私の自転車履歴書
年末らしく、過去を振り返ってみよう。自転車の話です。
小学生の頃は普通に近所の子供と自転車に乗ってました。といっても自宅近所。一番遠くまでいった記憶は、2駅先の動物園まで子供だけで行った大冒険。
中学校に入ってから山の上の坂道だらけのところに引っ越したのですぐ自転車は捨てました。
その後、大学を出て就職して、A市の独身寮にはいったときにママチャリを買って、近所へのお出かけや週末に、駅に行くときに使っていた。
2年ほどして小田急線沿線に引っ越して、その自転車は持っていったと思うが、そこも坂が多かったのであまり乗らなかったと思う。車も買ったので、あまり自転車の出番はなかった。
それから結婚して横浜の横須賀線沿線に引っ越して、ここも坂の上だったので、自転車は乗ってなかった。
その次にカリフォルニアのサンノゼに転勤になり、なんとなく現地で当時流行していた(?)MTBを買った。安いやつ($300ぐらい?)でMongooseのクロモリフレームで、サスペンションとか無いMTBと言えないような自転車だった。買ったのは多分 1995年。
これも自宅周辺をちょっと乗っただけで、しばらくして子供が生まれたので、後ろにベビーキャリアを付けて近所の公園につれていったり、すこし大きくなって三輪車にのれるようになったら一緒に走ったりしていた。
1999年に帰国してきて、こんどは横浜市金沢区に引っ越して、また坂の多いところだった。 Mongooseは小学生になった子供の自転車と一緒に近所の公園に行く程度だった。駅まで自転車で下ると帰りは必ず途中で押して歩くことになった。
2007年に今度は目黒区に引っ越して、子供は中学生になり親とは遊ばなくなり、車も手放して、周辺はほぼ平地なので、1995年に買った Mongooseに移動目的ではなく、楽しみのために乗り回すようになったのが、スポーツ自転車乗りのスタートだった。 来年 2017年は10周年だ。
サイクリングイベントに初めて参加したのは2008年4月の「東京アースデイライド」というイベントだったと思う。これが外苑前スタートで都心の50キロぐらいを走るイベントだったと思う。
この頃から、多摩川サイクリングロードとか野川サイクリングロードをよく走るようになり、羽村まで往復100キロとか、重いMTBで輪行して千葉とか湘南とかも走るようになった。
この頃乗っていた 青い MongooseのMTB。 元々のブロックタイヤは当時ボロボロになっていたので、MAXXISのスリックタイヤに近所のGIANTストアで交換してもらった。
これで多摩サイを走っているとよくロードバイクに抜かれた。やはり長距離走るならロードじゃないといけない、ということに気が付いて、ロードを買うことにした。
色々自転車屋さんでみたりして、クラシックな雰囲気のクロモリ車が良いとおもい、 Basso Viperを近所の自転車屋さん Le Cyc で注文したのが 2008年11月のことであった。
注文すると来るのが待ち遠しいので、その気分でこのブログを2009年3月に書き始めた。最初の記事はこれ。
そして2009年4月4日、Bassoが納車された。
この日にそなえて、MTBにSPDペダルをつけてビンディングの練習とか事前にしていた。
これが納車されたばかりの状態のBasso Viper. 1年後ぐらいに、ハンドルとかホイールを交換した。
この頃、mixiが流行っていて、そこに「自転車ゆるり」というコミュニティがあって、ロードバイクに乗り換えて1年半後ぐらいの2010年秋に、そのコミュニティの走行イベントに参加した。自転車を通じて友達が増えだした。
このViperでは関東の主なサイクリングコースは殆ど行ったと思う。秩父や奥多摩のヒルクライムもかなり行った。
そうすると、なんとなく次はカーボン車にしたらもっと楽しいかも、と思うようになり、検討しだした。結局サイクルモードで試乗とかをして Dedacciai Stradaの Assoluto RCというマイナーな車種にすることにした。フレームが微妙にカーブしているのがカッコよかったのと、路上で走っているのを見た覚えがないブランド、というのが決め手だった。
2011年の11月ごろに近所の「ハイロード」さんで注文して、納車は2012年の6月だった。「ハイロード」ではその前にBasso Viperのフィッテイングを3時間ぐらいかけて入念にやってもらったので、Deddaはその時のジオメトリ―をそのまま再現してもらった。
納車したばかりのころのDedacciai. 納車のときにホイールを以前から使っていたEASTON EA70に取り替え(元はRacing 7がついていた。) ハンドルとステムはフィッテイングのためにDedaの別のものに交換。
2013年ごろに「自転車ゆるり」が解散してしまい、その後は自転車コミュニティとしては「百哩走大王の会」(センチュリーランを走る会)の仲間と会うことがおおくなった。路上より居酒屋のほうがその機会は多かっただが。
ということで、スポーツサイクリングを始めて 3台 乗りついできた。
主力車両は
2007年10月- 2009年4月 Mongoose MTB
2007年4月 - 2012年6月 Basso Viper
2012年6月 - 現在 Dedacciai Starada Assoluto RC
だった。 Mongooseは「自転車ゆるり」のお友達で欲しいという方がいたので差し上げました。
Bassoはまだ保有していて、バックアップ車であり、一時期通勤車にもしていた。頑丈なので、大型のサドルバッグをつけて旅行車として使ったり、飛行機輪行の時に使ったりしている。
青森県をツーリング中のBasso Viper. キャラダイスの巨大バッグを装着。
この3台以外に、 GIANT ESCAPE RX3 (クロスバイク)を通勤用に買ってのっていたが、大学生になった息子にあげてしまった。また、最近、奥様用に Dahonの小径車を買ったのだが、あまり乗ってもらっていない。
Dedacciaiに乗り換えてからシーズン中は毎月のようにロングライドのイベントに出るようになり、現在に至っている。パーツは友人から格安で譲っていただいた MAVIX R-SYSにホイールを交換した以外はあまり変更していないが、輪行が多いので、フレームの塗装があちこち剥げているが、カーボンは錆びないので、ほぼ放置している。今のところ自転車より人間の肉体の方の課題が多いので、買い替える予定はない。変速メカを電動にすると楽だ、という悪魔のささやきが聞こえるが、まだ時期ではない、と言い聞かせている。
また和歌山へ
前回、海岸沿いに関空から和歌山まで走ったつもりだったのですが、地図をよく見ると岬町のあたりの海岸線の道を通っていなかったのです。ということで、ちょっとルートを変更してやり直し!
今回は初めて南海電車に乗って泉佐野まで。そこからまずりんくうタウンへ。
天気は曇りですが、この時期にしては暖かでした。
阪南市の海岸沿いはこういう小さな漁港が並んでました。
漁港の間はこんな感じの歩道みたいな裏道が堤防の内側に通っています。堤防のせいで景色がよく見えません。路面も悪く、ところどころ工事中や階段もあり、ポタリング用のルートならいいですが、がっつり走る道ではなかったです。
漁港にあったしらす屋さんが「いか焼き」をやっていたので、補給。イカを焼いたものかと思ったら、そうではなくて、イカ入りの薄いお好み焼きでした。
この店はバイクラックがあったので、自転車の人がよく利用するのでしょう。
野良猫もいました。漁港は猫が多いです。
岬公園の裏側の海岸沿いの道です。こういうところを走りたかったのです。
裏側からみた岬公園のイルカショーの会場。声しか聞こえない。
前回と同じく、自転車専用峠になっている大川峠へ。
ここまでは順調だったのです。
峠をくだって、新道に合流すると前輪に違和感が。降りてよくみると空気圧がほとんどありません。スローパンクです。原因はわかりません。とりあえず、チューブを交換してCO2インフレーターで膨らまして作業完了。路上でチューブ交換久しぶりです。
遅いお昼をこの「やぐらラーメン」でいただいて、店から出てくると、
また前輪がスローパンクしているではありませんか!大丈夫、チューブはまだ一本ある。
インフレーターは使いきってしまい、ボンベは一本しかもっていなかったので、今度はこの携帯ポンプで空気をいれようとしました。ところが、このポンプの部品(チューブに接続する部分)のねじ止めがきつすぎて、動かないのです。ポンプがないとチューブを交換しても走行できません。万事休す!
問題のポンプはLEZYNEのカーボン製の軽量ポンプでしたが、いつの間にかネジが錆びついたようです。最近、25cのタイヤにしてからパンクすくなくなったし、パンクしてもCo2を使うことが多いので、このポンプは長いこと使っていなかったようです。
幸いなことに、和歌山市内だったので、Google Mapで調べると2キロほど先に「サイクルベースあさひ」があるではありませんか!そこまで自転車を押していきました。「あさひ」で GIANTの携帯ポンプとチューブ2本を買い、店先で作業。
またパンクしてはいけないので、今度はタイヤの内側を念入りにチェックして異物がないか確認。リム側をチェックすると、
MAVIC R-SYSなのですが、溶接部分に貼ってあったテープが一部はがれてました。溶接部にはわずかですが、金属が盛り上がっている箇所があります。これが原因でしょうか?
とりあえず、テープがはがれた部分にガムテープを貼り、金属の突起をカバーします。これが効果があったのか、この後はパンクしなかったです。
いろいろパンクで時間食ってしまたのですが、とりあえず南の方へ海岸沿いに進みます。
紀ノ川の河口にかかる大きな橋をわたると「雑賀崎」というところにでました。ちいさな半島で灯台があります。
灯台から夕陽と小島を眺めます。
和歌の浦の景色のよいところを通って紀三井寺到着。大体5時ごろでした。もう遅いので拝観はしませんでした。
この後は紀三井寺の前の温泉に入って、海南駅まで行きました。
駅前の居酒屋で刺身などを。
予定ではもうすこし先までいく予定だったのですが、海南駅から特急くろしおで帰りました。
走行距離は61キロ、獲得標高は462メートル。
ルートは ここ に。
今日は一日中、風もなく、温かなお天気でした。
これで今年のサイクリングは終了です。
和歌山へ!
今日は、未踏の地、和歌山へサイクリング。
自走で行くと遠いので、まず JR関空快速にのって「りんくうタウン」へ。そこから海岸沿いに進みます。
関空の近くの人工白浜(砂じゃなくて砂利ですが)。
カイト・サーフィンというのでしょうか?狭い湾のなかで器用に往復してました。
ここからしばらく国道で岬まで行きましたが、地図をよく見ると、海岸沿いに道があったようです。そっちに行けばよかった。
岬をすぎると海岸沿いの道になりました。しばらく進むと「道の駅とっとぱーく小島」というのがあったので入ってみます。ここは通常の道の駅と違って海釣り公園が道の駅になっています。
このように海に立派なデッキが張り出していて釣りができます。石鯛とか釣れるようです。
こんな橋で駐車場とつながっています。この場所は元は関空の滑走路を埋め立てるために山の土砂を運び出してくるベルトコンベアと港があった場所で、その施設跡を海釣り公園にしたようです。
道の駅からさらに、行くと「自転車のみ通行可」という分岐があるではありませんか。
行ってみるとゲートが閉まってますが、自転車と歩行者は脇から通ってよいと書いてあります。大川峠というところで、大川トンネルというのが10年ぐらい前に出来たので、旧道を閉鎖したところのようです。
入っていくと、当然静かな山道です。気が道路にせり出していて、あちこち草が生えてします。一応峠なので、ちょっと登ります。自転車乗り一人とすれ違いました。
峠近くからは友が島が見えます。
和歌山側のトンネルのすぐ横に旧道は出てきます。この大川峠は自転車乗りの間では割と有名なコースらしいです。
ここから進むと半島の先端にある加太の町に着きます。ここの港からは友が島(淡路島と和歌山の間にある小さな二つの島)に渡る渡し舟が出る、というので見に行ってみました。
残念ながら欠航でした。あまり天候不良には見えなかったのですが。冬は行く人は少ないでしょうね。
港の横の小さな食堂(えびすや)でしらすたっぷりの丼を遅いランチにいただきました。
加太には淡島神社という人形供養をする神社があるのですが、境内にはいろいろな人形が種類別にわけて並べられていました。ちょっと不気味。
この他にも陶器の狸、招き猫、干支の動物、蛙とかまとめておいてあってインパクトがありました。
加太をでるともうすぐ和歌山についてしまいます。3時半ごろだったのですが、冬は日が短いので、この辺でサイクリング終了。
庭園では遅めの紅葉が見ごろでした。
お城を見た後は、
和歌山ラーメン(山添食堂)を食べて、
温泉に入って、
駅前の居酒屋で一杯やって、和歌山駅から快速で帰りました。
今日の走行ルートは ここに。
走行距離は52キロ、獲得標高は329メートル。寄り道ばかりなので相変わらず距離は伸びません。次は和歌山市から南に行ってみたいと思います。




































