ハイジの退屈日記 パリ・東京 -56ページ目

正しい日本の飲み屋

先週は、本社からやってきていた外人たちと

貴重な金曜日を含め2回もディナーするはめに。

こじゃれた六本木と西麻布のレストランで

外人が好きな肉たっぷりコースで

ひきつった笑顔と共に食事。


1週間の疲れもひとしお。


仕切り直さねば、ということで

土曜日に、友人が最近イチオシする

川崎市溝の口へ、女3名で飲みに行く。

溝の口上陸は初めて。


いいところでした。



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駅から歩いて2,3分の

線路沿いにある飲み屋通り、「溝の口駅西口商店街」。

飲み屋と共に、なぜか古本屋も2軒あり。

なかなか文化度が高いんではないか?



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雨だったが

晴れていれば、線路沿いに

椅子やテーブル(ビールのケースにベニヤ板を置いた)を並べ

屋外飲みもできる。

こんなにも電車のそばでいいのか、という感じはあるが。




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我々の入った一軒。

この煌々と輝く「蛍光灯」が

正しい日本の飲み屋、と思わせる感じ。

また、清潔。

トイレも綺麗でした(重要)。

渋谷や新宿の飲み屋街のように屋外の「共同トイレ」でないところがよい。




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そして

商店街の外観から想像するより

意外と客層がよい。

上野アメ横あたりの飲み屋と比べると、

品が良い、といっていいでしょうか。

渋谷の「のんべい横丁」あたりと比べても

「ファミリー層」といっていいほどの健全さが漂う。


和民などのチェーン店の居酒屋というのは

とにかくウルサイ。

平日はサラリーマンたちが

週末も若者たちが

大声でしゃべり、笑い、喧騒状態にいるようだが

こちらは比較的静か。

地元系の飲み屋のいいところか。


地元系、といっても

常連の人ばかりで入りづらい、などの雰囲気がないのもいい。




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正しい日本の飲み屋として当然ながら

野球中継のチャンネルに合わせてある。

テレビは薄型であるところが

現代っぽい。

店の外観よりはずっと新しい店と見受けた。




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そして、なかなか安い。

ハンバークのような大きなつくねは一串150円。

魚の骨せんべいは、これで300円。

すごーく美味しい!というほどでもないが

相当いける。良い肴です。



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白レバーの燻製。

このお皿、バットでしょうかね、

なんとも、いい味だしてる。

値段は忘れたけど、500円はしていないはず。


5杯くらい、様々な酒を飲んで

お腹いっぱいになるほど食べて

お会計は、一人3,000円でした。




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パリ在住の夫ペーター(日本人)が

大喜びしそうな飲み屋の条件を満たしてると思われる店。

本人いわく

「青春時代をこういうところで過ごした」らしいし。

最近、なぜかやたらとセンチメンタルな彼は

きっと感動で涙することでしょう。


正しい飲みは、蕎麦屋で締める。

ということで、溝の口駅の別の出口からほど近い蕎麦屋へ。

かなり小奇麗で、おしゃれといってもよい店。


まずは蕎麦屋での「条件反射」、板わさ。



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蕎麦好きの私としても満足な

おいしい蕎麦でした。




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というか

酔っ払っていたので、よくわからない。


「締め」のはずが

蕎麦屋の「条件反射」のもうひとつ

日本酒もしっかり飲んでるし。

とにかく

蕎麦というのは、「締め」にピッタリである、と思う。

(というコメントも大雑把)




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外人たちとの都心でのお洒落なディナーから

心のふるさと、正しい日本の飲み屋街へ。


実はあまり居酒屋とか、それほど好きな方でもないのだが

「外人とのお洒落ディナー」の反動、

「毒消し」のような意味合いでも

楽しい夜が過ごせました。


パリ在住25年の夫は

「外人ってキライぃ~~」だそうなので

(なら、なぜそんなにも長く居るのか?)

きっと彼も、こんな日本の飲みを気に入ることでしょう。


労働者のつぶやき

東京での会社員生活を始めて早1ヶ月。
夢見は悪いものの
表面上は平穏な日々が続いている。

1年半近くも仕事をしていなかったせいか
やはり思ったより
「社会復帰」に時間がかかっているのかもしれない。


仕事の「勘」みたいなものは
すぐ戻ったが
毎日仕事に行かなければならない、という事実に
どうも慣れないらしい。


そのせいなのか

毎日毎日
「早く金曜日にならないかな」
と思いながら過ごしている。


別に仕事が辛いわけでもなく
つまらないわけでもなく、嫌なことがあるわけでもない。
そして、楽しいというわけでもないから
ただただ、
早く週末になって、仕事に行かない日を迎えたい、と
毎日ひたすら願っているわけだ。


そう感じてしまうのは事実である反面、
「こんな人生でいいのか」「このまま生きていっていいのか」等々の
疑問がいちいち心の奥底から顔を出す。



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私が高校生の時に、すなわち80年代ですな、
アメリカで流行っていたポップ・ロック
Everybody working for the weekend
という曲があり
最近、たまにこの曲のことを思い出す。


このたび検索してみたら
"Loverboy"というカナダのバンドによるもので1981年の曲であった。
バンド名にものすごく時代を感じるが
今も健在らしい。


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当時この曲を聞いた時
高校生でありながら、
すなわち仕事をしたことがなかったのに
なんともいえない「もの悲しさ」を感じたものだった。


みんな週末のために働いているのさ~♪
ということは
仕事そのものに打ち込んでいる、というより
日々の仕事を片付ける、という感覚で毎日をやり過ごし
週末が来るのを待ち望む・・・
そんな人生でいいのか?!と
(高校生の分際で)思ったわけ。


週末がやっと来たぜ!ハメをはずそうぜ、ワオ!みたいな
エキサイティングで単純な曲調が(そういう意味ではよくできてる曲と言えよう)
私には
ブルーカラー的といおうか、
寅次郎のいうところの「労働者諸君」の歌、
という感じで
身の程知らずで夢見がちだった私には
なんだか、いや~な気分にさせられるものだった。


もっといえば
「私はああはなりたくない」というような。


http://youtu.be/7E82ozXyNjk



そして今
まさしく、そういう人生を送っている私。
高校生の時に、違和感を感じた世界、イヤだなと感じた世界に
今はどっぷりとはまり
約30年の時を経て
あの曲が現実になっているというわけだ。


当時「いや~な気分」になったということは
逆にそれがおそらく現実なのだろう、ということを薄々感じていたということか。
だとしても
やはり当時は、そういう人生を送るまい、と思っていたフシがある。


我が妹は
小学生の頃から「将来何になりたい?」などと聞かれると
非常に困惑したそうだ。
というのは
フツーに会社員になるに決まってるじゃん!
と心から思っていたそうなので。
そして、会社員になって、誰かと結婚して、子供ができて・・・
というコース以外の人生を思い描けなかったらしい。


恐るべき想像力の欠如とも言えるが
(本人いわく「石井ふく子の『ありがとう』シリーズをずっと見てたからそうなった、らしい)
昔も今も、どっしりと地に足をつけ、現実を受け入れて生きているようなので
幸福なことかもしれない。







エセ楽観主義

自分を幸せだと思いますか?

と聞かれたら、私は迷わずYESと答える。


細かく考えれば、願望と現実は違うことも多く

日々、小さな不満を抱いたり、怒ったりすることがあっても

健康で、家族も元気で、家も仕事もあり、友人にも恵まれ、

なぜこれで幸せでないなどと言えましょう。


それに、告白するが

私はこうみえてキリスト教信者なので

「神様は最終的には決してその人にとって悪いようにしない」

ということに疑いをもっておらず


さらに、過去の自分の人生を振り返ってみても

苦労したり悩んだりという時はそこここにあったものの

概していえば、とてもラッキーで

恵まれていた人生だったと思っている。


というわけで、基本的には

決して、私は悲観論者ではなく

ものの考え方が特にネガティブなわけでもない、と

思っているのだが


やはり人間は自分を理想化しているのだろうか、

(実像を知ったら、気が狂うのかもしれぬ)

なんやかんやいっても

無意識下にあるものが、本来の自分の傾向なのかも。

毎日のように、いやーーな夢をみる。



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仕事を始めて1週間たった日の夜にみた夢は

おトイレを探しており

ここは汚い、ここはドアが壊れてる、ここは人に見られる、

などと、いや増す便意と共に

非常に焦りながら、あちこちと彷徨う夢。

私の「素人夢分析」では

1週間、新しい職場にて「地」を出せずに疲れたことの「総括」。


覚醒時においては

それほど気を遣ったりなどせず、心穏やかなつもりだったのだが

無意識下においてはそうでもなかった、ということでしょう。



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また、さらにわかりやすい例。


現実において先日、丸1日外出していた上司が私にメールを送り

突然だが明日、本社の外人達に対してプレゼンして欲しいのだけど、どう?

と聞いてきた。

(有無を言わさずやれ!と言わないところは良い上司です)

ところが、そのメールというのは、なぜか私の自宅メール宛に送られており

そのメールに気づいたのは、当然ながら自宅で、夜の9時半のこと。


というわけで、上司にはそのあたりも説明しつつ

丁重に辞退し、それでもご希望なら・・・

などと返信し、返事はなかったものの

わざわざ電話する程のことでもない、と思い

気になりつつもそのまま就寝。


そして、みた夢。

その上司が登場し、

「あんたのせいで契約を落としたじゃないのよ!」と

罵倒され、なじられ、

「あんたの失策を紙にかいて貼りだすからね!」と

怒鳴られる、という夢。


こんな夢を見る私の、

どこが「特にネガティブでもなく」「悲観論者でもない」

といえましょう。


なお、今までの仕事人生で

これに類した経験をしたことはありません。


現実には翌朝、

そのいつも笑みを絶やさず感じの良い、良識的な女性上司は

もちろん怒るでもなく、「じゃあいいですよ」という感じで

あっさり、すんなり、何事もなく済みました。



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つい数日前には、さらに強烈な夢をみたなあ。

知人となんらかの犯罪を犯し

追われて、逃げて、最後には部屋の隅に追い詰められて、

ピストルを向けられ

まず先に知人がやられ、とてもリアルに倒れ、

「次は私か!ウソ?!」みたいな瞬間に

私も撃たれ、死にました。


「素人夢分析家」には

この夢は、あまりにも現実と乖離しており

意味を解明できません。

しかしながら、心理的には何らかのリンクがあるのでしょう。


こう変な夢を羅列すると

まるで私の毎日は

殺伐とし、プレッシャーを与えられ、慌ただしく、焦っていて・・・

などと思われてもおかしくないが

現実は全く逆で

非常に落ち着いて仕事をし、忙しくもなく、トラブルもなく、静かで平穏な日々を過ごしている、


と、覚醒時だから、そう思っているだけなのか。

人間の深層心理は、実に奥深い。


(ところで、エッフェル塔は、世界のどの塔より、美しいと私は思います)