ハイジの退屈日記 パリ・東京 -43ページ目

日本人よ、もっと英語を学ぼう!

自分のことを完全に棚上げして
また、自戒を込めて
あえて言いますが、
本当に、日本人の話す英語はヒドい。

どうして日本人ってのは
こんなに英語が上手くなれないんでしょうかね。

もちろん
相当に英語を上手に話す人もいるのはよく知ってるが
平均レベル的には国際水準よりかなり下だと思う。

いやあ
東京オリンピック決定の「めでたい」ニュースに水を差すつもりは全くなく、
猪瀬さんの今までの努力・献身にケチをつけるつもりも全くないんですがね、

半年くらい前だったか
彼がスイスかどっかでプレゼンした時の
英語でのスピーチをテレビで聞いた瞬間、
失礼ながら、思わず「ブファッツ!」と笑ってしまった。

ご本人も仰ってたとおり
スピーチのプレゼンしては悪くなかったと思うし、
抑揚といい、発音といい、相当練習した形跡があったが、
日本語と英語は、言語的に、あまりにも遠く共通点がない、
日本人はたとえ知識人であっても
英語を話すのが苦手である、ということが
国際的に再確認された、
日本人には息詰まる数分間ではなかったか。


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日本語は、ゲルマン語派やロマンス語派とは全く何の接点もなく
英語は、日本人には非常に発音しにくい言語だと思う。
日本はイギリスの植民地にもなってないから
先祖がしゃべっていたという歴史もない。

英語が国際共通語になってしまったのは
日本人には不幸なことであった。
国際的な舞台で発言する際に非常に不利。
特に西洋社会では、しゃべれない=人間ではない、に近い。

しかし、だからといって仕方ない、と開き直るべからず。
要はハートだよ!とかの精神論もナンセンス。
日本人よ、
もっと英語を練習しようではないか!

帰国子女でもないのに上手に聴きやすい英語を話す日本人は現存するのだから
やれば、きっとできるんである。
他の多くの国の人達よりも
もっともっともっと勉強に時間を費やさねばならんのである。


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海外に旅に出る時に毎回思うのは
成田または羽田空港で、
人を呼び出したりフライトのお知らせをする英語のアナウンスの
ヒドいこと!
全部カタカナでしゃべってるか、変に巻き舌しちゃったりして。
あれで分かる「外人」はいるんだろうか?
アジア他国の国際航空のアナウンスであんなヒドい英語はまず聞かない。
あれは日本の恥だよ。

私達の世代が受けた教育では
確かに英語を話すための勉強はしなかったが
最近は改善されていないのだろうか。
今の20代などの若者も
相変わらず英語が話せない人が非常に多いらしい。
ニューヨークなどの
入国が厳しい空港で右往左往している若者達を見る。

少し前、ブルージェイズの川崎が
試合でなんだか活躍した後のヒーローインタビューで
「アイ・アム・ジャパニーーーーーズ!」と叫んでおったが
あの恥ずかしかったこと。
英語の発音がヒドいこともあるが、あの国際感覚のなさが痛々しい。
日本人の活躍に素直に感心しない私はひねくれ者?

でも、張本さんも「サンデー・モーニング」でカツをいれてましたよ。
「あんなハシャグんじゃないよ!」
「インタビューではちゃんと英語しゃべんなさいよ、アメリカ人に失礼でしょう、
もう1年もアメリカにいるんでしょう!」
と仰ってました。
さすがの見識です。

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日本人が英語の発音をそれらしくできるようになるためには
まず腹に力をいれることだと私は思う。
発声の仕方が英語と日本語ではだいぶ違うような気がする。
英語的な発声ができると、ずいぶん英語らしく聞こえるのでは。

あと徹底的に「子音」の発音を練習する。
子音をちゃんと発音しないから日本人の英語は英語でなく聞こえるんだ。
カタカナは完全に忘れよう。

そして英語のイントネーションというものは
日本語とは全く違うということをしっかりと肝に銘じ、
英語人によって話される正確な英語を繰り返し聞く。
そして正しい抑揚やリズムを学ぶ。

度胸だのハートだのと言うのは
その後の話しにしましょう。
まずは前提をクリアしよう。

















充実した人生であった

ちょうど退院してから2週間。
9割方は体調が戻った感じ。

入院する前には、もう生きて戻ってこないということもありえるな、と漠然と考えた。
そして、持ち物の整理整頓をした。

全身麻酔からなぜか目覚めない、
全く大したことのない、よくある手術のはずが
不測の事態が起こり、そのまま帰らぬ人になった、
などという話しをたまに聞くので
こういう単純な手術であっても、
それが自分の身に起こらないという保証はないね、と思った。

しかし
そういう事態について考えてみたところで
冷静に、それはそれで仕方ないこと、と受け入れる自分がいた。


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育てなければならない子供もなく
現世において果たさねばならない義務は特にない。

現世にもはや未練があまりないのかも。

あんなに食いしん坊だったのに
最近は食に対する執着もすっかり薄くなったし、
本も映画も音楽も、素晴らしいものはまだ五万と発掘できるだろうが
もはや積極的にそこに熱意を見出さない。

あんなに旅行好きでバックパッカーだった程チャレンジャーだったのに
最近は、休暇とあらば、もっぱらビーチでゴロゴロすることを選ぶ。
気の合う人達と飲んで話していても、もうわかってしまった、特段に面白いことはない。
なんだか、全てが想定範囲内。
だから、いつも酔っ払っている。
そこからステップアウトするほどの向上心や好奇心は、すべて下火になりました。


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もう全てやりたいことは一通りやったし、
これ以上やりたいことが思いつかない、
思いついたとしても実行するだけの気力がない、
想像力の欠如、脳の知的活動の停滞、あるいはボケ。
または更年期ウツか。

さればこそ
手術前日の夜には8時間、しっかり熟睡したものと思われる。
手術に対する緊張なんてものはテンデない。
なるようにしかなりません、あとは神様のみ心のまま、と
落ち着き払ったものであった。

といっても
もし、あれが、本当に生死をかけた大手術であったならば
心持ちは全く違ったのかもしれないね。
急にジタバタと、神仏に一心不乱に祈り始めたりするだろうか。

リプレイ (新潮文庫)/杉山 高之
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数ヶ月前に読んだ小説「リプレイ」。
SF、または幻想小説というジャンルになるらしいのだけど
なかなか考えさせられる内容だった。

理解不能な理由で
40代のある時点になると、大学生に戻ってしまう、という男性の話し。
せっかく築き上げてきたその人生がリセットされてしまい、
「前世」の記憶をもちつつ、大学生に戻るので
そこからまた人生をやり直さなくてはならない。

第一回目のリセット(「リプレイ」)では、主人公は前世の記憶を駆使して
株で大儲けして大富豪になり、裕福に過ごすのだが
また40代のある時点に到達した時に、またリセットされ大学生に戻ってしまう。

そんな「リプレイ」を何度も繰り返させられ、そのたびに異なる人生を設計し生きるという主人公を通して
人生とどう向き合うかを考える、というようなお話でした。

この小説を読んでみて
私だったらどうするかな~、とちょいと考えたりしたわけだが
とにかく、「戻りたい時点」というものがない。

10代のあの辺り、または大学生だったあの頃、などと
やり直してみたい時点を想定してみようと試みるのだが
考えれば考えるほど
どの時点にも金輪際戻りたくない!
まっぴらゴメンだ!


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亡くなってしまった藤圭子の「夢は夜ひらく」の歌詞にもあるように
私の人生の若い時期をはじめとして、その後のどの時期を切り取ってみてみても、
「一から十まで馬鹿でした」。
いろいろと思い出すだけで、ひたすら気が滅入る。

またあの愚かな日々に戻り、またあそこからやり直すという
そんな膨大なエネルギーを費やすことは考えたくもない。
こうやり直せばいいではないか、という想像力さえ働かない。

しかし、それはもしかして
私の今までの人生は
一から十まで馬鹿でありながらも、ある意味でそれなりに満たされており、
充実した人生であったということかもしれぬ。

















初めての手術入院

生まれて48年間というもの
手術も入院もしたことがなかった健康体であったものの
このたび初体験!

退院したその日に飲みに行き(結局お酒は舐めただけだったが)、
翌日は丸半日、買い物等に町にお出かけし(でも非常に疲れた)、
退院翌々日には、仕事に出勤したわけなので(医者に驚かれた)
予後は非常に良いケースだった、ということでしょう。

要は
あまり神経質にならないのが一番!という持論です。

今もまだ手術後2週間も経ってない、とは我ながら驚く。
身体がだるいという感じはあるが、
どうも、これは連日最高気温35度という酷暑、および
電車やオフィスの冷房のせいではないか、という気もする。
これも、暑さのせいにしておいた方が
精神衛生上よろしいように思います。


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手術名は「腹腔鏡下子宮全摘出手術」。
子宮筋腫をとるだけ、という選択もあったものの
数が多すぎるのと、根っこまでとれない可能性があること、
さらに、筋腫は電気メスで一つずつ削っていく、という作業であるために
出血が相当量になる、という話しで、
私の場合、貧血が最大の問題だったので
これ以上もう血を失いたくないし、万一輸血などになったらヤダ、という点で
子宮自体をとることを選んだ。

しかし、今の医療技術というのはすごいね、
さらに、執刀医の腕がよかったのかもしれない。
私の手術中の出血量は
なんと10ccだったそうだ!
おちょこ一杯くらい。

別の医者には、子宮全摘手術というものは、
「うまくいけば」
200~300ccの出血量で済む、と聞いていたのだが
それをずっと下回る出血量だったということだ。

出血量が多ければ、当然身体への影響も大きいだろうから
10ccという驚きの少量で済んだというのは
今の体調の良さにも大いに関係している気がする。


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おへそのちょっと下にあけた2.5センチの傷はもう塞がっており
傷の痛みや「婦人科系的痛み」はないのだが
いやな副作用が。
それは胃腸の膨満感、これがうっとおしい。

腹腔鏡手術ってのは
視野を良くするために
大量の炭酸ガスを腹腔内に注入して行うのだけど
このガスがなかなか抜け切れない。

個人差があるようで
すぐ抜けてしまう人もいるらしいのだけどね。
私の場合
常に胃や腸にガスがたまってる感じがあるため
不快感があって、
あまり物が食べられない。

といっても、私の飲食量というものは、
この年齢の平均値というものがあるならば
確実にそれを大きく上回っているに違いないので
これで人並み程度か、という程は食べてます。

さらに、腸の働きに異変が生じているようで、
そりゃあそうかな、
素人考えだけど、子宮がなくなった空白に
腸がずずっ、と下がってきてるわけだろうから、
時々、特に物を食べた直後
差し込むような痛みがあり、
身体を折り曲げながらトイレにいくが
何も出ない、ということがここ数日の症状。

時間の問題で、各臓器は自律を取り戻すとは思うのだが。
内臓さんたちにも
早く新しい環境に慣れていただきたいものです。


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術後、膨満感のために
とにかく、食べると痛い、という状況が続き、
退院当日の朝ごはんには全く手がつけれれない程に
食べるのが嫌になっていたのだが

あーら、不思議、
退院後、その足で昼食を、ということになり
入ったお蕎麦屋さんでは
とろろ蕎麦を3分の2以上も食べ、
全く胃なんて痛くない。
「蕎麦湯くださ~い」なんていってフツーに飲食してる私ではないか。

そして冒頭にも書いたが
その夜は、かなり強引感はあったものの
友人たちと飲みに出かけ、
和食屋で、皆さんが頼んだものを少しいただく程度に食べたが
全く!胃痛なし。

そんなもんなんでございますよ、
要は、あまりにも病院食が貧弱かつ不味かったため、
食べることを心身が拒否していたものと思われる。


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夫ペーター(日本人)は
この病院食を何回か目にして、
「これは、わざと食事を残すように病院が仕向けてる!」と
真剣に、「そうに決まってる」と言わんばかりに、確信していた。

さすがに、それはないだろう
「じゃ、それによる病院のメリットは何?」と聞いたら、
うっ、と、一瞬黙ったあと、
「もう病気になって入院しないでね、というメッセージなんじゃない?」と
小学生のような答えが。

この「半分外人」面白夫の
日本の病院という場所での様々な言動は、
また機会があれば、まとめて紹介したいが、
お腹を多少でも切った手術の直後には
笑うとお腹が痛い、という症状があるために
一長一短であった。