バリアフリーマップをつくる旅 -34ページ目
駅からつながる長い通路を抜けると、高く透き通った空の青と眩いばかりのレンガの赤。

絶妙なコントラストのもてなしでガーデンプレイスは迎えてくれた。

完璧なまでの爽快感。でもそれは2秒と持続しなかった。
  バリアフリーマップをつくる旅
時刻は13:30。お腹が空きすぎているのだ。


最初に目に入ったレストランをロックオン。

入口のスロープを上ろうとする。と、

「ん?何かおかしい」

スロープの途中で車椅子が止まってしまう。

斜度はせいぜい5°。やや急ではあるが上れない傾斜ではない。

見ると前輪がレンガの凹凸につっかえている。

初めての体験だ。新鮮ささえ感じる。そして新しい公式が生まれる。



 上り坂 + レンガの凹凸 = キャスターが引っ掛かって非常に上りづらい


悪くない。何よりシンプルで分かりやすいのがいい。

そう遠くない日に車椅子界の新説として定着するかもしれない。


  バリアフリーマップをつくる旅 何とか入店。注文したジンギスカンのランチと

エビスビールが運ばれてくる。

さっそくビールをゴクリ。体内で分泌する

至福物質が一気に許容値を超えた。

しかもここは聖地。たとえ平日の真っ昼間から

ビールを飲んでいたとしてもいささかの罪悪感を

持つ必要などない。いや、むしろここでビールを飲まないことのほうが反社会的行為にさえ思える。


至福な時に未練が残りつつも、適当に切り上げ調査に入る。

三越からエビスビール記念館、タワー側に渡り地下駐車場から階を上りつつチェックポイントをつぶしてゆく。

そう、ここは勝手を知っている場所。車椅子になってからだって何度も来ている。

しかも天気まで味方してくれて、怖いほど順調に調査終了。

こんな日和が次にもあらんことを願う。
ミッドタウンの調査を終え、六本木ヒルズに到着。

遠かった。六本木の交差点をわたって、普通に六本木通りを渋谷方面に漕ぎ進んできた。

地下鉄で同じ駅名なのに、大江戸線から日比谷線へは地上を移動しないと乗り換えられないなんて。

天気に恵まれたから何とか走破できたと思う。

もう二度と通ることはないだろう。

実はこの後も大江戸線に乗っての移動なのだが・・・。


ヒルズ内を調査。通路の勾配、店舗入り口の段差、エレベータでの導線、トイレの設置位置と内部の設備・配置・・・。

日比谷線の駅を調査。ヒルズから改札までの経路、改札からホームへのアクセス、ホームと車両との隙間と段差・・・。

少しずつ手際よくなってきた。

さて、ここで二者択一の問題です。

この後、大江戸線に乗るために麻布十番へ行くべきか、それとも日比谷線に乗ってどこかで乗り換えるべきか。



地形的にヒルズから麻布十番は基本下り坂だ。

しかし距離はミッドタウン→ヒルズの2倍はある。

リスクは大きい。

アドバイスをもらうべく日比谷線の駅員に聞いてみる ― よくわからないと言葉を濁される。

ヒルズのインフォメーションブースにいる案内係に聞いてみる ― よくわからないと言葉を濁される。

無理もない。健常な生活を営んでいる市民に、車椅子目線の質問を浴びせることのほうがナンセンスというものだ。 

しかし・・・、

結論はすでに出ているはずだ。

駅員でも案内係でも或いは別の誰かでもいいから止めてほしかっただけだ。

もうこれ以上先延ばししてもしょーがない。



麻布十番に行かなければならないのだ。500%の確信をもって。

もし今、個人的な用事でここにいるならば間違いなく麻布十番なんかには行かない。

リスクが大きすぎる。坂は一度下ったら登るのは5000倍も大変なのが車椅子なのだ。

でも、今ここにいるのはバリアフリーマップを作るためだ。

日比谷線の駅員にもヒルズの案内係にも分からないことを明らかにすることが目的なのだ。


0.5%の自信とともにケヤキ坂を下る。

問題ない。

5%に増した自信とともにゲートタワーのTSUTAYA前の合流を超える。

問題ない。

歩道の横傾斜がきつくなってきたので六本木高校前の路地に進路を変更する。

あ、ここ知っている。
  バリアフリーマップをつくる旅



TVのお散歩番組とかで何度も観たことがある。

たしか有名なたい焼き屋とか焼き鳥屋がある

商店街だ。

さらに見通すかぎり一の橋方面にかけては

ほぼ平坦だ。

  バリアフリーマップをつくる旅



安堵したとたん、麻布十番商店街の気になる

店を冷やかしながら進む余裕が出てきた。

途中で本日の戦利品も調達。

一の橋の交差点に出て麻布十番の駅が見えた。


大江戸線六本木駅へ行くことを考えると、こちらのほうが断然楽だ。

不安のなか車椅子を漕ぐという心因性の疲労を加算しても、50%くらいの労力だったと思う。

ただ、移動距離は短くはないので、天候によってはオススメできません。

悪しからず。

北千住駅西口。

23区内なのにここまで来ると地方都市臭が漂っている。

バスターミナルを覆うように架けられた駅ビルからつながるデッキ。

百貨店の入口と地上に降りるための2台のエレベータへと続く。

車椅子にとっては天国的インフラのひとつだ。


調査終了時刻は1時過ぎ。昼にしよう。

旨そうな定食屋がないかとデッキの上から360°サーチする。と、なんだかディープな趣のある1本の通りが

手招きしていた。

半ば操られるようにエレベータに乗り込むとゴンドラは奈落の底を目指してまっすぐ落ちて行った。


その飲み屋街は南に200mほど伸びていた。途中いくつか横道があったが段差なんかが店の前にあったので

脇には逸れず、終点まで行って折り返してくる。

何軒か大衆居酒屋が営業していたが、定食とか丼ぶりのようなランチメニューがなかった。

まだ日が高いというのに、すでに本気メニューでの営業のようだ。

吉田類がクローリングしていても全くおかしくない。

意を決していちばん客が入っている店に足を踏み入れる。

15人ばかりの客の構成は半数が常連、半数がサラリーマンか一見客(風ないでたち)。
  バリアフリーマップをつくる旅


本日の献立は電気ブランのソーダ割り、レバ刺、

もつ煮。

相席の向かいに座るご常連と取り留めの

ない話をしながら、電気ブランをすすると何だか

現実味が失せてゆく。

ご常連が店員を呼び止め、空いたグラスを指してリピート注文。「ここは焼き鳥が旨ぇんだよ」と教えてくれる。

先行している場所から早くこっちへ来いと呼んでいる風にも聞こえる。

生ぬるく淀んだ午後の空気のなか、もうここで墜ちてしまってもいいかという衝動を抑え「先を急ぐので」と

辞し、グラスに残った電気ブランを飲み干す。

そうマップ作りはまだ始まったばかり。

次の街を目指すため、再び駅の改札をくぐるのだ。そしてそのためにまずはあの車椅子天国のデッキへと

上がらなくてはならない。

滑車が巻きあげる蜘蛛の糸にぶら下がっているゴンドラに乗って。