?」

江原
「思わないですね。刺激が強すぎて、今度は想像力を持てなくなってしまっている。犯罪の神器っていう気がするんです。」


「私は、夜9時すぎは15才以下のパソコン、スマホは禁止すべきだと思っています。」

江原
「でも、連絡網もラインでという学校もありますでしょう。」


「子供からスマホを取り上げるのは、命を絶たれるのと同じなんですよ。だからこそ、夜は学校や地域で申し合わせて禁止すべきなんです。せめて、スマホの通話通信を不可にする。国をあげてやったらできないわけないでしょう。小学生がタブレットを使うというのも反対です。教科書をタブレットにするとか、絶対反対。」

江原
「私もそう思います。 大人がそれぐらい厳しく見守っていかないと、この先だってどんな事件が起こるかわかりません。 子供は社会を映し出しているんですから、大人がきちんとしなければと改めて思いますし、大海に一石を投じるようなものですが、言い続けないといけないですね。」


以上です。
長くなってしまいましたが、ありがとうございました。

前回のつづきです。その5

<ネットを信用してしまう怖さを子供に伝えなければ>


夜9時以降は、15才以下のPC、スマホの使用禁止を!


「今回の事件で私はマスコミやネットとの齟齬(そご)もいっぱい感じたんですけど、社会で起きたことを作家なりに分析したり、違うんじゃないかと言ったりすると、即座に叩かれる。だから、雑誌を見ても、食べ物の話とか当たり障りのない話ばっかりになって、この頃、エッセイやコラムがすごいつまらないの。そこには分析も批判も批評もないんです。」


江原

「私がコメンテーターで出演している番組で、安楽死が問題になったことがありました。その時、恐ろしいと思ったのは、みながみな 「自分も同じように安楽死したい」って、平気で言うんですよ。

だから私は言ったんです。 

「あなたがそう考えるのは自由だけど、そういう考えって結局は、生まれながらに重い障害を負っている人や高齢で寝たきりになった人とか、役に立たない、使えない者は死んだほうがいいんだってところにつながっていくんですよ」って。私以外にそんな反論する人がいなかったことにびっくりしました。」


「みんな叩かれるのが嫌なんです。 私のエッセイにしたって、私は違うと思いますって論争が起きたっていいはずですが、紙のメディアでは誰も言わない。私はこの仕事を30年以上やってきて、今ほど言論が抑えられている時代はないと思いますね。

今、社会は本当に二層分化していると思うんですよね。ツイッターしか見ない、ネットしかやらない人と、私たちみたいに活字の中で発言している人たちと・・・・。」


家庭内にコンピューターは入れるべきではないと思っています


江原

「フェイスブックに否定はないですから。みんなで「いいね、いいね」の共有でしょ。それにネットではみんな匿名です。私たち昔から、「言いたいことがあるんだったら、名前をちゃんと名乗って、相手の目を見て語れ」って言われてきましたけれど、今はそれも一切ありません。」


「あと10年ぐらいしたら、ネットが子供の気持ちをどれだけ悪くしたか、その弊害がだんだん明らかになると思いますね。すでに女子高校生では1日に平均7時間、スマホを見ているというんですから。

話が飛ぶかもしれませんが、ヨーロッパなどでは、ゲームと同じ感覚で、イスラム国に普通の子たちが入っていくじゃないですか。日本の子たちだって、やがてそうならないとは限らない。かつては身元のわかっている周りの人としか知り合えなかったはずなのが、今は違う。その怖さ私は、三鷹で起きたストーカー事件の時にとても感じました。」


2013年10月、東京に住む高校3年生の女子生徒が、関西在住の21才の男に殺害された。

2人は実名を名乗るSNSを通じて知り合い、交際を始めた。

男は高卒のフリーターだったが、関西有名私大生と偽っていた。

やがて別れ話のもつれから、リベンジポルノをネットに投稿。ついには殺人まで発展した。

インターネットや、その入り口となるパソコンやスマホと、どうつきあっていくべきか。

子供たちにどう伝え、教えればいいのだろう。


「殺された女の子は、しつけも行き届いたきちんとした家庭のお嬢さんでした。ところが、ネットを通して出会った男性の嘘を信じて、彼と会う。その結果、とんでもないことが起きたんですよね。しかも、殺されたあとにリベンジポルノを投稿されて、また辱められている。私が彼女の親だったら、犯人を殺したいと思いますよ。」


その6につづく