映画「エイリアン」シリーズの謎に迫る!
映画「エイリアン」シリーズ全作品を改めて見直したので、映画では語られていないSF的な設定について考えてみる。なお、この考察は「プロメテウス」を含む「エイリアン」シリーズの映画、全6本のみを「聖典」とし、「エイリアン vs プレデター」シリーズ、小説、コミック、ゲームなどの設定は取り入れていない。
単純なSFホラーシリーズであった「エイリアン」(1から4)は、リドリー・スコットが新作「プロメテウス」で実際に活動している「エンジニア」種族(肌の白い巨人族)を登場させたことにより、深いSF的背景をもつ大河シリーズとなったのである。以下は「プロメテウス」「エイリアン コヴェナント」「エイリアン」の3本の映画について、下記の疑問を考察しつつ、補完していくものである。お楽しみいただければうれしいです。なお、当然のことながら、各作品の結末が書いてありますので、ご注意ください。
*「エンジニア」は何をしようとしていたのか。
*「プロメテウス」の惑星はどういう場所だったのか。
*「コヴェナント」の惑星はどういう場所だったのか。
* デビッドは何を目指して何をしたのか?
*「エイリアン」の惑星にあった、エンジニアの遺体(スペース・ジョッキー)、宇宙船、エイリアンの卵はどこからきたものなのか。
「プロメテウス」
エンジニアが地球創成後にDNAをばらまいたのは、最終的に自分たちと同じような知的生命体を発生させたい、という「宇宙播種計画」のような意図があったと思われる。超長期のテラフォーミングのようなもの。現在の地球生命がすべて依存しているDNAと細胞の仕組みは非常に巧妙で、どう自然発生したのか想像もつかない。おそらく非常に稀な偶然でしか起きないことだとしたら、それが「エンジニア」種族の母星で起こり、以後、彼らはそれを全宇宙に広げる、という運動をしている、という考えもなりたつ。
彼らの訪問が地球生命誕生以前だとすると38億年前なので、彼らの文明はそれから少なくとも数十億年継続していることになる。それにしては、彼らの姿かたちやテクノロジーが38億年前と現代であまり変わっていないので、あるいはタイムトラベルの技術をもっていて、太古の惑星に自分たちのDNAを撒いてまわり、現実を改変する、というようなことをしているのかもしれない。
彼らは最初の訪問の後も定期的に地球を訪問し「手入れ」をしていて、最後の訪問が紀元前2000年ころで、人類に自分たちの最寄りの基地のある星の場所を伝達していった。これがプロメテウスの惑星(LV223)である。
その最後の地球訪問の後、彼らはなぜか危険な生物兵器の開発をはじめてしまい、「辺境」であったと思われるLV223がその実験場となった。ここで、彼らや人類のように彼らと共通のDNAシステムを持つ動物に感染し、寄生して、殺戮と増殖のみを繰り返す遺伝子をもつウィルス状のものを開発した。(ブラック・グー)
この生物兵器を開発した意図は、エンジニア種族同士の争いのためではなく、彼らが発生させた知的生命体のうち、彼らの意図に沿わない「不良品」を全滅させる手段なのかもしれない。
ところが、LV223でのこの開発は失敗してしまい、彼ら自身が感染し、絶滅されてしまう。発生したエイリアンは、設計意図通りに、動物をすべて絶滅させた後は自らも絶滅してしまう。(元の開発意図が惑星を破壊しないで、不良品の動物だけを絶滅させ、進化をやりなおさせるのだとしたら、エイリアンだけが生き残っては困るので、動物を絶滅させた後は死滅するようにプログラムされていたはずである。)
その結果、LV223にはブラック・グーの大量の容器と、ただ一人、人工冬眠して生き延びたエンジニアとその宇宙船、研究施設の廃墟などが残されていた。
そこに、プロメテウス号がやってきて、ご存知のようなことになり、ショー博士と半分壊れたアンドロイドのデビッドが、エンジニアの宇宙船にのって逃げ出す。
[エイリアン コヴェナント]
デビッドは宇宙船内でショー博士に無事組立直してもらい、本来のミッション「生命創造の謎を解く」に戻り、宇宙船とともに持ち出したブラック・グーの研究を進める。そしてLV223でどうのようなことが起こったかを解明する。そして、修理された際に狂ったのかなにかの理由で、自ら生命を創造し世界を支配したい、という意思をもつようになる
。
LV223からデビッドが宇宙船で向かった「コヴェナント」の惑星(以下 コヴェナント星)も、LV223と同じくエンジニアの母星ではなく「辺境」の中継基地のような星であったと思われる。(母星にしては小さな都市が一つしかない。)
コヴェナント星に到着したデビッドは、この星唯一のコロニー・基地の上空からブラック・グーを散布し、全住民を殺戮してしまう。
この行為の意図は二つ考えられる。「プロメテウス」でエンジニアは宇宙船を地球にむけて発進させようとして阻止されたが、これは、「不良品」と判断された人類をブラック・グーで絶滅させる意図の行動であったらしい。デビッドはコヴェナント星のエンジニアも遅かれ早かれ同じ行動をとると考え人類を保護するために絶滅させた、という考え。
もう一つは単に自分の生命創造実験をじゃまされない環境で行なうために全住民を排除した、という考え。
いずれの理由にせよ、デビッドは、コヴェナント星が無人の廃墟となりエイリアンも死滅するのをまって上陸し、ショー博士の体も利用して実験を続けてフェイスハガー式エイリアンを開発する。
その一方、自分がこの開発成果とともに、脱出できるように、ショー博士の声を利用したビーコンを発信する。もしかしたら、コヴェナント号が漂着する原因となった「ニュートリノ嵐」もデビッドがエンジニアの技術を使って起こしたものかもしれない。
そして映画にあるようにデビッドはコヴェナント号の乗員の大半の命をエイリアンに奪わせ、同型のアンドロイドとすり替わって、人工冬眠中の2000人の実験材料とともに宇宙のどこかに向かう。
この行き先はどこか?さきほどのデビッドの行為の意図の二つの可能性のうち、人類がエンジニアに抹殺されるのを防ぐ、という意図だとすれば、船内でさらにエイリアンの遺伝子改造を研究し、エンジニアの母星あるいはより重要な拠点惑星への大規模なエイリアン攻撃をする、というのが考えられる。もし、単により邪悪な生物を自由に研究したい、というのであれば、当初の予定の惑星に向かい、そこで、人類とブラック・グーの様々な組み合わせで実験三昧の暮らしをする、ということかもしれない。
[エイリアン]
さて、ここまでの推論通りだとすれば、地球も、今までの映画に出てきた3つの惑星も、どうもエンジニア種族の主たる拠点からは遠そうである。母星ないし本拠地にいるエンジニアはコヴェナント星の仲間に異変が起こったことは遅かれ早かれ察知して、調べに行ったと思われる。彼らの通信や宇宙旅行の技術は不明だが、距離に比例した時間はかかると思われる。
そうすると、コヴェナント星に調査に行ったエンジニアの調査隊は全住民が虐殺され、何者かが新種のエイリアンを開発した痕跡を発見したと思われる。そして、その調査隊は帰路に意図してか意図せずに船内に持ち込んでしまった卵か幼虫か成体のエイリアンに襲撃され、惑星LV-426に漂着してしまう。そして最後に警告のメッセージを発信するようにセットしてパイロット(スペースジョッキー)は息絶える。無人となったこの惑星上では、設計通り、エイリアンは死滅するが卵だけは宇宙船内に残された。
以後は「エイリアン」の映画の通りである。
しまなみキャンプライド!
今年はBikepackingで自転車キャンプ旅をする、というのをテーマにしています。装備などを整えて6月にまず三重県いなべのイベントに参加してみました。 7/21に、二つ目の自転車キャンプのイベント「第2回しまなみキャンプライド」に参加してきました。
このイベントはシクロツーリズムしまなみという団体の主催で、尾道から今治まで1泊2日のガイド付きグループサイクリングを楽しみ、途中、通常のしまなみのコースからはずれた「ゆめしま海道」にまわり弓削島というところでテント泊、BBQなどを楽しむ、というものです。
しまなみ海道各地と尾道市は先日の豪雨で、尾道の浄水場が被害を受け、しばらく断水が続いていて、このイベントも開催が心配だったのですが、なんとか数日前に各地の水道がほぼ復旧して、無事開催されました。
集合は12時にJR尾道駅前だったのですが、やはり豪雨の影響でJR山陽本線が乱れているらしい、ということで新幹線 新尾道駅まで輪行しました。今回は食事は用意してもらえるので調理関係がないので、ちょっと軽いです。キャラダイスの超大型サドルバッグにテント、寝袋、エアマットなどが入ってます。着替えはリュックサックに。
ちょっと早くついたので、尾道市内をうろうろ。
おしゃれサイクルスポット"Onomichi U2"でちょっとアイスティーを。夏休みなのでもっと自転車乗りがいるはずですが、まだ豪雨の影響を心配する人が多いのか閑散としてました。
いつもは行列している尾道ラーメン元祖の「朱華園」さんも、昼食時なのに待たずに入れました。さすがに店内は満員でしたが。
集合場所の駅前の公園に参加者が集まってきます。ロードとクロスが半分づつぐらい。主催者の用意したレンタルのクロスバイクも。ランドナーの方が一人。このツアーはサポートカーで荷物を運んでくれるし、テントも貸してくれます。キャンプ装備を自力で運んでいたのはランドナーの方と私だけでした。参加者19名、同行スタッフライダー5名、サポートカー2台という手厚い対応です。確か、募集定員が40名で、一端締めきっていたようですが、やはり豪雨の影響でキャンセルされた方が多かったようです。
予定通り12時頃にスタート。まずは向島への渡船へ。毎度おなじみですね。
向島についたら、早速、地サイダーのお店で休憩です。暑い日は助かりますね。ラムネとサイダーの味は違うのか、などとわいわいやりながら休憩。
先頭にツアーリーダーの方がいて、全員一列でついていきます。途中と最後にもスタッフの方がいます。大体、時速18キロ程度のゆったりペースで進みます。私一人荷物が多かったですが、このペースでは気にならないですね。
島の内陸部をぬけて東岸を南下します。超良い天気です。暑いですが、自転車は走っている間は涼しいので問題ないです。気温も大阪とかよりはちょっと低いかも。
次の休憩は向島南端の尾道市マリンユースセンターです。つい売店でアイス最中買ってしまったのですが、スタッフから冷やした現地産ミニトマトが、これは美味しい!
因島大橋が見えてきました。この因島大橋への登りがこの日最大の登りですね。
因島大橋を渡ってくだったところからちょっと脇に登るとある「はっさく大福」のお店でまた休憩。冷房の効いた店内で大福をいただきながら休憩。
次の休憩は因島の「万田発酵」の工場です。休日なのに、中から社員の方が何人も出てこられて、売店を開けて、霧吹き扇風機を回してくださいました。工場見学も時間があればできたようです。
因島の西岸を進み、通常なら井口島への橋をわたるところを通過します。そのまま土生港まで。ここで、渡船に乗るために港の休憩所で一休み。またここで5分ほど渡船に乗って、生名島到着。
生名島、佐島、弓削島の3島は橋でつながっていて自転車で行き来できます。これを「ゆめしま海道」と呼んでいるようです。しまなみよりさらに交通量が少なくのんびりしています。橋はあまり高くないので、橋までの登り道も短いです。真ん中の佐島は橋と同じ高さに道路があるので、登り下りは一回だけです。
橋の上からの眺めです。この3島は愛媛県上島町で、対岸の因島は広島県尾道市です。水道は尾道から引いているらしく、この上島町も尾道と同時に1週間以上断水していたようです。
弓削島のキャンプ場到着!一番手前の自転車はレンタルのクロスバイク、次のずっこけてるのが私のクロモリロード。
ここは弓削神社の裏の松林で、前が松原海水浴場です。キャンプ場といっても施設は海水浴用のトイレとシャワー室ぐらいしかない無人かつ無料です。以前は神社の人が管理していたそうですが、今は上島町が管理しているそうです。近くのスーパーで各自お酒などを買い込みました。夕食、朝食はツアースタッフが用意してくれます。お風呂は、近くの丘の上に町営のすごく立派な温泉ホテル「フェスパ」があり、そこが利用できました。
テント設営、2回目!慣れてきました。真夏はこのフライシートいらなかったかも。テントの中、ちょっと暑苦しかったです。入口が一か所しかないので風が通りにくい。他の参加者は2,3人でレンタルの大型テントで、4方に窓があって涼しそうでした。
BBQが始まるまで、海岸にすわってこういう雄大な景色を眺めながら缶ビールを一杯。ここの海岸は「サメ除けネット」をまだ設置していないので遊泳禁止だそうです。誰も人がいません。
夕食のBBQは地元の猪肉が出てきました。柔らかく、臭みもなかったです。さばき方に秘密があるらしいです。
食後に暗い神社の裏をヘッドランプつけて登り温泉に入りました。温泉からは土生港の花火が見えるという夏休み感一杯の夜でした。
ちょっと寝苦しくもあったのでうすが、酔っぱらって寝てしまい、翌朝は早く目が覚めてしまいました。
同じ、海岸に座って海を見ていると水平線から日の出が!瀬戸内海の海岸で日の出がきれいに見えるところは少ないでそうです。たっぷり堪能しました。
朝食は猪肉で出汁をとった野菜スープとバナナに続いて、向島のコーヒーショップ「ましろ」さんがコーヒーとパンをもってきてくれました。
朝食を終えて、テント撤収。
今回のキャンプ装備。テントのポールだけは丁度ピッタリ入る長いフレームバッグに、あとは、サドルバッグに。
この後、ツアーはしまなみ海道に戻って、今治まで通常のルートで行って、夕方解散なのですが、豪雨で今治から岡山に行くJRの特急が運休しているので、そっちに行ってしまうと神戸にその日のうちに帰れなさそうだったので、途中で離脱することに。
井口島に渡る橋のたもとで、他の参加者さんたちに見送られました。
因島大橋の近くの海水浴場で自主的かき氷休憩。
この日は、特に予定なく、この辺でダラダラしながら尾道に帰ろうと思っていたのですが、数日前に自転車神社で有名な因島大山神社の神主さんが、サイクリングロード整備のボランティアを丁度その日に募集している、というのを知ったので、それに参加することに。
60人ぐらいの人があつまってました。大体サイクリストでしょうかね。因島大橋に登っていくサイクリングロードの両脇に茂った草や落ち葉を片付けました。1時間半ぐらいの作業ですが、リーダーの方がしっかりしていて、30分に一度ぐらい休憩と水分補給があって、作業はかなり進みました、コースの2/3ぐらいは片付いたと思います。別働で豪雨でくずれたところに土嚢をつむ作業にいかれた方もいました。
きれいになったサイクリングロード。
作業は午後の部もあったのですが、私は失礼して向島に戻りました。
向島南岸を食べるところを探してうろうろ。
この「立花食堂」という名前からは想像できない、ここはハワイか東京の青山ですか、みたいなおしゃれなカフェと雑貨店の女子スポットへ。女子であふれる店内で、汗臭いオッサンひとり「冷やしレモンラーメン」を美味しくいただきました。
因島大橋の下をくぐって、島の西側を北上します。一か所だけ、がけ崩れで道路が片側通行に規制されているところがありました。
今朝、コーヒーを届けてくれた「ましろ」の店が港のそばにあるというので寄ってみました。店主の方がていねいにいれてくださったアイスコーヒーとお菓子をいただき、お土産にコーヒーとお菓子を買いました。昨年、12月に開店したばかりだそうです。しまなみ海道はだんだんおしゃれなお店が増えてきましたね。
ここから、また渡船に乗って尾道駅前に。清掃作業でほこりっぽくなったし、汗臭いので、新幹線に乗る前に温泉に。
商店街の西の端にある、「尾道みなと館」という日帰り温泉もあるゲストハウス風のところに。ここは去年も利用してよかったので。
さっぱりして着替えたところで、新尾道駅まで一走りして、新幹線こだまでのんびり帰りました。
車内のお楽しみも勿論!
ということで、いつもの余裕のないロングライドやグランフォンドとは正反対ののんびり自転車旅でした。改めて、こういう寄り道しながらの自転車旅も楽しいと思った二日間です。豪雨の影響はもうほとんどありませんから、皆さん、今年の夏も是非しまなみ海道へ!そういえば、真夏にここにきたのは初めてかも。まさに夏休み気分を満喫できたので良かったです!
さて、今回の走行コースは
走行距離は二日あわせて70キロ、獲得標高は合計270メートル、というスーパーまったりサイクリングでした。
ゆましま海道の各島はもっと回りたかったので、次回は、しまなみ・ゆめしまのまだ走っていない場所を探して走るキャンプ旅というのをしてみたいと思います。
グランフォンド吉野 ついにロングコースに出場!
西日本の自転車ロングライドイベントの中で難易度が高いと評判の「山岳グランフォンド in 吉野」のロングコースに昨日(7.1)参加してきました。
所属している百哩走大王の会の関西支部が協力していることもあり、3年前に関西に転居してからこれに参加しようと思ってました。ロングコースは厳しいので、公式練習会参加かショートコース完走が参加条件になっていて、なかなか参加できなかったです。去年、一昨年は、コースの中心部である「行者還トンネル」を回るコースを大王関西の練習会で走ったり、今年も2週間前に、前半部を試走したりして、準備はできていた、はず、なのですが。
前日はスタッフを務める関西大王の皆さんと、吉野山の旅館に宿泊。夕食後も部屋で酒盛りは続いたのですが、私は9時前にその部屋を出て一人早く寝ました。翌朝、スタッフの皆さんは3時頃におきて、会場に準備のために向かったのですが、私は1時間ほど余分に寝て、5時頃、旅館からスタート会場の駐車場に歩いて降りて、車から自転車を出してスタート準備。
6時にスーパーロングコース(200キロ)の人から2人づつ15秒間隔でスタートです。
スタート直前の雄姿!(左から4人目)
当然、ほとんどの参加者は普通のロードバイクですが、この方はなんとシングルギア!どんな豪脚なんでしょう!
その他、マウンテンバイクの女性が私の周りでは2名ぐらいいました。激坂が多いこのコースではありだと思います。
コースはまず、吉野山を降りて、五條市方面に平地を30キロほど行きます。
この辺りまでは、まだ他の参加者とある程度グループで走れたのですが。
最初のゆるい山岳コースは10キロの富貴というところまでなのですが、ここで早くも多くの参加者に抜かれます。早くもグルペットか?
このコースは、難コースなのに、中間の関門の制限時間が厳しいのです。私はちょっと誤解していて、3つ目の一番きつい「天狗木峠」を越えたあとに10:00の関門のエイドステーションがあると思い込んでいて「これは到底間に合わない。今年の夏ヲワタ」と思ったのですが、勘違いで、2つ目の峠の後でした。

53キロ地点で、9;45到着で、15分マージンがありました。ともあれ、余裕は少ないので、食べ物を一通りほおばって、すぐ出発。
そうめんとか、ニンニクお握りとか、きゅーりの漬物とか豊富にあった野迫川エイドでしたが、味わう余裕もあまりありません。
ここが3番目の峠、天狗木峠です。ロングコース中の最難関と思われます。私と同じ頃にここを走る人は、坂が得意な人はあまりいないのですが、前方の二人は激しく蛇行しながら進んでます。ここは激坂は2キロぐらいなのですが、私は後半1キロぐらいは押して登りました。時間ロスしないようになるべく速足で時速4キロ以上を維持していたら、前方の蛇行しながら登っている人とあまり差は付かなかったです。
この峠では、なぜか奈良県警のミニパトが止まってて、マイクで応援してくれました。

天狗木峠を越えたところの展望台であわてて一枚セルフィーを。
4つめの峠は斜度はややゆるい3キロほどの登りですが、ここまでの疲労が蓄積してしまい、一部分押してしましました。
頂点の給水所。疲れ果てて、うなだれる人や、座り込む人たち。
ここからは10キロほど下って、それから天川村の渓谷沿いにわずかに登りの道を川上に25キロ進んだ、105キロぐらいのところに13:00までに通過しないといけない関門があるのです。周囲では「あと2時間で35キロ。急ごう!」などの会話が聞かれます。下りでもところどころに登り返しはあるし、結構きびしい状況です。
私は、山を下って、天川村の渓谷コースにはいったあたりで、強い眠気とともに力がはいらなくなりました。カフェインジェルとかでも乗り切れず、ここで試合放棄!自販機でアイス最中を食べてしばし休憩。もうこれで、次の関門に間に合わないのが確定です。
そう思うと気楽な気分で、天気良いなかの渓谷の景色を楽しみながらもうポタリングです。
河原では鮎釣りの人や家族連れが夏休みっぽい雰囲気で遊んでます。
と、いうことで、天川村の関門には無事30分ぐらい遅れて到着。めでたくDNFとなりました。イベントで時間ギリギリとかはよくやるのですが、中間でDNFは佐渡以来です。
関門のエイドステーションで、余っていた柿の葉寿司やかき氷をのんびりといただきていたら、「最終走者」らしき人がやってきました。私の30分ぐらい後ろでしょうか?
ここで失格した人は、指定のショートカットコースでゴールの吉野山にもどります。国道309号経由で、長いトンネルがいくつかありますが、基本的に下りの楽な道です。念のためにこのルートもGarminにいれておいたので、迷うこともなくサクサク帰れます。
吉野に近づいたあたりで写真を撮ったらなんとカラスが映ってました。そういえば「ヤタガラス」は吉野の守り神?
グランフォンド吉野名物のラスト1キロの激坂です。私は当然、押して登りました。
ということで、15:30ごろに無事ゴールしましたが、当然「完走」にはならないので、ゴールでは完走賞ではなく、このような「お手紙」をいただきました。
情けないので、ゴール地点から、早めに車を出して、抜け出しました。途中で、ラストの激坂を制限時間目指して登ってくる皆さんとすれ違いました。
参加書類に割引券がついていた「下市温泉」で、深く反省。
大淀町の中華屋さん「未来飯店」で肉ニラと餃子でさらに反省。車なのでビールなし。
ということで、完走できなかった吉野のロングコースですが、どうも今年はコースを大幅変更して、難易度がかなりあがったそうです。そのせいかどうかわかりませんが、大王関西の仲間は誰も出走していないではありませんか。噂では、主催者は「最近、完走率が90%とかなのはいかがなものか。75%ぐらいになるようにハードルを上げよう」という考えで、新コースを決定したらしいです。さすが、15年も続く大会は違います。
個人的には、全般的に登坂スピードが遅いのが課題でしたね。最近、体重が増え気味で、ベストから5キロぐらい増えていて、ただでも低い「パワーウェイトレシオ」が下がってると思います。山岳コースで自転車を押すことも最近多いし。
再チャレンジするのなら体重を5キロ減らしてからですね。来年は、大王の皆さんとスタッフに回りたいと思います。
最近、西国三十三か所巡りとか、バイクキャンプとかの、「旅・観光」を中心にした自転車遊びの比重が高まっているので、再チャレンジは果たしてあるのか?答えは自然に現れれるでしょう。
この日の走行距離は133キロ(うち公式コースは105キロ、獲得標高は2092メートル。 走行ログはこの Garmin Connect に。
















































