ロードバイク リブート
去年11月に落車・骨折して以来乗っていなかった主力カーボン車 (Deddacciai Assoluto RC)を整備したのです。その時の状況は
ツールド東北(落車編)
です。
その後、骨折の方はクリスマスに予定外の鎖骨の再手術とかあったのですが、順調に復元してきています。来週、残っていた左手小指のピンも撤去できる予定です。
ということで、そろそろ、春も近いので、3か月組み立ててなかった自転車を整備。
今回の落車では衝撃はほとんど人間のほうが受けてしまったようで、みたところ自転車に大きな問題はなさそうです。
左ハンドルから着地したようなので、左のバーテープが破れてます。
ちょっとピンぼけですいません。5色の派手なテープの黒いところがぶっちぎれてます。痛々しいので、交換します。
はがしたところです。ハンドルバーにもざっくり傷が入ってます。カーボン製だと割れていたかも。アルミなのでこのまま使います。

予備として買ってあった Deddaの派手な緑のテープをまき直しました。ですが、ブレーキレバーの根元がざっくりと塗装が剥げてます。ブラケットカバーのゴムもボロボロに。カバーだけでも交換したいところです。
フレームのロゴのTの字がなぜか消えかかっています。これは落車とは関係ないでしょうね。輪行とか多いので、あちこち傷がついてるのは仕方ないですね。カーボンなので、別にそこから錆びたりしないので気にしないことに。

ついでに後輪のタイヤがやや摩耗していて接地部が平らになっていたので、一本だけ余っていたPRO3に交換しました。前輪は Vittoria Open Corsa EVOのままにしてあります。どっちも色は赤なのですが、色のついている場所が逆なのでちょっと変なことに。バーテープの色が浮きまくっています。
洗車、注油して、近所を一回りしてみました。ビンディングペダルで自転車乗るの3カ月ぶりです。やっぱり気持ちいいですね。
でも、寒いし、やや風邪気味なので、きょうはここまで。
4月からイベントにもぼちぼち出てみようと思います。以下にエントリーしました。
4/6 Great Earth 房総 (100キロ)
5/25 安曇野センチュリー (80キロ)
6/1 グランフォンド富山 (120キロ)
今年は事故・怪我のないように余裕を持って走りたいと思います。
「独裁者に原爆を売る男たち 核の世界地図」 会川晴之

パキスタンのカーン博士を中心に運営されていた「闇の核市場」についての本です。全体として核兵器拡散の歴史についても書かれています。
いろいろ、知らなかったことが書いてありました。
* 北朝鮮には豊富なウラン鉱山がある。これは元々日本統治時代に日本が採掘しはじめたもの。
* 核兵器製造で一番困難なのはウラニウム同位元素の濃縮。超高速の遠心分離器を大量に連続して動作させる必要がある。
* カーン博士のネットワークでは、その遠心分離器の開発製造はスイス人の一家が担当していた。さすがスイス。
後半は北朝鮮のミサイル開発、イランの核開発、IAEAの核査察などについて書かれています。
IAEAの核査察で日本は最大の査察対象だそうです。実際に核兵器開発の意図の有無には関係無く、施設として保有する、燃料濃縮工場、原発、再処理工場などの量が非核武装国では最大だからだそうです。
最後に、日米で検討されているらしい、モンゴルに核廃棄物最終処理場を作る計画について書かれています。
前半のカーン博士の話はスパイ映画みたいな話ばかりで驚きます。
原発についての議論の裏側には核兵器管理の問題が必ずついてくる、ということがよくわかります。
「ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること 」 ニコラス・G・カー
題名から、ネットばっかやってるとアホになるぜ、という「ゲーム脳」みたいな適当な本かとおもったら思わぬ良書でした。
いきなり「脳の可塑性」というところからはじまります。つまり、人類の脳は、どう使うかによって機能はどんどん変化する動的なものであり、よく言われる「脳は幼児期にできあがったらもう進歩しない」は違うという話です。
実際にロンドンのタクシー運転手は地図をすべて覚えないと免許がとれないので、記憶に関係する「海馬」が解剖学的に大きくなっているそうです。
次に、話は、文字、印刷、本などの発明が、人類の頭の使い方にどう影響したか、という話がでてきます。古代ギリシャの哲学者は文字で言葉を記録する、ということが人間の思考に与える影響をすでに懸念していました。
時代が下り、グーテンベルグの印刷、アルドゥスによる「持ち運び可能な書物」などの発明により、情報の複製、「黙読」の習慣、などが発生し、これも人間の思考方法におおきな影響を与えます。中世ヨーロッパでは「音読」が普通であり、音声化しないまま言語を理解する「黙読」は異常な行為と思われていたのです。
本と黙読が発見されたことにより、人類は、単一のテーマについて長時間集中して脳だけをつかって情報を処理する、という能力を獲得したのです。
さらに、タイプライターが発明され「書く」という行為にも大きな変革があったようです。ニーチェは初期のタイプライターのユーザーで、手書きでは彼の本は書かれることはなかったと思われます。
ここまではすべて言語と脳についての文明史の話で、大変面白いです。ネットもコンピュータも出て来ませんが、もうここまでで、この本の元は取った感じですね。最近読んだ「繁栄」も、人類が繁栄した理由を脳の適応能力と技術進歩の関係で語っていて通じるものがあります。
最後の1/3になってやっと Googleとかの話がでてきます。 Googleの検索は、人間の「長期記憶」の能力をネット側に外部化して、その結果、人間はもっと本質的なことに頭脳を使える、と一般的には思われています。ですが、実は人間の脳の記憶メカニズムは、繰り返し短期記憶に引き戻すことにより、記憶が大脳皮質に海馬から移行していくものなので、外部化された記憶は実は人間の脳の能力を下げてしまうのではないか、という話。
また、Webなどの電子メディアで文章を読む場合の視線や脳の使い方は書物を読む場合とまったく違っていて、注意の集中ができない、ということと、それによる脳の情報処理への影響などの話がでてきます。田舎の静かな場所でリラックスするような行為が実は記憶などの能力を強化することにつながる、という話などが出てきます。
著者はだからといって「ネットを捨てて本を読もう、田舎で暮らそう」とかロハスなことを言っているのではなくて、ネットはすでに人類文明のもっとも重要な要素になってしまっているので、その上で脳をどう使うかはこれからの問題だ、みたいな話です。
著者はこの本を書くために田舎にこもってネットとかを最低限にして執筆したそうですが、書きあがったらやっぱり元のネットどっぷり、 Netflixで映画、Spotifyで音楽、という生活にもどったそうです。
この本を読んで個人的に思ったのですが、私の趣味は自転車と映画と読書ですが、これらに共通することとして、ある一定の時間(30分から数時間)、そのことに集中する、という点があります。自転車はロングライドだと休憩は一時間に一回ぐらいだし、映画も映画館だと2時間連続、WOWOWの録画で見る場合も基本的にはCMも中断もほぼなしに最初から最後まで見ます。本も印刷された本をPCもスマホも置いてよみます。
このネットにつながらない行為を趣味として続けることはこの時代には重要なことではないかと認識した次第です。電子書籍にあまり意欲がわかないのもこの辺に理由がありあそうです。



