またまた1年以上も間を空けてしまいました。ほとんど忘れられてますよね。まぁ、書いてる本人が忘れてるんですからどうにもなりません。
2019年は本当にいろいろな出来事がありました。新津章夫に関するものは、なにもありませんw 死んだ人は、新しい行動はとらないからです。当然ですが。
まず、3月に我々の母親が亡くなりました。来年の東京五輪を見ることを楽しみとしていただけに残念です。彼女にとっては、1964年に続く2度目の東京五輪。
実は新津章夫は千代田区の中学生の1500メートルだったかな? 最高記録保持者でした。1964年、思春期を迎えていた新津章夫は、東京五輪でマラソンのアベベの金メダルに触発されて長距離の選手を志したのでした。その頃、千葉の田舎に住んでいたことがあって、暇さえあれば近くの森や林をひた走り。東京の中学に通うために駅まで毎日走り…。まぁ、それで役に立ったことといえば、修学旅行の日に寝坊して、学校を出た最後尾のバスに走って飛び乗った時(走り寄ってくる学生がいたので運転手さんが気がついて乗せてくれたそうですが・・・)くらいでしょうかね。
というわけで、母親はスポーツ観戦が大好きだったのでした(なにが、というわけでかわかりませんが)。
その2は、イタリアで器械体操をやっている私の娘(16歳)が膝の故障で現役引退となったこと。新津章夫の姪です。新津章夫が亡くなった時、あまりのつらさから逃れるために製造をいたしました。当初は、AKIYOと名づけようと思ったほどで、さすがにそれは妻から「あなたの気持ちはわかるが別人格である」と諭されました。
娘は新津章夫の魂を受けついたのか、なかなかのスポーツウーマンで11歳のときにイタリアのCSENという大会で、全国大会優勝したこともあります。その時は、これはすごいことになるのかな??? と夢膨らんだものですが、夢以上に大きくなったのが彼女の身長で現在173センチ。器械体操の選手としてはこの数年は、どんどん落ちるばかりで、去年のフェデレーションカップのシルバーという二部カテゴリーの全国大会9位が体操選手としての最高位となりました。昨年から練習中に膝の痛みを訴えるようになり、チームのフィジカルドクター、及び医者から、これ以上続けると日常生活にも支障が出ると言われて現役引退を決意。もう先はなかったとはいえ、残念です。
夏には私の妻に乳がんが見つかり緊急手術。さらに転移も見つかり再手術。幸い命の別状はない良性の細胞だそうですが、抗がん剤治療をしています。
そして、つい最近、義母が倒れて・・・。
これだけ悪いことが続くのって、なかなかないんじゃあないですかね。ま、これも運命と思ってLet it beでいるしかないですわ。
私の大好きな映画「ホテル・ニューハンプシャー」のラストシーンの言葉(ロブ・ロウのモノローグ)。
「人生は夢の中で作られる。しかし、夢は儚く消えてしまう。その後は、つらい現実ばかり(映画の主人公ロブ・ロウの亡くなった家族の回想の言葉が続く)。それでもなんとか生きていかなければならないのだ」。
まさにそんな感じです。それでもなんとかやっていくしかありません。
2020年が皆さんにとっても、より良い年になりますようにお祈りしております。
新津章夫・実弟、新津隆夫拝
新津章夫「ホワイト・クリスマス」(ウィンターワンダーランドより)