ハイジの退屈日記 パリ・東京 -29ページ目

別居婚と旅の終わり

例によって、またタイに行ってました。



世間が休みでない時期に、1週間会社を休むサラリーマン、
しかも、一応、名目上は管理職、
私のことです。

上司も同僚も理解があり(たぶん)、
ネットのお陰で海外でもメールができて仕事も滞らず、
本当にありがたい。

間違いなく、社内の人々には呆れられているが、
夫が海外在住、ということが知れ渡っているので
(入社当初、約2名に話したら、あっという間に知らぬ人はいなくなった)
まあ、仕方ないか、程度には思われているだろう。

夫との別居婚のメリットは
会社を「ちょこちょこ」(?)休める、という、
仕事をできるだけ怠けたい私には最高のメリットに。


夫婦円満の秘訣はすれ違うことだ、と聞いたことがあるが
確かにそうかもしれない、と時々思う。
私たち夫婦は
平均して2ヶ月に1度、10日ほど会うというペースが出来上がりつつあるが
たまにしか会わないためであろう、比較的仲良く過ごす。

もし毎日一緒に過ごしていたら
始めのうちは良くとも、数年もしたら、
日常的にかなり反目しあうだろうなあ。
よく聞く話しなので、きっとその通りなんだろう。

結婚の年数が長い人ほど、
「別居婚なの?最高!羨ましい!」と言う。
(ただし、これは女性に限ったことである)

私たちは「いいとこ取り」をしているに違いない。
「忍耐の場」「試練」ともいわれる結婚の側面はあまり感じず
したがって、人間的成長などは見込めないだろうが、
「仲良し」が長続きしそうだし
別居婚のメリットは、薄く長く、良好な関係を楽しめる、というところか。



しかし、そうは思いつつ、やはり時には寂しさを感じる。
たとえば、旅から帰ってきた時。

家についてホッとしたような、
楽しい旅行が終わってしまったのが寂しいような気分で、
スーツケースの中身を片付けたり、洗濯を始めたりする時、
一人だと寂しい感じがする。
なんとなく、そんな時には
2人で一緒に家でホッとしたい気がする。

やっと落ち着いて、久しぶりの和食で何を食べようかな、と思う時。
やはりお蕎麦かな、納豆かな、お刺身かな、などと考える。
そんな時に、2人だったら、
じゃあ、日本酒もつけちゃおうかね、とか言って、
旅先の思い出を懐かしみ、日常に無事に戻れたことを
もっとストレートに楽しめるような気がする。

そう、いつも、旅から戻って、家に着いてからが
なんだか寂しさに襲われる。

まあ、仕方ないか。
別居婚のメリットがあれば、デメリットもあるわけで。
「いいとこ取り」は甘くない。




















脂肪肝ひと段落、か。

「脂肪肝の疑いあり」と言われたのは、ちょうど一年前の人間ドック。
そのエレガントでない響きに衝撃を受けて一発奮起、
約一年間、様々な試行錯誤を経て、
過去30年間、2日以上連続禁酒なしのこのワタクシが、
毎日ワイン1本を空けていたこのワタクシが、
今やほぼ毎週、連続4日は酒を飲まない人に変身しました!

この「スゴイ偉業」については、
本を書いて売ろうかと思ったほどである。
結構、読みたい人いるんじゃないかしらん、なんて。
しかし、夫に借金と山のような在庫が残るだけだろう、と言われ
思いとどまったのは賢明だったであろう。

さて、この過去1年の努力が実ったのか確認する日がやってきた。
年に1回の人間ドックの日。
そして、
見事に脂肪肝の疑いが晴れたことを確認したのであった!

超音波で内臓をチェックする診察の際に
去年と同じ病院だったのでカルテに書かれているだろうとは思いつつ、
「あの、去年は脂肪肝の疑いあり、という診断だったんで、
今回、そこんとこ、よーく、見ていただけます?」
などと、オバちゃん丸出しで念押ししたのだった。

いやあ~、ホント、「成功体験」ってこういうことをいうのではないかしら。
日々の努力が報われるって、実に爽快ですね。
疑いが晴れたその日は、祝杯を上げたかったくらいだったが、
平日であったのでガマンした。
この生真面目さが勝因だろう、と一人悦に入ったのは言うまでもない。
しかし、
「祝杯」という発想になるところが、根深い。




やはりお酒というのは
食事とあわせて美味しいし、
リラックス効果あり、解放感ももたらすし、
やめる気にはなれない。

どうしたら、2,3杯の適量で止めることができるのか
それだけが問題である。
週4日の断酒に成功したといっても
この問題の解決には全然なっていない。

私が20代の頃、
麻雀について、
ある程度で切り上げることが可能ならもっと良い娯楽なんだけど、と
真剣に言った50代の先輩がいて、
バカバカしい、そんなの自分の意志1つでしょ、と感じた私は
まだまだ青かった。
脳内に報酬回路が出来てしまうと
もう通常の意志ではなかなかコントロールできないレベルの
依存に心身が陥ってしまうんだよね。




いったんアルコール依存症になると
もう二度と、無垢な身体には戻れないんですってね。
ドライフルーツを、元の新鮮な果物に戻すことができないように。

アル中治療で禁酒を何十年も続けていた人が
ふとした気の緩みから、一杯だけ飲んでしまったら、
また元の木阿弥に戻るという話しはよく聞く。
アルコールの害はことほど左様に恐ろしい。
アンドリュー・ワイル先生も
合法薬物(タバコ、一部のドラッグ、酒、コーヒー、チョコレート等)の中でも
一番危険度が高いのが酒だ、と仰ってました。

私は酒が飲めない、という人には
羨ましい限り、是非、そのままでいなさい、とお伝えしています。

脂肪肝の疑いは晴れたものの、
やはり、週4日の断酒は続けましょうかね。





くだ、サイ!

テレビを見ていると
話しをしている人達のイントネーションや言葉遣いが気になって仕方ない。
気が狂いそうになることも屡々。
気になる事々を挙げ始めたらキリがない。

その昔、NHKの鈴木健二ーが
「昨今の」若いアナウンサーの言葉遣い等々を聞いていると、
殴り倒したくなる、とかなんとか仰ってましたが
はい、その気持、全くよくわかります。

一時期ものすごく増えて、批判の対象になった「・・・じゃないですか」は
ここ数年、おそらく、かなり批判を浴びたから、減ってきているように思える。
でも、NHKの小野文恵は、「・・・ではありませんか」と言い換えているようで。
それって、響きは同じですから!

私が最近、気になって仕方ない、
そして、次の「世間の批判の対象」になって欲しくて仕方ないのは、
「くだ、さい」。

いや、10年ほど前から気になってたんだけどね、
「ください」って命令語でしょ。
もともと、それを気安く連発する人たちの神経が許せない。
「気をつけてください」といったら命令。
人に対して発するなら、余程偉ぶりたいのなら別だろうが
「お気をつけください」というべきではないのか。




なぜ、最近になって気になるのかというと
なんとなく、流行りを感じるのが
「ください」を、「くだ、サイ!」と、
「くだ」の後に一呼吸おいて、
「さい」にイントネーションを強く置いて、さらにモノトーンに発声するやり方。

それって、物凄く偉そうですから!
テレビを見ていて、気象予報士に
「傘を持っていって、くだ、サイ!」と言われると
なんで、あんたにそんな命令されなきゃいかんのよ!と
反発を覚えるのは私だけだろうか。

これが、テレビの中だけでなく
最近、日常で身近によく聞くようになった気がするのだよね。
「くだ、サイ!」。
発している人達は、
全く無意識かもしれないし
照れ隠し?から始まったクセ、なのかもしれないが
思いっきり命令形で、感じ悪いですから!

あなたは本当に人に命令する立場だろうか。
相手をちゃんと見ているだろうか。
命令形を使ってるという意識があるだろうか。
それが、どんな効果を人に及ぼしてるか考えているだろうか。

命令形を連発してなんとも思わない、
そういう無神経さがたまらなくイヤです。




でも、人の言葉遣いなんか、全く気にならない人って
世の中にいるんだよねえ。
我が実妹もそうで、私が「これが、あれが」と気になることを言うと
「大変だね」と、呆れる。
何も気にならない人は、心を悩まされることもなく、
その「生き安さ」はある意味、うらやましい。

しかし、そういう人も気をつけねばならないでしょう。
人に向かって発する言葉は、武器になる。
言葉は人を傷つけるということに
敏感になっていたい、と私は思う。