こんにちは、安藤ひさこです。
昨日は娘の学童の面談でした。
夫が在宅ワークになり、お休みする日も増えました。
4年生になって同じ学校からの同学年の子がいなくなりましたが、他校のお友達と楽しく遊んでいるようです。
学童の先生方が娘の気持ちをよく見ていてくださり、すごくありがたい。
高学年になったことで、色々イベントの企画や運営のことにも拘わらせてもらえるようで楽しいようです。
本当に先生方には感謝です。
さて、姉と私で交代に通い、とにかく食べてもらえるようあれこれやています。
ちょっと痛みや気になることがあると「食べるのをやめた」「飲むのやめた」となってしまう。
気持ちが落ちると、
「なんでこんなことになったんだろう・・・
バチが当たったんだわ・・・」
という言葉を何度も言う。
この言葉をきくと悲しくなりますね。
黙って聞き流したり、「そんなことないと思うよ~」ってサラッと言ってみたり、色々です。
母にとって良くないことが起きたときは、きっとこの
「バチがあたった」
という言葉で自分の心と折り合いをつけて、踏ん張ってきたんだろうなーと思います。
今の時代、あまり使われない言葉かもしれませんが、きっと母が幼少の頃はよく言われていたのかもしれません。
母は実母が近いところにいながら、養女に出されていたり、父のことでも傷ついています。
母は何一つ悪いことはしていないのだけどね。
そうなってしまった自分の人生を理解する言葉が「バチがあたった」になっているのです。
そんな母には今、姉にも私にも愛されていることを受け入れてくれたらいいなーと思っています。
母の介護はそんなところが目標なのかもしれません。
母は受け取り下手なので、拒否するのが上手です^^(笑)
でもきっと姉も私もめげないかもなー(笑)
姉との関係も葛藤をいっぱい抱えてきました。
心のことを学んで距離を開けてみたり、もうこのまま決別でいいと思ったり、祈ることをしたり、私自身を癒したり。
それが功を奏したのか、母のことで何年かぶりに出会って、新しい出会いの時、新しい関わりの時を貰うことができました。
本当に信じられない展開です。
交換ノートを書いていますが、姉の文字を見たのは何十年ぶりだろうか・・・と思います。
その姉の文字を見たときに、私の胸の中の黒く大きな硬い石の塊がスーッと溶けてしまった感じがしました。
人と人との関係はわからないものですね。
少し話がそれてしまいました。
母の「バチが当たったんだわ」という言葉をきくにつれ、
自分の心と折り合いをつける言葉や選択が、自分にも優しいものであったらいいなーって感じます。
自分を責める言葉で折り合いも付けれたり、落としどころになるときもあるけれど、それがいつもだと自分がつらい。
例えば何かあっても、
後から、ごめんねが言えたらいいし、
次の時に何か違うことができてもいいし、
振り返って気づくことがあるだけでもいいし、
まあいいかがあってもいい。
自分のこともねぎらってあげられるような折り合いの付け方も持っていていいんじゃないかな。
自分に厳しくすることが原動力になることはあるんだけどね。
自分に優しくすることも原動力になるんだよね。
それを選んでもいいよって母を見ていて思うのです。
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