ハイジの退屈日記 パリ・東京 -30ページ目

金髪日本人の謎

髪の毛を、おしゃれの一部として
明るい茶色、栗色に染めるのが当たり前になったのは
もはや10年前、いや20年前頃からであろうか。

20代くらいの若い人であると、見苦しくはないが
なんでそこまで明るい茶色にするんだろうねえ、と思う。
日本人ゆえの黒髪を大切にしたら、
この先いやでも20年、30年と白髪染めを続けるんだよ、
というのは、要らぬおせっかいか。

40を過ぎた人は、これは気をつけなきゃいけないよ。
くすんだ顔色と、その明るい茶髪とのコントラストで
一晩寝ても抜けない疲れや生活感が浮き立って
美しいとは到底いえない。
せっかく「明るく軽いヘアスタイル」を目指したのにね、残念。

分け目から地毛の黒が伸びて出てると
汚らしささえ覚えるのだが、本人はわかっているだろうか。
せめて、真っ黒ではなく、少し茶色い、くらいに抑えるのが
40代アップには良いのではないかと思うのだが。

特に、老若男女問わず、日本人が金髪にするのはどうもいただけない。
大和顔に金髪。
眉毛もまつ毛も黒なのに、頭髪だけ金。
美しさを追求したわけでないよね、君?
では何を求めているのか、何を表現したいのか?
目立ちたい?個性派おしゃれ、ってわけじゃなかろう?
おしゃれであれば、やはり文句なく素敵でなければならないが
日本人の金髪で素敵、と思う人を見たことがない。




妻夫木くんのように整った顔においてさえ
金髪は違和感があり、本来の顔立ちの美しさを奪うと思うんですけど。

「平たい顔族」の最大公約数であり、
目鼻立ちのバランスが乱れてたりする私たち一般人には
金髪は到底似合わないよ。

この妻夫木くんは荒んだ人物の役だったから
そういう意味ではベストチョイスの髪の色ではあったけどね。




真木よう子さん、カンヌ映画祭の授賞式の映像をテレビでみた時に
え~なんで!と思ったのを覚えている。

綺麗な顔なのに (かなり手をいれてるようにも見えるが)
そして美人で小顔ゆえに、こんなショートヘアも似合うのに、
どうして金髪にする!
ちょっとっ、お母さん、それだけは絶対に認めませんよ!

しかも国際舞台、日本女性として登場する場において
なぜゆえに先祖代々受け継いだ黒髪を、不自然な金色なんかに染めるのか?

この国際的にスポットを浴びる状況では
やはり美を求めてやったことだとは思うのだが
悪いけど、美しさ半減してます。
目立ちたかった、ということであれば、
「悪目立ち」という意味では成功したかもしれない。

あんな綺麗な顔の人達でさえ似合わないんだから
私たち一般人はやめようね、金髪!
いい加減、自覚しよう。
目立ちたいなら、別の方法を模索しよう。
自分を客観的にみて、外観だけでなく考え方や生活も見なおし、
美点を引き出して、難点を隠す方法を。







ネガティブ・オンパレード

「私たちの脳は、
ネガティブな考えをマジックテープで止め、
ポジティブな考えをテフロン加工ではじいているようなもの」
らしい。

マーシー・シャイモフ著 「脳にいいことだけをやりなさい」
に、どこかの脳科学者の説として、そう書いてあった。

祖先から引き継いだ、闘争・逃走本応によって
うれしい経験はするっと滑っていってしまうのに対して、
嫌な経験はぴったりとくっついと離れない、んだって。

本当にそのとおりみたい。
夜中や朝方に目を覚ました時など
私の頭に次々と浮かんでくるのは
自分が失敗したこと、恥ずかしかったこと、人に怒られたこと等々
ネガティブ経験のオンパレード。
それも小学生時代に遡ったりするので
あまたの様々なケースがあり、毎晩でも、決してネタ切れすることなし。

私の人生って、そんなロクでもないことばっかりだったか?!
楽しいことも、嬉しかったこともあったはずなのに
やはり、テフロン加工ではじかれてしまったのか。

昨夜、今朝方か、またそのような負の記憶群に襲われたので、
この際、去年1年で、楽しかったことだけ全て思い出してみようと試みた。




去年の出来事に集中して、時系列で追っていった。
(もはや、完全にベッドで覚醒)

すると、楽しかったことは、主に2つに集約された。
まずは、夫と各地旅行に行っている時のこと。
そして、親しい友人と飲んでしゃべって過ごしている時。

一日のほぼ全てを費やしている仕事関係ではないのかっ!と
頭を絞ってよーく考えてみたら、
あった。
誰かに褒められた時。
記憶を呼び起こせたのは、1年に2~3回くらいのもんだったが、
仕事においては、なによりも人に褒められると嬉しいらしい。

特に、あまり褒められて育った記憶のない私にとっては
たぶん、仕事以外であっても、褒められることが何より嬉しいことみたい。




年末年始にタイ・サムイ島に行った時のこと。
海風が爽やかな半屋外のホテルのレストランで朝食をとりながら
東京に前日、雪が降った、と知った時、
「ざまあみろー!」
と、なぜか叫んだ私。

夫が呆れて言った。
「君はいつも『敵』が必要なんだね」

私は東京に住む人を敵視していたのか?!
いったい私は、何に対して「ざまあみろ」と言ったのか?!
東京に住んでいる人たちに恨みがあるとは思っていないが
「他人の不幸は蜜の味」ということか。

人によっては
「まあ東京は雪なのね、皆さん大変ね、XXさんは大丈夫かしら」
などと呟くかもしれないが、
それに対して、すかさず「ざまあみろ」とノタマッたワタクシ。
は~~~
自分を優位に置いておきたい、ということか。
今更ながら、自分の幼稚な心がイヤになる。
夜中に目を覚まして、ネガティブ軍に襲われるのも仕方なしか。




しかし、夫が言った「いつも敵を必要としている」というのは
なかなか鋭い。
常に自分や自分の状況を、
何かと比べて正当化してるんだね。
ああ、なんてちっちぇえ、つまらない人間。

それで思い出したが、
昔の上司に
「ハイジさんはよく憐れみを求めてるよね」と、冗談半分に言われたことがあった。

「敵」と「憐れみ」が必要な私という人間。
なんですか、これ。
そして、褒められると喜ぶ。
あああ、とんだ失敗作ができちまったなあ~。

目を閉じれば次々と蘇る、脳にマジックテープで張り付いたネガティブな記憶の数々。
もう少し真っ当に自己評価できる人間に育っていれば
闘争・逃走本能からも自由になれたのだろうか。

後藤健二さんが殺害されてしまった。
衝撃に言葉も無い。
積極的に社会と関わりながら生きて、多くの人達に慕われていたらしい、
ああいう方が亡くなって
私のような人間がブツクサ言いながら生きている。
本当に、申し訳ない。









インフルエンザの僥倖

50歳を目前にして
人生初のインフルエンザに罹患。

月曜日の朝、体温38.3℃と、あまり高熱とも言えなかったが
前々日に、東京にいた夫ペーター(日本人)が
ザ・インフルエンザ的症状で倒れたので
(医者に行ける前にフランスに帰国したので、この時点で真相わからず)
もしかして、と思い、念のため会社を休んだ。

私は、純粋な休暇のためにしか貴重な有休は使いたくない。
病欠で、有休を失うなんて、もってのほかだ。
しかし、インフルエンザであれば
会社の規定により、「来てはいけない」=有休扱いにならない。
ここは、是非とも、インフルエンザであって欲しい!!

インフルエンザは発症してから12時間しないと正確に診断できないというから
月曜日の夕方、診療時間終了のギリギリまで待って医者に行った。
どうか、インフルエンザでありますように!!




で、結果、インフルエンザA型でした。
ヒャッホー!!
これで今週は会社にいかなくて済む!!
5日間の休暇だわい!
やったー!やったー!
(匿名ブログって、いいね)

医者に行ったのは、診断書を書いてもらうためさ。
もちろん、タミフルなんて、すぐ捨てたさ。
葛根湯でもインフルエンザに効く、とネットに書いてあったし。
そして、本当に、効くのかも。
次の日の朝には熱が下がったから。
こんなに喜んでいられたのも、症状が軽かったからであることは間違いない。

熱が下がってから48時間自宅療養と言われたが
あっけなく熱が下がっちゃったので、
えー、そしたら木曜日には会社に行けちゃうわけ?
いや、誰が知ろうぞ、私の熱がいつ下がったなぞ。
ま、今週は休むしかないわね、伝染する可能性ありますもの~。




しかし、医者ってのは、いつもながら薬処方サービスマンのようだね。
鼻水はでますか?咳はでますか?などなど聞くので
ちゃんと(インフルエンザと)診断してもらいたいので、できるだけ正確に答えたのだが
私、鼻水や咳を止める薬が欲しいなんて言ってないよ。
それなのに、どっさりと種々の薬が処方された。

これって、
「オニオン好きですか?」「オリーブ好きですか?」と聞かれて
はい、好きです、と言ったら、
勝手に、私のサンドイッチに、オニオンとオリーブが乗っていた、みたいな。
でも、頼んでないんですけど!と言いたくなるような。

それに矛盾してるんだよね。
解熱剤をのまずに熱を下げた方がよい、というマトモなことを言ったのに
勝手に、解熱剤を処方してるのはなぜ?
咳や鼻水を出しやすい薬を出している一方で
それらを止める薬を出しているのは、おかしくないか?

ちなみに、夫は
パリに戻って医者にいったら、やはりインフルエンザであったことがわかった。
(同じ飛行機に乗っていた方、すみません。でも知らなかったんです!)
発症してから3日くらい経ってたということもあろうが
その他も、薬の処方は一切なし、だったそうだ。

欧州では、インフルエンザなんて時間と共に治る病気なんで
薬なんて全く処方されない、とネットで読んだのは本当かも。
日本の医療制度、どうにかしてください。
私もタミフル他諸々も、面倒だったので、そのままもらってきちゃったけど、
NO!と言うべきだったんだろう。




ともかく、私のラッキーな一週間はこうして始まった。
本当に臥せっていたのは月曜日だけで、
火曜日は、倦怠感はあったが、ずっと起きていて問題なかったし
その後については、100%本調子ではなかったが、9割方OK。

要は、降って湧いたような特別休暇。
有休を消化せずに、会社に来なくてよい、とオフィシャルに言われている。
これが、僥倖でなくて、なんであろう。

あ、これって、もしかして、
去年の10月末にスイス出張で凄く辛かった、あの時 のお返し?
それとも、この僥倖の帳尻合わせは、これから来るのか?

いやね、もちろん、スマホやPCがある限り、結構、仕事するハメになるんですよ。
会社の人にも、「なんだか休めてないみたいですよね」とか電話で言われて、
「・・えー、まあ、でも、仕方ないですよね・・・コホ、コホ(=ウソ咳)」とか、言っておくんだけど、
やっぱ、全然違うんだなあ、家にいるのと、オフィスにいるのとでは。

やはり、家に篭って、人に会わずにいられる、というのは
私には嬉しい。




毎晩寝る前に、明日は会社に行かなくていいんだ~と思うと
ひしひしと嬉しさがこみ上げる。
そして、翌朝起きて、今日は会社に行かなくていいいんだ~と思うと
しみじみと喜びが押し寄せる。

これって、仕事をしていないインターバルの時期に
毎日毎日飽きずに感じていたことで、
この1週間は、あの感覚を思い出していた。
そして一瞬一瞬を愛おしむように、舐めるように、享受していた。

あらためて、毎朝毎朝、
仕方ない、金を稼がねばならないから、と何度も言い聞かせながら
トボトボと通勤路を歩いている日々を思う。

こういう生き方ってどうなんでしょう。
でも、仕方ない。
棚からぼたもちはないし。
こんな私でもお仕事いただいているのが
奇跡的に有難いことなんだと思うようにしよう。

こうやって、喜んだり嘆いたりしながら、
あと10年は働くことになるのでしょう。