バリアフリーマップをつくる旅 -18ページ目
縦横に張り巡らされた銀座の路地、バリアフリー調査には厄介だ。

一本一本潰すには数が半端ない。

そんなんしてたら日が暮れてしまう。

いや、その前に両碗の乳酸が大変なことになってしまう。

洋食屋でしばし、どう攻略すればよいか考えていると、答えはオムライスの最後の一口を食べるところで降りてきた。

勘定を済ませ、早速行動へと移る。


地下鉄銀座駅を走っているのは、銀座線、日比谷線、丸ノ内線の3路線。
  バリアフリーマップをつくる旅
そのうち、かつて有楽町の回で調査済の

丸ノ内線を除外すると、たったの2路線。

その地上への出口のうち、エレベータが

設置されているのは、たったの4箇所。

つまり、車椅子の行動を押さえるには、4箇所の出口を

中心に調査すればよいのだ。

銀座一丁目駅とか東銀座駅とか、銀座にあってTHE銀座駅と名乗ってない野郎どもは、

その時が来たらまた調査すればよい。

我ながら、いい省略法・・・、いや、いい攻略法だ。


エレベータで地上へ出て、周りがどんな風かを確認して、同じエレベータを使って再び地下へ降りる。

モグラ叩きのモグラの気分。

ハンマーが頭上に落ちてこないだけマシだ。

が、そんなことを思いつつ、最後のエレベータ周辺を調査しているとき、そのハンマーは降り下ろされた。


某ブランドショップG(仮名)横に設置されたエレベータ出口、そこに掛けられている地下鉄の看板を写メに収めていると、

Gの店内から黒服に身を包んだイケメン店員が近寄ってくる。
  バリアフリーマップをつくる旅
「申し訳ございませんが、撮影はご遠慮下さい」

「・・・?」

「撮影のほうは・・・」

「あっちの看板を撮ってるんだけど・・・」

感じのいい笑顔を残して黒服は店内に

戻っていった。

しかし、その肩のラインからはまったく信用していないことが見て取れる。

いけ好かない男だ。

某世界的高級ブランドGの銀座店勤務、サラっとした茶髪、感じのいい笑顔、長身で黒服を着こなしている。


帰りの地下鉄に揺られながら黒服の感じのいい笑顔がリフレインする。

実にいけ好かない。

世の中で最も忌み嫌う輩と言ってよい。

ああいう奴に限って、たいていの女心を掴むのに長けているのだ。

もし、泉の中から妖精が出てきて、

「あなたの落としたのは、Gの財布ですか?それともHの財布ですか?」

と聞かれても、

「私が落としたのはノンブランドの財布です」

と答えよう。

「正直者にはGのこの¥60,000の財布を・・・」

と言われても、

「私にはバーゲンで買った¥5,000のもの以外に持つべき財布などございません」

と固辞してやる。

どうだ、参ったか?黒服。
数寄屋橋を背に三越の角を左へ曲がれば日本橋方面。

ヴィトン、シャネル、カルティエ、ブルガリが四つ角を囲む二丁目の交差点がある。

反対に右へ曲がると新橋方面。

ユニクロ、H&M、ZARAが軒を連ねる。


  バリアフリーマップをつくる旅 かつて銀座を象徴するものといえばデパート。

そのあとはブランドショップ。

最近ではファストファッション。


昔から銀座はお洒落文化のフラッグシップ的な街。

それは間違いない。

だけどそれが銀座の全てではない。


これまでけっこうな数、街を見てきた。

でも銀座の街ほど難しい街はない。

街の捉え方にしても、バリアフリーの調査対象としても。


碁盤の目のように張り巡らされた路地。

小さな路面店の一軒一軒。

無数に並ぶ雑居ビルの一室一室。

むしろそんな小さなものの集合体が銀座のような気がする。


  バリアフリーマップをつくる旅 例えばこんな店もそうだ。

洋食の元祖。

小さな路面店の一軒。

明治28年創業、オムライスもポークカツレツも

ここが日本初らしい。

もちろん、味は申し分ない。


だからと言って・・・。

現実を考えれば、この規模の店をバリアフリーマップに載せることはできない。

そんなのはTokyo Walkerに任せるべきだ。

けど、これほど魅力のあるお店は何処にでもあるというわけでもない。

うーむ、難しい街、銀座。




オマケ

  バリアフリーマップをつくる旅
とあるイベント会場で捕獲した

本日のゆるカワ

霞が関から来たのかな?

お隣の大国に何かひと言・・・。


埼玉県西部の街、所沢。

大きな公園の一角に所沢航空発祥記念館は建つ。

かつてここは日本初の飛行場だった場所。


天気の良い週末、家族連れで賑わう博物館。
  バリアフリーマップをつくる旅
自衛隊のヘリや外国の古いプロペラ機と一緒に

ゼロ戦が展示されている。

このゼロ戦、アメリカから期間限定の出張中で、

なんと現役で飛ばせるらしい。


生で見るゼロ戦、その機体は実に小さく薄っぺらい。

開発された当時、こんなのが世界最強の戦闘機だったなんて・・・。

でも開戦から2年もすると、国力差で他国のイノベーションにはついて行けず、やがて特攻する以外に使う道が

無くなってゆくゼロ戦。


ここで展示されている機体は、太平洋を占領される過程で、南の島の飛行場に置き去りにされたものらしい。

そして70後、母国への里帰りを果たすことになるなんて、なかなか数奇な運命だ。

  バリアフリーマップをつくる旅
ランチタイム、博物館のレストランは子供たちの絶叫

と、それを制そうとする親たちの怒声に満ちている。

こんな環境ではどんな料理が出てきても美味しく

食べられるはずはない。

あきらめて公園内にある音楽ホールのレストランへ。

静かな環境のなかチキンとキノコのソテーにグラスワインでゆっくり食事しながら思ったこと。


いま、いろんな意味でバランスが変わりつつある隣国たちとの関係の中、

あの子供たちの目にゼロ戦はどう映っているのだろうか。