(宇宙1519)今度こそ!!
「千葉工業大:「三度目の正直」超小型衛星をH2Bに託す(毎日新聞より、2015年7月)」
ロケット事故で2回も流星観測用カメラ「メテオ」を失った千葉工業大(千葉県習志野市)は7月、流星観測用の超小型衛星を、今月(8月)に打ち上げられる予定のH2Bロケットに乗せて国際宇宙ステーション(ISS)に運ぶと発表していましたよね
ISSから地球を周回する軌道へ向け、油井亀美也宇宙飛行士(45)らが放出作業を行うということです
同大は「今度こそ無事に打ち上げられてほしい」と「三度目の正直」に望みを託しているそうです
衛星は「S CUBE(エスキューブ)」と名付けられ、箱形(縦横10センチ、長さ30センチ)で重さ4キロ
同大と東北大学が共同開発したものだそうです
ISSから放出された後に地球を周回しながら、彗星(すいせい)や小惑星の「ちり」が地球の大気に飛び込んで流星となった時に発する光を紫外線センサーなどで観測するそうです
今回の衛星はこうのとり5号機に乗せられてH2Bロケットで打ち上げられ、9月下旬にISSから放出される予定だそうです
まずは10~11月のオリオン座流星群の観測を目指すようです
何しろ、メテオが搭載された米民間ロケットが昨年(2014年)10月と先月末に相次いで爆発事故を起こして、器材を失っているので、千葉工業大の関係者はかなり辛く苦しい思いをしていたはず
ロケット打ち上げ失敗のニュースを聞くたびに、器材開発・製造関係者の落胆を感じていました
失敗はつきものですが、それが続くと、心が折れます
今度は、日本のH2Bだから大丈夫だと思います
でも、神頼みでもあるかもしれません
自分も、ミサイル実験の時、大手メーカーが打ち上げ前に関係者全員で神棚に向かって祈る風景をまのあたりにしましたから
自分だって、自衛隊の装備品の試験の時、お札を買ってきて、器材の奥に祭ったことがありました
後は祈るしかない
「H2Bロケット:17日に打ち上げ延期(毎日新聞より、2015年8月)」
三菱重工業と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月14日、鹿児島県の種子島宇宙センターで16日夜に予定していたH2Bロケット5号機の打ち上げを、17日に延期すると発表しましたね
もう絶対、失敗は許されない!
成功してくれ!!
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(科学1520)映画「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」
毎年書いている記事をもう一度
4年前(2011年)、11月に公開された映画「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」
1986年にソビエト連邦(現・ウクライナ)で起こったチェルノブイリ原子力発電所事故を題材にした映画でした
残念ながら、この映画も自分は映画館で見ることができませんでした
同作品は、放射能汚染の危険がある村からベラルーシに越してきた少女カリーナの目線で、チェルノブイリ事故その後を描いたファンタジーだそうです
カリーナは、入院中の母に次のように聞かされる
「チェルノブイリには悪魔の城があり、悪魔が毒をまき散らしているのだ」と
やがて自分も病に倒れたカリーナは、悪魔の悪事を止めるべく、一人、チェルノブイリの森へと向かう
ベラルーシの美しい景色がより一層、運命の残酷さを際立たせる切ない物語になっているそうです
この話を聞いて、自分は、2歳の時、原爆によって被爆し、その後何事もなく無く12歳になったとき、突然白血病が発症し、この世を去った佐々木貞子さんの話を思い出しました
何故、こんな罪もない子供達が犠牲になるのだろうか?
いろいろ問題があった後、関あきよし監督のもとで作られた作品ですが、作品そのものに罪はありません
原発事故以来、いろいろな原発作品が紹介・公開されましたが、これもまた、人々にいろいろなことを教えてくれる一つだと思います
この映画は、以前はTUTAYAでレンタルはできたのですが、今はもう無いようです
放射性廃棄物を題材にした映画「100000年後の安全」はレンタルして見た後、youtubeで無料は維新されました
この放射能が人体に与える影響の真実を描いた映画「チェルノブイリ・ハート」もyoutubeで無料配信されないものだろうか?
- チェルノブイリ・ハート [DVD]/出演者不明
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(戦争と平和1565)終戦記念日・戦没者慰霊の日
今年もまた同じ思いにふけって、同じ記事を自分で読み返しています
70才以上の人は、戦争の事を思い出し故人の墓に参いられただろうか?
中高年の人は仕事がお盆休みで体を休めたり、故郷でのんびりしただろうか?
若者は、何も感じず、ただ、遊びほうけているだろうか?
子供達はどうだろう?
それが、日本の現状かも
この日は、心の中でもいいから、自分の先祖の事を思って欲しい
そして、家系に必ずいらっしゃると思われる戦死された方の事を…
(自分の父方の家系にも戦死された方がいますが、どうやら日中戦争だったようだ)
そして、戦時中、戦いに巻き込まれて亡くなった一般の方の事を…
先祖が生きていたから今の自分があると言うことを…
毎年思うのですが、「終戦記念日」、「記念日」でよいのだろうか?
「終戦の日」ではないか?
「終戦70年…全国戦没者追悼式、日本武道館で(Yomiuri Shimbunより、2015年8月)」
テレビで放送された全国戦没者追悼式を見ながら、今年もふと思いました
話は変わりますが、三十数年前に、今は亡きカール・セーガン博士が「COSMOS」と言う本を出版しています
その本の中で博士は以下のようなことを言っています
「私たちの激情と、よい性質としばしば呼ばれるいるものとの間の対立がある。
人を殺したいほどの怒りは、私たちの脳の奥深くにある、大昔の爬虫類の脳・R領域が引き起こすものだ。
もっと最近になって発達した、爬虫類と人間の脳である辺緑系や大脳皮質と、そのR領域との間には対立がある。」
おいおい、争いそして戦争を起こしている人間(利用された人ではないよ)は、爬虫類の脳に支配されているということか?
なんと愚かなことでしょう
自分たちが有能で高等な人間であると思っていても、争いそして戦争を起こす時は、爬虫類のレベルでしかないのか?
戦争を起こす以前に、兵器開発そして武装推進する人々も同じなのだろうか?
(これは自分にも当てはまるかもしれない、何しろ兵器設計をしてましたから…)
これは、進化というより、退化というべきでしょうね
理性を持って、進化した人類であるなら、爬虫類の脳に支配されないように、争いを回避したいものですね
みなさんは、爬虫類ですか?人間ですか?
シューティングゲームやファイティングゲームに夢中になっている人、勝ち負けしか考えられない人、自己防御しか考えない人、誹謗中傷しかできない人、爬虫類の脳に支配されてませんか?
カッカして、殺意を持とうとしている人、貴方は爬虫類になろうとしています
教育現場の人達、子供達を爬虫類にしないでください
そして、政治家を含めて、指導者の人々よ、爬虫類ですか?人間ですか?
そして、人々を爬虫類におとしめていませんか?
(2007.08.15の手記を利用しました)
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(戦争と平和1564)アニメ映画「風が吹くとき」
今年もまたまた同じ記事を書きます
このアニメ映画は、「スノーマン」などで知られるベストセラー作家レイモンド・ブリッグズ氏が冷戦時代の1982年にイギリスで出版した絵本を、1986年に日系のアニメーション作家ジミー・T・ムラカミ氏がアニメ化した作品です
(あらすじ)
主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦
しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する
2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意し「シェルター」を作るなどの準備を始める
そして突然、ラジオから3分後に核ミサイルが飛来すると告げられる
命からがらシェルターに逃げ込んだ2人はなんとか難を逃れるが、放射能がじわじわと2人を蝕んでいく救援がくると信じて止まない2人は、次第に衰弱し……
(ウィキペディアより)
1986年の作品なので、米ソの冷戦下であった時期ですね
この作品は、原子爆弾より破壊力が大きい水爆つまり今の核兵器のレベルでのお話だと思います
いつもと変わらず田舎で暮らしていた老夫婦は、突然、核戦争が起ったことにより、生活に変化が起こるお話です
イギリスの作品なので、この老夫婦が住んでいるのは、ロンドンの郊外なのでしょう
ロンドンには息子達家族が住んでいて、たまに図書館へ本を読みに行くという感じです
ある日、図書館に行って、借りてきた本は、核シェルターの作り方でした
家の戸を壁に立てかけた程度のものです
核爆弾の閃光や熱線は防げても、爆風やもっと恐ろしい中性子線は防ぐことはできません
これも、核兵器の効果を知らないことからくるものでしょうね
原子力発電所がどのような隔壁になっているかわかりますよね
放射線が貫通しないように、鉛の壁に何重にも覆われているのだから…
(そこから放射性物質が洩れだしたら、どうなるか、原発事故が起こった今、よくわかりますよね)
一般市民が核シェルターを作るのは並大抵のことではありません
通常爆弾と違って、放射線はなんでも貫通するために、人は逃げる事ができません
(放射線によって違いはあります)
そんなことも分からずに、老夫婦は、核爆弾が落ちた後、シェルター生活を行いますが、放射線の影響からの被爆症状が出始めて、だんだん衰えて行きます
知らないとは恐ろしいことです
この作品が発表されてから20余年、冷戦構造が崩壊し、世界の状況は変わりましたが、核兵器をパワーゲームの切り札とみなして、核兵器はいまだに存在し、あわよくばさらに持とうとする国もあります
そんな今でも、この映画は、通用するのではないでしょうか?
レンタルショップにDVDが置いてあると思いますので、一度見てください
主題歌を歌っていたのは何と、デビッド・ボーイでした
(去年・一昨年・3年前・4年前・5年前の記事を引用しました)
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(戦争と平和1563)「かたりべさん」
去年(2014年)、NHK総合で放送されたドラマ「ヒロシマ8.6ドラマ「かたりべさん」」を見た
終戦から70年、被爆者の平均年齢80歳を越えた
あの悲劇を語れる人が少なくなってきている
それは、長崎も、沖縄も、そして、太平洋戦争を経験した人たちもということだ
当時の写真そしてその状況の文書はあっても、当時の状況を口に出して語る彼らに勝るものはない
人だから、人へ気持ちを伝えることができる
どんなに多くの写真や文書があっても、その気持ちを伝えることができない
8.6
その時、自分の祖父は、自分の父は、何を見て、何を感じたのだろう?
それすら、もう、わからないのだ
現存する被爆者の証言を伝承するために、若い世代の語り部を養育しはじめた
その姿を描いたのが、このドラマ
http://www.nhk.or.jp/hiroshima/kataribesan/
平成27年8月は、被爆から70年の節目
貴重な被爆体験の風化がますます懸念される中、 NHK広島放送局は被爆地の放送局として、2年間をかけて“被爆証言の記録”と“若い世代への継承”を進めているそうです
その一環として、ヒロシマ8.6ドラマ「かたりべさん」の制作をスタートさせたそうです
今年、被爆70年を迎えた広島
20歳で被爆した人も90歳
いよいよ被爆体験を語り伝えることが困難になってきました
「原爆の恐さ、平和へのメッセージを、今後広島からどう発信し続けていくのか?」
広島市が3年前から募集を始めた「被爆体験伝承者養成事業」を、就活真っ最中の若者を主人公にドラマ化し、「若い世代に被爆体験を伝えていく」意味を問うたドラマでした
自分も、若い人たちと一緒に、出来ることをやって行くしかない
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(戦争と平和1562)映画「夕凪の街 桜の国」
毎年2007.08.02の手記を引用して書いてます
毎年、同じことをくり返します
今年(2015年)も、8月6日に持っているDVDを見ました
この映画は、映画館でも見ました
その後も、レンタルして見ました
CSで放送された時もみました
そして、DVDを買って、家族に見せました
ただ、残念なのは地上波で放送されていないので、みなさんが見ているわけではありませんね
8月6日、8月9日は過ぎましたが、何度でも、見たい映画の一つです
何度もブログでは話していますが、自分の祖父は、被爆者です
8月6日、祖父は通勤途中、被爆したようです
祖父に直接聞いたことがないので、詳細はわかりません
その祖父も1999年に92歳で他界しています
祖父は晩年、前衛書道の書家として生きましたが、被爆当時は広島師範学校で教鞭をとっていました
8月6日は、いつもと変わらず学校へ行く途中だったと言うことです
ただ、比治山のふもとだったために、山の陰になり、直接「ピカ」の光(原爆の閃光)は浴びずにやけど等は負いませんでした
(原爆はピカッと光ってドーンと衝撃を受けたので、みんな「ピカ・ドン」と呼んでいます)
しかし、放射線の影響でしょうか、以降、白内障が発症し、失明しそうになっていたと言うことです
いつも、サングラスをかけていたのを思い出します
その祖父が被爆者であったなどということは自分が大学生になってもわかりませんでした
ふとしたことから、被爆者手帳の話が出て、たまたまわかったのです
祖父自身、被爆者手帳をもらおうとは思わなかったようです
被爆者とはそんなものなのでしょうか?
当然、広島の人間であり高齢者なのだから、疑うこともあっていいはずでしたが…
祖父も被爆について進んで話そうとはしませんでした
そして、自分の父も、原爆投下後、二日目の朝に広島市内に入っていることが母の証言でわかりました
てっきり、父は疎開していると思っていました
知らないということは恐ろしいことです
父は当時14才
父は、広島市内の学校に通っていました
ただ、原爆投下の時には阿品(宮島の近く、市内から20km以上離れた所)の方に父の学年だけ出かけていて(学徒動員)、直爆を免れたようです
祖父は父の安否を心配し、当時、父を捜したようです
その後、祖父は嘔吐や下痢を激しく起こしたと言うことですから(叔母からの情報)、放射線の影響や黒い雨(放射性物質を含んだ雨)を浴びた影響が出たのかもしれません
父は、「原爆雲は見ていない」と母に言っていたらしいのですが、本当かどうかわかりません
父は、原爆が落とされた翌日、下の学年の安否を調べるために広島市内に入りました
下級生は全滅だったそうです
もし、父がその日、下級生といっしょにいればこの世にいなかったでしょう
その場合、今の自分もこの世に存在することがなかったでしょう
なんという運命のいたずらでしょうか?
父の被爆者手帳はありませんでした
原爆症が出なかったということだからでしょうか?
これも不明です
当時、二日目でも放射能物質は無くなっていなかったと思います
(現在、問題になっている残留放射能の問題です)
すると、自分も妹も被爆二世?
そして、私の二人の子供達は被爆三世?
戦争を知らない世代なのに、戦争の傷跡が遺伝子にあるということでしょうか?
みなさん想像できますか?
その傷跡のためでしょうか?
次男は口蓋裂と言う奇形で生まれてきました
研究の結果、原爆の影響は遺伝しないとは言われています
しかし、最近の報道では、放射線によるDNAへの損傷は、時間が経っても影響がでることがわかってきました
DNAの損傷があるまま、遺伝することはないのでしょうか?
父は胃ガンのため37才の若さでこの世を去っています
その原因が、原爆であるかは、もはや確かめることはできません
父は地方新聞である中国新聞の新聞記者をやっていましたので、仕事の多忙さとストレスの為に胃ガンになったのだろうと言われています
本当でしょうか?
今になって不明な点はたくさんあります
広島の人間なのに自分の家族の事を知らないとは情けないことです
でも、それはもう遅い
今できることは、かみさんや子供達に、自分が学んだ原爆の事を継承して行くことでしょう
そして、核(放射性物質)というものの恐ろしさを十分に周知させなくてはならないでしょう
自分の体にはケロイド(やけどのあと)があります
被爆者でもないのにです
三歳の時に岡山で、煮え湯をかぶって大やけどをおったあとです
このとき、自分は死にかけました
母は手術すればきれいになると言ってくれたのですが、自分はそのまま残しました
母の一生涯の悔いだそうです
今となっては、広島の被爆時のケロイドとそっくりなのがなんとも言えません
今も原爆症で苦しんでいる被爆者は多数いらっしゃいます
(広島、長崎だけではありません。全世界の核実験の被害にあった土地の方々や核兵器を製造した方々も同じです)
でも、70年もたつとみんな高齢になっています
祖母のお兄さんは健在ですが、被爆者かもしれません?
でも、話してくれません
そして、今、考えてみると自分の友達にも被爆二世は多数いたはずなのです
でもわかりません
原爆をテーマにした映画や本は多数あります
映像や活字として、それに触れる人はいるかもしれません
でも、知ったとしても、その後、継続して考えるでしょうか?
核(放射性物質)はまだ世界中に存在します
それが使える状態にある脅威を認識しておいてほしい
そして、核弾頭が誤作動しないという保証はありません
なぜなら、人間が作ったものですから…
じゃあ、どうすればいいのか?
無くして行くしかない、無力化して行くしかないでしょう
誰が?
みんなで考えてです
さらに世界には、当たり前に使用している電力の源に原子力発電所があります
日本では、残念ながら、東日本大震災で福島第一原発が事故を起こして、メルトダウン、放射性物質が空中・海中へ飛散してしまいました
いまだに、原発が完全に無毒化されてはおらず、さらに、汚染水はいまだにたまり続けています
これだけの大変な事が起こったのに、また、原発は再稼働しました
今度、もし、チェルノブイリ原発と同じ、大事故が発生していたらと思うとぞっとします
広島に落ちた原爆は市内レベル(半径4km)程度の影響力しかありませんでしたが、今の原発が「最悪の事故」を起こすと半径600kmに放射性物質(放射線)をまき散らすことになります
つまり、日本全土が汚染されます
安全神話が崩れた原発
人間が作ったものです、安全性に絶対はありません
(今度、「最悪の事故」は絶対起こらないと言い切れる人はいますか?原発以外でも、危険なプラントはいくらでもあると言い訳をする人は数多くいます)
そこまで、危機感を感じておいてほしい
原爆は悲惨だ、戦争をしていはいけないだけで終わっては決していけないと思うのです
地球という大自然のエネルギーが、核や原発に誤作動を起こさせる可能性は0では無いと思います
もう一度、この映画「夕凪の街 桜の国」を見て感じて欲しいのです
(2007.08.02の手記を利用しています)
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(科学1519)今日は、ある歌手の命日
毎年、同じ記事ですが…
今日(8月12日)は、歌手坂本九(さかもと きゅう、1941年12月10日 - 1985年8月12日)さんの命日
歌手の坂本九さんを若い人は知っているだろうか?
当時、坂本さんは、その名の九をとって、「九(きゅう)ちゃん」と親しまれていました
坂本九さんと言えば、ビキニスタイルのお嬢さん・ステキなタイミング(1960年)、上を向いて歩こう(1961年)、見上げてごらん夜の星を(1963年)、明日があるさ(1963年)、幸せなら手をたたこう(1964年)、涙くんさよなら(1969年)等、好きな曲があります
最近ではCMでも、九ちゃんの歌はよく使われているので、歌を聴けば、若い人もわかるかもね
その坂本九さんは、1985年8月12日、520人の命を奪った日本航空・東京-大阪123便墜落事故に巻き込まれました
あの事故から、もう30年
「日航機事故30年:鎮魂の灯籠流し 亡き人たち思い(毎日新聞より、2015年8月)」
「御巣鷹の尾根:事故から30年 孫らも加わり追悼登山(毎日新聞より、2015年8月)」
「事故原因について、1978年(昭和53年)6月、伊丹空港での「しりもち事故」で損傷した後部圧力隔壁のボーイング社修理チームによる修理がずさんだったため、圧力隔壁が金属疲労を起こして破壊され、急激な減圧とその時発生した衝撃波が垂直尾翼に流れ込み、日本航空機123便は垂直尾翼の2/3とテールコーン(補助動力装置などが入っている)を失ってしまったとしています」
この記事が本当であるなら、「修理ずさん」とはもってのほかだと言えるでしょう
「日航機墜落30年 安全運航への誓いを新たに(Yomiuri Shimbunより、2015年8月)」
当時の航空事故調査委員会は、上記のように結論付け、日本航空に対しても、「点検方法に十分とはいえない点があった」と指摘したようですね
日航は事故後、整備システムの全面見直しなどを実施しましたが、それにもかかわらず、2005年に整備ミスなどが相次ぎ、国土交通省から事業改善命令を受けました
対応策として、2006年に羽田空港内に設けた「安全啓発センター」は、社員教育の拠点として大きな役割を果たしているようですね
圧力隔壁の残骸や遺品、遺書を目にすることで、社員は安全運航の大切さを再認識しているようです
日航機事故後、国内航空会社で乗客が死亡する事故はありません
ただし、一歩間違えば大惨事となりかねない重大インシデント(事故・事件)は後を絶ちません
6月には那覇空港で、離陸直前の全日空機の前を自衛隊ヘリが横切るトラブルがありました
最近起こった小型機の墜落事故といい、人為的なミスが目立つような気がします
目先の小事が後になって、大事になる場合があります
航空や鉄道業界では、1件の重大事故の裏に29件の軽い事故、300件の小さなミスがあると言われるそうです
これは、航空機、船舶、鉄道などのような大量輸送機関は、当然、認識していなければならないことです
(大規模プラントであっても同じ事でしょう)
(中国の高速鉄道で起こった大事故も、まさにその通りのことでしょう。そして兵器(核兵器・原発を含めて)だって同じことなのです。自分も兵器設計は行ったことがあります)
そして、一般の人の日常についても同じことは言えると思います
所有されている自家用車、スクーター、自転車等は、たまには自己点検されていますか?
自転車に油を差していますか?タイヤの空気を入れていますか?
自家用車は、定期点検があるからいいやと思わないでください
乗車する前のちょっとした点検、エンジンの異音はありませんか?
そして、おかしいなと思った時は、専門家に問い合わせること
そんな事が、みんなの命を守ることになるのです
あらためて、この日、事故に会われた520名方々げ謹んでご冥福を申し上げます
(去年・一昨年・3年前・4年前・5年前の記事を引用しました)
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(戦争と平和1561)次世代への継承
毎年、この時期に繰り返し記事にしているものを再度、書きます
8年前の日テレの23時からのNEWS ZEROで、知花くららさんが、祖父の沖縄戦の話を取材したコーナーを拝見したことがありました
彼女は沖縄出身ですが、祖父母から沖縄戦がどうであったか聞いた事がなかったと言います
戦争体験者の高齢化が進んでいる今、その事実を話す人が少なくなっています
戦争を知らない自分たちはその事実を受け継いで、子ども達に継承していかないとならないでしょう
(事実を伝えるために)
知らない事は恐ろしいことです
また間違った受け取り方をしても良いとは言えません
広島出身の自分でさえ十数年前までは、あまり考えてもいませんでした
でも、今は危機感を感じる事があります
そして、8年前のNHKの教育番組にて、小学生・中学生が、今後、戦争が起こり、また、彼らが巻き込まれる不安を抱いているレポートを書いているのを見て驚きました
(集団的自衛権が推進されている中、この不安はもっと大きくなっているかもしれません)
また、沖縄戦で、祖父が戦って亡くなった子どもが、祖父の亡くなった場所に行って、思いを告げるシーンを見て、胸が詰まる感じがしました
戦後60年であった10年前も、女優の綾瀬はるかさんが、広島で祖母に初めて、被爆の現状をレポートして、その惨劇を知った事がありました
(これは、「ヒロシマ あの時、原爆投下は止められた」と言う本になって発売されています)
6年前は、モデルの相沢紗世さんが、自身被爆三世ということを告白し、NHKの原爆関係の特番に出演されていました
5年前も8月6日のNHK放送で吉永小百合さんほか多数の歌手が集まり、平和の祈りを込めたコンサートを行っていました
吉永さんは、このほか、広島・長崎さらには沖縄の惨劇に対する詩の朗読を行っていらっしゃいますね
この活動は、もう毎年行われる恒例のこととなってきました
少しでも、それが、広がって、戦争に対する拒否の意識を持ってもらうためです
長崎の高校生たちは世界への働きかけをおこなっているようです
「微力だけど無力じゃない」
いい言葉ではありませんか
今年も、自分の町は、女優さん達が来て、広島・長崎さらには沖縄の惨劇に対する詩の朗読を行います
これには行けませんが、隣町で毎年行われている原爆の朗読劇を先日聴講することができました
これはタレントさんの活動ではないですが、市民の有志の活動です
戦後70年、今年も、タレントさんが、いろいろな活動をしています
タレントさん達が、これだけ活動しているのです
それでも、国民の戦争に対する意識はどんどん薄くなっていませんか?
戦争経験者の口は堅いです
トラウマになっているからだと思います
いまこそ、戦争体験者にその事実やその目、耳、体で感じた事を聞いて、手遅れにならないように、私たち戦争を知らない世代が継承して行かねばならないでしょうね
でも、国民全体にそれを意識させるのは、凡人である自分たちより、メディアに影響力がある吉永さんや知花さんなどのタレントさん達の力も必要だと思います
そして、ネットワークが発達した現代では若い人たちの力も可能性を秘めていると思います
以下で、被爆者・戦争体験者のインタビューを見ることができます
Hiroshima Archive|ヒロシマ・アーカイブ
http://hiroshima.mapping.jp/
Nagasaki Archive|ナガサキ・アーカイブ
http://nagasaki.mapping.jp/
The Peace Learning Archive in OKINAWA 沖縄平和学習アーカイブ
http://peacelearning.jp/
(2007年8月9日の手記を引用しました)
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(* ̄Oノ ̄*)
(戦争と平和1560)第2の白血病(MDS)
去年(2014年)の記事をもう一度
一昨年(2013年)に放映されたNHKスペシャル「終わりなき闘い」を見ての手記
広島長崎の被爆者たち「第2の白血病(MDS)」増加
謎に迫る医師の執念、原爆放射線の脅威が明らかに
「原子爆弾が私の中にいる」
そう言い残して亡くなった被爆者がいた
原爆投下から68年(2013年のこと)
今、「第2の白血病」が増えている
72歳の女性は広島の爆心地から2.5キロ地点で被爆した
今まで病気はない
だが、今年、白血球に異常が見つかった
発症した被爆者はみな「来るものが来た」と話す
一度は助かった命が何故、再びむしばまれるのか?
原爆の放射線は1千万の1ミリに満たない傷を染色体につけた
位置や程度により、発症時期が変わるのだと言う
そのメカニズムに震えた
番組では「核兵器は最悪の疫病」と治療法を探し続ける医師の姿も紹介する
時限爆弾のようだ
終わることのない地獄
その脅威がなくなる世界は、まだ見えない
(朝日新聞、2013年8月6日より)
原爆の発する放射線は、人の体を貫通し、人の細胞を傷つけ、そして、染色体(DNA)をも傷つける
普通の傷なら、時間が経てば治るかもしれない
でも、細胞の傷、そして、DNAの傷はそうではない
時限爆弾のように、ある日突然病気のスイッチが入って、発症する
DNAの傷とはそんなにやっかいなものなのか?
人は、体の中の異常を自分で修復する機能を太古の昔から持っているはずなのに…
DNAの傷までは治すことはできない
DNAは体の設計図だから?
設計図が傷ついたら修復は不可能なのか?
放射線がDNAを傷つけるということは、それほど恐ろしいことだということだろうか?
(実際、宇宙から飛来する宇宙線によってもDNAは傷つけられているはず)
現在、医学では放射能による障害は遺伝しないと言っている
でも、被爆者が68年も経って、白血病を発症させるぐらいDNAの傷はデリケートなら、「遺伝はない」とも言い切れないように感じてしまう
時間が経てば経つほど、放射線による人体の影響の恐ろしさがわかってくる
福島第1原発の作業員の積算放射量の管理のずさんさが問題になっている
もしかしたら、かれらに時限爆弾が仕掛けられたかもしれない
かれら全てのDNA調査は行っておく必要があるのではないか?
(いやそんな途方もないことは不可能か?)
甲状腺がんの恐れがある子供達のDNA調査を行っておく必要があるのではないか?
時限爆弾のスイッチが入ってからでは遅いように思える
そして、原発事故により放射線にされされた関東一円
たとえ放射線量が低い状態であっても、みんなDNAに傷はないだろうか?
自分の息子が口蓋裂(障害)を持って生まれたその時は、その原因がわからりませんでした
DNAの傷が遺伝するなら、考えられる原因の一つだろう
なぜなら、自分は被爆二世だから
(広島に住んでいるとき、口唇口蓋裂の子供達は周りにたしかにいた)
この番組を見て、改めて放射線への人体の影響が心配になった
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
ヾ(@°▽°@)ノ
(戦争と平和1559)平和祈念式典
8月9日長崎
今日、快晴の中、長崎で平和祈念式典が行われました
長崎は、自分にとって、原爆以外にも関わりのある町です
長崎県には姪が広島市から嫁いでいます
自分が福岡に転勤していたときも、仕事で度々訪れていました
その時、防災関係の仕事で土木作業を行いました
その後、茨城の工場に帰ってからも、別の仕事(防衛関係の仕事)で、全く違う仕事のために、度々、長崎を訪れました
自分にとって、縁が深い土地かもしれません
そんな長崎市に、70年前の8月9日11時2分、原爆が炸裂しました
(「ファットマン」プルトニウム型、ちなみに広島市に落とされた原爆は「リトルボーイ」ウラン型)
長崎の平和公園や平和記念資料館は見に行きました
今の長崎からは、想像できない写真が多くあって、衝撃をうけました
広島で平和記念資料館を幾度見ていてもです
今の長崎は、その当時の傷跡も無く、すばらしい町になっています
しかし、その長崎市も、戦後、長崎市の中心地(繁華街)である思案橋が1m以上もの水に浸かってしまう大災害(土石流)にあっています
(自分はその災害に対する防災設備の設置工事を長崎で行いました)
そのたびに復興している町なのです
広島より、いろいろな被害にあっていると言っていいかもしれません
そして、転勤している時、長崎の原爆について同時に勉強しました
広島市出身の人間で親族に被爆者を持つ人間だからそれができましたが、他県の人間だったら原爆すら気づかなかったかもしれません
原爆について何も知識のない茨城出身のかみさんも新婚旅行の時に長崎の平和記念資料館に連れて行きました
(当然、広島の平和公園や平和記念資料館もかみさんや子ども達を連れて行っています)
災害などの被害は、テレビや新聞、写真で見ても恐いだけで、実感がわかなのが現実ではないでしょうか?
それが人間かもしれません
実際にその地に行って感じるしかないでしょう
人間は病気でも事故でも何事も自分で体験しないと本当の危機感が湧いてこないような気がします
でも、今の自分たちには、少しでもそれを感じ想像することが必要だと思います
メールやブログで、すべてが伝わるとは思っていません
でも、感じてもらえれば、興味を持ってもらえれば、まず、一つハードルを越えることはできると思います
何も言わないよりはましでしょう
何も知らないでは、平和を語れるはずはないのだから…
(2007年8月9日の手記を利用しました)
P・S 長崎の式典は今年もテレビのテロップは「長崎平和「祈念」式典」となっていましたね
なぜ、広島は「記念」なのでしょうか?
長崎の式典は、高校生が進行しているのがいつも新鮮に見えます
次世代に認識させるためにもこんなことは必要ではないかなと今年も感じました
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