3つの救い
毎日毎日、転職活動をしているものの、
今の会社で課せられた仕事は、プロとしてきっちりやろうと決めている。
責任感だけは強く、さらに、気が小さい性質ゆえ。
はっきりいって、モチベーションが地に落ちているため、
この分裂症的な精神状態を救うのにかなり努力を要する。
こんな状態で、救いとなっていることが3つある。
1つ目は、尊敬する稲盛和夫氏の思想。
| 生き方 人間として一番大切なこと [ 稲盛和夫 ]
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言わずと知れた名著だが、
これを繰り返し読んで、気持ちを落ち着ける。
感謝、素直な反省心、善き思い、正しい行い、など
真理はシンプルで、心に響く。
稲盛氏の、心を磨き人格を高めるためには、
まず日々懸命に目前の仕事に打ち込むことという考えも、
実に正しいと、深く、苦い自戒を込めて実感する。
2つ目は、通勤路を変えてバス通勤にしたこと。
いや、これはね、本当に馬鹿にならない。
東京圏の満員電車通勤というのは、
何百万(千万か?)という人が毎日行っていることで、
これは、Ce la vieとしかいいようがない、
東京の会社員にとっては、避けがたい事象なのではあるが、
今の家に住み始めて9年、今さらになって気付いた。
うちの最寄の駅から始発で、都心行きのバスがあることを!
これを利用すれば100%座って、都心のメトロの駅まで行ける。
このバス通勤への変更によって、電車通勤よりも
50分も早く家を出なければならないが、
それによって、なんと多くのことを得られることか!
まず、精神的ストレスの軽減による心の余裕。
経験しないとわからないと思うが、
毎日毎日の満員電車の通勤というのは非人間的な状況だ。
あれほど他人と密着し、全てを受けいれざるをえず、
また、気を遣わざるをえない空間はない。
それほど混まないバスの中で得られる1時間弱の時は、
読書の時間になったり、ネットで調べものに費やしたり、
さらに居眠りしたりして軽く睡眠不足を補ったりできる。
この「自由時間」が、どんなに自分の精神状態を助けているか、
というのは思いもよらなかったほど大きかった。
3つ目は、離れていても、私の支えになっている別居婚の夫。
1,2か月に1回しか会えなくて、私は寂しく、不満に思うこともあるが、
いつも私のことを親身に考えてくれる人がこの世にいる、と
ほぼ毎日メール、週1で話しをすることで、実感できている。
彼の「狙ってない」天然的発言により、笑いが絶えない。
その場でお腹を抱えて笑い、さらに思い出し笑いさえさせてくれる。
でも、それだけでなく、励ましの言葉や年長者としての鋭い意見も言ってくれる。
癒し、優しさ、炯眼 を与えてくれる夫がいてくれて、幸せだ。
(この写真は↓「ヤラセ」です)
一陽来復の転職活動
今年の東京の冬は、異様に寒さの厳しい日が続く。
確かに日は長くなり、陽射しは春を思わせる時もあり、
真冬のピークはもう過ぎた、とは思わせる。
ただでさえ冬になると「季節性プチ鬱」になるのに、
今年は特に、仕事で精神的にしんどい冬となった。
年末年始には、タイのリゾート地で有難いことに休息をとったが、
心の底に巣食う仕事のストレスからは解放されず、
久しぶりに会った夫(パリ在住)と、タイのリゾート地を散歩中も、
仕事の記憶が無意識かつ突然によみがえり、
「あー、ヤダヤダ」、と思わずつぶやいてしまい、
たっぷり1時間ほど説教をうけることになった![]()
そりゃあ、楽しいはずの散歩中に、急に「ヤダヤダ」なんて言われたら、
それこそ嫌だよねえ。
会社の事業縮小に伴い、稚拙で下劣な方法で大リストラが進行し、
社内が不安と無気力にすっぽり覆われてしまった中、
一応これでも管理職、と、なんとか自他を鼓舞しようとしていたが、
実のところ、週末を指折り数えて日々をうっちゃって過ごす、
完全腰かけOLマインドの「仮面管理職」、
実務内容の不本意な変化にプツリと気力が途絶えてしまった。
と、いうわけで、53歳になったところですが、
この年にして、転職活動を始めた。
優しい夫は、私のグチは受け止めてくれるが(限度アリ)、
私が買ったマンションのローンまでは払ってくれないので、
やはり、自分でなんとか稼がねばならぬ。
転職活動は長期戦になろう、と見ている。
なにせ住宅ローンのためなので、給与レベルは落とせず、
なんでもいいです、というわけにはいかない。
今の会社には期待より長く居残るはめになることもあろう。
が、脱出に向けてアクションを取り始めたことで
多少は精神的に楽になった。
これも一種の現実逃避?
いや、前向きに変化を求めている結果でしょう。
以前も、会社に在籍しながら、転職活動をしたことがあったが、
当時は外出も多かったので、適当に日中面接なども行っていた。
が、今の仕事では、それほど外出が多くないので、
面接は夜、就業後に設定せざるを得ない。
また、今の職場は、服装が超カジュアルなので、
スーツなど着用して出社すると怪しまれる。ということで、
出社時にスーツとパンプスを大き目バッグにいれて持参して、
退社後、面接前に駅のトイレで着替えるなどという、
下校後にディスコ(死語)にいく中学生のようなことをしている。
夫に、そのことを冗談ぽく伝えたら、
君は酒を飲んでいない時は抜け目ない、クレバーだ、と言われた![]()
これは一体、褒められているのか、なんなのか。
一陽来復とは、
陰の気が極まり、陽の気にかえる、という意味らしいから、
もういい加減、そろそろ気が戻る頃であろう、と思いたい。
チャーン島での静かな日々
年末年始に、タイ、チャーン島に行ってきました。
カンボジアにも近く、熱帯雨林に覆われた島で、
タイのリゾート地としてすっかり発展している
プーケット島やサムイ島などとは趣が異なる。
チャーン島はリゾートとしては後発なので
あまり知られてもないし、発展途上。
超高級リゾートホテルなどはなく、
バンガロータイプのリゾートが多い。
夫ペーター(パリ在住日本人)は10年程前に一度行っており、
ここ3,4年、何度も行こう、と提案されていたのだが、
私が渋っていたのだよね、だって遠いんだもん。
まあ、今回は13連休という恵まれた休暇だったので、
こういう時でもないと行けないから、と遂に決行した。
バンコクから飛行機で1時間のところにある
トラートというところまで飛び、そこからフェリーで行けるのだが、
夫がなぜか飛行機では行きたいないと言い張るので、
北パタヤに前泊して、タクシーで行くことにした。
パタヤから4時間、というので腹をくくってはいたが、
結果、車とフェリーを乗り継いで、
現地宿泊ホテルまで片道6時間かかった。
だが、結論からいうと、片道6時間かける価値はあった。
まだまだスレてない、一昔前のタイの島の良さを思い出した。
10年ほど前までのサムイ島なんかもそうだったが、
なんとなくあか抜けない田舎っぽさがあるものの、
良い意味で素朴で、気持ちが安らぐ感じ。
地元のタイ・ピープルの優しい笑顔、感じの良さは、
そういえば最近はタイのメジャーリゾートでは
あまり見なくなったな、と思い至った。
また、物価が安い。
島=割高、というのは当たり前だと思っていたが、
本土より料理屋(レストランとはよう言わん)なども安い。
また、ワインの持ち込みはフツーは料金が取られるが、
ワインなど元々おいていない店が多いのでコルケージなしでOK。
そうなりゃあ、もう、我々夫婦の天下である。
嬉々として、毎日のようにワイン持ち込みで魚介をいただく。
(ワインはフランスから直輸入)
年末というのはタイでは乾季で観光客ピークなのだが、
ここは人が比較的少ない。ビーチも全然混んでいない。
ゆったりと静かであった。
落ち着いた欧米人のファミリーやカップルが多かった。
パタヤから2時間で行けるサメット島には毎日のように、
数百人単位で日替わりでやってくる中国人団体客もいなかった。
同じ島でもプーケットやサムイなどより、
素朴な環境で静かに過ごすことを志向する、
つまり我々夫婦と同類の観光客が多く、居心地よく過ごせた。
何もしない南国のリゾート地においては時間がゆったり過ぎる、
と思っていたのは、いつ頃だったろうか。
最近は、どこにいても時間は早く過ぎ去ると感じる。
一日一日が、あっという間に終わる。
朝ゆっくり起きて、紅茶やコーヒーをおかわりしながら、
のんびり朝食をとって、そして散歩をして・・・
と過ごすうちに、午前中が過ぎる。
午後、バイクを借りて遠出したり、
またはビーチで「うたたね読書」などして過ごしたりすると
あっという間に夕方になる。
夕方はシャワーを浴びてサッパリして、
夫とバルコニーで音楽を聴きながらワインを飲み、
毒にも薬にもならない話しをして、
今日の晩御飯は何を食べようかねえ、と言いながら
ゆるゆるとディナーに出かけて飲んで食べて、
食後に夜のビーチなど散歩してからホテルに帰還、
読書しながら就寝。
大したことはしていないのに、時間は駆け抜ける。
今は、総合的な自分の残り時間を無意識に調整して感じているんだろう。
いずれにしても、今の年代の私が、休暇において、
このような贅沢な時間を過ごせることに、
ただ感謝すること以外、何もない。











