今日は、明治天皇祭。
鎮座100周年の節目の年の大事な祭り。
明治とは、日、月で治めると書く。
「海ゆかば」
かへりみはせじ
(
春に山辺の道を歩いた時も(卑弥呼の時代の豊かな営み 〜その3 石上から山の辺の道、そして聖徳太子の通った道にあったもの)この歌はこだまし続けた。
福井から奈良への旅の本当の目的は、漢方の学びのために川口由一さんを訪ねることだった。
そして彼の畑の下に眠っていた卑弥呼の宮殿と呼ばれる纒向遺跡、そして今彼の畑のある天理 柳本地区の黒塚こふん、そして縁があるはずなのに、前回はどうしても調わず参ることができなかった大和神社を訪れることができた。
そしてやはりずっとこの歌がこだまし続けている。
わたしは軍歌みたいなこの歌が苦手であった。
でも、東郷神社の崇敬者の集まりで、この歌を歌われた時、「慰められた」と感じたのである。
この歌は、今を生きる人の、平和への決意の歌なのだと、感じたから。
ある自衛隊OBの方は、
「戦争を止めることは、その恐ろしさを知っているものにしかできない。」
と言っておられた。
日本武尊(ヤマトタケ)も「日本の国の真の歴史ならびに天成(あまなり)の道を子々孫々にのこすべし」と景行天皇に申し述べられたという。
私たちは、多くの人たちの尊い犠牲の上に生きている。
それを忘れてはならないのである。
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