ハイジの退屈日記 パリ・東京 -12ページ目

中高年の容貌と内面

何カ月か前のことだが

通勤途中、都心の真ん中で道を横断していた時、

10年ほど前まで同僚であった、

以前勤めていた会社の男性と出会った。

 

横断歩道の反対側から歩いてくる相手に対して、

お互いに、あれ、この人だれだっけ・・・という感じで、

15秒ほどだろうか、通常では考えられないかなりの長い時間、

正面から歩いてくる他人とじっと見つめ合い、

そして、すれ違う瞬間に、相手が何者かを認識し

「あっ!!」とほぼ同時に声をあげた。

 

10年あまりの月日は、人間の細胞に

かなりの酸化を及ぼしえるということを

お互いに悟ってしまったであろう、スリリングな一瞬であった。

 

 

何年かぶりに会う人というのは、

中高年という年代であると、なおさら、

相手によっては、ぎょっ!とするほど

老けこんでいる人がいる。

あまりにも当時の記憶と異なっていて、

思いだせない人さえいる。

 

まあ、元来かなり恵まれた容貌の人は

比較的、その「ぎょっ!と度合い」が低いかな。

生まれつきの容姿に恵まれた人というのは、

いくつになっても、男女問わず、

やはり「美しい人オーラ」を辛うじて保っている。

なにより器質的にとことん恵まれているらしい。

皮膚の保湿状態が優れていて、髪の量も変わらない。

また、太らない体質、という共通点もありそうだ。

幼少の頃から賛辞を受けているだろうから、

それによる外見維持への自助努力もあるだろう。

 

仕事で、沢尻エリカちゃんと1週間程の旅をしたことがあるのだが、

(それこそ彼女が20代前半の若い頃だが)

早朝といわず深夜といわず、いつ見ても、ドアップで見ても、

一点の瑕疵もない顔の美しさといい、スタイルの良さといい、

天に授けられた抜群の容姿というのはあるのだなあ、と感服した。

幼い頃から、ずば抜けた美しさで、どこにいても際立ち、

いつも注目されていたことは間違いないだろう。

彼女の場合は、女優さんだから仕事の一部ともいえるが

いくつになっても容貌の維持には努力し続けるだろう。

(ちなみに、一時は悪評で騒がれたエリカちゃんだが、

私は一緒に仕事をして、常識的で賢い彼女のファンになった)

 

 

 

 

しかし、そのような恵まれた人であっても、

当然、加齢による容貌の変化はある。

その変化で最も恐ろしいのは、

内面の短所がくっきりと表に出てくる点だと思う。

困ったことに、長所よりも短所の方が明らかに出る。

 

若い時は、その溌剌とした生命力のお陰か、

その人の短所が容貌に浮かび上がるとしても、

「個性」として面白がられる範囲で収まる。

 

ところが、40を超える頃からだろうか?

もはや下り坂の生命力は、内面の短所を補えない。

短所はどんどんと前面に出ていく。

加齢により恥じらいというものが薄くなり、

短所は開き直りと共に、恐れることなく増長し、

手に負えなくなっていることがあるので、

外見に容赦なく反映されていく。

 

 

 

自分の容貌は若い頃と比べて、

どんな風に変化してきているのだろう。

 

どんどんと「良い顔」になっていく人は実在する。

そして、そうでない人もいる。

果たして自分は、と思うと、ぞっとする。

 

外面の容貌の衰えというのは、

もはや、「内面の成熟」でしか補えないと思う。

そして、

意識して行っていることと

無意識で進行していることには乖離がある。

そこが、怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

節酒成功の真の理由

2014年5月に始めた節酒生活への試行錯誤。

様々な紆余曲折ありましたが、

3年半経ち、私は見事に飲酒(悪)癖を克服した、

とここに勝利宣言をいたします。

 

ほぼ毎日、ワインを1本空けていた私、

過去30年ほど、酒を抜く日は1年に2,3回あったろうか、

それも二日酔いが酷過ぎて飲めない、とかなんで、

いわゆる「酒を抜いた」という自制とはちょっと違う。

 

こんなワタクシが、今や毎週月曜日から水曜日までは

仕事の会食でもなければ(それも最近はあまりない)

全く酒を飲まないことが当たり前になっており、

さらに木曜日にも、飲まない時もあり、

つまり週3~4は酒を飲まない人間に変身した。

 

これは、水が氷になるのではなく、

水がジュースになるかのような「変容」とでもいうべき、

全く別のものに生まれ変わったともいえる、

かつての私からは考えられないことなのよ。

 

 

月曜から水曜においては

仕事から家に帰ってきて、まずは、

ビール缶をプシュっと開け、ごくごくっ、プハーっ、

などの、かつての習慣、その誘惑など、

まるで念頭に浮かばない。

 

この境地?に至るまでには、

このブログの場でも何度も書いていたような、

数々の試行錯誤と葛藤があったが、

今や、ふと、一歩ひいてみると、

月~水までは飲酒することを思い付きもしない自分に驚く。

 

やはり30年も毎日続いていた飲酒生活であっても、

3年もなんとか頑張ると、節酒ができるようになり、

それを習慣にすることができるのだなあ、と

しみじみと感じ入り、深くうなずくワタクシであった。

「石の上にも3年」というが、こんなケースにも応用可、

悪癖であっても3年頑張れば、良い変化もありってことか?

 

 

 

ただし、酒を飲まなくなったわけではない。

金~日までは、以前と同様、1日ワイン1本ほどは飲んでるから、

適量とはほど遠い飲酒をしており、

これについては改める気持ちは、あまり、ない。

(ちょっとは気にしてる)

 

また、休暇中は何曜日であっても毎日飲むし、

人生から酒を排除するなんて考えは、さらさらない。

(さらさらない、なんて言葉を使う時は、迷いのない本心でしょう)

 

仕事を引退し、毎日が休日となったら、

おそらく、毎日、酒を飲む生活になるだろうと思う。

そして、そこに抵抗がない、というところに、

私の節酒成功の真の理由が、ぼんやりと浮かんでくる。

 

つまり、これは、加齢だね。

 

なんやかんやいって、

要は、次の日が仕事だと思うと、

「身体の条理」として飲酒しないようになっている、

もう身体がギブアップしている、ということだろう。

週の始めに飲むと、週末まで身体が持たない。

また、飲み始めると、

1,2杯で終えられない身体であるゆえに、

身体を護ろうという防御装置がすかさず働く。

 

木曜日に関しては、週末目前であるので、

その週の疲れ方次第で、

体調によって自ずと飲むか飲まないか、といったところ。

 

そして、明日が仕事、という日曜日は?というと、飲む。

楽しい週末だから飲みたい、

という気持ちがやはり勝ってしまう。

つまり、酒への耽溺はやはり変わっていない。

要はアルコール依存の傾向はそのままなんだろう。

 

この節酒生活は、50をいくつか過ぎた今だから、

加齢現象として必然的に実現できたことであって、

節酒できるようになった、とあちこちで

誇らしげに自慢して言い回るのは、

加齢を喧伝しているようなもんだ、

ということに、やっと思い至りました・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンバーガーと知能

一般的に「アメリカ料理」といっていいのか、

北米で供される料理は私の好みではない。

なんだか大味で、砂糖を使い過ぎているのか、甘いんだもの。

もちろん、大都市の高級店などは別の話しになるが、

あくまで平均的なレベルの「アメリカ料理」として。

 

でも、アメリカ料理を代表する?ハンバーガーだけは、結構好き。

もちろん、それも店や固体差によるんだが、

東京にはそこそこ美味しいハンバーガー店が結構ある。

肉さえ及第点なら、なかなかバランスが良く美味しい料理だと思う。

 

ただね、ハンバーガーって、とっても食べにくくないですか?

あれって美味しく、しかも美しく食べるにはどうしたらいいんですか?

どうも、私はハンバーガーを食べるのが下手だ。

 


ゆえに、誰かと一緒にハンバーガーを食べる時は、

ヴィジュアル的に見苦しくならないため、無粋だと思いつつ、

フォークとナイフで解体して食べたりする。

でも、それって、本当は美味しくない食べ方だろう。

正しいアメリカ料理、ハンバーガーの食べ方としては違うでしょう。

 

Sloppy Joe という、まさしく汚くなるのが前提のバーガーもあるけど、

私には肉がパテ状でもすでに難しい。

食事が、不安と焦燥の場と相なる。

 

つい先日、一人でランチでハンバーガーを食べた。

知り合いもいないので気にせず大きく口を開けてガブついたが、

予想以上に、たいへんな惨状となった。

ハンバーガーを包んで食べる紙を使ったにもかかわらず、

ソースや肉汁がいつの間に手首を伝っていた。

 

食べながら、この汚い状況が亢進していくことが急に不安になる。

そんな状態で、タマネギの輪切りが丸ごと、

ビューツ、ズルズルとすべて飛び出してきて、

うわーっ、この先、どうなっちゃうのか?!と

料理を楽しむどころではなく、真剣に焦りを感じる。

 

さらに、テーブルにそれらソースの「池」ができており、

また、口の周りのみならず、顔のあちこちにそれらが付着。

その後、鏡を見て気付いたが、鼻穴のフチや頬骨にまで及んでいた。

まるで幼児。

 

 

その時私がオーダーしたのは、

チーズすらなく、肉とレタス、トマト、タマネギ程度が挟まれた

最もシンプルなハンバーガーで、さらに特に大ぶりでもなかったが、

なぜあんなひどいことになったのか、というと、

頭を使ってないからなのだろう。

 

もしかして、常に対象を水平に保持していれば違うのか。

手の位置は固定し、動かすのは顔の方だろう。

肘を腰あたりにつけて固定するといいんだろうか?

また、バンズの間に挟まれたものたちは均等になくなるように、

端からうまくコントロールして食べていかねばならないのだろう。

 

 

 

実は、ハンバーガーだけではない、

私は何にしても食べ方が上手ではない。

いつもボロボロ食べ物をこぼす。

 

20年以上も前のことだが、

勤めていた会社に来ていたインターンの英国人女子が、

冗談で、「ハイジさんのマネ」といって、

ボロボロこぼしながら食べている人を演じたことがあり、

えーっ!とショックを受けたことがあったが、

その時からすでに異様なほどだったんだろう。

そしてそれは今も変わっていないんだろう。

 

50を過ぎた今でも、3歳児並みに顔や周辺を汚さずには

ハンバーガーを食べられない。

食べ方と知能レベルというのは相関関係があるのではないか、

という気がしてならない。