(戦争と平和1562)映画「夕凪の街 桜の国」
毎年2007.08.02の手記を引用して書いてます
毎年、同じことをくり返します
今年(2015年)も、8月6日に持っているDVDを見ました
この映画は、映画館でも見ました
その後も、レンタルして見ました
CSで放送された時もみました
そして、DVDを買って、家族に見せました
ただ、残念なのは地上波で放送されていないので、みなさんが見ているわけではありませんね
8月6日、8月9日は過ぎましたが、何度でも、見たい映画の一つです
何度もブログでは話していますが、自分の祖父は、被爆者です
8月6日、祖父は通勤途中、被爆したようです
祖父に直接聞いたことがないので、詳細はわかりません
その祖父も1999年に92歳で他界しています
祖父は晩年、前衛書道の書家として生きましたが、被爆当時は広島師範学校で教鞭をとっていました
8月6日は、いつもと変わらず学校へ行く途中だったと言うことです
ただ、比治山のふもとだったために、山の陰になり、直接「ピカ」の光(原爆の閃光)は浴びずにやけど等は負いませんでした
(原爆はピカッと光ってドーンと衝撃を受けたので、みんな「ピカ・ドン」と呼んでいます)
しかし、放射線の影響でしょうか、以降、白内障が発症し、失明しそうになっていたと言うことです
いつも、サングラスをかけていたのを思い出します
その祖父が被爆者であったなどということは自分が大学生になってもわかりませんでした
ふとしたことから、被爆者手帳の話が出て、たまたまわかったのです
祖父自身、被爆者手帳をもらおうとは思わなかったようです
被爆者とはそんなものなのでしょうか?
当然、広島の人間であり高齢者なのだから、疑うこともあっていいはずでしたが…
祖父も被爆について進んで話そうとはしませんでした
そして、自分の父も、原爆投下後、二日目の朝に広島市内に入っていることが母の証言でわかりました
てっきり、父は疎開していると思っていました
知らないということは恐ろしいことです
父は当時14才
父は、広島市内の学校に通っていました
ただ、原爆投下の時には阿品(宮島の近く、市内から20km以上離れた所)の方に父の学年だけ出かけていて(学徒動員)、直爆を免れたようです
祖父は父の安否を心配し、当時、父を捜したようです
その後、祖父は嘔吐や下痢を激しく起こしたと言うことですから(叔母からの情報)、放射線の影響や黒い雨(放射性物質を含んだ雨)を浴びた影響が出たのかもしれません
父は、「原爆雲は見ていない」と母に言っていたらしいのですが、本当かどうかわかりません
父は、原爆が落とされた翌日、下の学年の安否を調べるために広島市内に入りました
下級生は全滅だったそうです
もし、父がその日、下級生といっしょにいればこの世にいなかったでしょう
その場合、今の自分もこの世に存在することがなかったでしょう
なんという運命のいたずらでしょうか?
父の被爆者手帳はありませんでした
原爆症が出なかったということだからでしょうか?
これも不明です
当時、二日目でも放射能物質は無くなっていなかったと思います
(現在、問題になっている残留放射能の問題です)
すると、自分も妹も被爆二世?
そして、私の二人の子供達は被爆三世?
戦争を知らない世代なのに、戦争の傷跡が遺伝子にあるということでしょうか?
みなさん想像できますか?
その傷跡のためでしょうか?
次男は口蓋裂と言う奇形で生まれてきました
研究の結果、原爆の影響は遺伝しないとは言われています
しかし、最近の報道では、放射線によるDNAへの損傷は、時間が経っても影響がでることがわかってきました
DNAの損傷があるまま、遺伝することはないのでしょうか?
父は胃ガンのため37才の若さでこの世を去っています
その原因が、原爆であるかは、もはや確かめることはできません
父は地方新聞である中国新聞の新聞記者をやっていましたので、仕事の多忙さとストレスの為に胃ガンになったのだろうと言われています
本当でしょうか?
今になって不明な点はたくさんあります
広島の人間なのに自分の家族の事を知らないとは情けないことです
でも、それはもう遅い
今できることは、かみさんや子供達に、自分が学んだ原爆の事を継承して行くことでしょう
そして、核(放射性物質)というものの恐ろしさを十分に周知させなくてはならないでしょう
自分の体にはケロイド(やけどのあと)があります
被爆者でもないのにです
三歳の時に岡山で、煮え湯をかぶって大やけどをおったあとです
このとき、自分は死にかけました
母は手術すればきれいになると言ってくれたのですが、自分はそのまま残しました
母の一生涯の悔いだそうです
今となっては、広島の被爆時のケロイドとそっくりなのがなんとも言えません
今も原爆症で苦しんでいる被爆者は多数いらっしゃいます
(広島、長崎だけではありません。全世界の核実験の被害にあった土地の方々や核兵器を製造した方々も同じです)
でも、70年もたつとみんな高齢になっています
祖母のお兄さんは健在ですが、被爆者かもしれません?
でも、話してくれません
そして、今、考えてみると自分の友達にも被爆二世は多数いたはずなのです
でもわかりません
原爆をテーマにした映画や本は多数あります
映像や活字として、それに触れる人はいるかもしれません
でも、知ったとしても、その後、継続して考えるでしょうか?
核(放射性物質)はまだ世界中に存在します
それが使える状態にある脅威を認識しておいてほしい
そして、核弾頭が誤作動しないという保証はありません
なぜなら、人間が作ったものですから…
じゃあ、どうすればいいのか?
無くして行くしかない、無力化して行くしかないでしょう
誰が?
みんなで考えてです
さらに世界には、当たり前に使用している電力の源に原子力発電所があります
日本では、残念ながら、東日本大震災で福島第一原発が事故を起こして、メルトダウン、放射性物質が空中・海中へ飛散してしまいました
いまだに、原発が完全に無毒化されてはおらず、さらに、汚染水はいまだにたまり続けています
これだけの大変な事が起こったのに、また、原発は再稼働しました
今度、もし、チェルノブイリ原発と同じ、大事故が発生していたらと思うとぞっとします
広島に落ちた原爆は市内レベル(半径4km)程度の影響力しかありませんでしたが、今の原発が「最悪の事故」を起こすと半径600kmに放射性物質(放射線)をまき散らすことになります
つまり、日本全土が汚染されます
安全神話が崩れた原発
人間が作ったものです、安全性に絶対はありません
(今度、「最悪の事故」は絶対起こらないと言い切れる人はいますか?原発以外でも、危険なプラントはいくらでもあると言い訳をする人は数多くいます)
そこまで、危機感を感じておいてほしい
原爆は悲惨だ、戦争をしていはいけないだけで終わっては決していけないと思うのです
地球という大自然のエネルギーが、核や原発に誤作動を起こさせる可能性は0では無いと思います
もう一度、この映画「夕凪の街 桜の国」を見て感じて欲しいのです
(2007.08.02の手記を利用しています)
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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
(-^□^-)
