老後をタイで過ごす?
今年の夏休みは、例年通り、夫の住むパリに行く予定が、
仕事の関係でオジャン(死語?)になってしまい、
結局は、毎度おなじみ、変わり映えなく、
年に3回は行っているタイに変更となった。
我々、タイ好き夫婦、もはやシニア割引対象の年齢。
そろそろ老後の着地点を考える年齢となった。
そして、老後はタイ、も視野にいれている。
今年の夏のタイの滞在はまたもや「民泊」とした。
休暇でリゾートともなれば、やはりホテルの方が心地はいい。
でも、老後はタイで過ごすという漠然としたイメージもあり、
マンション暮らしをして感覚を掴もうという意図もある。
いわゆるサービスアパートメントを借りたわけだが、
最初にタイでそれを行ったのが3年前。
その時の体験は、それなりにショックもあったが、
それ以来、何度かトライして随分慣れてきて、
心地よく過ごすコツもつかんできた。
例えば、部屋にあるシーツやらタオルやらを信じてはならない。
今回、現地で新品を買って付け替えたが、快適さは天地ほど違う。
買わなくても、備え付けのものを高温で洗えれば、一気にOKではあった。
今回泊まった部屋には洗濯機がなかったのだが、
こぎれいなコインランドリーが近所にできており、お世話になった。
エリア的に外人が暮らすマンションが多いので、需要があるんだろう。
コインランドリーの近くに、地元民がランチする素朴な店があり、
洗濯をしている間、ここで「ブランチ」。
3,4品頼んでビールを1本つけても二人で千円くらい。
そして、美味い!いただくチキンは隣で走り回っている鶏たちらしい。
オシャレなブランチとは程遠いが、こんなんでいいよねー、と話し合う。
春と夏はパリで、冬はタイに住み、たまに東京に遊びに行く、
という老後が過ごせたら良いかなあ~などと夢見ている。
不動産好きの夫は、タイに家を買うことを真剣に検討して
今回もいくつか海辺の中古マンションを見せてもらった。
が、私は家を所有することで発生する諸々の費用やストレスを考えると
長期レンタルするのが断然良いだろうという考え。
タイは治安はそれほど悪くないとはいえ、
治水や電気のインフラなどは到底一流とはいえない。
夫は、家族や友達に来てもらって楽しんでもらいたい、
という「夢」のほか、さらには、
自分の好きなオーディオやらピアノやらを置くなど、
家をどう自分好みに設えるかに心躍らせているようだ。
私は大好きな海辺で読書と散歩さえできれば、
日がな一日幸せに暮らせるタチではあるが、
長期ともなると、さすがにそれでは飽きるだろう。
そもそも、異常なまでにジッとしていられない夫は、
タイの田舎の海辺での生活に長期耐えられるのか?
今回だって、軽く10回は来ているリゾート地での休暇だったゆえ
好きなジョギングも、すでに町の隅から隅までし尽くしたらしく、
滞在4日目で、「飽きた」とか言い出した。
「それじゃあ家なんか買う長期滞在なんて止めた方がいい!」
と思わず突っ込んだ。
老後、どこに住むことになろうとも、
まして、そこが田舎であればあるほど、
やはり何らかの仕事を続けるか、
地元のコミュニティに属したりして、
多少の刺激やストレスを受けていないと
飽きて機嫌が悪くなったり、ウツになったりしそう。
さらに、あっという間に惚けまっしぐらだと思われる。
まだ数年の時間はある。
どこでどう過ごすのか、検討は続く。
ドラマ「新撰組!」と京都の旅
先月、祇園祭直前の、梅雨の京都に遊びに行ってきた。
今回の旅のテーマの1つは、「新撰組」。
新撰組にハマったのは、2004年のNHKの大河ドラマ「新撰組!による。
歴代の大河としては、かなり不評だったそうだが、
私は、かの作品は、青春ドラマとして名作だと断言する。
三谷幸喜の作風やテイストは全く好きではないが、
「新撰組!」だけは、非の打ちどころなく素晴らしい。
エラそうで恐縮だが、彼の「純粋さ」が主題にフルに生きていた。
隊員の実年齢に近いキャストを選んで、若者の青春群像劇に仕立てられてる。
私の中では、新撰組のメンバーの名前を聞くと、あのドラマの役者に脳内変換される。
それだけ皆それぞれが、はまり役だったと思う。
あのドラマの登場人物、自分探し中の個々の若者が抱えているナイーブさが、
実態に近かったかどうかはわからないが、歴史モノに青春ドラマの深みを与えた。
あのキャスティングを決めた三谷幸喜のセンスが光る。
というわけで、私の京都への旅は、ざっくりいうと、
約40年前!の高校生の修学旅行以来であり、
他にもっと行くべき場所があるか?とも思わないでもなかったが、
新撰組所縁の場所を少しだけ辿ることをテーマにいたしました。
まずは初日、三条河原に足を運ぶ。
ここは、当時の首切り刑場であったそうで。
近藤勇が江戸で首を斬られたあと、その頭がわざわざ晒された場所。
彼は百姓の出ながら武士になることを夢見て、
苦労して遂に旗本にまでなったのに最後は斬首。
切腹は許されなかった。
まあ、もしかしてラッキーな出世であったとはいえ、
最期はご本人としてどんなに無念であったろう。
「大活躍」して名を上げた京都で、その首を晒されたのも惨い。
(ちなみにドラマでは近藤勇を香取慎吾が演じた。
キャスティングに賛否両論があったらしいが、
三谷幸喜は隊士で近藤に一番思い入れがあるらしい。
私もこのドラマで香取慎吾を100%見直した)
ちなみに、ここから歩いて1,2分のところに「池田屋」跡がある。
今や居酒屋があって「土方歳三セット」などの料理コースがあった。
翌日は、壬生の八木邸へ。
江戸から上ってきた彼らはここに逗留したわけだが、
意外と狭いのにびっくり。よくここに何十人もの人を泊まらせたものだ、と
地元の豪商とはいえ、八木さんの寛大さ?にビックリ。
悪臭漂うむくつけき男たちが犇めいて、さぞやむさ苦しかったろう。
しかも、芹沢鴨(ちなみにドラマでは佐藤浩一。
このキャスティングは秀逸。ただの乱暴者ではない繊細さが出た)
ら水戸藩組は、この八木邸内で、一番いい部屋に寝泊まりし、
その真隣の部屋には、八木さんの妻や子供が寝ていたというから驚く。
芹沢が平気で人を斬るヤクザ男らとは知らなかったのか、八木さん。
八木邸の説明員の方は、時間を区切って、集まる見学者に語ってくださる。
芹沢鴨が寝ていた、というその部屋は、つまり彼が暗殺された場所。
説明がものすごくリアルで、結構ゾクゾクした。
芹沢は愛人のお梅(ドラマでは鈴木京香)とここで寝ていたんですよ、と、
説明員の方が指差して仰るのは、私がまさしく座っていた辺り。
この部屋には、芹沢以下、水戸組の3名がそれぞれの愛人と、合計6名寝ていた、と。
豪雨の夜、暗殺を企てた土方歳三(同上、山本耕史。このキャスティングはピカイチ)は、
縁側のあるこじんまりとした庭から、彼らが寝入っているのをまず確認。
そして、沖田総司(同上、藤原竜也。絶妙卓絶の沖田)らと一緒に襲撃した。
説明員の方によると、芹沢ら6名が寝ていた部屋は、この夜、
畳敷きの床のみならず、天井まで血まみれになったという。
芹沢がこの部屋から縁側沿いに、真隣りの八木家の妻と子が寝る部屋に逃げた、
というのはよく知られているが、それを実際の場に居合わせて聞くと
この低い天井高の狭い空間で、大雨の降る夜中、
大の男たちの異常な怒号が飛び交い、
刀を振りかざしながら決死で走り回り、
そこここで血しぶきが噴き出す様を想像しゾクっとする。
その後、隊士らがよく時を過ごしていたという壬生寺(鄙びてました)などを経て、
当時の花街、島原にある角屋(すみや)、今は観光スポット、に行ってみた。
花街というと、遊女のイメージがあるが、全くそれにはあたらず。
角屋は「揚屋」といういわゆる料亭。「置屋」と違って芸妓も抱えていない。
当時、最も栄えていた一流文化交流サロンであったらしい。
ここにもいらっしゃる説明員の方の説明によれば、
角屋さんは当時の文化人が利用していた高級料亭とのこと。
一流の文化芸術を提供する場所であったそうだ。
坂本龍馬や西郷隆盛なども会合していたそうだし、
ちょっと位の高い人も使う一流料亭だった、ということか。
清河八郎など、母親を伴って来る人もいたそうだ。
で、新撰組も、とりあえず、一流の場に出入りしたかったんだろう、
どうやら幹部たちは客として利用していたらしい。
芹沢鴨が暗殺された夜は、土方たちの策略で
ここで宴席を設け、芹沢を酔い潰したそうだ。
またもや説明員さんが、芹沢はその夜、ここに座っていた、と教えてくれた。
なんだか、この日は、芹沢の縁を辿っているような。
私は土方ファンなんだけどなーー。
なお、角屋さんに行くのなら、入館料千円に八百円をプラスすると、
2階のお座敷の見学ができる。
私は、ちょっとケチってしまって1階のみの見学にしたのだが、
説明員さんのお話を伺ったら、滅多に行ける所ではないので
やはり1800円払って2階も見るべきだったのか、と後悔した。
当時の京都で最高のおもてなしを提供する場としての
料亭文化の片りんが見られるらしい。
丸山応挙やらの実物の数々が飾られた豪華絢爛の座敷であると。
家屋の老朽化などもあり(床が抜ける)人数限定でのご案内。
いつでも見られるわけではない。
その後、梅雨寒の中、西本願寺まで歩く。
新撰組が八木邸の次に、屯所にした場所である。
まあ、立派で驚いた。浄土真宗本願寺派の本山。
(雨が降っていて表からの写真が撮れなかった)
ここに移動してきた、「田舎者」新撰組の面々はさぞ舞い上がっただろう。
新撰組が出発した江戸、小石川の伝通院などとも、
八木邸の近所の素朴な壬生寺なんかとも比べるまでもなく、
ここに来て、うわー!すげー!広えー!と思って
大砲をぶっ放して演習しちゃった、のかも。ちょっとわかる。
本願寺の方々から見れば、なんという迷惑なことであったろう。
歴史的には、新撰組というのはインパクトある働きはしていない
むしろ、この激動の時代に、チョイかすった一派でしかない。
それなのに、どうしてここまで文芸の対象になるのかといえば、
この時代背景で、マンガになっちゃうくらいの隊士のキャラ立ち。
出自、一生懸命、亜流感、やんちゃな男たち。
こういうのは男女問わず、憧れの対象になるんだろうなあ。
私自身、京都には、仕事において全く良い印象がなかったが、
このたびプライベートで時を過ごし、いくつかの立派な神社仏閣を訪れ、
さらに祇園祭の宵宵宵山で、伝統の祭りを少しではあるが体験し、
歴史の重みがある町の、有無を言わせないような存在感に圧倒された。
範囲はごく限られているが、このような感覚を得た日本の所は他にない。
新撰組の時代の京都は、さらに緊張感があったのかな、と思う。
ここに上がってきた彼ら若き隊士たちの高揚感はいかばかりだったろう。
AIに劣らぬコミュニケーション力
仕事に追われている。
新しい職場に入って早6ヶ月、まだまだ異業種での仕事には戸惑いが多い。
したがって、何をやるにも時間がかかり過ぎて、追いつかない。焦る。
土曜、日曜も家で仕事して、なんとかギリギリ追いつく。
日々、無力感と劣等感に苛まれ、一日が終わる頃には、
小さい脳みそを酷使したために、ヘトヘトに疲れ果てる。
そんな毎日のストレスからか、
最近、日常生活で出会う他人に、いらつかされることが多い。
先日、デパートのアクセサリー売り場でイヤリングを見ていたところ。
新人スタッフなのかもしれないが、自分のところの商品の説明が下手過ぎる。
この老舗デパートの、「マダム層」の多い支店に、
このレベルのスタッフを配置するのは本部の失策ではなかろうか?
とにかく、イヤリングの試着を依頼したら、
両耳用に二つあるイヤリングの、値札がぶら下がっている方の1つを渡された。
「値札がついてない方が試着した時にイメージが湧くので、別の方を」と依頼したら、
無言でそれを渡された。何と言ってよいか、わからなかったのかもしれないね。
また、先日は近所の商店街の花屋にて。
ミモザが1本350円、3本1000円、というので、3本を買った。
そのミモザは、1本ごとにラッピングされて店舗前に並んでいたのだが、
店内に入れば、ラッピングされていないものが何本もバケツに入って売られていた。
確かに、私はラッピングされた3つを店舗前から持って行き、これください、と、言いました。
しかし、店内に入れば、ラッピング前のがあるのだから、3本バケツからとれば同じこと。
でも、店舗前のものの方が鮮度が落ちるので、早く売りたかったのかもしれない。
私が、ラッピングX3では家にゴミが増えると考えて、店内バケツからの3本をお願いしたら、
結果ダメだったのだが、その時の店員のコミュニケーション力が非常に乏しい。
言語による説明は一切なく、うすら笑いと共に「えー、へへ」くらいの言葉は発せれたか。
ミステリアス過ぎるジャパニーズ。
もともと私は、言葉をはじめとするコミュニケーションには、ちと、うるさい。
人間は言葉を使えるのが動物と違う所以なのです。
だから、下手でもいいから、言葉で理由や気持ちを表そうではないか?
もちろん、言語がコミュニケーションに占める割合は非常に低い。
でも、特に仕事においては、言葉は大切だと思う。残るので。
ただし、私は、言葉の使い方にも、ちょっと神経質。
「じゃないですかー」などと未だにいう人には、軽い殺意さえ覚える。
「になります」「こちらの方」「私的には」なども許せない。
「○○してください」と発する人は多いので、啓発キャンペーンを張りたいくらいだ。
「ください」は上から目線の命令形です!使い方に気をつけましょう!
命令したいのであれば別だが、そうでなければ、
「書いてください」ではなく「お書きください」と言いましょう!
また、最近、「違くて」という人のなんと多いことよ。
「それはちょっと違くて」などという。「違かった」というのも聞く。
しかし、「違う」はカ行と関係ないと思いますよ。
「それはちょっと違っていて」「・・・違いまして」が正解では?
私達の多くの仕事は、これからAIに取って代わられる。
彼ら(?)は「正しい日本語」を操り、理路整然と説明するだろう。
大多数の人が好ましいと思う言葉づかいで、
その場の状況を救うための気持ち良い説明などもできるようになるのだろう。
私達人間は、そのような「完璧」なAIとの差別化のために
人間ならではの資質を保っていきたいと思うが、
でも、それはコミュニケーションにおいて、言葉づかいが変だったり、
説明放棄の態度、スキルの稚拙さ、とは違うと思う。
そこは、人間としてちゃんと確保しておきたい。
私の夫(在パリ30年日本人)は、週1回、ネット経由で話しをする際、
通話の切り際の挨拶として、3回に1回くらいか、「よろしく、どうぞ」と言う。
結婚して9年目、「よろしく、どうぞ」はないだろう、と違和感があり、
心が込められていないので、止めてほしいと毎回思うが、
彼のキャラクターと相まって、毎回、ひとり爆笑させられる。
こういう「味」みたいなものは、AIには中々到達できないのではと思ったりする。
でも、やはり、止めてほしい。



















