【作品#0540】ドント・ウォーリー・ダーリン(2022) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

ドント・ウォーリー・ダーリン(原題:Don't Worry Darling)


【Podcast】


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【概要】

2022年のアメリカ映画
上映時間は122分

【あらすじ】

舞台は1950年代のカリフォルニア州。アリスは夫のジャックと共に幸せな生活を送っていた。ある日、バスでの帰宅途中に飛行機が山奥に墜落するのを目撃したアリスは、バスを降りて飛行機の墜落したであろう現場に向かうが…。

【スタッフ】

監督はオリヴィア・ワイルド
音楽はジョン・パウエル
撮影はマシュー・リバティーク

【キャスト】

フローレンス・ピュー(アリス・チェンバース)
ハリー・スタイルズ(ジャック・チェンバース)
クリス・パイン(フランク)
オリヴィア・ワイルド(バニー)

【感想】

女優オリヴィア・ワイルドにとって「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー(2019)」に続く監督2作目。ジャック役は当初シャイア・ラブーフが演じる予定であったが降板してハリー・スタイルズが演じることになった。また、オリヴィア・ワイルド監督は「ミッドサマー(2019)」のフローレンス・ピューの演技を見て主演に抜擢することを決意したそうである。

まず、オリヴィア・ワイルド監督が前作の青春ものとは全く異なるサスペンススリラーを仕上げたことには驚かされる。ただ、前作との共通点を挙げるとするなら、主人公の女性キャラクターが今まで当たり前だと思っていたことがそうでないと気付き、戦っていくキャラクターを描いたことだろう。少なくともこの2作品からは、そういった女性キャラクターを描きたいのだと感じる。

主人公の名前がアリスであり、「不思議の国のアリス」の白うさぎならぬ飛行機を追いかけていくところからこの世界の不思議さに気付いていく話である。また、その続編の「鏡の中のアリス」にも出てくる鏡といったモチーフは本作にも多数登場する。さらに、この児童小説がイギリス生まれなのと同様に、本作でアリスを演じたフローレンス・ピューもイギリス出身の女優である。

監督のオリヴィア・ワイルドは本作へ影響を与えた作品として「インセプション(2010)」や「トゥルーマン・ショー(1998)」を挙げている。本作を見て思い出すのは、「ダークシティ(1998)」「カラー・オブ・ハート(1998)」「マトリックス(1999)」「レクイエム・フォー・ドリーム(2000)」「12モンキーズ(1995)」「ステップフォード・ワイフ(2004)」あたり。

本作は冒頭から円や丸といったモチーフが度々登場する。多くの映画でもこのようなモチーフは「繰り返し」や「先に進んでいない」ことの象徴として使用され、本作でもレコードが回るところから始まり、夜の砂漠を車でぐるぐる回るシーン、掃除をしている最中にテレビに映るディズニーの短編アニメーション映画「骸骨の踊り(1929)」でも4体の骸骨が手を握って円を回るように踊っているなど数多くのモチーフが登場する。さらには、カメラが登場人物をぐるっと回って映すところも該当するだろう。この1950年代の同じことの繰り返しのような生活が続いていくのを感じ取ることができる。

それから、コーヒーを淹れ、朝食を作るという短いカットの組み合わせのシーンも本作に複数回登場する。これはドラッグ中毒の悲劇を描いた「レクイエム・フォー・ドリーム(2000)」に同様のシーンがあるので、その影響かと感じる。この「レクイエム・フォー・ドリーム(2000)」の主人公の1人であるエレン・バースティンが演じた女性は、一人で家にいてテレビを見ているばかりで、視聴者参加型の番組の出演抽選に当選したと思い込み、テレビ局にいつ出演なのかを確認しに行くシーンがあった。そこで頭のおかしな人だと思われ、彼女は精神病院に入院することになり、電気ショック療法によって正気を失うという結末を迎えた。本作も頭がおかしいと思われたアリスが病院に連れて行かれ手術を受けるという場面があったので、この作品からの影響も感じられる。

また、「12モンキーズ(1995)」のサントラでも使用された「Sleepwalk」という曲が、アリスがラップを顔にぐるぐる巻きにするちょっと前に流れる。「12モンキーズ(1995)」の中で出てくる憧れの旅行先である南国のCMの音楽として使用されていた。本作のカリフォルニアも皆の憧れの場所であり、そこで成功することを夢見ているという設定である。

終盤にかけて、赤い服を着た男たちに捕まったアリスは病院らしき場所に運ばれて手足を拘束されて手術を受けることになる。すると、場面は現代に切り替わり、手術を終えたアリスが病院から家に帰る場面へ移行する。ここから事態の全容が明らかになっていく。現代の世界では、アリスは外科医として長時間働き、家では夫のジャックが待っている。この1950年代の世界と現代の世界が逆転しており、あれほどアリスは夫に尽くして食事も掃除も完璧にこなしていたのに、現代の世界では夫のジャックは一日中家に居ながら食事は作っていないし、部屋は散らかっている。長時間の勤務から帰ってきた妻を求めてもまた6時間もしたら出勤だからと断られてしまう。ジャックは妻が長時間労働をし、帰宅してもまともな結婚生活を送れないことに不満を感じて、怪しげな実験に参加することとしたのだろう。

事態に気付いたアリスに対して、バニーは「すべてわかっている」と言って、アリスに逃げるように促す。1950年代の世界にいながら事情をすべて理解しているキャラクターを演じているのが監督本人であることも意図的なキャスティングだろう。こういったキャスティングはシャマランっぽい(「オールド(2021)」におけるシャマランもそんな感じだった)。さらに、この事態の全容を知るバニーは、アリスに味方して行動するのではなく、逃げることをただ言うだけである。バニーには子供がて、夫の稼ぎに頼らざるを得ない生活をやめることができないからだろう。また同時にこの1950年代当時の世界で戦っても意味がないからだろう。だからこそ、本作ではアリスはフランクと最終的には直接対峙することはない。だからと言ってフランクの妻が彼を殺す展開はやや突飛には映った。

妻が長時間労働で夫の相手をしてくれない世界に辟易したジャックが求めたのが1950年代のアメリカの姿なのだろう。夫が仕事へ行き、妻が家事をするという役割分担のある世界。この世界には独身の男女は登場せず、皆が結婚している。妻は家事をしながらも、妻は買い物へ行き、ダンスに通い、友達と談笑する。それが当時の多くの人にとっての当たり前であり、幸せであった。

そんな当たり前を否定して「おかしい」と声を上げ続けると、ついに医師から薬を出すと言われるが、アリスはそれを拒否する。「マトリックス(1999)」で青い薬を飲めば話は終わり、赤い薬を飲めば不思議の国に留まることができるという場面があったことを思い出す。

アリスやマーガレットのようなこの世界を「おかしい」と言う人間は「赤い」服を着た男たちに捕まることになる。アメリカの共和党のイメージカラーは赤色である。まさにこの映画における男たちの理想とする世界は1950年代のこうあるべきというアメリカの姿。1950年代と言えば、アメリカは共和党のドワイト・アイゼンハワー大統領の時代であった(1953-1961)。だからこそ、その世界で異議を唱える者は「赤い」服を着た男たちに捕まる。また、当時はマッカーシズムが吹き荒れ、アメリカ国内から共産主義者を徹底的に排除する運動だった赤狩りに代表される全体主義の時代でもあった。おかしいと思ってもおかしいとは言えなかったのだ。

それから何度か地震のような突発的な揺れが何度かある。おそらく核実験か何かだろう。明らかに怪しい何かだが、みんなが何事もなかったかのように過ごしている。たとえ何かを取り繕った世の中でも「おかしい」と言える手がかりはどこにでも転がっている。

もう1950年代の古き良きあの時代には戻れない。貧富の差もそれほどない、みんなが同じような所得で同じような生活をしていたあの頃。アリスはそこで生きることを捨てて、おかしいと思うことはおかしいと言える時代に戻ってきた。それが彼女にとって幸せなのかは分からない。外科医として長時間の手術を終えて帰宅しても6時間後には再び病院での勤務が待っている。

ラストでは、まるで息を止めていたアリスが大きく息を吸うような音で終わる。おそらく現代の世界で目を覚ましたことが示唆されるのだが、エンドクレジットが流れる間に背景に流れる映像はどうもまだ目覚めていないことを示唆しているようでもあった。アリスがどっちの世界に居ても決して幸せとは言えないからこそこういうエンディングなのか。

やはり、ここで映画が終わるべきだったのかは疑問に感じるポイントである。アリスは、激務の外科医として働きながら家には働かない夫がいる現実世界と、ハリーによって連れて来られた1950年代の夫婦の役割分担が明確だった世界の2つを経験した。そんな彼女が現実世界に戻って来てどう行動をとるのかは興味深いところである。「この後どうなったかは観客の皆さんで考えてください」と言わんばかりではあるが、監督や脚本家はどう思っているのかは知りたいところである。現実世界に戻ってくること自体が目的ではないだろう。現実世界の描かれ方も極端なので、ちょうどいい世界はないものかと思うものだが、どの世界だって、どの時代だって、すべての人々が幸せに暮らせるわけではない。だからこそこのような結末になったのかとも推察するが、ラストにやや物足りなさを感じたのも事実である。

かつての映画や小説から連想する場面や設定がたくさんあることから、オリヴィア・ワイルド監督も相当なシネフィルなのだろう。こういった連想は映画ファン受けするところだと思うので、また次回作でどのような引出しを見せてくれるのかは楽しみである。




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映像特典

├メイキング

├未公開シーン:アリスの悪夢