ハイジの退屈日記 パリ・東京 -51ページ目

ひとり海外出張の夜

というわけで、先週は
パリに4日間滞在したあと、
スイスに出張にいっておりました。

スイスに行ったのは
20年ぶり、とかではなかろうか。


ハイジの退屈日記 パリ・東京



この電車でいいのか、この方向でいいのか、と
迷い、地図を見ながら、人に訪ねながら
スーツケース2つを
石畳の上をガタガタと引き摺って、時には力任せに押しながら
5泊6日で3つの町を周る、という、

そして、ここでも発揮された最強の雨女の威力、
3日間X24時間=雨、1日X24時間=雪、1日は曇り時々晴れ間、
最高気温零下、という中の旅でした。


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しかも、家でひとり怠惰に過ごし
映画をみながらワインを飲むのを最上の喜びとするこのワタクシが、
なるべく人と話したくない、人に会いたくない、というこのワタクシが、

悔し紛れに数えたら
21人もの「外人たち」と次々にミーティングを行う、という
神はこの試練をなぜワタクシに与えたもうたのか、
と天に問いかけたくなるような
辛い日々でした。


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しかし不幸中の幸い(?)が一人であったこと。
今まで何度も海外出張をしてきたが
ひとりで来たのは今回初めて。

今までのケースでは
取引先、顧客、など、ものすごく気を使う人達と一緒か、
または同様に気を使う上司や同僚と一緒だったのだが、
今回は全くひとり!
つまり夜や移動時間は一人になれた。
まあ、夜ひとりで過ごせたのは5晩中3晩だけだったが。
いやあ、これは有難かったね。

海外出張の疲れることの一つとは
寝ている時間以外は、つねに誰かと一緒、ということではなかろうか。


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というわけで
夜ひとりになれると、ほーーーっとしたね。
ホテルの部屋で1,2時間ほど日本とメールやりとりした後、
じゃ、晩御飯でも食べるか、と出かける。

といっても
毎日あまりにも天気が悪かったため
町を散策する、などということをする気にならず
(それでも多少はがんばった)
なによりも
昼間がっつりと食べた「在スイス料理」に胃腸がやられているため
あまり食欲もなし。

1日目の夜は
まだ開いていたスーパーマーケットで
こんな惣菜(サラダ2種)とサンドイッチを買ってきてホテルの部屋で食べた。
しかし、
このせいだと思うが
その後24時もの間、腹を下す。


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次の夜も
食べたいものなし、
雨の中遠出する元気もなし、
ホテルの近くの「カフェバー」?で


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軽く食べる。
ザッツ・オール。
ザッツ・イナフ・油。

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スイスの人たちって
昼ごはんをガッツリと食べ、夜はあっさり、という人が結構いるらしい。
よく見かけてビックリしたのだけど
夜の8時くらいに
カフェでお茶だけ飲んでる人達ってのが結構いる。
東京では
8時くらいに友達同士で会って
お茶だけ飲んでる、ってあまり見ない光景なのでは。

まあ、わかりますよ、
あんなものをランチに食べてりゃね。


3日目の夜も
ホテルの近所で
ランチでもたれた胃のために野菜スープを。
こちらは手作りっぽい素朴な味でほっとする。


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しかし
毎晩しっかりとワインだけは飲んでいる!

4日目こそは
中華屋で、不味くてもいいから
米または麺が食べたい、と思っていたのだが
スイス人とイタリアンでディナーと相成ってしまった。
しかし
野菜プレートにしたら恐れていたほど悪くなかった。


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仕事を終えたスイス5日目の夕方
国際空港のあるチューリヒに戻った。

都会に来られてホッとする。
小都市や田舎にはワタクシは住めません。
といってもチューリヒだから、「都会」とはいえないか。


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夕食にするにはまだ時間が早かったので
クリスマスも近い町を歩く。
ヨーロッパに来たんだな~と思える
クリスマス市が開催中。
かなり小ぶりでしたが。
条件反射的にグリューワインを飲む。


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しかし
5日のハードな日々を終えて
解放感にひたっていたはずなのだが
急に寂しげな気分になってしまった。

クリスマス市で一人でポツネンと
グリューワインを飲んでいたおじいさんを見たからか。

年老いて一人、毎年恒例のクリスマス市に来て
賑やかな人々の中に一人座り
グリューワインを飲むって、どんな気分だろ、とフト思った。
昔は、奥さんや子どもたちと来たこともあったかもしれない、
でも今みなが去り、一人になって
でも習慣だからクリスマス市にやってくる、そしてその胸に去来するものは。

などと、すぐそういうことを考えて
妄想をたくましくするワタクシ。


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ひとりは気楽でいいが
それが毎日毎日のことであったらどうだろう。
やはり、普段から人と多く接しているからこそ
ひとりがいい、と思うのでしょう。

町をぶらついた後
仕事の取引先の日本人方々と
急遽合流することになり
タイ料理レストランで夕食。

久々の「非洋食」で、
しかも意外と美味しかった。
また、やはり晩御飯を人と一緒に食べられるっていいなあ、と思った。


























やればできる4日間パリ

久しぶりでパリに行ってきました。

半年前には、
東京で会社員生活することになっちゃったし、
次回パリに来れるのは、いつのことやらと思っていたのだが
意外と早かったね。

やはり人生、なにがどう運ぶのか、わからないもんです。



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4日間という短い滞在だったけど、
普段、一日一日をせかせかと消化するような
慌ただしい仕事人生を送っているので、
4日間、フリーな日々があると
意外と、時間がたっぷりある感がある。

日本人がヨーロッパ数か国10日間、などというパック旅行をしているのが
冷笑されているような向きもあるが
全然アリでは、という気さえした。

普段、追い立てられるような日々を過ごしている人間にとって
朝から夜まで特に予定がなく、しかもそれが連続4日間もある、というのは
贅沢だ~と言いたくなるような
哀しくも、有難いことで。

いやはや、時間の縮尺というものは
全くもって自由自在なもんだ。



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パリの良いところは
やはり飲食でしょう。
さりげなく美味しい店がいっぱい。


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牡蠣の季節です。


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フランスで雲丹を初めて食す。
始めは、石鹸の味がする、と違和感があったが
食べてるうちに、病み付きになるような、クセになる味。
エクスペリアン・トレゾニーク。
(夫ペーター(日本人)に何度も発音矯正されて、しまいに嫌になった)


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シャンパーニュはやはり美味い。
ルイナールM。
グラスで19ユーロ。
しかし、店が会計し忘れたため、タダだった、ということが判明。
ラッキー。


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装飾美術館でみた
ヴァン・クリフ・アーペルのコレクション展。
1920年代から現代にいたるまで、年代別に展示がされており、
特長がはっきりと分かれていたので比較して見応えあり。
一つ一つのジュエリーのあまりの美しさ、素晴らしさに
興奮しながら2周する。
職人技というのものには本当に心を打たれる。
できることなら、また見たい。


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日本公開に先駆けて
やはり我慢できずに見てしまいました。
待望のダニエル・クレイグ第三弾007「スカイフォール」。
良い出来でした。
語りたいこと多数。
この話はまたいずれ。


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オペラ・バスティーユでは
年末だからか?
バレエを集中してやっていて土曜のマチネは満員。
「ドン・キホーテ」を鑑賞。
ダンスもさることながら、衣装があまりにも美しすぎて
ため息。
ひとつひとつ、全く手を抜いてない(当たり前か)。
衣装が全体の景色をつくり、舞台が何重にも美しい。



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マルシェはいつも楽しいし



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20年ぶり?
バトームーシュにも乗っちゃったし
(エッフェル塔の完成美は、何度見ても感激する)


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例によって
夫の自慢のステレオで音楽もかなり聴いたし


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全然いけるじゃん、
4日間でも!

なんだか、とてもラッキーで充実した4日間だったので
予想外のツケが来るのではないか、と不安になる私というのは、
つくづく哀れな貧乏性である。

























仮装の夜

昨夜は、お世話になっている方の誕生日会があった。
還暦を祝う会、ということで壮大なパーティで
お店を貸し切り、150人くらいが参加する、というもの。

ドレスコードがあり、
「ウィッグまたは華やかな頭部装飾」
ということだったので、
招待状をいただいた時には、
うーーん、どうしたものか、と一瞬考えたが、
わりとすぐにイメージが浮かんだ。

すなわち、こんな感じ。


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この沢尻エリカちゃん(実はファンです)のイメージで
「小悪魔風」にしよう、と決意。
ただ派手にしたかったので
緑か赤のカツラを買うことにした。

で、ネットで、緑のロング・ウィッグを買ったのだが、
あまりにも鮮やかな緑すぎて、アニメキャラの服装をしないと全く合わないと判明、
ワインレッドに交換。
ただ、前髪がなく、「真ん中分け」のスタイルになってしまったため、
どちらかというと、ヒッピースタイル、ウッドストック風になってしまった。

で、実際に被ってみてわかったのだが、
まず、物凄く化粧を濃くしないと、とても赤いロングヘアと顔が合わない。

そこでしばらく封印していた真紅のルージュを取り出し、
目の周りを女優メイク風にぬりたくり、
本当はつけまつ毛をつけたかったのだけど、
つけたことがないため、失敗するリスクがあったので諦めて
マスカラを3回上乗せして、目元を強調。

そうこうしてるうち、イメージはこんな風になった。


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全然かわいくなかった。

はっきり認めましょう、それはメイクのせいではありません。

やっぱり年齢なんだよねえ。

40半ばもすぎて、赤のロングヘアで厚化粧したら
「小悪魔風」になんかなるわけがなく、
「大悪魔風」、妖怪系、魔界転生風、になるのがオチなのであった。
そういう当たり前のことに、どうして気づかなかったのか。

しかし、もう引き返せず、もとより他にアイディアなし。
せめて、帽子をかぶり、サングラスをかけることにした。
多少でも年齢不詳になれるように。

赤いロングのウィッグで可愛くなるのは、やはり20代前半までなんだろうね。
やってはいけない年齢の線を越えてしまった。
例えて言うと、
3歳の男の子が真っ裸で海水浴場にいても、ほほえましく可愛いが、
10歳の男の子がそれをやると、
見てはいけないものになってしまう、
そんな感じでしょうか。


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しかし、私という人も
かなりの変人なんだよねえ、
そういうウィッグは、パーティ会場の近くのトイレなどでかぶればいいのに、
学校帰りに繁華街にいく前に、駅のトイレで着替える中学生のような、
そういう根性はいかん!
やるなら、堂々とやるべし!と
家からその格好で行きましたよ。

しかし、家の玄関を出て
マンション内のエレベーターを通って外に出る間に
どうぞ隣人をはじめ誰にも会いませんように!と
神仏に祈る気持でした。
(で、会わずにすんだ)

もちろんタクシーに乗る、などという
懐事情ではないため、公共交通機関、電車を利用。

平穏な住宅街を駅まで5分歩き、
地元駅から目的地である猥雑な都会の駅まで5駅、13分。
そこまでついちゃえば全く違和感なく町に溶け込めるのだが、
いやあ、長かったねえ。
いつもは割とあっという間の18分が。

意外と人は驚きの表情で私を見ることもなく
老いも若きも無関心にみえたが
それはもちろん「見てはいけないものは見ない」
という美徳、礼節、というものなんでしょう。

向かい側のホームから去っていった電車の中の
中学生2,3名には、あきらかに笑われてました。
赤いロングヘア、黒装束でサングラスかけた人が
私鉄沿線の駅で電車待ってたら
そりゃあ浮きますわな。


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会場に入れば、私なんかとても地味でした。
みなさん「華やかな頭部装飾」かつ素敵な衣装でいらしており、
参加者の平均年齢も高かったし、
ほーっとしました。

なんてたって、お誕生日を迎えたご本人がこんな感じでしたから!



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うん、それにしても
皆さん、やはり会場に隣接したホテルのトイレで変身してた方が多かったようです。
そりゃあ、そうだよねえ。
やはり自分というものがわかっていらっしゃる。