荒神とアフリ 〜熊野・沖縄・大山・大三島・そして、白山? | かんながら

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旅の記録です

元旦に地元の神社に行ったら、社務所が閉まっていた。
なので午後もう一度行った。
 
お札は荒神札も置いてあった。
 
「荒神札はどういう意味があるんですか」
 
もちろん、三宝荒神は知っているし、出雲の龍蛇神の札も、ヒヌカン(火の神)のことも知っている。
でも東京で見るのは初めてだし、このタイプのお札はいただいたことがなかった。
だから聞いた。
 
「火除けのお札なので台所に貼ってください」
「あの、この赤、青、白の御幣が示すものとか、この神様について知りたいんです」
「わかりません」
「え?」
「宮司さんは」
「いません」
「あらためてお電話したら聞けますか」
「してもわからないです」
 
この方も色付きの袴をお召しになられているから学生さんのアルバイトってわけではないであろう。
「どこの神社にも必ずあるものですから」
「そうですか?今までの氏神様にはなかったですし、神宮でも見たことなかったです」
「あるはずです」
「・・・。しまってあったのかもしれませんね。」
 
伊勢平氏おじさんとの会話くらい、まったく噛み合わないやり取りしかできない。
 
 
 
「あそこに、火を焚く場所があったでしょう、あそこで焚いてね、煙にして天に上げてあげるの。赤い龍は夫、青い龍は妻、白い龍は側室で、ノロ(神女)」って、今帰仁(なきじん)の不思議おじさんに教わった、赤い龍、青い龍、白い龍の話(安曇の庭から琉球へ 〜瓢箪から駒は出るか?!その1 天上界の神様)がやっぱり、今気になっている。
 
順番も一緒だし。
お連れして、お祀りすることにしよう。
それからわかることもあるだろう。
 
 
2日。
明治神宮の参拝客は、例年より少なめ。
 

 

 

 

せっかくきたから教会にも行ってみよう。

昨日(1月1日)は「神の母聖マリアの祝日」だった。

ミサには出なかったけど。

 

 

マリア様、キリストはなかなか生まれません。

 

 

 

 
いえ、イエスは生まれてるけど、キリストになれません。
前へ進めない原因を探すんです。
 
 
家族の反対とか、コロナとか。
結局、悪者探しというか、原因さがしの迷路から逃れられないみたいです。
 
 
原因を外に見つけても、出口のない迷路。
次々に自分の意思を妨げるものはやってくる。
結局自分なのに。
 
 
自分が問題を受け入れた時にしか、それを乗り越える知恵はわいてこない。
解決しようと決めたときにだけ、道は示される。
 
 

 

きれいな水には魚は住まないっていうけど、イスカリオテのユダ(イエスを銀貨30枚で売った裏切り者と言われる)がいたから、イエス様はキリストになったんだと思う。

 

 

このところしつこく描いてるように思うけど、(2週連続の沖縄 〜 駒が回り始めた!? その1 聖地の本質)善も、悪も、その逆がなければ存在しない。

 

 

 

 

代々木の街。

人間が住う街。

 

 

陸軍代々木練兵場(代々木公園)閲兵(えっぺい)式の松。

 

ここに天皇陛下が来られて閲兵式があった。

こんなブログを発見。

 

 

 

代々木のこの地は、陸軍ゆかりの場所。

 

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そして、伊勢原 雨降(あふり)山 大山寺 へ続く場所。

 

大山阿夫利神社の御祭神は大山祇。大山祇命を祀る神社は、瀬戸内海の大三島にある。

全国の三島神社、大山祇神社の総本社。その大山祇神社は海軍の崇敬厚く、日本総鎮守。

 

 

雪の祝福〜大山阿夫利神社と、百年祭のしめくくりは、大山阿夫利神社へ 〜新しいいのちの循環へ

と昨年2度上がることになったけど、縁がなくてまだいけてない大山寺。

 

沖縄の辺戸岬の近くに首里城に新年に使う「わか水」を取りに来るという「アフリガー」を与那原のフキさんが偶然くれた資料で知ったし(このお水取り行事は福井の神宮寺の水を、東大寺の修二会に送るというのになんかかぶる)、なぜか持参した「大山の水」を安須森の天上界に奉納することになったから、これから何かがわかるような気がする。

 

 

しかも、大山にはもともと「白山信仰」が存在していたという。

わたしをあのリアル玄武(北の守り)の玄武洞に連れて行ったのは、他ならぬ「白山」のサルタヒコである。

 

 

 
さて、この先に何が見えてくるのか。