ハイジの退屈日記 パリ・東京 -35ページ目

パリは弛緩していた

パリに行ってきました。

仕事的にはあまり良いタイミングではなかったが
かなり強引に。
人間、好きなように生きるには、やはり思い切りが必要ですね。




7月も後半に入ったパリの町中においては
人がすでに減っていた、ように思う。
ゆるやかに休暇モードに入っていたようだ。
人々はなんとなくリラックスした様子。

月曜の午後4時、セーヌ川岸辺。




結構な賑いではないか。
天気が良いということもあろうか。




でも
パリのセーヌ川岸辺って世界遺産に登録されてるんですよね。
いいんですか、この↓景観を許して!




こんな↓バージョンもありました。
あのマット、強烈に汗臭いんだろうなあ、と思うのは私だけだろうか。




何年か前からセーヌ岸辺をビーチ化して市民に好評!という
「パリ・プラージュ(砂浜)」っていうのは
これのことなんだろうか。
砂はなかったけど。




いずれにしても
市民のみなさんが、思い思いに寛いで
つかの間の夏を楽しんでいるようであったのは間違いない。




なんつったって
気温が高く、太陽が出ている「夏らしい」期間なんて
パリでは
あっという間に終わってしまうんだからね。
あと2、3週間もすれば秋風が吹くわけだし。

そりゃあ、緩みたくもなろうものよ。




ええ、かくゆう私も緩んできました。

「節酒」のことですけど。

やはり想定していたとおり
夫ペーター(日本人)と一緒であると、
週4日の絶酒、週3日の節酒なんて無理なんですよ。

しかもパリには美味しいワインや
美味しい食べ物が沢山ある!




そして、我々夫婦は
シャンパンで始まり、ロゼワインまたは赤ワインを空けたところで終わればよいのに
さらに食後酒まで所望する。

以前、夫ペーターがつくった
リモンチェッロのなんちゃって版、
「いいちこ」で作って好評だった(約1名に)「リモンチイチコ」(命名byペーター)。

今回、「いいちこ」がなかったので
ラムで作ったなんちゃってリモンチェッロは
「リモンチコラム」(命名byぺーター)。
こちらも意外と美味であった。
↓がその材料です。




これを飲みながら
例によって、ペーター自慢のステレオでジャズを聴く。
これにまさる幸せはなし、
というのは大げさか。




短いパリの夏は
掠め取るように
無理をしてでも楽しまないと。

普段のタガを緩めてもよしとしよう。



節酒が可能な条件は

節酒生活を始めて2ヶ月強。

いくつかの試行錯誤を経て
やっと、平日週4日は断酒ができるようになりました!
おほほほほ!
「自分で、自分を、褒めたいです」(有森裕子風、これで分かる人は同世代)
拍手喝采!パチパチパチパチ!ブラバー!

週4日、酒を飲まない、と。
なぜその程度でそんなに大騒ぎするのか、と。
酒を日常的に飲まない人は呆れるであろう。

でもね、
酒を毎日飲む習慣の人にこの話しをすると
「え~!」「それは凄い!」などと異口同音に言ってもらえるのだよ。
そして、勘違いでないと確信してるのだが
みなさん、心からそう仰っている。
何十年(大げさではない)にもわたるプチ・アルコール依存症には
これは相当な快挙なんです。
分かる人にしか分かるまい。





私の場合、その成功の秘訣は
チマチマと抑えながら毎日飲むのに嫌気がさして、
だったら平日は断酒、週末は飲む、という
メリハリをつけようと決心したことによろうか。

さらに
かつてであれば、必ず酒と共に食して良し、と思っていたものも
ペレグリーノと食して、OKと思えるようにまでなった。

山芋とメカブと納豆の和え物を
日本酒ではなく、ペレグリーノと共に食べるようになったワタクシ。
これは味覚の危機、文化度の低下、とも言えるかもしれないが。

刺し身、湯葉、パスタ(たらこスパゲティ除く)は
やはり日本酒やワインがなければ、食べる意味なし、と未だに思うので
まだセーフだろうか。




アルコール依存症の人が休肝日をつくると
その翌日には、その反動のように大量に飲んでしまう、と言われてるらしいが
ワタクシの場合、
週末に飲む時も、以前のように
ひとりでワイン1本空けることのないよう
コントロールしているのだよ。

ワインを2分の1本。
まあ、「適量」はワインは1日2杯らしいですから
ちょっと多いんですけどね。

さらに、まだ相当「がんばって」抑えてますけどね。
飲める体質自体にはまだまだ全く変化がないので。




未だにコントロールがうまくいかないのは
飲むのが好きな友(達)と一緒にいる時。
特に一対一であれば、
私は節酒してるので、と言えるほどの意志の強さはないため
ズルズルと雰囲気にのまれる。
複数人の「飲み会」、全員が酒好き、なんて時も敗れる。

相手が酒好きというほどでもなく
嗜む程度、という「憧れの」タイプの人である場合は、
良い影響をうけて、ワイン2,3杯で抑えられる。

また、義理で参加する懇親会などで
缶ビールや缶チューハイが並ぶ立食パーティ、
飲み放題の安ワインがついてる2時間制のコース宴会、
などであれば、節酒できることを確認済み。

やはり、お酒を飲むのなら
美味しいお酒、楽しい(仕事ではない)場、というのがよろしいわけで。
逆に、節酒するのなら、
好みでない酒、一緒に飲みたくもない人との場、であればOK。




しかし
この節酒生活を可能にしているのは
一人暮らしであることは間違いない

飲むのが好きな人と一緒であると
挫折するという「未熟者」であるからして。

夫ペーター(日本人、在パリ)と共に生活したらまず無理でしょう。

楽しくリラックスする食事は、酒あってこそ、
美味しい料理は美味しい酒あってこそ、
という価値観が一致しているだけでなく、
飲み始めるとエスカレートする依存症体質
というのも同じなので
一緒に生活する日々においては
まず節酒が成功しないことは確信している。

別居婚のメリットがこんなところにあるとは!
























イタい人とイイ人

若い頃は
自分がどういう人物になりたいのか、
どういう風に他人にみられたいのか、
なんてことに、精力を注ぎ込んでいたような気がする。

しかし、年を重ねていくにつれ
そういうことが、段々どうでもよくなってきて
自分の「地」を認められるようになり
こんなもんか、と落とし所がわかってきて
やっと、楽になってきた、という感じ。

それが、自然に大人になっていく、ということなのか
大抵は、年齢と共に練れていく。

世の中のいわゆる「イタい」人というのは
まだそのあたり、
無意識レベルで折り合いがついておらず、
「もがいている感」が透けてみえる人なんだと思う。

さらには、
「自分だけが信じている」自己イメージが永遠に続く、と思っている人。
つまり、他人から見ると、
無理がありますよ!というケース。
だから、ナルシスト感が強い。



この人がテレビに出てくると、見ていられない。
恥ずかしくて穴に入りたくなる。
いつもノースリーブ、いつもクシャクシャの髪、「可愛い」しゃべり方。
客観的に自分が見られてない典型ではないか。




この人も、何を目指しているのか、どこに行きたいのか、
年とともに、益々わからなくなっている気がする。
「同じキャラ枠」の桃井かおりの方が、まだいいのではないかと思う。




この人ってカッコいいいんですか?
音楽活動だけやってる昔は良かったけど、
今はイタいだけ、と私は思います。
対して、「同じ枠」の内田裕也の方が、まだギリギリOKかと思う。




このNHKのアナウンサー。
HPの「私のモットー」という欄に
「いつも自然に私を目指して。私のままで」と書いてあった。
やはり。納得。
そうやって書いてしまうところが
見ていて辛いイタさとして溢れでている。

イタい人たちって
自己像にがんじがらめになってしまってる感があるんだなあ。
そして、「自分は自分」みたいなのを貫こうとしているのだが
それがサマになってない、と思う。
迷いを感じる、間違った方向に陥った、または単純過ぎる、ように思える。
やはり、どこか無理があるんではなかろうか。

ただ、言い方を変えれば、
一生懸命で、前向きで、スタイルにこだわりがある人、とも言えましょう。

世の中には
素直でイイ人たちがたくさんいて、
まっすぐにものを見てくれてるので、こういうイタい人達を支持する。

松田聖子やペ・ヨンジュン、
テレビにガンガンと出ていた頃の叶姉妹や
久本雅美や柴田理恵など
こういう方々の「大ファンです!」「悪口いったら許さない!」って人いますね。
そういうイイ人たちって、世の邪悪や人の罪深さなんて、超越してるんだろうな。

私自身も、他人様からどう見られているかわからないし
イタい人だったら、すみません。
素直なイイ人でないのは間違いないが。