バリアフリーマップをつくる旅 -25ページ目
「今夜、時間をとれないですか?」

ケータイの相手は、今回のバリアフリーマップ作りのための調査の依頼主で昔からの仕事仲間でもあるJだっだ。

夕方、行きつけの店で落ち合うことにした。


ビールを一口飲んでからJは切り出した。
  バリアフリーマップをつくる旅
「大事な話があるんですが・・・」

急に大きな仕事が入り、バリアフリーマップの

WEBサイトの制作に予定していた彼の会社の

スタッフを確保できなくなったことをJは告げてきた。

「では、バリアフリーマップはしばらくペンディング

ですか?」

「開設は遅れさせたくないんです。調査も順調にすすめてもらってるし、コンテンツを無駄にはできませんので・・・」

「どうするんですか?」

Jはグラスの中の透明な液体を見つめている。その中に写し出された答えを読み取ろうとしているようにも見える。

「調査とあわせてWEBサイトの制作もお願いしたいと思っているのですが・・・」

「・・・」

今度はこちらが答えを探す側になった。でもビールグラスの中に答えが写ってなんかいない。気泡が浮いては

消える以外に何の変化も起こらなかった。

「わかりませんね。デザイナーもプログラマーもなしでどうするんですか?外注ですか?」

「いや、知っての通り外注を使う余裕などとてもない現状です。その上で可能な限りの制作をお願いできないかと・・・」

Jは制作というものを熟知しているし、こちらの未熟なスキルレベルも把握している。

「可能な限りって・・・、仮にどんなにいいコンテンツがあったとしても、見せ方とか使い勝手の悪いホームページなんて

ヒドイ代物じゃないですか」

「・・・」

今度の沈黙に重みはなかった。こちらの言い分などハナから承知している。

「いつも無理を言ってすまないと思ってます。できるサポートは最大限します」


人には2つのタイプがある。つまり無理を言えるタイプと無理を受け入れてしまうタイプだ。

Jはビールを飲み干すと「ハァー」と軽い息をついてから言った。

「また借りを作ってしまいました。債務残高が膨らむ一方です」

どこかで聞いたセリフだった。


とんだハロウィンの貰い物だ。

どうやらバリアフリーマップ作りの旅はまだまだ続きそうです。

おまけにデスクワークまでも・・・。

でも、貰ったのは果たして、トリートなのか?それともトリックなのか?
新宿高層ビル群、西の外れにそびえるやたら凝った造りの塔。

おなじみの外観に反し、まぁ訪れる機会はない都庁。

都民にとって、住民票とか日常の手続きはほぼ区役所で行われる。


  バリアフリーマップをつくる旅 広い吹き抜けのエントランス、まず案内板をチェック。

展望台は無料らしいので後で登ってみることにしよう。

他には、書店、コンビニ、運転免許センター・・・。

特に興味をそそられるものはない。


エントランスを後にし、流しながら庁舎内を物色。

第1庁舎2Fのエレベータ前で何かが目に入った。

二度見するため車椅子をスピンターン、フロアリストに「32F 職員食堂」の表示が。

時刻は12:15。

昼食を食べてもいいだろう。


職員以外は立ち入り禁止かもしれないが、興味のほうが勝ったので、とりあえず満員のエレベータに乗ってみる。

32Fにつくと全員が降りる。

彼らの後を追っていくと、長い廊下の真ん中あたりに食堂の入口。

中を覗いてみると、かなり広い。そして混んでる。

給茶機のところで茶碗を補充していた職員のおじさんに聞いてみると誰でも利用してよいとのことだ。


入口に戻り、陳列されているサンプルをチェック。

うどん、そば、ラーメン、チャーハン、カレーライス、寿司、丼ぶり、定食・・・、何でも揃っている。

子供のころ家族で行ったデパートのレストランみたいだ。しかも大半は1コイン以下。


  バリアフリーマップをつくる旅 迷うこと1分、リッチにステーキ定食(¥660)を発注。

学食で使っていたような緑色のトレー、その上に

給されたのは、野菜たっぷり栄養バランスの

よさそうな定食だ。

赤ワインソースのステーキ、少し冷めかけでは

あるが味は悪くない。

これが¥1,000するランチだとしたら不満だが、この値段であれば申し分ない。

込み合った食堂、相席だったので、さくっと食べ終え、さくっと後にする。

さて、展望台のカフェでゆっくりお茶を飲むことにしよう。


45Fにある展望台へ向かうエレベータの中、耳抜きしながら思ったことは、

「都民サービス向上のために勤しむ職員諸君、君たちの栄養バランスに関しては一切心配無用なようだな」

ということだった。
週末の午後、秋の乾いた日差し、駅から真っ直ぐに伸びる開放感あふれる空中通路。

京王線の改札を出て目にした光景、かつての面影とはどうやっても重ならない。

記憶の中、あのダーティーな路地。新聞・赤ペン・ワンカップ・モツ煮、気怠く静かにくすぶる射幸心がそこかしこに・・・。

どうデフォルメしようとも賭博場の空気に満たされていた東京競馬場は、5年前の改修により大人のお洒落な遊び場に

変貌を遂げていた。


入場して迎える広い吹き抜けのロビーは高級ホテルさながら。

和・洋・中、何を食べようか決めるのも大変なレストランの数々、その中には「オークラ」の看板までもが。
  バリアフリーマップをつくる旅
お昼もこれからなので、じっくり検分。

今回はイタリアンのトラッドリアへ。

運ばれてきたピラフ、クオリティーは

代官山あたりのカフェと変わらない。

もう、自分がどこへ連れてこられたのか

分からなくなりそうだ。


しかし、ここで時間を費やしていてはいられない。

競馬観戦を兼ねたバリアフリー調査、レースの数も限られてる。

ビールを一気に飲み干し、いざパドックへ。

事前のHPチェックで想像して来たものの、やはり車椅子の背丈ではツラい。

人込みに遮られ、馬の様子をしっかり捉えることはできない。

レースも同様だ。ゴール間近の1Fスタンドは人の背中だらけだ。

  バリアフリーマップをつくる旅
ということで、観戦には車椅子席がある4Fスタンドの

ほうが断然適しているようだ。

ここなら、パドックだってターフだってバッチリ

見下ろせる。

ただ・・・、

馬の息遣いや蹄の音が聴こえない。ゴール前の腹に響く振動が伝わらない。

競馬を始めた20歳の春、「パドックでは馬の目を見よ」と教えてくれたのは、故大川慶次郎氏だったか・・・。


これまで生きてきた過程、その中で得られた「いくつかの術」(すべ)。

途中、車椅子になったことで使えなくなった「いくつかの術」。

逆に車椅子で生きるために新たに得ることになった「いくつかの術」。

ここでもまた、競馬観戦の「術」を改めなければならないようだ。


あ、そろそろメインレース。

ということで今回はこの辺で。