「愛する人を失うこと。」 江原啓之さん メッセージ | たましいの響き

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いのちの詩より  著者 江原啓之

(本の中の一部なので詳しくは「いのちの詩」をお読みください)

「受け入れることからすべてが始まる」

幸せになれる人と、なれない人の大きな違い。

それは、何だと思いますか?

15年間にわたり、カウンセリングを行ってきた経験からひとつ言えることは、

「受け入れることができる人は幸せになれる」ということでした。


世の中の人は、自分の身に起きた不幸なことを受け入れたくないと思っています。たとえば病気になったら、「どうして病気になったのか・・・」と悶々としてしまうのです。しかし、まず、「病気である自分」を受け入れないことには、治療を選択することもできませんし、たましいの視点から見て、「この病気によってもたらされる福音は何か」を探さないと何の意味もないのです。


「どうして?」と思っているだけでは前へ進むことができません。「できることはできる」 「できないことはできない」のです。寿命といわれるものもそうですが、その人の宿命的な病であれば、治すというのが難しい場合があります。


ときには、奇跡といわれるような平癒がもたらされることがあったとしても、実は、生きながらえるということ自体が、その方の宿命であるから延命できたという場合がほとんどなのです。


愛する人を失うことは、大きな不安や恐れをともなうかもしれません。しかし、たとえそのような場合でも、受け入れるしかないということはあるのです。


また、それがもし慢性的な病なら、その病にかかるまでの生活習慣など、見直さなくてはならない問題があるでしょう。長い時間をかけて得た病であるならば、治すにも同じかそれ以上の時間がかかることを覚悟しないとなりません。


どんなに医療技術が進歩していても、不老不死の人はこの世にはひとりもいないのです。現実を受け止めて はじめて、改善する方法を見いだしていくことができるのではないでしょうか。


受け入れ下手な人は、結局は自分で自分を苦しめているように私には思えます。


あるときには、こんな悩み相談をされたことがありました。

「夫がほかの女性と浮気をしたようで、許せない」と。

私は、「そこまで嫌なら、別れるという選択もあると思いますよ」と伝えても、「そうかなあ?でも、彼にはいいところもあるんですよ」と不満顔。


結局のところ、 「別れたくはない」という気持ちが勝っているのでしょうが、だとしたら「許す」という選択しかないでしょう。それもなんとなく釈然としない。だからどうしたらいいか?と悩みが堂々巡りしてしまっていたのですが、どのみち「受け入れる」しかないのなら、自分の心に正直であることがいちばん必要なことだと思うのです。


そこでは、自分のプライドを優先しても始まりません。「どうしたらいいのか?」を内観し、「本当はやりなおしたい」と思うなら、夫の過ちに目をつぶるしかないのです。人生には、苦しいことをのみ込まざるを得ないこともある。そのことを理解できただけでも、実は「幸い」なのです。


こうした場合に、現実を受け入れるのが難しいと感じてしまうのは、この例でいえば、「別れること=挫折」ととらえてしまう心が裏にあるからではないでしょうか。


しかし、別れることを選んでも、その決断が「卒業」を意味するものであれば、決して「失敗」ではありません。


離婚という問題に限ったことではないのですが、何か問題にぶつかったときには、あなたの目の前には道がふたつあるのです。それは・・・


続きは著書をお読みください。


「いのちの詩」 著者 江原啓之 2009/03/04 株式会社小学館