昨晩は長男夫婦に孫、三男と彼女さんも来てくれ、にぎやかな晩御飯。
ご飯のあとは街コロをしたね。
お風呂にも入って、ご機嫌さんでした💕
さて
私が本気で自分に向き合うきっかけを作ってくれたのは今8歳の娘が生まれたこと。
中学高校の頃から生きづらさは抱えていました。
・私は変かもしれない。
・私だけがおかしいんじゃないか。
・どうあるのが普通の生き方なんだろう。
・まともな人はこんなときどうしたんだろう?
フッとそんなことを感じることもありました。
『自分はまともじゃないんだ』
どこかでそんな風に思ってた。
社会に出て、自分がものすごく狭い考え方しか知らなかったことも思い知らされた。
問題に直面するたびに、考えが及ばない自分の未熟さに不安や怖さが募った。
それを解消するために過食嘔吐を繰り返す。
よく生きていたなぁ。
今振り返ると怖くなるときもあります。
理不尽な家族の中で育つと、
子どもらしくある自然な感情、自然なふるまいが許されない。
感じること、考えることが奪われる。
そんなこともある。
多かれ少なかれ誰しもが、親の価値観やその地域では当たり前な考え、その時代の価値観みたいなものは引き継いでいる。
でもそれがあまりに狭く窮屈、理不尽なものであると、いつの間にかそこで生き延びるためだけのことしか考えられなくなる。
本来はそういう制約や理不尽さに適切に反抗したりして、自分の考えを作って大人になるんだけど、
それすらできない(できないと信じて疑わない)と思っていると、大人になっても子どもの頃の人生を生きてしまって苦しくなる。
それを手放すには、そこで味わった年月と同じくらいの年月は必要なのかもしれない。
自分は幸せになっていい。
自分のことを考えていい。
自分が考えたことをしてもいい。
そこに気づいて、ゆっくりでいいから
自分の人生を取り戻していったらいいと思う。
えっ、なんで?そんなことで?
他人から見るとびっくりするようなことでも、生きづらさを抱えている人にとってはそうとしか思えない現実がある。
それがその人が生きてきた中でつかんできた現実のとらえかた。
生きづらさから離れたいのに、生きづらさを選んでしまうかのような物事のとらえかた。
そこから離れていくには、安心感のなかでゆっくり、少しずつ色々な価値観にふれること。
こうやってもいいんだ。
こんな考えもあるんだ。
そうやって色々な価値観にふれながら、
自分は本当はどうしたいのか?
に目を向けられる勇気を育んでいくことが必要なんだと思う。
その歩みは焦ることなくゆっくりと。
生きづらさをある日突然ゼロにすることはできないんだけどね。
とらえかたを変える。
選択肢を増やす。
今ここでやれることに意識をむける。
地味だけど一個ずつ、自分にもできたをつかむ。
それが根拠になって、自分を勇気づけてくれる。
それを信じる。
少しずつ自分の心の器を広く強くする。
そうすれば一つのことでいっぱいいっぱいだった心が楽になるから。
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私の願い。「私は大地のごとくありたい。」
大地のごとくあらゆる存在の力を育み、その可能性を信じ続ける。
あらゆる存在が輝く「縁」として働くことのできる私である。





