ハイジの退屈日記 パリ・東京 -22ページ目

リゾートの凋落

民泊、というものを初体験した。
タイでのことですが。

GWに、タイ、ホアヒン滞在のために
例によって宿泊先をネットで探していたところ
7泊で約3万円、というアパートをたまたま見つけてしまった。

これは、かつて何度か泊まった
同町の5つ星ホテルの1泊分よりも安い。

お馴染みのビーチ沿い、静かで悪くないはず。
海の見えるバルコニーがあり、
部屋も、写真で見る限りは、
まあまあ、お友達の家に泊まっていると思えばOK、
というレベルであった。




夫ペーター(日本人)に相談すると、
すかさず、
一度チャレンジしてみてもいいんじゃな~い?
キッチンがあるからさ、
外食に飽きたら、パスタくらい作れるし、
(しかし、作るのはワタクシではなかろうか)
老後には、冬だけタイで過ごすアイディアがあるので
その予行演習になるんじゃな~い?
と控えめを装いながら、明らかにものすごく乗り気。

経済観念の発達している夫のことであるから
なによりも、この価格が気に入った理由であることは
間違い、ない。

しかし、7泊で3万円。
いくらタイの物価であろうとも
なんらかの落とし穴があろうや、と恐れたが
背に腹は代えられない、この価格の魅力!

まあ一回やってみようではないか、
ということで、
タイでの初民泊体験と相成った。





結果から言いますとね、
7泊で3万円というのは、やはりタイ価格、
部屋はそんなに悪いわけではなかった。

ワタクシのプロファイリングによると
おそらく、あの部屋の住人は
ドイツ人、男性、中高年、独身、中流クラス。

部屋はそこそこ清潔に保たれており、
IKEAあたりで調達してきたらしい小物も
センス悪くなく飾ってあって、
そこそこインテリアに気も使っている。
12階の角部屋で、バルコニーからのシービューは
思ったよりも良かったしね。

だが、そこはかとなく漂う生活感。
枕からニオイが発せられる気がする。

そして、やはり、シーツやタオルを
毎日取り替えてくれる
ホテルのありがたさを感じた。

タオルは近くのコインランドリーで洗った。
ただ、そのコインランドリーの洗濯機も
果たしてその清潔度はいかに?という気もする。
それをいっちゃえば、
どんな一流ホテルだって同じことなんだけどね。

食器棚の中も、変なこもったニオイがして
使わせていただいたまな板も
熱湯&日光消毒せざるを得なかった。

とはいえ、値段を思えば、許せるレベルでしょう。
深く気にしてたら、タイでは生活できまい。





しかし、最後の1泊を
旅程の都合からホテルに移動したところ、
なんだか、ものすごくホッとした。

特に高級ホテルでもないのだが、
新しくピカピカに清潔なホテルに滞在すると、
それまで、実は結構、
神経が張り詰めていたのだろうか、と思うほど
安らぎさえ感じてしまった。

あの夫でさえ、
やはりホテルは良いわ、と、ぼそっと呟いたのだから
間違い、ない。





しかし、ワタシも凋落したよなあ、と
思うこの頃。

かつては、リゾート地のホテルを選ぶ時は
ある程度以上のレベルを保っていたものだが、
頻度を鑑みて、どんどんとレベルが下がり、
バジェット・トラベラーとまではいかないが
フト気づけば、
かなり素朴なバンガローなんかにも泊まるようになってる。

まあ、いいんだけどね、
素朴な旅も嫌いじゃないし。

だが振り返ると、
やはり「凋落感」あり。

さらに、それを夫にいったら
「凋落した君が好き!」という返事だったので、
ますます、二重三重にも複雑な気分になったのであった。










祝福された人

タイ、サメット島に行ってきました。



毎日、波の音を聴いて、
のんびりと過ごす。
どんどん心身がほぐれていく。

私ってなんて恵まれているんだろう、と
しみじみ幸せをかみしめた。

パリ在住の夫と別居婚をしている生活で
寂しいと思うことも多いものの、
夫に会うという理由で
年に4,5回はこうやって南の島にやってこられる。

そして、気持をリセットできる。

私は、東京で普通に会社員やってる、
正社員、しかも一応は管理職。
別に閑職なわけではなく、
そこそこ忙しいんだけど、
毎日夢の中は仕事関連なんだけど、
なんとかやりくりできるレベルで
休暇をちょくちょくとり、
周囲の理解も得られている。




島で知り合ったドイツ人の中年ご夫婦と雑談してたら
仕事がある一方、
こうやって旅行ができて、リフレッシュできて、
本当にありがたいね、という話しになった。

彼らが知り合ったある旅行者が、
やはり同様な思いを表現して
I am blessed to be here
と言ったんだよ、と教えてくれた。

ここにいられて私は恵まれている、という以上に、
神様の祝福、というニュアンスがある、と思う。

この言葉はとても印象的で、
いまだに心に残っている。
だから彼らも共有してくれたのだろう。




私は、日々、特に出勤の途中、
雨のごとく降ってくるかのような虚しさに囚われて、
きまってウツになる。

無言の雑踏の中、都心の駅を歩いている時、
こんな毎日があと10年ほど続くのか、
どうやって、あと10年をやり過ごそうか、
そんな精神で10年を過ごしていいのか、
そうやって人生が暮れていくのか、等々。

しかし、このたび、今さらながら
私はしみじみ思ったね。

この虚しさを埋め合わせるかのごとく、
バカンスを得てリセットするという機会が与えられ、
私はなんと特別に幸せなのだろう、と。

ただでさえ私は恵まれているというのに。
戦争や貧困のない世界に生きて、
自分自身も、年老いた母も、夫も健康で、
仕事も家も友達もあって、
その上に、年に4,5回も休暇をとっている。
それだけの「財力」もある。
(「財力」という言葉は、実際言い過ぎの感ですが)

これが特別な恩寵でなくてなんであろう?
私ほど、恵まれた、祝福された人がいるだろうか?




虚しさが降ってくることは今後もあるであろう。
でも、それは「恵みの雨」なのかもしれない。
虚しさは、自分を戒めて、謙虚さを呼び起こさせる。

虚しくなったら、
「お恵みだ!」と叫ぼう(心の中だけにしておくが)。

そう感じた、3月29日は
2016年のキリスト教復活祭の当日。
まさしくお恵みだったのでしょう。








第2のホーム

3泊5日パリの旅を強行。

2日間の欠勤で済むスケジュールだったので
誰にも言わずに、そっと行こうと思っていたのに、
よりによって直属の上司に、
ランチタイムで和やかに会話をしていたら
「休みはどこにいくの?」と聞かれてしまったので、
虚を突かれたようになり、
本当のことを言わざるを得なかったのだが、
呆れられたり、妬まれたりなどしていないことを願う。



パリでは毎日、雨が降ったりやんだりで、
しかも降る時は、かなり強くしぶとく降ったが
それが当たり前だと思っていたので
残念とも思わなかった。

いやあ~、さすがパリ!と
期待に確実に応えるその様に感心さえした。

夕方、少し、夕陽が差した日があり、
逆に「おお!」と意外な薄陽に驚いた。




私にとって、パリはもはや第2のホームといえよう。
夫の家があるというのが
もちろん最大の理由だが、
なんだか、馴染んできたということか、
「帰る」とホッとする、という感じになった。

それこそが「ホーム」というものでしょうかね。

マンション?のテレビCMの歌詞で
「♪帰りた~い、帰りた~い、
あったかホームが待っている~♪」というのがあって
仕事の帰り道に思い出したりするが(笑)、
なかなか上手いコピーだと思う。

生活の一部であり、
「帰ってきた!」という感覚があり、
落ち着ける、ホッとする場所というのが
夫の家であり、ホームであるパリ。

とはいえ、パリは私にとって
「ホーム」どまりで、
「故郷」と呼べるようにはならないだろう。




まるでビジネス出張のようではあるが、
3泊5日でも結構イケる、ということはわかった。
夕方パリ到着、夜中パリ発の便にすれば、
丸3日間は楽しめる。

美術館、レストラン、音楽会。
そして、家でのんびり。
これが私のパリ滞在の定番かな。

シャンパンで乾杯した後に、やはりビールが飲みたくなった図↓




ただし、時差ボケのため
夜になると、
日本なら徹夜した後の午前中、にあたり
どうしようもなく眠くなる。
私は2回、夜の音楽会に行って、
良質な音楽が流れる暗闇の中、よく寝た。

ゲルギエフ指揮のウィーンフィルの分厚い音の中で
良く寝られたものだ、とも思うが、
なかなか贅沢なことで(苦笑)。

でも、眠ったことで、少し回復して
音楽会アフターの時間も楽しむこともできた。

そして、
要は、日本時間で生きていたわけなので
日本に戻っても、全く逆時差ボケがなく、
すぐに翌日から平常に戻れる。
仕事中に眠くなるという支障がないのは利点かも。

心は「第2のホーム」に残っていたが
仕事が始まると、哀しいほどすぐに、
「第1のホーム」で現実に戻る。