脱妖怪への道
ここ2,3カ月ほど、美容活動に血道をあげている。
きっかけは、昨秋、夫ペーター(在仏30年日本人)と2.5カ月ぶりに会ったら、
当人が「口の周りが下がってる!下がってる!」と私の顔をみて何度も言ったこと(怒)が1つ。
しかし、彼の場合、私をからかうとか、意地悪しようとかいう意図はなく、
小学生が見たままを、そのまま口にしてしまうように、邪気は無かったと思う。
つまり「事実」を言っていたのだと思われる。
もう1つは、12月に転職した新たな職場より顔写真を送るよう要請され、
夫にスマホで写真を撮ってもらったところ、
「私の顔は、こんなに老けているのかっ?!」と衝撃を受けたこと。
ねえ、私って写真映り悪いんじゃない~?と、かなり本気で夫に聞いたところ、
この小学生のような無邪気で素直な夫は、
「同じだよ、同じ~、セイム、セイム!」と明るくのたまった(怒)。
やはり、写真映りが悪いだけ、などというのは図々しいんでしょう。
この、たるんだ妖怪のような顔は、まさしく私なんでしょう。
旅行などいっても、自分の写真を全く撮らないので無自覚だったが
写真というのは、よく言われるが、実に恐ろしい真実を突き付ける。
確かに、この劣化した顔については、身に覚えがある。
昨年の夏以降、急に仕事が多忙になったのと転職活動が重なり、
色々と悩みが増えて眠れなくなり、食事もきちんと摂らなくなったことから、
成人してからほとんど変わらなかった体重が3キロ減り、
おそらく顔の衰えにも影響していたと思う。
経年だけではない、ストレスによるものも大きかったのでは。
それに、顔のお手入れなどには全く無頓着な性格で、
化粧品もドラッグストアで売ってるような安いものしか使っていないし、
もちろんエステなどにもここ何年も行っていない。
この崩れた顔に対峙し、何とかせねば!と私は心を入れ替えた。
私は、やる時はやるのである。
で、まずは体内に摂取するものが大事であろう、と考えた。
タンパク質、特に、ほとんど摂ることのなかった肉を食べることにした。
また、小腹がすいたら、ゆで玉子、ヨーグルト、または納豆。
仕事はやはり今も忙しいので、時に夕食が面倒くさいのだが、
がんばって省かずに食べる。体重は2キロ回復した。
もちろん、基本中の基本?、粉末コラーゲンも購入し何にでも混ぜる。
ビタミンCもオーストラリア製オーガニック1粒1000mgというのに変更。
トランシーノという肝斑治療の市販薬も飲み始めた。
栄養素吸収を助けるとかいう植物性ミネラル錠剤も摂取。
化粧品も、美容に詳しい友人の勧めで、
「アンチエイジングもの」を購入。フラーレンとやらが多く入っている。
しかし一方で、生まれて初めて、テレビショッピングで別の化粧品も買ってしまった。
「うわあ~~このおばさん、すごい綺麗になっている~~」と、
テレビを見て、そのまま信じて買ってしまった自分が信じられない。
また、日本では処方でしか買えないヒルドイドという保湿クリームもタイで購入。
フランキンセンスという、皮膚粘膜を修復するというオイルも使用。
血行を改善しようとお風呂に毎日入ることを習慣化した。
運動がなかなか習慣化できないのが、ちと、弱いところだ。
たるみと法令線が最も気になるので、美容外科なども色々と調べたが、
やはり、ちょっと抵抗もあることから、「美容鍼」を実行した。
これは顔の筋肉を活性化し、コラーゲンの分泌も促すらしい。
もともと鍼はどちらかというと苦手だったのだが、
美容のためならばと受けて立つ。マッサージよりは効きそう。
色々なサロンや医院のサイトをみたが、
続ければ、下がった顔も上がる、と、みな書いてある。
まずは週1くらい、それから2週に1回、月1回などのペースで続けるとよいらしい。
私は、鍼は顔だけにうつのではなく、全身にうってしかるべきと考え、
(だって、全身の気の流れを改善しないと意味ないのでは)
そういう主義のサロンを探して、通い始めた。
本当に、最初の1カ月は週に1回、2か月目から3週に1回と今も継続中。
鍼は、痛くない、と言われるが、やはり痛い時もある。
場所によっては全く感じないが、痛点にヒットしてしまうと(?)
結構、涙がにじむくらい痛い。
針山のように、顔中に鍼をうたれて、じっとしている時、
私は一体、なにやってるんだろう、と、フト思わないでもない。
そして、効果はあったのか。
1カ月ぶりに会った知人からの反応はなし。
美容に力をいれているとは言ってなかったので、
あえてカマをかけてみた。
「最近太ったみたいで~。顔が太ったかなあ~?」
(かなり狙っている)
そしたら、その私より一回り若い友人は、
「変わってないですよー!変わらないっていいことですよー!」
と、明るく、励ましてくださった。
素直な方が私の周りには多いらしい。いいことだ。
もう一人、かなり期待をしていたのが、美容師さんの反応。
月に1回、定期的に会っている人で、しかもこの分野、ある程度鋭いはず。
しかし、言及なし、であった。
私の耳朶に貼ってある「リフトアップ用美容置き鍼」をみて、
鍼ですかあ~?とは言ったが、私の顔の状態についてはコメント一切なし。
つまり、目に見える効果は出ていない、と思われる。
この「プロジェクト」、他人に認められてこそ成功というもので、
自分で化粧ノリが多少よくなったと感じる位では、成功とはいえない。
美容に詳しい友人は、
3カ月くらいで成果がでるものだから、と慰めてくれた。
今月が3カ月目だから、いよいよ違いが出てくるのだろうか?
つづく。
変化、別れ、成長
何事もタイミングというものがあるらしい。
このたび、齢53にして(あと約1カ月でまた新たな齢を重ねるが)
転職を果たし、2週間前から新天地でのスタートと相成った。
2018年は、私にとり本当に激動の年であったよ。
特にこの夏以来、仕事の激化や転職活動で怒涛の日々であった。
振り返ると、よくもまあ、あんなに色々と並行してやったもんだ、と思う。
6年半つとめた馴染みの職場を去って、
このほど新たな職場での仕事が始まったわけだが、
全くの異業種で仕事を一から覚える、新たな人間関係の構築、
そして、期待に応え、結果を出す・・・。
思えばなんと、面倒がこの上なく臭いことに踏み出したことよ。
しかし、なんというのか、物事には、こうなるべくしてこうなる、という
「流れ」というものがあるのだなと感じる。
さんざん迷ったとはいえ、やはり、前の場所から次の場所へと
移るような流れができており、それに乗った、ということなんだろう。
変化というものは、宇宙は進化しているはずだと思えば、
必然の流れ、前向きなものであるとも捉えられよう。
実際のところ、色々とあり、転職すべきか否か激しく悩み、
眠れない数カ月が続き、体重も3キロ落ちたりしたが、
それでも、最終的には自分で決断をしたのだし、
進化の流れに沿って、成長の途上にあると信じたい。
ただ、変化につきものの「別れ」だけは、苦手。
私のような、どうしようもなくセンチメンタル体質な人は、
失われつつあるものに対して、想いを馳せてしまい、
それを受け入れるのに、本当に辛い思いをする。
今まで得たものに明るく感謝し、そして前を見て、
サラリと、清々しい気持ちへと転換することが難しい。
家族よりも、毎日長時間、一緒に過ごし、
色々な課題を一緒に乗り越えてきた同僚達とは
長年の付き合いの中、ネガティブな気持ちを抱いたこともあり、
楽しいことばかりではなかったのだが、
それでも、やはり、別れとなると寂しい。
今後も、別の形で付き合いを続けるとしても、
当たり前だが、今までとはもう同じではなくなるわけで、
それがとても寂しいことのように思える。
「草原の輝き」というワーズワースの詩は、
高校生の時にみた映画をきっかけに知り、戯曲を読んだ。
爾来、様々な人生の局面で「変化」があり、
受け入れるのに辛い思いをするたびに思い出す。
素晴らしい詩だと思う。
Though nothing can bring back the hour of splendor in the grass,
of glory in the flower, we will grieve not.
Rather find strength in what remains behind.
草原の輝き 花の栄光
再びそれは還らずとも なげくなかれ
その奥に秘められたる力を見い出すべし
この詩は、あらためて読むたびに心に響く。
人生の流れにおいて、なんて真実なんだ、と思うから。
おセンチ(死語)な私のような人は
今後も人生の途上で変化があるたびに、
サバサバと前向きに受け入れるのに苦労し、
そのたびにノスタルジーに囚われるのであろう。
でも、変化が成長の機会であると信じよう。
プリーズって言おう
海外に行くと、いつも気になることがある。
我が同胞、日本人は、海外においてサービスを受ける際、
辛うじて「サンキュー」は言っても、「プリーズ」は言わない人が多い。
日本で外国籍の会社にずっと勤めているといえ、
ワタクシごとき、一介の純日本人が、
我が同胞、日本人の英語について語るなんぞ、
非常におこがましいことであることは重々承知だが、
あえて言いたい、ワタクシども日本人、
最低限の英語のまともなコミュニケーションとれるようになろうよ!
まずは、プリーズ、って言おうよ!
国際線の飛行機の中で、英語で飲み物の好みを聞かれる場合、
私の経験では、プライベートで搭乗するエコノミークラスでも、
仕事で搭乗するビジネスクラスであっても、
まず、多くの我が同胞日本人は、所望のドリンク名だけを発する。
「オレンジジュース!」、「ビール!」、「ホワイトワイン!」など。
そのドリンクを受け取る際に、「サンキュー」を言う人は聞いたことがあるが、
欲するものを告げる際に、「プリーズ」を言う人はほぼ、聞いたことがない。
私はそうやって「ビール!」「チキン!」とオーダーする同胞をみると(聞くと)、
思わず、心の中でひとり、(・・・プリーズ)、と毎回つぶやいてしまう。
もっとも、言葉を発して希望を伝えるだけマシなのかもしれない。
うちの夫がいつぞや目撃したのは、
香港空港の「ビジネスラウンジ」で、
間違いなく日本人ビジネスマンと思われる紳士が、
食べ物をサーブしてもらうために、
「うー!うー!」と言いながら、
その食べ物を指差していた、という光景だった、と。
サンキューもプリーズも、発せられなかったようだ。
そういう同胞も、結構いるのかもしれない、という気もする。
それもこれも、よく言われることではあるが、
要は、ワタクシども日本人は、コミュニケーションの英語は学んでない。
学校教育に問題があるのでしょう。
海外でみかける若い旅行者たちをみても、
やはり受験勉強中心の英語教育は昨今も相変わらずなのではと思わせる。
プリーズ、という言葉は学んでも、
それが、何かを依頼する時には、最低限に必要な言葉であり、
国際的な基準では、プリーズと言わなければ、
その依頼は、ぶっきらぼうで横柄にさえ聞こえる、
とかまでは学んでいない。
シドニーに移住して20年ほどする私の日本人の友人が、
この手の話しは、一般的に日本では
ものすごく反発を受けると言っていたし、
ましてや、私ごとき日本在住の純日本人が言ったところで
反発を超えて、嘲笑、侮蔑の対象になるのかもしれない。
しかし、私は、我が同胞、日本人が、
も少し国際水準に近い英語コミュニケーションを取れるようになれば、
さらなる可能性が生まれ、そこから楽しみも広がるのでは、と
ただ単に、純粋に思っている。
真心さえ通じれば、言葉はぶっきらぼうでもよい、
難しいことは考えずに通じればよい、
という考えは確かにあるかもしれない。
私も、文法にがんじがらめになったり、
間違えることを恥じて話すことを躊躇するのは、
全く本末転倒で、話してなんぼ、だとは思う。
けれども、私は、この国際化する社会において
もし英語を学ぼうというのであれば、
最低限のマナーみたいなものを一緒に学ぶのは
非常に重要なことだと感じている次第です。









