【作品#0717】シャッター アイランド(2009) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

シャッター アイランド(原題:Shutter Island)

【Podcast】

Podcastでは、作品の概要、感想などについて話しています。

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【概要】

2009年のアメリカ映画
上映時間は138分

【あらすじ】

連邦保安官のテディは相棒のチャックとともに孤島にある精神病院を訪れる。かつて自分の子供を殺した精神病患者レイチェルが脱走したことを受け、テディらは捜査を始める。

【スタッフ】

監督はマーティン・スコセッシ
音楽はロビー・ロバートソン
撮影はロバート・リチャードソン

【キャスト】

レオナルド・ディカプリオ(テディ・ダニエルズ)
マーク・ラファロ(チャック・オール)
ベン・キングズレー(ジョン・コーリー)
マックス・フォン・シドー(ジェレマイア・ナーリング)
ミシェル・ウィリアムズ(ドロレス)
エミリー・モーティマー(レイチェル・ソランド)

【感想】

デニス・ルヘインによる同名小説の映画化。マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオは4度目のタッグを組んだ。8千万ドルの予算に対し、全世界で2億9千万ドルの売り上げを記録したことで、マーティン・スコセッシ監督史上最大のヒットとなった(後に「ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013)」で更新)。

マーティン・スコセッシ監督作品を取り上げた際に「主人公が実は映画の最初から最後までそんなに変わっていない」という旨の話をしてきた。例えば「レイジング・ブル(1980)」「キング・オブ・コメディ(1983)」「グッドフェローズ(1990)」などなど。たとえ大きな経験をしたとしても人間そう簡単には変われない。ただ、本作はそういった側面も描きつつ、そのようなスコセッシ映画をフリにしたようなオチにも見える。

本作は主人公のテディの妻が3人の子供を殺し、その妻をテディが殺してしまった。その現実を受け入れられないまま9か月が経過している状態だ。「モンスターとして生きるか、善良な人間として死ぬか」というラストのセリフから、テディは9か月前の時点に戻ることが出来ており、映画が始まった時点の状態からは脱することが出来ている。その点において、本作は主人公が「変わった」として映画が終わることになる。

ただ、テディは9か月前の状態に戻っているにもかかわらず、主治医に対して病状が進行した振りをして、自らロボトミー手術を受けることを選択しているように見える。ロボトミー手術を受けるということは、周囲からすれば映画が始まった時の妄想を抱いている状態を受け入れることになるというわけだ。本作はロボトミー手術を受けるところまでは描写がないが、映画が始まった時点と映画の終わる時点がある意味で同じであるとも言える。

ではなぜ、テディはロボトミー手術を受ける選択を自ら進んですることになったのか。それは仮にロボトミー手術を受けなかったとしても再び妄想を抱く状態になってしまうかもしれないからであろう。現実逃避という名の妄想に走り、その度にあらゆる治療で何とか現実を受け入れる状態に戻った。そして、この過程もかなり精神的にきつく、この経験自体もトラウマになってしまったんじゃないだろうか。ところが、しばらくするとまた同じように妄想に走るかもしれないわけである。妄想と現実を繰り返すことまで理解したのではないだろうか。そして、その繰り返しをしないために自らロボトミー手術を受ける選択をしたのだろう。

この伏線は最初に戦場の場面を回想するシーンである。頭部を負傷して倒れる兵士が銃を手に取ろうとすると、テディは足で銃をその兵士から引き離している。この兵士はおそらく自殺をしようとして失敗し、倒れてしまったが再び銃を手に取って自分にとどめの一発を撃ち込もうとしているところだったように見える。少なくとも銃を手に取ってテディを殺そうとしているようには見えない。生きているのがつらい状況を自らの手で終わらせようとしている人間が目の前にいて、それをテディは妨害したのだ。それはこの時のテディが「正しい行い」をしていると本気で思っていたからだろうし、このドイツ兵を簡単に殺さずに苦しめてやろうという思いがあったはずだ。ただ、これは後にナチス兵の大量虐殺の場面に遭遇して考えが変わったはずだ。

マーティン・スコセッシ監督は本作のイメージをスタッフやキャストに共有するために、「過去を逃れて(1947)」と「めまい(1958)」を見せたようだ。まさに「めまい(1958)」で描かれた世界観とも通じるものがいくつもある。「めまい(1958)」では主人公が同じ女性を繰り返して愛し、その繰り返しを表すイメージとしてぐるぐる回る幾何学模様、らせん階段、登場人物をぐるっと回るカメラなどで表現してきたのである。本作にもぐるぐる回るレコードや灯台のらせん階段といった繰り返しをイメージさせるモチーフは登場する。

その繰り返しを自ら止めるためにはある意味での「死」を選択しなければならなくなった。だからテディはロボトミー手術を受ける選択をしたということになる。当時の医療界では、ロボトミー手術を推進する保守派と患者に寄り添う革新派に分かれており、革新派であるコーリー院長やシーアン医師は患者に寄り添うチャンスとしてテディの妄想に付き合うことを選択する。

ラストでテディがシーアン医師のことを「チャック」と呼んだ時点で、シーアン医師はコーリー院長の方を向いて首を横に振っており、テディがまた妄想を始め病状が悪化したため「やっぱりダメでした」という意味合いの合図になっている。ところが、その後のテディのセリフを聞いたシーアン医師はテディが病状が悪化したふりをしていることは分かったことになる。ところが、シーアン医師はそのことをコーリー院長に話してロボトミー手術を中止するように言うでもない。

患者に寄り添う革新派として、患者がある意味での「死」を選択した場合に医師としてできることは何もないのだろうか。この場面でテディが「嘘」をついていることを知っているのはシーアン医師だけである。もし本当に患者の命を救いたいと考えるのなら、対立する保守派の唱えるロボトミー手術を阻止するはずである。ところが、シーアン医師は呆気に取られてただロボトミー手術に向かうであろうテディを見送るしかできなくなる。

やはり映画内でテディにほぼ付きっ切りだったシーアン医師こそ観客視点でもあると感じる。映画内で取った主人公の選択を観客が見守ることしかできないように、たとえ医師であっても患者がある意味での「死」を選択したら見守ることしかできないのだろう。個人の意思がより尊重されるアメリカ的な物語でもある。

精神医学における保守派と革新派の争いという観点で見れば保守派の勝利となってしまった。患者に寄り添うが故に患者に選択の余地を与えたとも言える。また、その選択肢を認識できる頭の良さがあったからこそテディは保守派の望む結末を受け入れたのだろう。

多くのスコセッシ映画と同様に、というかそれ以上に主人公のテディはとんでもない経験をしてきた。戦場では大量虐殺の現場に居合わせ、妻が3人の子供を溺死させた現場にも居合わせた。そして、その妻を自らの手で殺してしまった。こんな経験をしてきた人間もそう多くないだろう。また、戦場の場面は時間こそ少ないが、大量虐殺の描写はインパクトがある。

カメラがドリーしてそのカメラに合わせて撃たれた人が倒れているので、これも「おかしい」ということができるので、この出来事も実は妄想だったんじゃないかと思えてくる。また、その戦場で死んだ兵士の顔が死んだ子供の顔に見える妄想があり、この戦場での大量虐殺と妻が3人の子供を殺したことを重ねていると捉えることができる。また、複数の人間が死ぬ(殺される)という現場をテディは繰り返し見てきたことになる。そしてついにテディは妻を殺したことで殺す側にも回ってしまった。そして、この場面でテディは銃を使って妻を殺しているのだ。もう取り返しは付かない。

この戦場での大量虐殺では銃が使われており、これはアメリカで毎年のように発生する銃乱射事件も連想する。銃乱射事件が発生すると多くの犠牲者が出る。その度にマスコミで報道され、多くの人たちが声明を表明しても、銃規制は遅々として進まず、共和党ないしは共和党支持者が銃規制に反対し続けている。

「ナチスドイツを倒すことが正しい」という風に「これが正しい」と思っていたものが実は間違っていたかもしれないわけである。あるいは中に間違った物が含まれているかもしれないわけである。少なくとも無抵抗の状態の兵士を大量虐殺したのはどう考えても正しいとは言えない行為である。

何かの大枠で捉えて「悪」だったとしても、中に「良」の要素があるかもしれない。そして逆に大枠で捉えて「良」だったとしても、中に「悪」の要素があるかもしれない。それって人間そのもの。

だが、多くの戦争に従軍した兵士が感じたように、戦場で起こったことを帰国して周囲に語ることや相談することができるわけではなく、シャッターのように口を閉ざす人だって多くいた。PTSDなんて言葉が使われるようになったのは本作が舞台の1950年代にはなく、ベトナム戦争以降である。

なので、この時代にPTSDを診察できる医師がいなくても仕方ないのかもしれない。保守派の推進するロボトミー手術が行われなくなるのも本作の時代設定よりも後だし、PTSDという概念やそれを抱える患者との向き合い方が確立されるのも当然ながらもっと後である。

間違っていたことが後に分かるロボトミー手術が推進される時代。病院の中では医師が絶対的な立場にいた時代。多くの人たちが現在起こっていることを考え、評価し、行動するが、それが正しかったのか間違っていたのかが分かるのは後の時代かもしれない。そう考えると、負の連鎖を断ち切るべく、主人公のテディが取った選択はやはり正しいようにも思える。

また、ロボトミー手術が絶対的に間違っていると言える現在においても、本作の革新派が取る行動がすべて正しいとも思えない。妄想を抱える患者の妄想に病院全体で付き合うことが患者に寄り添うことなのだろうか。医師や看護師、警備員だけでなく患者にまでその妄想に付き合わせているのだ。本作では周囲の患者が決定的な何かをしなかったためにテディは妄想の世界に居続けることができたわけで、どこで歯車が狂っていたか分からなかったはずだ。それほど危ない橋を渡ってまで革新派はテディを実験台として使わなければならなかったのか。

後に精神病の治療薬として一般的になっていくクロルプロマジンだって当然のことながら全患者に有効なわけではない。また、コーリー院長にしてもシーアン医師にしても、最終的にはテディに現実を突きつけているのだ。妄想の世界から現実の世界に戻ってくる感覚は当人にしか分からないだろうが、現実逃避するほどのショッキングな体験を再体験するような形になるのなら、「もうこんな経験をしたくない」と思っても仕方ない。

これは2023年に入ってから顕在化したジャニーズの問題にも少なからず関係していると言える。ジャニーズに入った少年たちはおそらく相当高い競争率を勝ち抜いてきた選ばれし者たちであろう。そんな彼らが目にしたのはジャニー氏による性暴力である。ジャニーズに入れただけでも周囲から「凄い」とかチヤホヤされたはずである。でも、その裏で「実はジャニー氏は性暴力を振るっている」とか「実はジャニー氏に性暴力の被害を受けた」なんてことを周囲に言ったり相談したりできるだろうか。

ジャニーズに入ることのできた少年の中には周囲の反対を押し切ってオーディションを受けた人たちもいるだろう。また、中には本人には知らせずに家族が勝手に応募したようなケースもあっただろう。そんな事情をよそ目に世間では、基本的にジャニーズをポジティブに捉えており、ジャニーズ内で結成されるグループには多くのファンがいる。そして、この報道があってもファンであり続ける人たちもたくさんいる。

信じていた何かが突然「間違っていた」とか「悪」になった場合、被害者やファンはどう受け止めたら良いのか。特に被害者の中はトラウマとなって精神的な被害を受けた方もいらっしゃることだろう。

そして、多くのマスコミはその事実を知りながらもほぼほぼ封殺し、ジャニー氏による性被害の初報が出てから約四半世紀経ってようやく報道を始めた。TBSの佐々木社長は「当時は男性から男性へのハラスメントが著しい人権侵害だという認識が乏しかった」と語っている。これを額面通り受け取ることは到底難しいのだが、仮にそうだとした場合、その時下した判断が正しいかどうかは後になってみないと分からないとも言える。ただ、負の連鎖(性被害の拡大)を食い止める上で、マスコミは全く機能しなかった。ジャニー氏は性暴力をした事実を認定しないままこの世を去った。

人間誰しも、長年に渡って信じ続けてきたものが間違っていたとしてもそう簡単に受け入れることはできないだろう。だからこそテディは受け入れることができずに妄想の世界に入り浸ってしまった。ただ、今度はその妄想の世界が正しいと信じ始めるとそれが間違っていると言われてもそれもそう簡単に受け入れることはできないだろう。

そんな本作は主人公が映画が始まった時点で信じていたものが間違っていたと受け入れ、さらに病状が悪化したら周囲に暴力を振るってしまうかもしれないという現実も、そして病状が悪化する度に二度と思い出したくない現実を再体験するというトラウマがあることも理解した。だからこそ、主人公は負の連鎖を産まないためにもロボトミー手術と言う名の「死」を選択したのだろう。

これほど悲劇的な物語もそうないことだと思う。かつての映画で主人公が変わらないことを描き続けてきたマーティン・スコセッシにとってそれらの作品をフリにしたようなオチが本作には待ち受けている。伏線回収も役者陣の演技も本作で描かれるテーマもそれぞれ見応え十分で、幾度の視聴にも耐えうるスコセッシ映画の傑作。



 

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├オリジナル(英語)

 

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【ソフト関連】

 

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映像特典

 
えい

├シャッター アイランドの舞台裏
├灯台の中へ

 

<4K Ultra HD+BD>

 

収録内容

├上記BDと同様