ジョンギブログ 〜スポーツのある人生〜 -2ページ目

ジョンギブログ 〜スポーツのある人生〜

ブログの説明を入力します。

夕方ごろ那珂川の川沿いに屋台が一台また一台と集まってきて、開店準備に取り掛かっている。

 

言わずと知れた、日本有数の歓楽街「中州」。

 

昔、中州は菜の花畑で、菜の花が香る「菜香州」が語源という話が、運転中のラジオから流れてきた。

 

今日の中州は、菜の花のそれではなく、福岡が誇る焼き鳥にラーメン、そしてお酒と恋事の甘い香りを彷彿とさせてくれる。

 

先日とある人生の大先輩方に、中州で45年営業を続けている老舗のピアノバースナックに連れて頂いた。

 

誘って頂いた福岡生まれのご婦人は、20代のころから約40年近くのご常連とのこと。

 

ビルの3階に上がると木目調の重厚な扉が現れて、向こうから流れてくるピアノの音色に、入店前の心が躍った。

 

 

****

 

 

福岡に移り住んで8年目。

 

一念発起して起業した2021年から、たくさんの素敵な出会いと人生の好機に恵まれてきた。

 

自宅からは九州の玄関口博多駅も、素敵な音色を奏でる老舗のピアノバーがある中州も、どちらも歩ける距離だ。

 

文字通り住めば都か、コンパクトシティ福岡。

 

福岡の魅力も奥深さも、まだまだ知らないことばかりだと思った中州での夜だった。

 

世の中に貢献できる仕事をもっともっと作り出して、福岡と九州の魅力ももう少し見つけたいと思いながらGWが始まった。

初めてできた友へ。

幼稚園に入園する前、いつも一緒に遊んでいた家の近くに住むかわいい女の子。

今となっては、名前も顔も思い出せないけど、幼稚園に入園する前は、いつも一緒に遊んで、近所の風船のように育つ植物を一緒に眺めたり、お互い鍵のかかっていない家に行き来したり、いつも一緒やった。

生まれて初めての友達、ありがとう。

 

 

 

同級生の友へ。

なんやかんや一番落ち着く存在の同級生。

お前らのおかげで、楽しいこと、いやなこと、つらいこと、全部一緒に味わえた。

泣き虫であかんたれやったけど、みんなのおかげで自信がついたし、いろんな経験ができたわ。

いつもありがとう。

 

 

友へ。

年が違っても、しばらくぶりに会っても、年の差なんて感じさせずにお付き合いしてくれる先輩たち。

来福の度に誘ってくださる10歳以上離れた大先輩。

話していてもまるで歳の差を感じさせずに、それでも聞く話は勉強になることばかり。

いつも可愛がってくださる先輩たち。

ありがとうございます。

 

 

 

友へ。

一緒に戦った仲間の友へ。

 

電話ありがとう。

お前は声が聞きたかったと言ってくれたけど、俺も声を聴けて嬉しかった。

 

電話で話したやりとり。

これから生きていく意味を、大切な時間を気づかせてくれた。

どんなにきついことも一緒にやってきたな。

どんな時でも、お前のその自信たっぷりの態度を見たら、実はこっちがいつも元気をもらってきたよ。

俺にできることなんて何にもないけど、伝えたいことは俺もお前もたとえどんな状況になっても絶対一人じゃない。

物理的に会えなくても、それぞれしかわからないどんな境遇であっても。

 

もし<希望>があるなら、それを見ながら生きていこう。

おれもそうする。

また会いたい。

一緒に戦ってくれて、ありがとう。

 

 

千里馬クラブ、第30回全国クラブラグビー大会2回戦進出!

次戦は2023年1月22日、福岡県久留米市!

 

 

******

 

 

1993年11月7日。

その日は第一回全国クラブ大会の決勝が行われた日でした。

記念すべき第一回大会の決勝に進出したチームは、茨城県の岩崎電機株式会社を母体とするイワサキクラブと、そしてもう一つのチームが大阪代表の千里馬クラブでした。

熊谷ラグビー場で行われた決勝は、24対10でイワサキクラブが勝利し、千里馬クラブは初大会の準優勝チームとなりました。

 

 

 

1980年に設立された千里馬クラブは、そのメンバーのほとんどが大阪朝高ラグビー部のOBで、実質的な同校のOBチームと言えたと思います。

その頃は、大阪朝高ラグビー部や全国の朝鮮学校の部活動が、全国大会や日本の公式戦に出ることができない時代でした。

公式戦の舞台に立つことがなく高校ラグビーを終え、社会人になってもラグビーをする場所を求めて設立された千里馬クラブ。

第一回クラブラグビー大会に出場した当時のメンバーたちは、ある意味社会人になって初めて立つことのできた、「公式戦」という晴れの舞台で、堂々たるラグビーを披露して千里馬クラブの名前は全国的にも有名になりました。

 

 

1994年、大阪朝高ラグビー部に入部した自分は、当時ラグビー部コーチだった呉英吉先生が担当する保健体育の授業で、千里馬クラブの全国クラブ大会出場を特集したテレビ番組(ニュースだったか)を見せてもらったことがありました。

あれから約30年、今になっても脳裏に焼き付いている光景があって、それは当時の千里馬クラブの主将だった先輩が、目を血走らせて公式戦の舞台に立つことの喜びと覚悟を持って、チームメートを鼓舞していた姿でした。

みんなほんとにハングリーだったと思います。

 

 

高校から愛して没頭したラグビー。

でも、残念ながら自分たちの力を試す機会は練習試合しか無かった。

そんな自分たちが初めて立った全国の舞台。

その喜びはどんなに大きいかと、当時思いを馳せたテレビ映像でした。

 

 

高校時代、たまにあった千里馬との合同練習。

強くて早くて、何よりもイカつくてガラが悪くて、そして勝負に対する厳しさが半端ない先輩たちとの合同練習に、自分たちはすごく鍛えられたと思います。

そんな恐ろしいオッサンたちとラグビーしたら、同じ高校生との試合が余裕に思えて来ました。(笑)

 

自分は実際には大学を卒業した2001年シーズンに、ニュージーランドに留学するまでの1年弱だけの所属でしたが、同級生も先輩後輩も多く、高校時代から今もずっと近くにいるような感覚でした。

 

写真は2001年シーズンの全国大会の準決勝。タマリバクラブ対千里馬クラブ。自分は一番得意なポジションの左ロックで出させてもらいました。

この年は初出場のタマリバクラブが全国優勝を果たしたシーズン。(写真提供は同級生K氏)

 

1980年のクラブ設立から43年目。

今は大阪朝高出身者以外にも、幅広いメンバーが所属しているチームです。

後輩たちの世代が主力となって、真剣に日本一を目指してきました。

そして1月22日(日)に福岡で戦います。

 

 

是非、一人でも大勢の方々に応援をお願いいたします!!!

 

全国クラブラグビー大会2回戦

1月22日(日) 14時 キックオフ

福岡かぶと虫 VS 千里馬クラブ

場所:久留米市陸上競技場

 

 

1月8日の初戦で、強豪の神奈川タマリバクラブを撃破!!

 

 

 

  ※写真は千里馬クラブ公式Facebookより

 

 

 

 

6月15日から本日6月20日まで6日間、ラグビー韓国代表チームが日本合宿を実施しました。

コロナ渦も少しずつ収束の気配が見え始めているとはいえ、未だ色んな活動が制限される中での海外合宿は、非常に困難が多かったと思いますが、先ほど代表チームのコーチに連絡をすると、昨日のゲームも成果裏に終え、大きなけがもなく合宿を無事終えたと聞きました。

 

今回の日本合宿は、コロナ渦での合宿という事以上に、とても意義深く画期的な機会であったことをお伝えしたく、このブログ記事を書き始めました。

 

それは何かというと、合宿後半の6月17日からの三日間を、日本で生まれ育った在日コリアンラガー選抜チームとの合同練習を実施したということでした。

しかも、在日選抜チームのメンバーは、現在リーグワン各チームに所属している、文字通り日本ラグビーの第一戦で活躍している現役プレーヤーを主体とした、いわば「ドリームチーム」、今までの在日コリアンラグビーの集大成ともいえるチームでした。

 

今回日本合宿に参加した韓国代表選手たち

 

合同練習初日、それぞれのチームキャプテンが挨拶を交わす。

(在日選抜チームは三重ホンダヒート 朴成基選手)

 

 

そして現在の韓国代表チームのスタッフには、元大阪朝鮮高校ラグビー部監督で同校を二度の全国ベスト4に導いた呉英吉氏(その後NTTドコモレッドハリケーンズのスタッフ)がコーチを務めており、他にもFWコーチには元サントリーサンゴリアスで活躍したパク・スンチェ氏、BKコーチには元クボタで活躍したイ・ミョングン氏がそれぞれ務め、元NECグリーンロケッツトレーナーのナン・チャンス氏が代表チームのチームトレーナーを務めていました。

 

昨年から韓国代表チームのコーチを務める呉英吉氏(一番左)

 

一番左がサントリーサンゴリアスで活躍したパク・スンチェFWコーチ(一番左)

 

BKコーチは元クボタで活躍したイ・ミョングン氏(一番左)

 

韓国代表チームのトレーナーを務めるナン・チャンス氏(写真右)

 

そういった今までの日本ラグビーとの関わりの深さと、何よりも日本ラグビーフットボール協会と日本の各チームの協力があってこそ実現されたのが今回の合宿だったと感じました。

 

また、在日コリアン選抜チームの臨時コーチには、日野レッドドルフィンズの現ヘッドコーチの箕内 拓郎氏、クボタスピアーズの現アシスタントコーチの田邉 淳氏、三菱重工相模原ダイナボアーズのチームスタッフである成 昂徳氏、東京朝鮮高校ラグビー部のコーチを務める姜宗卓氏と、錚々たるメンバーが務めていました。

 

 

 

韓国代表チームスタッフと在日コリアン選抜チームスタッフによる一枚。

写真中央下段は姜基靖氏。今回の代表合宿のマネジメントとコーディネイト全般を担っていました。

 

自分は仕事の都合上、合同練習の初日だけ参加させて頂いたのですが、練習風景を見ながらいろんな思いが去来しました。

「感動」というよりは、目の前に実現している画期的な光景が只々嬉しくて、このような嬉しい機会を実現してくださった方々への感謝の気持ちが込み上げてきました。

 

 

先週日曜日を前にして、心がワクワクしていました。
月並みの表現を使うと、遠足の前のような気分。
 
それは日曜日に、所属しているクラブの活動が久しぶりに再開するからでした。
 
ちゃんと走れるかなあ。
「走る」ということ自体も満足にできるかわからないくらい、しばらく動いていなかったので、準備運動はしっかりやろうと思いながら、久しぶりにラグビーを「する側」になる日曜日が近づいてくることが、とても楽しみでした。
 
当日集まったメンバーはちょうど10名、現在人数が減少しているクラブにとっては、嬉しい人数。
 
土のグラウンドと、久しぶりのラグビーボールと、そして一緒にプレーするメンバーたち。

 
少し走っただけで、こんなに息が苦しくなるのかと、それでも久しぶりの肺のキツさにもほんの少し心地よさを感じながら、予想以上に動けた身体で約90分間の「ラグビー」という遊びを楽しみました。
 
当日は4月下旬にしては少し肌寒さを感じる気温でしたが、時折出てくる春の日差しがとても暖かくて、久々に程よい運動で汗を流せたことも相まって、練習後は何とも言えない爽快感がありました。
あ~気持ちいい。
 

 

一人でするジョギングやウォーキングでも、

フィットネスジムでのトレーニングでも、

ゴルフやサーフィンでも、

それがどんな形でもやっぱり身体を動かすことは、人も「動物、動くもの」である以上、本能として求めているし、やっぱり気持ちがよくて、楽しいものだと改めて思いました。

 

それにしても、それがラグビー???

いやいやいや(笑)、もうラグビーはできないし、怪我なんかしたら大変。

そうなんですね。何の競技であれ、怪我することが前提での活動なんて駄目ですよね。


ラグビーは気をつけてしっかりと準備をしてやらないといけない競技の一つですし、怪我やキツさが理由である程度の年齢を超えると、最も敬遠される競技の一つですよね。。

2年前にやってはいけない怪我を自分もしてしまったので、尚更その大切さを実感しています。

 

それでもしっかりと準備体操をして、無理ないメニューとタッチフットなどのゲームで程よい運動をすることは、とても楽しくて生活をより豊かにすることが出来ると思うんですね。

 

大人になっても一緒に遊ぶ仲間と機会と場所がある。

 

大人になっても身体のコンディションを良くすることができるメニューがある。

 

大人になってもパスやキックが上手くなることを体験できる。あるいはそうだと勘違いさせてくれる。笑

 

そして極力、心に何かハードルを感じることなく、参加することも参加しないことも選べる。

 


そんな活動を少しずつでも広めたいきたいと考えています。


 

とにもかくにもラグビーもそのあとのビールも、久しぶりに満喫させて頂けた4月下旬の日曜日でした。



インスタグラムをはじめて、かれこれ1か月が経ちました👍

慣れない画面を操作するのは最初は中々やりにくいものですが、慣れると面白い機能や便利な使い方もあって、これからもボチボチ継続してやっていきたいと思っています。



昨日の夜にインスタを見ていると、ゴツいラグビー選手3名がやけに楽しそうにトークしているインスタライブを見つけて、それが最高に面白かったです🤣


あとで知るとそれは〈ヤマソン劇場〉というインスタライブで、三菱重工相模原の成昴徳選手(ソンアンドッ)と、ヤマハ発動機ジュビロの山下幸輝選手が定期的に配信しているらしくて、昨日はそこに日本代表で活躍しているホンダヒートの具智元選手がゲストとして参加していて、現役トップリーグ文字通り"最前線"で活躍するフロントロー3名によるトークが、話の内容も面白いし、とにかく3人の掛け合いも最高で、結局最後まで見てしまいました👍

 

話している内容もそれほどラグビーの話ガッツリではなくて、ラグビーの話が始まってもすぐに脱線してラーメンの話や家族の話で盛り上がったり、とにかく見ていると思わず笑ってしまうインスタライブでした。

 

昨日はじめてみたので、どれくらい前からやっているのかも、今までどんな内容だったかもわからないですが、とにかく見ている人の気持ちが最高に明るくなる、そんな配信でした。

 

そんな選手たちが激しくぶつかり合って雌雄を決する、トップリーグのプレーオフトーナメントが今週末から始まります!!

 

 

4月17日(土) 12時KO

豊田自動織機 対 NEC @花園競技場

 

4月17日(土) 14時KO

三菱重工 対 コカ・コーラ @瑞穂ラグビー場

 

4月18日(日) 14時KO

清水建設 対 日野 @たけびしスタジアム

 

4月18日(日) 12時KO

宗像サニックス 対 近鉄 @秩父宮ラグビー場

 

以上4試合が行われます。

スカパーや、Jスポーツオンデマンドなどでも見れますし、このご時世なので中々直接観戦は難しい人も多いかと思いますが、もしスタジアムに足を運べたら、世界レベルの選手たちが目の前でぶつかり合う迫力は半端じゃないので、それもオススメです!

 

 

最後にお隣の国、韓国でも今週末ラグビーの試合が開催されるので、紹介させてください!

今週末は春季ラグビーリーグ戦 大学部(Univeersity Spring League)の試合が三試合行われるようです。

 

4月17日(土)

12時KO 釜山大学 対 ウォングァン大学

13時30分KO 壇国大学 対 慶煕大学

15時10分KO 高麗大学 対 延世大学

 

YouTubeライブ配信

Korea Rugby Union대한럭비협회 공식 Youtube 채널에 오신걸 환영합니다. Welcome to the official Korea Rugby Union YouTube Channel.リンクwww.youtube.com

 

 

 

色々と不自由なことや不便ももちろんありますが、こうやって遠く離れても遠隔で試合が見れたり、会議ができたり楽しみ方やできることは色々とありますね❗️

韓国大学ラグビーの配信もご興味のある方は、是非ご覧ください💻



 

 

現役ラグビー選手による楽しかったインスタライブと、今週末のラグビー情報のご紹介でした^_^🏉

 

光陰矢の如し。

Time flies like an arrow  

세월은 유수와 같다

 

過ぎ去った時間を思い返すと、そんな言葉がいつも出てきますね。

小学生を卒業したのがちょうど30年前。

振り返ると、中学進学後の部活動を選択するということは、その時の自分にはとても大切な選択でした。

 

欧米諸国をはじめとするスポーツが盛んに行われている国々では、シーズンごとに複数のスポーツをプレーするというスタイルが一般的であるということは、大人になってから知りました。

当然その時の自分や周囲にとっては、そんなことはあまり想像できないことで、一般的には「そんな中途半端なことするな。一つのことに集中しろ。」という価値観に近かったかもしれないです。

 

当時進学した中学校の運動部はサッカー、バスケ、バレー、卓球、陸上、そして柔道の6つありました。

その中で選んだのが柔道部でした。

最も大きかったのは、「柔道部物語」というその頃非常に人気の高かった漫画の影響でした。

キャプテン翼、スラムダンクがサッカー、バスケの人気にどれだけ大きな影響を及ぼしたか、皆さんもご存じのとおりで、当時の自分たちにとって、「柔道部物語」という漫画の影響は非常に大きかったのです。

主人公三五十五の「もっと強くなりたい!」という純粋な野心に、当時非常に共感し憧れていました。

 

おすすめランキング!アツい柔道漫画と言えばコレ!【名作柔道漫画 ...

 

同時に漫画の中でもあまり人気スポーツとして描かれていなかった“柔道”という競技を揶揄した「雑巾ダンス部」という表現や、「近代柔道」という雑誌はどこに書店にも置いていないという事実が、とても面白かったのを思い出します。

 

そして入部して気づいたことは、大勢いた上級生たちの中には純粋に「柔道」をやりたい人よりも、その後に大多数が進学する大阪朝鮮高級学校で「ラグビー」という競技をしたいがために、体を鍛える目的で柔道部を選んでいた部員も少なからずいたということでした。

 

そんな柔道部での部活は一言でいうと、めちゃくちゃ楽しかったです。

当時の顧問の先生の人間性や指導方針、基本的に個人競技である為、仲間同士、対外試合での勝った負けたのライバル関係、そして先述した「柔道部物語」の主人公三五十五の「もっと強くなりたい!」という野心や成長を、自分と照らし合わせて勝負に勝つことや強さを実感することが、日常的に感じられたこと。

それら部活での経験が、学校生活での他の遊びや楽しさとバランスが取れていて、学校生活を楽しんでいたように思います。

 

当時憧れて目標としていたのは、初段になって白帯から黒帯に「変身」することと、大会で金メダルを取ることでした。

カッコよく着慣れた柔道着と黒帯、そしてジャラジャラ鳴らすくらいの金メダルを首からかけて、運動会の部活行進をするというのが、憧れていた姿でした。

色んな思い出を作ることができた中学時代の部活でした。

そして、部活動という集団への帰属意識や、「柔道」という格闘技を通じて戦うこと、強くなることの楽しさや、負けることの悔しさや投げられることの痛さを学ばせてくれた、「柔道」との出会い、「柔道部物語」でした。

 

先月から博多区千代に開設した闘球マーケティング社事務所。
部屋には今後取り扱うラグビーグッズやサンプルの他にも、メモリアルな品物も少しずつ飾り始めています。

 

 

左端は2012年に結婚したときに、朝大ラグビー部監督就任時の卒業生からの贈り物。

思えば就任当時は自分と学生たちとの間の軋轢がものすごく強くて、毎日のように衝突していました。
そんな卒業生たちが送ってくれたとても大切な宝物です。

左から2枚目のジャージは、一番新しくてまだ試合をしていないジャージ。

大学ラグビー部の同級生が発案したプロジェクトで、1978年生まれの同級生によるラグビーマッチ用に作成したジャージです。

自分たちが高校時代は、九州、神戸、大阪、京都、愛知、東京の6つの朝鮮高校にラグビー部があってその全国朝高選抜チームと、日本の高校でラグビーをした同級生を関西中心に募って、みんなで親睦を深めようという目的で準備しているイベントです。

試合は非公式オールジャパン(関西中心メンバー) 対 全国朝高選抜チームで準備をしています。

会の名前は、バッファロー78会

ユニホームには、1978年の78という数字と、同級生の干支である午と未がデザインされています!🐎 🐑

 

本来は2019年に開催予定でしたが、超大型台風で延期となり、順延された昨年3月の試合もコロナ禍で再延期。

コロナが落ち着き次第、開催予定でそれまでは事務所に大切に飾っておきたいと思います。
イベントの協議を始めたのが、確か2018年末ごろから。

そのからずっと準備をし続けている同級生には、本当に頭が下がります。

こちらのユニホームは、弊社でも取り扱っているグリフィンのラグジャーです。

着た時の質感もとてもよくて、耐久性も良いです👍

Griffin-teamのサイトはこちらです!

 

 

 

右から2枚目は2006年に来日した韓国ラグビー代表チームに、臨時スタッフとして帯同した際の代表チームからの贈り物です。

朝鮮大学校の教員になった翌年だったと思います。

ワールドカップアジア予選のために来日する韓国代表チームに通訳兼リエゾンオフィサーとして帯同する機会を頂いて、はじめてテストマッチの舞台に帯同する貴重な機会でした。

選手たちは皆とてもフレンドリーで在日同胞ということもあり、すぐに打ち解けて帯同させて頂きました。

また今でも交流が続いている選手もいて、とても有難い経験でした。

 

そして一番右側のジャージは、自分の大学時代のジャージです。

唯一コットン素材のオールドスタイルのジャージです。

学生時代、一番情熱を注ぎこんで文字通り汗と血がいっぱいしみ込んだジャージは、格別に思い出深い宝物です。

 

少し前に高校時代の公式戦ユニホームについても書きましたが、ラグビーでは試合用のジャージを特に大切扱うことが多いのではと思います。

そのように身の周りの物を大切にする気持ちはこれからも心掛けたいですね!

 

以上、事務所に飾っている大切なラグジャーの紹介でした!

一週間ほど前から、急にフェイスブックの投稿で見るようになった、“Clubhouse”。

まだ使ったことがなく、今のところ使う予定もないのですが、使っている方の発信内容を見る限り、ハマる人は相当ハマるほど面白いようですね。

 

あくまで使った方の話を見たり聞いただけですが、

✓ 招待制で一人が招待できるのは二人まで。先月末に2名⇒5名に増えたという情報もありますが、何分使っていないので、はっきりとわかりません。

   ⇒いずれにしても招待できる人数が限られているので、ユーザーにとっては良い具合に枯渇感がある。

✓ 音声を使ったツイッターのようなSNSである。

   ⇒フェイスブックやツイッターでの文字、画像によるSNSは目を使うために、何かをしながら(運転をしたり料理をしたり、あるいは公園で子供たちを見ながら)利用するのは危険で利用が制限されるが、耳だけ使えば参加できるので、音声メディアとしてラジオ感覚で聞ける。

✓ ある方は使い始めたころのミクシーのような楽しさがあるとも言っていました。

   ⇒ 思い起こせば自分自身もはじめてミクシーを使った時の衝撃は大きかったですね~。クローズドかつ新しい出会いもある新しいウェブ上での社交に結構ハマりました。

✓ リアルタイムに流れるのみでアーカイブが残らない。

 

そのような新しいSNSだということを知りました。

機会があれば、というか招待があれば一度使ってみたいですね(^▽^)/

 

自分も去年一年間トラックドライバーをしながら、耳を使っての学習や情報収集をたくさんしましたし、その過程で音声メディアの有難さを痛感しました。

Youtubeも画面を見なければ音声メディアとして活用できますし、自分は特にPodcasthimarayaというアプリを重宝しました。

 

Podcasts

 

himaraya

https://www.himalaya.com/jp/?lang=ja-JP

 

himarayaは中国初の音声メディアで、中国ではダウンロード数が6億以上に上るそうです。

 

驚くのはこれらの音声情報が無料で使えることなんですね。

もちろん、中には有料コンテンツや有料会員サービスもあって、そこではより充実した情報が配信されているのですが、自分自身は無料で配信されている情報だけでも十二分に為になりました。

 

あとは、何といっても音声ディアの元祖であるラジオですね。

昨年一年間ラジオをよく聞きながら思ったことは、

1.ラジオ番組はリスナー、ラジオパーソナリティ(司会)の距離がめちゃ近いし、リスナーからの投稿内容が貴重なコンテンツ。

  ラジオで流れる音楽もリスナーのリクエストのことが多いですし、トークの話題も投稿内容が元となることが多い。

2.radikoというアプリによってラジオのリスナーがとても増えた。

 
 
3.視覚情報に頼らずに音声情報だけの方が、ラジオで話しているパーソナリティーの人間性や魅力、感情の動きなどが伝わりやすい。
  これは実感しました。普段テレビでは別段何とも思わない芸能人の方に対して、ラジオを通してファンになった方も結構いました。
  radikoでナインティナインの二人のトークを聞いていると、ファンになりました。
  土曜日16時からのリリーフランキーのスナックラジオ。いや~~面白かったです! リリーさんとバービーという若い女性とのトークが土曜日夕方とは思えないほど、くだけた下ネタ満載で運転しながら笑わせて頂きました。
 
 実は、“クラブハウス”といえばスポーツチームにとってとてもとても大切な存在なんですが、そのことに関して、またいつか書きたいと思います。今日は音声メディアについて書き始めたら、それだけでつい長くなってしまいました。

 

 

なれ-そめ【馴れ初め】の解説。

~恋仲の者が知り合ったはじめ。恋のきっかけ。(weblio辞書)

 

幼いころ、まさか自分が大学ラグビー部の監督を務めたり、将来スポーツの仕事をするなんて全く思いもしませんでした。

というのも、小学生の頃スポーツは実はとても苦手な分野だったんです。

 

公園や校庭での遊びから部活やチームに所属すると、それは遊びよりも一つ階段を上がった“スポーツ”への扉だったように思います。そしてそこには遊びにはなかった、規律や厳しさ、体力面での追い込み、そして緊張と重圧がありました。


当時どちらかといえば、というか自他ともに認める内向的で甘えん坊だった自分にとって、そういうのはすごく苦手で、そんな雰囲気を感じてはすぐに委縮していた小学生時代でした。

 

中学時代柔道部主将、高校、大学でもラグビー部主将、その後スポーツ留学して、大学ラグビー部の監督・・・

そのように聞くと、幼いころからスポーツが得意で活発だったと思われるかもしれませんが、スポーツとの初めての出会いはそんな感じでとても苦い経験で、その後も6年生まではスポーツとの関りはほとんどなかった小学生時代でした。

 

低学年のころ、学校の放課後サッカー教室的な活動に参加していましたが、本格的なスポーツとの出会いは、小学3年生のころの地元の少年野球チームへの入団でした。

当時家族からは、そのままサッカーをすることを勧められていましたが、どうしても兄がしている少年野球を自分もやりたくて、強く両親にお願いして新品のグローブなども一式揃えてもらって、やっとの想いで野球を始めました。

 

しかしいざ野球を始めると、それは公園での楽しい野球遊びではなく、特に小学3年生はいわゆる“球拾い”や声出し、当時とても嫌いだった体力強化の走り込み。それらが中心で、何よりも監督やコーチはとても怖い存在で、野球の練習中や試合中は身も心も委縮しまくっていました。


結果、満を持して始めた野球は半年で辞めることになりました。

意気込んで始めた初めてのスポーツ、家族の反対を押し切って高い道具も一式揃えてもらったけど、試合も出ずに半年で退部。。

悔しいのにそれ以上続けるのは嫌で、悶々とした気持ちがありながらもそれを表現できずに、スポーツに対する苦手意識が芽生えたころでした。


それから数か月後、小学4年生になる頃、通っていた小学校でも部活動が始まるのですが、少年野球で味わったスポーツへの苦手意識が強く残っていたこともあって、唯一の運動部であるサッカー部には入らずに楽器部へ入部しました。


当時男子はサッカー部に入ることがほとんどで、仲のよかった友達もほとんどサッカー部だったので、日曜日の休みも合わなくなって、休みの日にも一人で過ごす日が増えたりした頃でした。

それでも楽器部で楽譜の見方や楽器の一つでもマスターすれば良いものの、選んだ楽器が太鼓で演奏中に太鼓の音をごまかしても指揮者の先生が気づいていたいことを知ってからは、楽譜を覚えるのではなく、自分の感覚で太鼓を叩いていたのですからタチが悪いです(笑)

 

 

そんな日が続いていたのですが、小学6年生に上がる頃、親戚中からサッカー部に入ることを勧められり、そして6年生の担任先生がサッカー部の先生だったこともあって、「ジョンギ、一緒にサッカーやってみよう。」と誘ってくださって再びスポーツのある日々が始まりました。


そのころも感じていて、そして今でも思い出すのは、6年生のころ身長も伸び始めて体力もつき始めて、ついにサッカーボールは最後まで思い通りに扱うことはできませんでしたが、身体を動かすことがすごく楽しくて、汗をかくことがめちゃくちゃ気持ち良くて、誰かと競うことの楽しさをわかり始めた頃でした。

6年生の一年間で決めた得点は、唯一当時所属していた中垣内リーグでのオウンゴール1点のみでした(笑)

そのオウンゴールで試合は引き分けになってしまいましたが、それでも1年間の部活は、自分の体力面でも内面的にも大きく成長、変化があった1年間でした。


そして6年生の最後に開かれた大阪の朝鮮学校対抗マラソン大会には、学校代表に選ばれて1区を任されて走るまでになることができました。

 

振り返って思うのは、6年生の頃のサッカー部での経験は、個人成績としてはオウンゴール1点(笑)ですが、大きな宝物は“自信”を得られたことだと思います。

マラソン選手に選ばれたとき、

「え、自分が?」と最初信じられませんでした。

女の子に少しだけモテ始めたとき、

「え、俺?!」と戸惑いました。

 

そんなきっかけを与えてくれたのが、小学生の頃のスポーツとの出会いでした。

 

(続く)