ハイジの退屈日記 パリ・東京 -33ページ目

交流地獄

仕事でスイスに行ってきました。

世界数か国から150名が
私の勤める会社の本社に集結する3日間の会議。
どんな様子になるのかは、長年の仕事人生から、全く想定内であったので
最も苦手とする場になることは明白で
なんとか行かずに済むように図ったが
あっけなく本社との戦いに敗れた。

私は人見知りだし、他人との交流が嫌い、会話は面倒なので、
会社でも、たとえば昼食時など
一人休憩室の隅で弁当を食べ、話しかけるなオーラを振りまいているので
お陰で放っておいてもらえるようになった。

しかし、本社でこのような国際会議の場は
これは、すなわち「仲良く交流しましょう」というのも趣旨であり、
気が弱い私としては
その場で求められる姿を、とりあえず演じてしまったりする。

中島義道先生!
まだまだ私は修行が足りません!




こんな私にとって
この3日間は、まさしく悪夢以外のなにものでもなかった。
思い出したくもなく
一刻も早く記憶から抹殺したいのだが
そうもいかないのが、気の弱い所以である。

このような集まりでいつも思うのは
ガイジンって、他人と話しをし続けることを厭わない人が多いのではないか。
朝の8時に集合して、ディナーが終わる夜10時ごろまで
ずーーーーーっと色々な人と話しを続けて、全く倦むことを知らないように見える。

会議中は、熱くしゃべるのも仕方ないとして、
やたらと多い「休憩時間」=「レッツ交流タイム」。
ここでも、ずーーーーーっと、様々な他人と交流し続けている。
しかも3日間とも。

もちろん仕事だから、と
私のように苦痛を隠して演じている人もいるでしょうが
ほとんどの人が、全くその素振りを見せず、1日14,5時間もしゃべり続け、
しかも楽しそうに見えるところがすごい。
一体どういう体力なのか、食ってるもんが違うからか。




しゃべり続けられるってことは
体力もさることながら、物凄い頭脳パワーにほかならないでしょう。
頭の回転の良さなくして
あんな風に他人としゃべり続けることはできまい。

私は人一倍、頭の働きがゆっくりなので
日本語でもそんなことはできないが
ましてや英語でそれを行うなんて、
というか、行うことを強いられるなんて、
苦行、試練、さらには因果報応、
または単なる間違いとしか思えない。

まあ、そのガイジンたちも
よく見ていると、
結局、母国語で話せる人と最もよくつるんでいるので
そのへん、ズルい。

その他にも、何か、私にはわからない
他人とのスモールトークを持たせるコツみたいのがあるのかもしれぬ。




最も不得意なことを、なんとか3日間演じ続けたが
もはやギリギリのところであった。
あとプラス1日あったら
ヒステリー状態に陥り
突然、奇声を発してバタリと倒れるか
スイスの田舎町を全速力で走り回り、拿捕されるか、であった。

最後の夜のディナーは
仮病を使って逃げた。
生真面目な私としては滅多にとらない手段であるが
もう発病寸前だったから、ウソともいえない。

勘弁してくれ!あの他人との「交流地獄」!

金を稼ぐということは
演じることなんだ、と
今更ながら、あらためて痛感したのであった。


幸せの思考回路

古今東西、多くの書にあるように
皆さん、
幸せというものは、「いつか」「こうなったら」
訪れるというものではないですよ~。

それは、あなた次第、
幸せはいつもすぐそばに。
心の持ちよう!

はい、その通りでしょう。

いや、揶揄してるわけではないですよ、
全く本当にその通りだと思う。




で、私の場合
今またやっております、「自己暗示セラピー」。

家の中の3箇所くらいに、書きだしたメモを置いてますよ。
「私は仕事を楽しんでいる」
「私は心から仕事していることに感謝している」
「私は何事にも前向きで楽天的」

こうやって自己暗示をかけないと
精神の均衡が保てない。




最近は何をやっても
「私は幸せだ」と反射的に思うクセがついた。

「お茶が美味しくて、私は幸せだ」
「こんな土砂降りの日に雨が避けられる家にいて、私は幸せだ」
「6時間も寝られるなんて、私は幸せだ」
などなど。

今朝ほども
人差し指にちょっとした傷があったため
顔を洗う際に、人差し指を避けて中指を使い
そのとたん
「あ~中指があって私は幸せだ」
と考えたところです。

創◯学◯にも表彰されそうな前向きなワタクシ。




ただ
幸せ「実感」は全然伴っておらず。

「幸せだと考える」思考回路ができたというだけか。
ほぼ、呪文、または、脅迫観念に近い。

しかし、私が自分を幸せだと認定する事柄は
全てことごとく、客観的にみて、その通り幸せとしかいいようがない。
本当に、私という人は、幸せそのものではないか!
「幸せのナイアガラや~!」(彦麻呂風)
「幸せの総合商社ですよ!」(辻本清美風)

それなのに、どうして、喜びがないのでしょうか。
どうして、気分が晴れないのでしょうか。
罰当たり、の一言に尽きるんだろうか。

こんなに幸せなのに。


























節酒生活の落とし所

今年の4月末頃から始めた節酒生活。

振り返れば過去約30年間、
2日連続で意識的に禁酒できた日はないという身から
さまざまな試行錯誤を経て
約2.5ヶ月後には
平日は断酒、週末は飲酒、というパターンが身についた。

もちろん、平日に仕事で酒が出る時は、飲んじゃうけどね、
でもその場合も、1,2杯で押さえることができる、という
大人な私に変容した。

最近は平日に仕事で夜の付き合いがあることは滅多になく、
プライベートでは平日に予定を入れることはないので
ほぼ、週4日の連続断酒を達成しているわけだ。




週末に楽しい飲酒タイムを迎える際も
以前のように、日本酒4杯飲んでから、ワインを4杯飲む、とか
ワイン1本では足らずにもう1本開けちゃうとか、
そういうこともなくなり

自分で決めた「適量」に抑えることができるようになった。
ワイン2分の1本、または、日本酒2合。
世間的に「適量」とはいえないだろうが
決めた量が守れるようになった、というのは
私にとって誇らしい、成長の証だったのだが。

しかし、最近は、
どうもこの「適量」が守れなくなってきてるんだよねえ。




そもそも、人のせいにするわけじゃないが
8月に夫ペーター(日本人、パリ在住)が帰国して
東京で以前通りの飲酒生活をし
その後、バリ島で、酒あり休暇の毎日を過ごしたあたりから
週末の酒量に対する自制心がゆるんできている気がする。

平日飲まない反動なんだろうかね、
週末に酒を飲むことに、ますます祝祭的な意味が強まり
(ひとりで必ず、かんぱ~い!とグラスを高くかかげて飲み始めます)
自分へのご褒美感と、純粋な生理的喜びで
ラマダン明けの回教徒のような(たぶん違う)解放感が
ますますエスカレートしているぞ。

それにさ、平日4日飲まない生活をちょっとしたくらいでは
酒の許容量にはなんの影響もないらしい。
相変わらず、全然、顔色も変えずに、ワイン1本くらいは平気で飲める。
ちょっとは酒が弱くなってくんないかなあ。




このエスカレート傾向は、
もちろん酒好きの仲間と一緒であれば尚更である。
この間の週末、
友人と仙台に遊びにいったのだが
昼前であったが、2人とも何の迷いもなく、当然のように、新幹線に乗る前にワイン1本を買い、
生ハム、チーズ、オリーブ、アーティチョーク酢漬け等々買い込み
「ワインボトルを持ち込んでいる人は他にいないかもね」と言いながらも
フツーに飲み会@車内。

さらに、ワイン1本では足らず、
仙台の友人にお土産として持っていった貴重な日本酒にも手をつけ
「人でなし」を地で行った。
所要時間が2時間の新幹線の旅だったが、もっと長かったらヤバかった。

仙台駅について
すぐ入った寿司屋でもちろんビールを飲む。

そして、ジャズフェスティバルで盛り上がる仙台の街々にたつ出店で
シャンパンを飲む。

もちろん、その夜も友人宅で、シャンパンやらワインやらを飲む。

そして、翌日も、街はジャズフェスなのにジャズなど聞かず、
昼間からビールを飲み、シャンパンを2杯飲んだところで
ボトルの方が得じゃない、とシャンパンボトルをオーダーして飲む。

さらに、その後、お茶を飲もうと思って入ったカフェがどこも空席がなく
野菜料理居酒屋のようなところに入って、また飲む。

だって、楽しいんだもん~。




先週末は、「週末」が5日あった。
金曜日から日曜日が順当な3日の週末、
本日火曜日が祝日だったので
月曜日は「週末」とカウントし、本日も「週末」とカウントする。

また金曜日が巡ってくれば、「週末」として酒解禁なので
あら、たいへん!
今週の断酒日は、明日とあさっての2日しかないわ!

結局、要は自分次第である。

やっと達成した、平日禁酒生活は守りたいものの、
ここいらを、自分の節酒生活の落とし所としてよいものか
考えるこの頃である。