ハイジの退屈日記 パリ・東京 -41ページ目

水難事故ニアミスの恐怖

先日、タイに行ってきました。
ところはサウス・パタヤ。


ハイジの退屈日記 パリ・東京


例によって、ビーチで酒を飲みながら
ゴロゴロ読書したり、音楽を聞いたりして、
気温35度でも海風にあたり快適でした。

で、たまには、ホテル前のビーチから
ちょいと遠足に行くか、ということで
パタヤからフェリーにのって1時間ほどの「ラン島」に行くことに。
サウス・パタヤの海もパタヤビーチと比べれば悪くないが
ラン島の方がもっときれい。

まあ、遠足しても、ここでも同じことしてるだけなんですが。


ハイジの退屈日記 パリ・東京


ノンビリとした休暇に
この日、一気に水を差される出来事が!

ラン島には昼頃着いて
夕方までゴロゴロとビーチで過ごし
ラン島発17時のフェリーに乗ってパタヤに戻ったのだが

ラン島から離れて、30分ほど走行した頃だったろうか、
ある海上の地点に船が寄り集まっており
なんだか不穏な空気が。
我々の乗った船も停止し、なんだろう?と皆が不安げになってきたところ、
タイ人の船員たちがパニックになって
大声で叫びながらフェリー内を走り始めた。

ふと外をみると
人が数人、海上で救助されているではないか。
どうやらまだ海に人がいるようで
我々の船からも救命浮き輪が投げ入れられた。


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なんつっても、言葉がわからないので、
実際のところ何が起きているかわからない。
船が横倒しになったりはしていなかったから、
たぶんデッキから誤って人が落ちてしまったのでは、と予想した。

我々の船の船員のパニックと比較して
海上の救命は比較的淡々としているようで、
我々の船も20分ほども停止していたが
救命が済んだと思われる頃合いに、また船は出発した。

ところがパタヤの埠頭につくと
大騒ぎになっている。
救急車やパトカーが何台もやってきていて
交通整理の笛やら、サイレンやら、人の騒ぎやら
野次馬の人だかりで、埠頭は異様に騒然としていた。

我々も船を降り、桟橋を歩いて陸に戻る途中に
泣いている人をみた。
救急車の中に、行きのフェリーで一緒だった人をみかけた。
行きのフェリーで一緒だった人ということは、同じ船会社のチケットを買った人だ。
不穏な空気にとらわれ心がざわつき、神経が過敏になった。


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そして、我々夫婦はホテルに到着し、
やっと少し平静に戻ったところでビールなど飲み、
今晩は何を食べにいこうか~などと言ってたら
ペーターが
「ゲッ!あのフェリー、転覆、死亡6名、行方不明者20名だって!」と
ネットのニュース速報を見て叫ぶ。

言葉なし。

というのは、我々も
当フェリーに乗る可能性が50%はあったのであった。
私達がチケットを買ったフェリー会社の船は
ラン島を発つのが15時発と17時発。
私達はたまたま17時発のに乗ったのだが
15時発のに乗っていれば
確実に、この私も海中に投げ出されていたわけだ。

私たちが事故現場を見たときは
すでに事故は一段落していた、ということだろう。
だから、数名の人達が海に投げ出されたように見えたのだろう。

ざーっと背筋が寒くなった。
私の「最も避けたい死に方Nr. 1」は
何を隠そう、溺れ死ぬこと。
(ちなみにNr.2は「動物に喰われ死ぬ」)

そしてまた、
行きのフェリーで一緒だった
あの太ったおばちゃんも、あの生意気そうな男の子も、あの美人のお姉さんも、
もしかして、今この瞬間も冷たい海の中に・・・またはすでにこの世におらず・・・
そう考えると
恐怖と痛みとがまるで自分のことのように迫り、
さらに、自分達もあの船に乗っていたかもしれない、という現実に
人生の不条理と儚さで胸が鋭く痛んだ。


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事故の当事者ではないのに、ニアミスしただけでも
我々夫婦は相当なショックを受けてしまった。
その後、数日の残りの休暇中も
動揺は続いた。

その夜、私がシャワーを浴びているときに
ペーターが明るい気分に盛り上げようと
バスルームのドアをドンドンドンドン!と叩いて
「楽天、優勝だって!」と吉報をいれてくれたのだが
実は全く逆効果で、
突然のドアのドンドンドンドン!は怖かった。

でも、そんなペーターも
翌日の夜中には悪夢をみてうなされていた。
(意外と繊細?というか、それほどのショック)
私もなんだかもう、何も活動したくない気分に陥ってしまった。


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当初、事故の原因は
定員オーバーとエンジンの不調という報道だったが、
その後、当フェリーの船長に飲酒と覚醒剤摂取があったことが判明した。

本当かねえ、と思う。
そうやって人のせいにして、真の原因はそれだけなのか。
定員オーバーは私達も確実に感じたし、実際に救命胴衣も人数分なかった。
運営や管理体制に問題があるのではないか。
日本だったら
間違いなくその船会社は営業停止になっているはず。
でもタイの場合どうなんだろ。
せめて改善命令など出てるんだろうかね。


暗くなったので、最後にひとつ。

ペーターが、この事故のニュースを初めてネットで見つけた時、
「すっげー!やっべー!すっげー!やっべー!」
を10回くらい繰り返し、
こういう時に露呈するものが
その人の本質であろう、と
あらためて思った妻であった。















憂鬱な天気を乗り切る知恵

もう2週間ほども、毎日ほぼ曇りか雨。
こう毎日、太陽を見ない日が続くと
気分がどんどん落ち込んでくる。

こういう天気に永遠のように支配される町、
そしてこの鬱々とした気分が続く日々、
はい、もちろん覚えがあります
パリの日々。


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かの町の冬は、まさしくそこが有名といっても過言でない。
来る日も来る日も、
暗い曇天が広がること、まず裏切られることはない。


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早春においても、
パリに早春と晩春の気候的な違いはそれ程ないのかもしれぬが、
ほぼ同様。
これでもか、とばかり毎日
曇で始まり雨がぱらつき、そして曇また雨で終わる。


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ちょっとだけ空が明るくなることはありますがね、
それもやはり曇りベースなのであって
スカッと青空が澄み渡る、なんてまずないのではないか。

ああいう町の住人の心持ちとは
いかなるものか。
天候に気分が左右されることなどないのだろうか。
当たり前なので何とも思っていないのだろうかね。

夫ペーター(日本人)はすでにパリに住んで25年余となり
55年の人生で一番長く暮らす町がパリと相成っているが
やはりあの天候には慣れないらしい。
冬の間に1、2回は「夏をいれる」ということで
タイあたりに避難してくる。

その気持は実に良くわかる。


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私も、あと12年後、
その頃にまだ生きていればの話だが、
数年ほどパリの住人になろうという計画だけど
果たして
年間のうち9ヶ月は暗い曇天の日々が続く町に暮らせるのだろうか。
今2週間も太陽を見ないだけでこんなに憂鬱な気分なのに。

ああ、そう考えれば
東京はまだ良いではないか!
明日は朝から快晴らしいし
来週も天気予報では毎日晴れマーク!

このように、いつも、
不満をもつ対象に対して
それよりも悪いもの、不幸なものに思いを馳せ、
だから現状はましだ、と考えるのが
私の生き延びる「知恵」です。
こういうのはポジティブとは言わないね。

















無内容な台風報道

昨日はまた台風の影響で丸一日雨。
本日もすっきりしないお天気でした。
次の台風も来ているようで気になる。

台風がやってくるというテレビのニュースをみるたびに
呆れ果てるのは、あの「絶叫中継」。
あれ、ほんと、毎回毎回、やめて欲しいんだよね。

わざわざ埠頭かなんかに行って
雨風に打たれ、
あまり意味のない言葉をわめき散らし
台風の威力を報道したつもりになっているのか。

前々回の台風の時は
地味でまじめそうな女性レポーターが
暴風雨に向けて傘をさしながら、
「すごい、すごい、すごい、すごい!」と
大声でわめいていたのを見たが、
相当にアホっぽく
地味な感じの女性のわめき立てがセクシーな感じさえした。
あまりの無内容。
「お定まりのショー」としてやってるだけなんだね。


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先週本州に上陸した台風は10年に1度、という規模だったらしいので
そのせいだろうか、
今回はあの手の「台風報道」は少なかったような気がする。
たぶん、「お定まり」をやるには危険過ぎたんでしょうね。

そう考えるとますます
「普段」のあの報道態度に対して
腹が立ってくる。
ふざけてんのか。

先週の台風でもそうだが
多くの人が亡くなり、行方不明になっている。
くだらない「わめきたて」を行う時間があるなら
もっと命を守るための、実益のある内容の報道をしていただきたい。

どうぞ
伊豆諸島の方々、引き続き十分お気をつけくださいますよう。