昨日7月27日のネットニュースにこんなのが出ていた。
富士山をぐるっとダブルレインボーが囲む絵。
2022年7月3日4時30分。
実はわたしもみたことがあるのだ。
同じ光景を。
2年前の9月。重陽の節句(くくりの日)のころ。
鹿の親子に遭遇。
そして湖畔に出たら、なんと、富士山が半分顔を覗かせた。
しかも、横に虹を連れて。
よく見たら、ダブルレインボーだ!!
なんか、すごい光景見ちゃったな、富士山と虹。
しかも富士山にかかってた雲がどこかに吸い込まれていったよ。
夏の富士は赤い(らしい)。
銀の龍?
なんと感動的。
君が代歌っていたら、だんだん虹が伸び始めた。
そろそろ戻らねば6時に間に合わない、と思ったが、
怒られるのは覚悟で見つめ続ける。
もう少し!!
以前の記事(そして、くくりの日。 〜富士山へ)に、
スズなんじゃないのか、煤。狼煙。
完成!!!
時刻を見たら5:55。
って感じで。
いったいあれはなんだったんだろ。
あのときと同じことは、今年のその頃またしても大ケガしてることか。
いちおう、もう恐ろしいほどのアザは消したけど、昨日傷んでなんのサイン?って思ってたところだった。
今思い出すのは、「富士吉田浅間神社の火祭」だ。
8月の終わりに行われるあの祭り。
真っ赤な富士山を乗せた神輿を道路に叩きつける。
そして、あの祭りは浅間神社よりも古い、境内にある、諏訪神社で行われる。
山中湖のあのあたりは、どこもかしこも諏訪神社があった。
まるで、狼煙の見張り台のように。
あそこも、狼煙はスズ。
なんか閃いたよ(妄想)。
あの火祭りの最後に諏訪神社の前で、ススキの穂をもってぐるぐる境内を回る意味。
ススキもスズじゃん?
毎年8月26日、27日に行われる「鎮火大祭」は、「吉田の火祭り」と呼ばれ、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社の秋祭りです。
26日午後、本殿祭、諏訪神社祭が催行され、大神輿、御影は参拝者で賑わう氏子中に神幸。暮れ方に御旅所に奉安されると、時同じくして、高さ3メートルの筍形に結い上げられた大松明70余本、家毎に井桁に積まれた松明に一斉に点火されると、街中は火の海と化し、祭りは深夜まで賑わう。
27日午後、二基の神輿は氏子中を渡御し夕闇迫る頃、浅間神社に還御する。氏子崇敬者が「すすきの玉串」を持ち、二基の神輿のあとに従って高天原を廻ると祭りは最高潮に達する。27日を「すすき祭り」とも称する。
わたしが印象に残ったのは、真っ赤な富士山が神輿に乗ってて、それを地面に叩きつけるという、不思議な神輿渡御の光景(日中)と、夜祭りの終わりに、諏訪社の前にススキを持って人々が渦を作っていた(これが高天原を廻るということみたい)こと。
今は、うずを巻く、ということの意味もなんとなくわかる。
神あがり。
なんか、競馬場とか、競輪場とか、そういうのが刑場のそばにあったりは偶然じゃないんだって。
ススキが意味するものが何か、いまだにわたしはわからない。
たぶん月見の時にススキを供えるのとか、和歌山発祥の名前という「スズキ」とか、「鈴」とか何かの意味があるんだろうけれども。
まあ、そのうちわかるんだろう。
とにかく不思議な祭りであった。
鈴木といえば、熊野の名前だしね。珠洲と表と裏の関係でありそうな、熊野。
そろそろ諏訪くるかもね、諏訪。
このところ思い出さされ続けている諏訪神社(洗脳と日本人 〜 ひみつと、ひふみと、諏訪の神・牛頭天王と、馬頭観音 〜夏至直前・祇園祭に出るものは 鶴と亀?)。
諏訪の神、建御名方神(タケミナカタ)は、武甕槌神(タケミカヅチ)
と戦って負け、「シナノ」の「スワ」まで追い詰められたところで、
この場所(シナノのスワ)から出ない、ってことと
大国主(オオクニヌシ)&事代主(コトシロヌシ)の出雲コンビに背かないことと、
葦原中国を天津神に譲る、
って3つの約束した、ってことになっている
とある。
しかも、
武甕槌(タケミカヅチ)って、雷の神様ってことになっているらしいけど、
そもそもイナヅマって、稲のそばにいる守り神なんだってさ。
「甕(ミカ)」っていう言葉から想像するに、茨城の「甕星香香背男(ミカボシカカセオ)」(カカが呼んでいる(続)〜大甕神社の星神と、最強の機織神・常陸の先に諏訪がある!?)を思い出すじゃん。
で、今過去記事見て思い出した。
はっきり書いてあるじゃん。しかもタイトルに。
いいの?
せっかく「豊かさ」のためにおしずまりいただいた神様だしちゃって。
そのための、コロナ自粛のレッスンだったと思うけど。
今の世の豊かさって、不要不急なことなんだっていうことが、
わたしにとってのコロナの一番の学びだったけどね。
(関連記事)
牛頭天王と、馬頭観音 〜夏至直前・祇園祭に出るものは 鶴と亀?