ハイジの退屈日記 パリ・東京 -32ページ目

現代青年たちの飲み会

平均年齢38歳の同僚男性5名と
仕事の大きなプロジェクトが終了したので
「打ち上げ」=飲み会、を行った。

「打ち上げやりたいですよね~」と言われて、
ほほう、このメンバー達にそんな仲間意識が作られていたのか、
と嬉しくなった一方、
若い衆5人で盛り上がればよいのに
一応、「プロジェクト・リーダー」ではあったものの
私のようなオバサンに声をかけるとは、ハテ、律儀だなあ、と思ったが
なんのことはない、会社の金で飲みたいので
「お財布」として誘われたことは明白である。

手回しの良い青年1名が日にちを調整し
ひとり五千円のしゃぶしゃぶ・二時間飲み放題コースが個室に予約され、
果たして
青年男子5名とオバサン1名での飲み会が始まった。




男性社員ばかりで飲むという機会は久しぶりだったので
何を話すのか、興味深く耳を傾ける。

それぞれの出身地の美味しいものの話、
会社の近くはこの店が美味い、
太ってきた、ダイエットだ、最近食が細くなった、
妻が怖い、
好みの女性芸能人は、
会社の同僚のウワサ話。

まあね、私がいることで
「きわどい」話しなどできなかったろうがね、
健全すぎる!普通すぎる!

いや、実際のところ
話はそこそこ面白く、展開も早く、ボケツッコミもよくできていて
まあまあ楽しく盛り上がったのだが
なんかねえ、パンチに欠けるといいましょうか、毒がないといいましょうか、
当たり障りない話題は、このような「打ち上げ」にはいい塩梅かもしれないが
なんとも場をわきまえているというか、
今日の味方は明日の敵、というような職場環境でもないのに
そんなお行儀の良いことでいいんでしょうか、君たち!




飲んでグズグズと仕事の愚痴を言わないのは良かったが
(私がいたからか)
しかし、優等生的といったら言い過ぎだが
知的刺激には欠け、好奇心には物足りなかったかな。
まあ、いいのか。
常識的でソツがない、現代の青年ということで。

うるさいオバサンのごとく(その通りだが)
さらに注文をつければ、
この国際社会において、女に酌をさせることに慣れてはいかんよ。
私が昔勤めていた洋酒の輸入販売会社では
女に酒をつがせる男は皆無だったものだが。
まあ、「しゃぶしゃぶ」だから日本文化のママでいいのか。
でもさ、
特に今回は、私は「財布女」なんだからさ、
気が利かないというべきか、現金というべきか。




2時間あまりの会が終わったあと、
どうやら青年たちの一部は二次会に流れ、
翌日の無精髭から察するに、始発で帰ったか、という流れだったと推測。
まあ、そのあたりは、昔も今も変わらない、
懐かしくも眩しい、青春のサラリーマンライフだね。

サウス・パタヤは良し

タイに行ってきました。
ところはサウス・パタヤ。

パタヤはなにかと評判が悪いが
サウス・パタヤのビーチは意外とよい、ということを発見。
静かでノンビリできる。

パタヤ全体にいえることだが
ロシア人が物凄く多いのが特徴。
彼らは、大人しくお行儀のよい方々が多い。
ヨーロッパ人は何かと彼らを下にみているらしいが
ファッションセンスが古いせいか野暮ったいだけで
公共の場での振る舞いについては、君達より良いのではないか、と言いたい。




飽きずに毎年何回もタイにいくのは
食べ物が安くて美味しいからさ。




魚介はもちろん
肉、特に鶏肉にはハズレなし。

熱心に店の人になんだか掛け合う夫ペーター。
ここで選ぶ物を、調理して出してくれる。




我々が好きなタイビールは
「シンハ」ではなく「チャン」。
シンハは濃くて強目だが、チャンは比較的軽く、暑いところで飲みやすい。

夫は毎回必ず律儀に、飲む前にコップをビールで「洗う」が
ホコリくらいは流せるが、大腸菌は流せないので
意味があるのかと密かに思う。
でも、とりあえず夫なりのコダワリがあるようなので、何も言わない。





蟹カレーはいつもうまし。



エビかき揚げ。
パクチーと一緒に食してうまし。





本場の美味い店のトムヤムクンは外せない。





この海辺のシーフードレストランは
我々の大のお気に入りで、かなり遠方からジモティーも通う程うまい。
美味しいだけでなく、海風を浴びながら食べられるのがよい。

この気持のよい半屋外のレストランで、
どういう経緯か忘れたが
林葉直子の肝硬変と、その遠い原因、中原名人との不倫話しをしたら
夫にかなり嫌がられた。

これ↓はハエとり。




歌舞伎町をも上回ると思われる
性の大歓楽街パタヤの夜の町を離れ
サウス・パタヤのはずれ、ジョムティエンの町は
賑やかではあるのだが
どことなく寂れた、垢抜けない感じが哀愁をそそる。




「イージーライダーの成れの果て」、みたいな西洋人が多いのも
パタヤの特徴かも。
タイ人の彼女を連れた白人の中高年男性の数は、
我々が行くタイのほかのリゾート地、ホアヒンやサムイ島より
ずっと多いと断言できる。



ある夜入った店では
70年代、80年代の曲をギターを抱えた白人ミュージシャンが
ほとんど一人で呟いているような、冴えない歌をうたっていた。

世界的なロック歌手になることを夢見て
故郷オクラハマからサンフランシスコに移るが
厳しい現実にぶち当たり、
ウェイターやバーの呼び込みの仕事を転々とし生活をするものの
ミュージシャンの夢は捨てられず、流れ、流れて
アジア最大の都会、バンコクに漂着。
しかし
彼の地でも一花咲かすことはできず、ついにサウス・パタヤに至る、
ってとこか (失礼)。





サウス・パタヤを褒めようと思ったのに
なんだか、侘しい話しになってしまった。

ま、3流リゾート地ではあるが
バンコクから近いし
太陽とビーチと美味しいものがあれば
オッケーです!














夜ひとりで酒を買いに行く女

昔ドイツに住んでいた頃、
ことごとく店が閉まってしまう日曜日に
唯一空いているガソリンスタンドの売店に酒を買いに行くのは
非常に恥ずかしいことで、「良き」社会人としての規範にもとる、と言われたことがある。

その連想からだろうか
夜間に、ひとり急に酒が飲みたくなって、近所の店に買いに行く、というような行為は
やってはいけない事のように感じている。

第一、大抵は買い置きがあるわけで
そういう事態になることが通常はないんだけど
昨日はたまたま、赤ワインを切らしている、ということを料理の途中に気づく。
私としたことが、とんだウッカリである。

いや、正確にいうと、ワインセラーに赤ワインは何本も入ってるんだが
特別価格で仕入れたりした相当の高級ワインなので
ひとりで開けるのはもったいなく
作っていた「スパゲティ・ポモドーロ」なんかと一緒に飲むようなものじゃない。

カジュアルな赤ワインが欲しい、
でも、ワイン1本を買いに行くのはなんだか恥ずかしい、と
しばらく葛藤したが
やはり、スパゲティ・ポモドーロは赤ワインと食すべし!という理由で
近所のコンビニ行くことにした。




酒屋やスーパーマーケットも開いている時間だったから
そっちに行く手もあったが、ワイン1本を買いに行くのが恥ずかしい。

ならば他のものも一緒に買えばよいではないか、とフツーは考えるが
そこは妙なところにケチな私のこと、
買う必要がないものは買いたくない。
ものすごく矛盾に満ちた、何が優先なのか、何に拘ってるのか
全然よくわからない、屈折した感覚である。

コンビニの方が、無機質で、さっさと済ませられる雰囲気だし
家からもより近いし。
でも、夜ひとりコンビニに酒を買いに行く女ってどうなんでしょ?
ドイツ社会では軽蔑されるだろうか。

コンビニに酒だけ買いに行く人なんて
日本には五万といるでしょうから
この妙な葛藤をわかっていただける人は少ないかもしれない。




ノーメークだったが
迷わずマスクをして、そのまま出かける。
普段、すっぴんで外にでるのはゴミ捨て場まで、というポリシーがあるが
夜陰に紛れればわかるまい、と夜道を歩く。
歩いて2分の近所のセブン-イレブンまで。

しかし、いかんせん、コンビニはギョッとするほど煌々と明るい。
一瞬ひるむが、マスクで顔は覆われてるさ、と平静を取り戻す。
っつーか、誰も気にしてませんから!

酒売り場にはまさしく「スパゲティ・ポモドーロ」にふさわしい
キアンティ・クラッシコの500mlボトルが!

しかも、375mlのハーフボトルでないところに、思わず目が輝く。
「このサイズしかなかったのよね~、仕方ないわ~」
と、ワイン2分の1本以上飲めることについて
自分に言い訳する。
プラス125ml飲めるということに喜び、なおかつ言い訳するところが
いじましくも、やはり、脱アル依存の道は遠い。




いかにも、「料理中だったのに」(本当)
「家人に頼まれ急いで買いに来た」という(ウソ)
慌ただしい感じで、会計をすまそうとするが
キャンペーンをやってます!とかいって
有無を言わせず(という感じだった)くじ引きを引かせられた。

断れば良かったのだが
あえて「目立ってはいかん」と、おとなしく黙ってくじを引く。

この店員さんに、酒を買いに来た女、と覚えられたらやだわあ。
しばらく、あのコンビニに行くのはやめようっと。
っつーか、誰も覚えてませんから!
と自分でツッコめるだけましか。

夜ひとりでコンビニに酒を買いに行くってだけのことに
ここまで自意識過剰になるってのは
若いころに刷り込まれたモラルみたいなもんか。
それとも
アルコール依存の典型的言い訳ということか。