ハイジの退屈日記 パリ・東京 -76ページ目

「年」による疲労感

いやはや

「年」というものは思わぬところで実感するものよ。


先週土曜日に、15人ほどをご招待するホームパーティ を開いたのだが

無事終了したものの

翌日、物凄い疲労感に襲われた。


家に人を招いたくらいで、こんなに疲労するとはどういうことか?!

大人数のための料理を作ったことくらいで

別段、特別な余興や催しを行ったわけではない。


最後のお客様が帰ったのが1時半頃であったので

それから、なんやかや片付けをして

寝たのは3時頃。

確かにいつもよりは就寝時間はかなり遅い。

また、ホストとして、酔っ払う程は飲んでいないものの

なんやかんやと、計6時間はグラスを片手にしていたので、トータルの飲酒時間は長かった。



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だから、なんでしょうか。

しかし、それにしても、翌日は異様な疲れ具合であった。

夫ペーターも同様であった。


翌朝はふたりして朝10時くらいに一旦起きたが

ペーターは軽く朝食をとり

私は食欲なく水だけ飲み

その後ふたりでまた倒れこむように二度寝。

2時半くらいまで寝こける。

お断りしておきますが、二日酔い、というのでは全くない。


昼食にパーティの残りの料理(数日間、毎日食べられる程残った)を食べるものの

ふたりとも、テーブルに肘をつき、頬杖をつきながら食べるという

母がいたら、ぶっ叩かれそうな、お行儀の悪さであったが

まともに身体をまっすぐに保っていられない。



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その後、ぬる目のお風呂にはいり

外の空気を吸うために、近所をぷらぷらと散歩し



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夕食はまた残り料理の野菜系を中心につつき

疲労のため、お互いにあまり口もきかず

早目に寝た。


人をお招きするので、当然ながら気遣いはあれこれしているとは思うし

就寝時間の遅さ、トータル飲酒量も関係あるだろうが

それにしても、呆れるほど疲れがひどすぎた。


あの異様な疲労はなんだったのであろうか。

やはり

「年」

ということなのかとしか思えない。


年をとっていくと

遊びごとでもこんなに疲れるのであれば

余程の覚悟がないと敢行できないなと思い知った。



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そういえば

先々週末にアントワープ に2泊3日の旅行をした際も

毎日午後3時くらいになると

猛烈な眠気に襲われ

夫とふたりして

公園のベンチに座って居眠りする、という


また、ふたりして美術館の中にあるベンチを陣取って

寄り添って居眠りする、という


ホームレスの半ボケ老夫婦のような体たらくでした。


楽しいはずの旅行中であってさえ

こうなんだからねえ。

それとも私たちって、異常でしょうか?!



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年をとるにつれ

規則正しい生活を好むようになり

決して無理をしないようになるのも宜なる哉、と思った次第でした。






段取り魔のパーティ料理

自慢じゃないが

(という時はもちろん自慢だが)

小中学生の頃の夏休みの宿題など、溜めたことはなかった。

8月31日に、泣きながら、また家族総動員で、溜めに溜めた宿題をやった人がいると聞いて

そんな人がこの世にいるのかー、と驚いた。


母の教育によるものではあるが

何事も、計画的に着々と進めるように習慣づいているため

3年前に行った引越しなども

多忙な仕事のかたわら、数ヶ月の中期計画をたて

荷造り、廃棄処分、新規購入、等々の準備を着々と進めていたため

直前に慌てることもなく、当日は涼しい顔で「移動」したのであった。


結婚式の際もしかり、であった。

段取り表を作成し、それにしたがって準備を行ったため焦ることは一度もなく

当日の朝は、洗濯などして

母に渡すことになっていた健康食品やらをしっかり持参して

まるで普通のお出かけのように、余裕の心持ちで出かけたのであった。



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というわけで、

夫ペーター宅で、15人ほどをご招待するパーティを行うことになり

10日前からメニューを考え始め

何日かにかけて、何品かつくって味見をし

ペーターと侃々諤々の議論を経て訂正をし、3日前に決定。

着々と毎日買い物をし(重くて全部もてないから分散)

下ごしらえをし

今日、当日に至りました。


いやはや

私は食べるのが大好きで、料理も嫌いな方ではないが、決して上手なわけではなく

15人のための料理を手作りするというのは初体験で

いかに、楽で(これ重要)、そこそこ美味しくて、見た目も悪くないものを作るか

結構、頭を悩ませた。


また、日仏の習慣の違いって、結構あるんですね。

キッシュの美味しい店があるので、楽をするために買ってこようかと思ったら

ペーターいわく、「フランスではキッシュなど家で作るもの」ということで却下。

失敗が少なくて無難なポテトグラタンをつくろうかと思ったら

再度ペーターいわく、「フランスではイモなんかパーティに出さない」とまた却下。


このペーターというのが、結構こだわりの男であるため

「支離滅裂」なパーティ料理はイヤだ、と

つまり、お寿司とローストビーフとラザニアなどが並ぶ

日本のホテルの宴会のようなスタイルですが、

ひとつ「テーマ」を決めるべし、とのたまった。


「テーマ」かい。

そういわれてもねえ、1つの料理ジャンルに特化して多くのレパートリーを持ってないし

仕方ないので

テーマは、「初夏の雰囲気」

という、曖昧なところでお茶をにごしたら、なぜかOKとされた。




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要は、南欧系と南米系料理、なので

実は支離滅裂の範疇なんじゃないの、とは思うのだが

こだわりの人ってのは、「実」よりも「イメージ」のプレゼンでうまくいくというのは

仕事で習得した小手先の技です。


ちなみに、ペーターは料理上手で、私以上にマメな段取り魔です。



というわけで、

本日の19時にお客様をお迎えするにあたって

これから掃除などし

昨日、半日かけて作った料理の下ごしらえの仕上げをするわけだが

実際にどうなることやら

段取り魔を脅かすドンデン返しなどないといいですが~。











残念な音楽会

昨夜は、Salle Pleyel (サル・プレイエル)で行われた

山田和樹指揮パリ管弦楽団のコンサートを聴きに行きました。


この写真は3月に撮ったものなので、皆さんコートを着てますが

昨日は久しぶりに暖かく、快適な気候で、皆軽装であった。


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久々に、ちょっと残念なコンサートであった。


1曲目のグリンカは、勢いがあってなかなか良い演奏であったが


第2演目のハチャトリアンのピアノコンツェルトにおいては

ずーーーーーーーっと

短波ラジオの周波数を一生懸命チューニングしているような

ピーーーーーーーーという電子音がホール中にずっと鳴り放しで

ピアニストのJean Yves Thibaudetも、第一楽章が終わった後に

耳を押さえるジェスチャーで指揮者に訴えていたが

結局、最後まで電子音は解消することはなかった。


当然、観客もずっとイライラと落ち着かない雰囲気で

今ひとつ、演奏に入り込めなかった。


音楽会の演奏中において、こんな雑音が鳴り続けるなどというのは

全くあってはならないことで、前代未聞なのではないかしらん。


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うーん。


休憩後に流れたアナウンスによると

観客席のどなたかが、電子機器の電源をONにしている可能性があるため

皆さん、必ず電源はOFFにしてください、ということで

実際、第三演目のチャイコフスキーにおいては、電子音から解放された。


こんなことってあるんですねえ。

しかし、この場合の電子機器っていうのは、携帯電話の部類ではあるまい。

おそらく、持ち込んではいけない部類の、例えば集音マイクのついた機器系ではなかったか。


もし本当にそうだとしたら、由々しきことで

絶対にあってはならないことであるからして

会場に入る前の荷物検査などを実行すべきだと思う。



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でも、観客のレベルが低い、というのはそもそも問題だ。


いつも思うのだが

演奏が終わり、指揮者がタクトを下ろし、

音が完全に鳴り止んで、一呼吸おいて

曲の終わりの一瞬の静寂の余韻、というものを味わってから

拍手喝采、というものは始まるべきものであって


その余韻が終了していないうちから

音が鳴り止んだ直後くらいのタイミングで

ブラボー!などと叫び始めるバカがいる。


目立ちたがり屋なのか?

そしてそれにつられて拍手始める会場。

こういうアホがいるために、せっかくの演奏が最後に踏みにじられる。


しかし、私の狭い経験では

こういう観客レベルっていうのは実に各会場で多いんですね。

もっと成熟した観客が集まっている音楽会ってないんでしょうかね。

ベルリンフィルやウィーンフィルの初日、なんていうと、ちょっと違ったりするのだろうか。



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しかし、この点においても

昨夜は、最低中の最低であった。


チャイコフスキーの「悲愴」が

その美しいアダージョを奏で終え、最後の余韻に入ろうとした、まさにその瞬間

またとんでもないバカがいて

確実にタイミング違いな拍手をパンパンパン、とひとしきり送り

さすがに会場の人々も呆れて振り返り(My God、という声が聞こえた)


指揮台に立つ、山田和樹氏の後ろ姿には、明らかに、日本的にいえば

「ガクガクガクッ」というリアクションのオーラが。

(もちろん実際には微動だにしてませんが)


会場全体が、いつ本来の拍手を始めていいのやら

完全にタイミングを逸して、気まずい戸惑いのムードに包まれた。

なんとか、2呼吸くらいおいて、パラパラっと拍手が始まり、

拍手してもいいのかな、でもしないのも変だしね、という雰囲気の中

山田氏が観客に「にこやかに」振り返り、オーケストラを立ち上げて

なんとか、通常の拍手喝采の場に持ち込んだのであった。


いやー、これも初体験であった。



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しかしねえ、あのバカの的はずれな拍手は

わざとではないか、と私は思ったよ。

というくらい、異様ではあったのが

確かに、申し訳ないけど、演奏はよくなかったので

もしかして、ちょっとした嫌味?とも思わなくはなかった。


山田氏が頑張って大奮闘していたのはよくわかったが

オーケストラが全然ついていってないというのか

纏めきれていない、というのか

そこここで、フラストレーションを引き起こす荒い演奏。


夫ペーターいわく

「オケパリだから仕方ないじゃない」

ということらしいですが

うーん、残念であった。


山田和樹氏にとっても、昨日はかなり辛い演奏会ではなかったかしら。

でも、1979年生まれ、というし

今後まだまだ色んなこともありましょうから

是非、これからますます獅子奮迅・ご活躍していただきたいです。


帰宅してから

カラヤン&ベルリンフィルの「悲愴」を聞き直してしまった私。


「酒を飲み直す」というのと同じですね。

最近も書きましたが

やはり音楽の消化不良というのはあるんですね。