ハイジの退屈日記 パリ・東京 -47ページ目

酒との葛藤

さんざん言ってますが
私は毎日毎日、来る日も来る日も、
ここで飲むのをやめよう、今日の夜は飲むのをやめよう、等々の
酒との葛藤を繰り返しています。

酒の度が過ぎれば
翌朝は身体や頭が重い、息が臭い等々の不快な症状があるので
少なくとも平日は
断固として、朝からそのような症状に陥りたくない、
なんて思ったりするのだが
一旦飲み始めると、あーら不思議!
止まらない!!

そして
翌朝も、また、不快な気分になる。
自己嫌悪に陥る。


ハイジの退屈日記 パリ・東京


私って、本当に、器の小さい、、つまらない女
常に葛藤と罪悪感があるのですね。
まあいいじゃない、どうせなら楽しく飲めば!とは思わないのだね。

したがって
日本酒を3杯飲み、さらに、ワインも2杯飲んだ、
この程度の酒量というのは、まさに「呼び水」になるのでしょう、
そこから「言い訳と葛藤」が始まる。

曰く、
「もう一杯くら良いだろう、まだ早いし」
「ここで止めれば明日の朝はまだセーフだ!」
「しかし、まだ酔ってるわけではなし」
「ここで止めると、気持の良い朝が迎えられるぞ!」
「今日は忙しい一日だったし」
「・・・」
「美味しい肴もあるし」
「・・・」
「仕事終わりの夜を楽しもうよ、夜はまだ長い」

などという感じで
いつのまに、引き続き飲んでいる。

唯一それに打ち克てる時があるとすれば、
前日にあまりにも飲み過ぎていて
「さっきまで」酒が身体に残ってた、という日だけだ。


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私が長年「家庭の医学」の師としているアンドリュー・ワイル博士も
日常で手が届く依存性の物質(酒、いくつかの薬物、タバコ、カフェイン、チョコレート等々)の中でも
アルコールが最悪である、と確か言ってたっけ。

その根拠は忘れたけど、
私個人の意見としては
タバコは、身体の機能を確実に蝕んでいくけど、
お酒は、より精神が蝕まれていくような気がするので、それかと思う。

要は心身ともに依存的になっていくのだね。
そして、日常生活はギリギリ維持していけても
自力ではもう二度と抜け出せない、自由がきかないところに来てしまう。

チャンドラー「大いなる別れ」で
フィリップ・マーロウは
「酒が抜けるまで3年かかる」とお友達に言ってました。


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なぜ毎晩、酒との別れが
こんなにも名残惜しいのか。

まあ、ただ単に依存のスパイラルにハマり込んでるということだろうが、
楽しい酩酊の時に終止符を打ちたくない、という
この狂おしいまでに切ない気持は
地に足をつけて現実を受け止めて生きることの苦手な
逃避傾向にほかならないでしょう。

なぜゆえに
私はこんなに現実逃避傾向が強いのか。

一言でいうと
よく知らない人との日々の交流が苦痛であるということに尽きる。
それを、特に仕事においてやっているので
ストレスがたまるんですねえ。

「仕事仲間」なんてのは、
はっきりいって
「よく知らない人」の中でも一番タチの悪い部類である。


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なぜそれほどまでに人との交流を苦痛とするかというと
これはもう育ちに起因しているとしか言いようがない。

私は、人にあらゆる意味での「評価」をされるということに異常なまでの嫌悪を抱いている。
で、人との交流において、
常に、相手の価値判断において何らかの評価され続けているのだろう、と
思い込んでいるので
飲み屋でマスターと話したり、昔の同級生に久しぶりに会ったり、年賀状を書いたり、なんてことも
単に大いなるストレスの要因となる。

だから毎晩毎晩
一人になることを楽しみにして
自分の殻に閉じこもり
酒を飲む、
そして自己嫌悪に陥る、

こんな人生、あとどのくらい続くのでしょう。





































ミーハー的NYジャズクラブ体験

先月いったNY話し の続き。

NYを訪れたら、できたらジャズクラブに行きたい、という願望があるので
今まで、ブルーノート、バードランド、と行きましたが
今回ついに
ミーハー的憧れを充たすジャズクラブの殿堂(?)、
ヴィレッジ・ヴァンガードに初めて足を踏み入れました!


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なんか~、よくわかんないけど~
ヴィレッジ・ヴァンガードといったら、
「ザ・NY」のジャズクラブ、っていうイメージなんだよね~。
バードランドなんかより、ずっと名門なイメージ。

Peter Bernstein Quartetという
ギター中心のカルテットの夜でした。
ジャズに詳しい夫ペーター(日本人)は、
このPeterは知らないが、ほかの3名は有名だ、というので
じゃ、悪くないんじゃない、ということになった。

というより、私としては
もちろんこの4人のだれも知らないし、
誰が演奏してようが、
要はヴィレッジ・ヴァンガードに行ってみたい、という
それだけだったので、別に誰だってよかったんですけどね。


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遅れていったこともあり
店内のまともな写真は撮れなかったが、
ステージを囲む両側の壁には、
歴史的ジャズミュージシャン錚々たる面々の写真が貼ってある。

遅れたために、ステージからはかなり離れた後方にて席をとった。
脇にあるバーカウンターでは人の動きがせわしなく、
今ひとつ演奏に集中できない感じではあったが



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それでも、なんだか、
演奏が始まったら
感無量になってしまい、つい涙ぐむ。
う~ん、ついに、憧れの場所で、本場の演奏を聞けたか~、という感じ。
すると、夫ペーターがすかさず気づき、
「泣いてんの?!バッかじゃない!」と
呆れ果てたように、吐き捨てた。

情緒を解さない夫など意に介さず。
リーヴ・ミー・アローン。


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しかし
感激もつかの間、
暗いし、ステージから遠いし、時差ボケだし、
いつの間に寝こける。

夫ペーターも隣でやはり同様に寝ていた。

この東洋人カップルは
何のために来たんだろうねえ、と
店の人は呆れていたに違いない。

そもそもミーハーな来店目的なんで、
そんなレベルだ、ってことで
私としては別にいいです。

この翌日、
同じグリニッジ・ヴィレッジで「日本のスナック風NYジャズクラブ」に行く。
こっちも良かったんだよなー。
この話もまた後日。















ウェディングドレス着たいなら一年でも早く!

私のこのくだらないブログに
アクセスしてくださる方で最も多いのは
どうやら40代にて結婚式を考えている方と思われる。
検索ワードの解析結果によると。

1日のアクセス数もUU数も非常に低いワタクシのブログに
「40代」「ウェディング」で結構ひっかかってくる理由はわかる。

私自身、情報を求めていたころ
ずいぶんそれで検索をしたのだが
いかんせん、ないのだよ、
40代の結婚に有用な情報が!

この2つのキーワードで出てくるのは
まずはお見合いサイトね、「中高年の出会い」みたいな。
さらにしつこくスクロールすると
結婚式場の求人情報だね、「介添さん、40代も可」みたいな。

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こっちが知りたいのは
40代で結婚式するのはどんなものか、
ドレスや、ヘアスタイルは、
ほかの人はどうしてるんだろ、というところだが、
40代の需要が少なすぎて、成り立たないのか、
その辺の情報を網羅しているウェディング関係のサイトは、ない。

やはり、今更いうほどのことではないのでしょうが
ウェディングは20代、30代でやるもんらしい。


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というわけで
「40代」「ウェディング」という検索ワードで
このブログに入ってきてくださった皆さま!

サイト左側バーの「ブログテーマ一覧」ってところに
「40代のウェディング」というのがありますので
そこをヒマな時に見ていただくと
私が結婚前にあーでもないこーでもない、と迷ってたことなど
10個くらいの記事が載ってます。

あまりにも個人的なテイスト&日々のことなんで
ほとんど参考にはならないとは思いますが。


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さらに申し上げるなら!
やはりウェディングドレスを着たいのなら
1年でも早く結婚式をすべき!

私は最近30代の女性たちで
結婚に踏み切れない、などと言う女性たちがいると、
「ウェディングドレス着たい?」と聞く。
ほぼ全ての方々がYESなので、
では、そのために、一刻も早く踏み込むべし!
後のことはなるようになる、という
偏ったアドバイスをしています。

私は実年齢よりも
少し若く見えるらしいので
当時46歳だったが、おそらく40代前半には見えたのではないかと思うが
それでも、結構、白いドレスは無理が合ったかと思う。

夫のコメントは「思ったよりは全然よかった」という、
花婿が花嫁に寄せうる、おそらく史上最低として記録すべきコメントだったし、
今、あえて封印していた当時の真実を
少しづつ(痛みを伴いながら)思い起こすにつれ
食事会に参加してくれた友人達も、教会の人も、レストランの人も、お花屋さんも、
みんな、みんな
ちょっと引いてた。
「無理ある・・・」と感じてたのは明白だった。
表情は言葉よりずっと雄弁。

なにより恐ろしいのは
これはシンプルに、
その人個人の魅力等々を超えた
白いウェディングドレスと年齢ゆえの顔かたちとの相性だけの問題。

いやあ、これはね、体験してみないとわからないよ。

いわゆるウェディングドレスを着たいなら
少しでも若いうちに!