ハイジの退屈日記 パリ・東京 -16ページ目

香港でマッサージマスターに出会う

週末に、二泊三日で香港に行ってきました。

出張並みのスケジュールだが、致し方ない。

始めからそのつもりでいれば、

それが最も自然な日程と思えるからフシギ。

 

 

今回の短い旅で印象的だったのはマッサージ。

私は超肩こり、大のマッサージ好きで、

過去20年余、今までのアジアの旅先、

香港、中国本土、台湾、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、インドネシア、

行く先々で、必ず地元系マッサージをし、その回数は数えきれない。

もちろん、日本国内においてもしかり。

整体系からスポーツマッサージ、「ボーテ系」まで幅広く経験済み。

 

マッサージにはチトうるさいワタクシの人生においても、

このたび、香港で受けたマッサージは、

1,2を争うトップレベルであった。

 

 

ワタクシのような高頻度の被施術者には、

大体、マッサージ師を一瞥するだけで、

その人のレベルがわかるのだよ、と密かに自慢してるが、

今回、この香港の何の変哲もないマッサージ屋で担当になったのは

若い兄ちゃんで、髪をディップで固め、

しかもマッサージ室に革ジャンなんか着てやってきた。

フム、今まで見ないタイプ、悪くなさそうだがの、

くらいに思っていたのだが、完全に参りました。

 

とても痛いのだが、イタ気持ちいいのボーダーライン、

全身のどこがどう凝っていて、どうほぐせばよいのか

完全に把握していたよ、あの兄ちゃん。

なるほど、そこにそう来ますか!と驚きのテクニックで

こちらの固い身体の部分部分を次々にほぐしていき、

それは「技」という言葉がArtと訳されるのを

実感した1時間であった。

 

終わったとたん、私は「いいね!」ポーズで親指をたて、

You are the master of massage ! と叫んだのだが、

師は、英語は一言も解さないようであった。

 

が、私が喜んでいるのは当然わかったようで

満足気な表情であった。

そして、革ジャンを片肩にパサッとかけて、

寡黙なまま(私相手に中国語で話しかけても無駄でしょう)

さすらいのマッサージ師のように、シブく去っていった。

 

 

尊師を仰ぐ信者のように、師の立ち去る姿を目で追っていたら、

途中で目が合い、そしてニカッと笑った師の様子が、

片肩にかけた革ジャン姿とあいまって、

昭和の映画スターのようであった。

 

私はその姿に、「七人の侍」的な、

どこからともなく仕事のために現れて、

仕事が終われば去っていく一匹狼のような、

プロのロマンみたいなのを感じてしまったのだった。

 

すっかり舞い上がった私は、

いやあ、マッサージ版「少林寺」みたいなのが本土にあるんじゃないか、

彼は、そこで幼少の時から技を磨いていた青年で、

今は全土に「少林寺」の技を広めているんだろう、

と妄想列車を爆走させていたら、

隣で同じく施術を受けていた夫ペーター(日本人)に、

そんなものは、絶対、ない、と、冷たく断言された。

 

 

 

その後、街角の屋台飯屋で、遅い夜食をとった。

 

私はラグジュアリーサイドの香港はよく知らないが、

こういう大衆観光客向けの香港は楽しさがいっぱい!

 

なんでもありの町の様子から同じアジア人としての共通の価値観を感じるし

一方、人々のパワーには圧倒されて、そういうアッパレ感を体感するのも楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情けない人間ドック

毎年一回、人間ドックに行っている。

健康管理というよりは、

会社がその費用を負担する一方、半日以上会社に行かずに済む、

という理由で、必ず毎年、律儀に行く。

 

実際のところ、私は仕事自体は嫌いでないのだがね。

かなり真剣に、細やかに、熱心に取り組むしね、

こだわりのレベルを言えば、私は「高」ですよ。

でも、人間関係が嫌なんで、会社に行くのは苦痛です。

 

それはさておき。

 

職場から束の間の解放を与えてくれる人間ドックだが、

もちろん、血を抜かれたりするのは楽しくないし、

さらに、ものすごく不愉快なことがある。

 

 

 

それは、バリウムによる胃の検査。

ワタクシは、これを受けるたびに、

日本は先進国とはいえない、と思ったりする。

 

炭酸の粉&バリウムが不味い、不快なのはもちろんだが、

その後に要求されるアクションがさらにエグい。

 

空中に斜めに寝かせられる一枚板の器具の上で、

自ら、ドッタンバッタン右・左に何回転もするよう要求され、

さらに、器具自体も、頭部が完全に下にくるようなポジションに傾き、

要は、逆さ吊り状態になったりする。

なんかの修行か、SMプレイか、というように器具は動き、

寝かせられた板の端に設置された棒にしっかりと捕まっていないと

振り落とされそうな動作に付き合わされる。

 

しかも炭酸の粉&バリウムを飲んだ後に

こんなに激しく身体を上下運動させられてるのに、

「ゲップをがまんしてください」と言われて、

バカ正直なワタクシとしては、

必死にゲップをこらえ、涙目でこの拷問に付き合う。

間違ってサーカス入団テストを受けるはめになった、

身体能力の劣るトドのごとく。

 

 

要は、造影剤を食道と胃の中に

しっかりと行き渡らせて撮影可能にするためなのだが、

なんというアナログな方法であろうか。

 

火星探査機が飛び立ち、AIが最高レベルの棋士に勝つ昨今に、

一枚の板の上にて、物理的に身体を動かして

内臓に入れた液体を移動させるという試み。

 

この方法で、どの程度、胃の中の真実を探り当てるのか?

日本の医療財政は破綻寸前なのだから、

もっと高度に洗練された、心身に負担の少ない方法はあるのに

こういう前時代的な方法しか保険適用の健診にできないのは仕方ないのだが、

これって、「健康診断」として意味あるんだろうか?

こんなんで発見される病気があれば、

それは相当進行してる病状に限られるのでは。

 

 


誤解のないようハッキリさせておくが、

これを受けるのは自由意志である。

人間ドックにおいて、この検査だけは、受けるかどうかの意志確認がある。

だから、やめます!と一言いえば、それで済む。

 

それなのに、当日ギリギリまで迷って、

やっぱりやっておこうかな、と受けてしまう、

この自分の優柔不断こそが、毎年、イヤだ!

 

そして、その理由の1つが、

数年前にこの検査を拒否したら、

人間ドック自体がすごく早く終わってしまい、

予想より早く会社に戻ることになってしまったから、という、

ああ、情けない、馬鹿らしい、これってなんなんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

METライブビューイングの罪

本日、また、METライブビューイング を観に行った。

 

NYのメトロポリタン・オペラハウスの各シーズンの選りすぐりを

世界の映画館で「映画形式」で見せる、というもので、

2006年に始まったそうなんで、かれこれ、もう10年になるんだね。

 

これが始まった当初のことを覚えているので、

10年も経っていたとはビックリだが、

私もほぼ毎年、いくつかの演目を見ているのではないか。

 

もちろんライブにまさるものではないが、

私たち普通の人々は、METに早々簡単に行けるわけではなし、

映画形式であっても

最高級のオペラのパフォーマンスを楽しむことができる。

しかも3600円なんだから、映画1本と考えれば高いが、

ライブの料金とは比較にならないため、良しと思える。

 

いや、しかしね、今日は

前々から強く思っていた、

当「映画」の編集方法への疑問が一気に噴出した。

 

 

 

 

ライブに行けば、観客は、ステージ全体を俯瞰し続けるわけで、

もちろん、そういう観客の目を計算した演出がなされているはず。

 

私としては、METライブビューイングの価値というのは、

現地でライブを観られない私たちのために、

そのライブのフィーリングを伝えてくれることにあると思っている。

 

であれば、カメラは、ステージ全体を常に意識して捉えるべきで、

別に歌手のクロースアップなど撮らんでもよろし!

 

MET Live in HDのスタッフとしては、おそらく、

映画を制作するマインドで、沢山のアングルで撮った映像を編集し

現地に来られないオペラファンのために、それこそサービスとばかりに、

歌手たちのクロースアップを多用する。

ああ、それは余計なお世話なんです!!

 

 

 

本日、私が観た演目は、グノーの「ロミオとジュリエット」。

私が昨今もっともシビれる、当代最高級のテノール、ヴィットリオ・グリゴーロ。

豊かな声量で華やかな存在感、熱い感情表現、そしてラテン的な甘いルッキング。

 

一途に恋するティーンエージャー、ロミオを演じるのにピッタリな彼ではあるが、

しかし、彼とて御年40歳、おい、そのカメラ、クロースアップにするなよ!!

 

立派な中年ともいえる年齢において、

イタリア人男性の例に漏れず、彼もお尻も上がってますしね、

ほんと、姿はカッコいいんだけど、やはりハッキリ言って、

年季の入ったイタリアン・プレイボーイ、みたいな感じが滲みでちゃって、

「ロミオ」としてはバストアップにさえ耐えられない。

しかも、現実的には無理もないが、頭から胸から汗だくだく。

メイクも半分崩れている、そんなリアルさ、別に見たくないし。

 

もっとヒドいのは、ジュリエットのディアナ・ダムラウである。

いや、誤解がないように言うと、彼女は素晴らしかった。

まるで少女のような機敏な動きや、可憐さ、純粋さの表現は

カメラが「引き」になっていると、存分に伝わり、

歌唱力はもちろん、優れたアーティストであることは間違いない。

 

彼女自身、インタビューで「私は14歳と思って演じてる」と言っており、

もしかしたら、現地で客席から見てさえいれば、そのように感じられるのかも。

が、映画でアップになると、45歳、という彼女の実年齢が容赦なく出て、

二重あごや目元のシワ、迫力の二の腕が、

「14歳ジュリエット」としては、違和感を通り越し、別の何かになってる。

純粋な恋に命を捧げる乙女としては、ムリムリ感満載。

 

 

 

 

もっとも、これは今回に始まったことではない。

 

昨シーズンでみた「トゥーランドット」の際も、

いざ、花婿を求める絶世の美女「姫の御成~~」という

ドラマティックなシーンの際に登場したニーナ・ステンメ。

一瞬ギョッとするような、皇太后が間違って登場か?というような

御年50過ぎの、ステージ用分厚いメイクの彼女のクローズアップであった。

 

 

 

 

また、「マダム・バタフライ」のクリスティーヌ・オポライス。

旦那様をひたすら待つ、初々しい日本の少女、というには

もちろん無理はあっても、表現力でそれを補っていたが、

映画でクロースアップにされると、

残念ながら、妄想で気の狂った年増女にしか見えない。

 

 

 

 

アーティストやキャスティングに罪はない。

また、もちろん、ステージ上、ライブでは違和感がないのだと思う。

すべては映画用にクローズアップを多用する編集の問題であろう。

 

METライブビューイングを編集する方々、

どうぞ今後はカメラを引いて、

歌手はせめて全身が映る程度、アップはなし、

ステージ全体を映すような編集をお願いします、

と、近々に、一ファンからの意見メールを出そうと思っている。